斎藤祐馬×伊藤羊一(1)新規事業はJカーブを乗り越える3ステップが大切 

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活躍中のリーダーたちにリーダーとして目覚めた瞬間を問い、リーダーシップの出現メカニズムを解き明かす本連載。第9回は、トーマツベンチャーサポートでベンチャー支援事業を手掛け、さらにプラットフォームの世界展開も進める、斎藤祐馬さんにお話を伺いました。(文: 荻島央江)

<プロフィール>
トーマツベンチャーサポート株式会社 事業統括本部長 斎藤祐馬氏
1983年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。2006年、監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)に入社。公認会計士としての業務の傍らベンチャー支援に注力。2010年、社内ベンチャーとしてトーマツベンチャーサポート株式会社の再始動を手掛け、28歳で事業部長に就任。2014年から現職。数千社を超える企業を支援する。今や起業家の登竜門と呼ばれる、ベンチャー企業と大企業をマッチングする早朝イベント「モーニングピッチ」発起人。著書に『一生を賭ける仕事の見つけ方』(ダイヤモンド社)

15歳で公認会計士になると決める

伊藤: 斎藤さんは2010年、社内ベンチャーとしてトーマツベンチャーサポートを再始動させ、デロイトトーマツグループという大きな組織で28歳という若さで事業部長に就任しています。現在は事業統括本部長として、約150 人のメンバーとともに、数千社を超える企業を支援しているとか。斎藤さんは15歳のとき、すでに今の道に進むと決めていたそうですね。

斎藤: 中学生のとき、父が脱サラして起業したことがそもそものきっかけです。専業主婦だった母が新聞配達を始めるなど、我が家の生活が一変しました。

伊藤: 当時、どんなふうに感じていたんですか。

斎藤: 父は大変そうながら、会社員をしていたときよりずっと楽しそうで、イキイキしていていました。でも僕は「もし父の事業がうまくいかなくなったら、どうなっちゃうんだろう」と不安でいっぱいでした。だから僕は安定した職業に就きたかった。それにはまず良い高校に入ることだと考え猛勉強し、県下一の進学校を受験したのですが、結果は不合格。滑り止めの私立高校に行くことになって1年間くらいふてくされていました。

成績はどんどん悪くなり、自分でもさすがに「このままではまずい」と思い、一発逆転を狙って図書館通いを始めたのです。そこで見つけたのが『公認会計士になるには』という本でした。読んでみると、公認会計士は困っている中小企業経営者の参謀のような仕事だということが分かりました。この参謀という言葉にぐっときた。父の影響で歴史が好きで、『三国志』や『項羽と劉邦』などを読んでいて、そこに登場する諸葛亮孔明などの軍師に憧れていたからです。それもあって、父親のような事業を立ち上げたばかりの起業家を助ける公認会計士になろうとそのとき決めました。

そこからは公認会計士一直線です。当時、公認会計士に受かる学生の数が一番多かった慶應義塾大学経済学部に狙いを定めました。ただ残念なことに、通っていた高校の進学実績を調べると受験で慶応の経済学部や法学部に合格している人は年間数人でした。当時の成績は、科目によっては400名中、400番に近かったため、普通にやっても受からないと悟りました。そこで慶応受験の合否を分けると言われていた英語一科目だけに絞って中学英語から猛烈に勉強しました。最終的に受験が近づいてきたころに、社会や小論文などほかの科目の知識を丸暗記で詰め込んでなんとかギリギリ合格しました。

また、家計にあまり余裕がなく、公認会計士受験用の専門学校と大学とのダブルスクールをするために高校のうちに奨学金試験を受けました。今でも覚えているのが、高校三年生の時に奨学金の面接官に向けて「公認会計士になってベンチャー経営者を支援するんだ」と熱っぽく語っていたシーンです(笑)

入学当初は、大学受験で若干燃え尽きていた時期もありましたが、早い時期に奨学金を受けて公認会計士受験の勉強を開始。在学中合格を目指して意気込んで勉強しましたが、それでも受からないほど想像以上に試験は難しかった。大学3年のときに初めて受験し、3年連続で失敗。奨学金も底をついてしまい、両親と「3回で合格しなかったらやめる」と約束していたので、一度は内定をもらった会計を勉強した人を歓迎するコンサルティング会社で働くつもりでした。

伊藤: でもそうしなかった?

斎藤: ある日、母に居間に呼び出されて、へそくりを貯めた銀行の預金通帳を差し出して、「もう1年頑張りなさい」と言ってくれたんです。

伊藤: いいお母さんですね。

斎藤: 実を言うと、修行僧みたいな生活がつらくて、もう勉強したくなかったんですけど(笑)、もう1年やることにしました。24時間のうち、食事と入浴の時間以外、ずっと勉強です。こうした努力が実を結び、4回目の受験で何とか合格し、ベンチャー支援に定評がある監査法人、トーマツに入ったのです。

経営参謀への道を自ら切り開く

伊藤: 15歳のときに公認会計士となって経営参謀になるぞと決めて、そこから10年足らずで夢がかなったわけですね。

斎藤: 実際にイメージしていたことができたのは30歳になったからでした。トーマツが手掛けていたのはベンチャー企業の株式上場支援で、僕が望んでいた仕事とはズレがありました。タイミングも厳しかった。僕が入社した2006年はライブドア・ショックがあった年。ここを境に景気は冷え込み、2006年に114社だった東証への新規上場社数は、2009年に23社まで落ち込みました。ベンチャーという言葉が聞かれなくなった時代でした。

伊藤: そんな苦しい状況で、斎藤さんはどう動いたのですか。

斎藤: ベンチャー業界に誰も知り合いがいなかったのですが、たまたま同じ部署の先輩が起業した。その人が主催したイベントに参加したら、ベンチャーキャピタルの人を紹介してくれました。それをきっかけに、わらしべ長者のように人脈を広げていきました。ただ最初の頃はほとんど相手にされませんでしたね。

伊藤: そのときにはどんな形でサポートするというのがまだ見えてない。

斎藤: 見えていなかったですね。まずは経営者と仲良くなろうと、150人ぐらい集めてやったこともないフットサルの大会を主催したり、ネットワークをつくるための交流会を開いたりしました。

事業を起こすときの本質的なKPIは、1日に何人ファンがつくれたか。無償でも何でも力を貸してくれる人の数が事業の強さ。力を貸してもらえるような信頼関係を得ることが、事業家がやるべきことだと思っています。

地道な活動を続けるうち土地勘もできてきて、ベンチャー企業に向けて販路開拓支援やパブリシティ支援、資金調達支援などのサービスメニューをつくるまでになりました。

伊藤: 突破口になったのはどんなことですか。

斎藤: 大企業の偉い人やメディアに知り合いができたことが大きかったですね。全国紙の若手記者に支援している企業を取材してもらい、どんどん記事にしてもらった。するとベンチャー企業の社長から「これはいいね」みたいな反応が返ってくるようになりました。そうしてだんだん形になった頃に、休眠させていたトーマツベンチャーサポートを再度立ち上げるという話になり、実質的に僕が現場を任されたわけです。

伊藤: 個人的に土日と夜間を使ってやっていたことがやっと本業になったわけですね。それはいつごろですか。

斎藤:2010年の11月ぐらいです。最初は公認会計士の仕事との兼務でした。半年たって、「頑張っているから、会計士の仕事は半分でいい」となり、さらに1年後にはベンチャー支援の仕事が100%になりました。

Jカーブを乗り越える3ステップ

伊藤: 社内の反応はいかがでしたか。

斎藤: 正直、最初の数年は逆風が吹き、何度も心が折れそうになりました。やはり監査法人の王道は当然ですが監査業務。収益を生まない立ち上げ時のベンチャー支援業務について、社内的なコンセンサスをとるのは難しかった。一番精神的に追い込まれていた時期には、会議で大勢の上司の前に号泣してしまったこともありました。僕に限らず、おそらく大企業で新規事業を立ち上げるときに何がつらいかと言えば、「Jカーブ」。Jカーブとはベンチャービジネスの世界では知られた言葉です。新たな事業がいきなりうまくいくことはまずなくて、アルファベットのJの字のように一時期落ち込むのが当たり前。その期間を耐え忍ぶことができるかが、その後の成長を左右するのです。

ほとんどの大企業の事業を見ていると、Jカーブを越えきれない人は資金や環境の問題ではなく、みんな自分で諦めてしまっている気がします。ただし、Jカーブを超えた先にビジネスモデルが確立して、収益事業としても拡大しつつ世の中にインパクトを出していく世界が待っています。

伊藤: どうしたらその苦しい時期を乗り越えられますか。

斎藤: 3つ方法があります。まず新規事業は売り上げで戦っても勝てません。既存事業とはケタが違いますからね。そこで1つはPR、ブランディングです。メディアの力を借りれば、売上比率は0.01%でもメディア露出比率は3割ぐらいまで1年くらいでいける。僕らの場合はグループ社員1万人に対してたった4人で活動していましたが、メディア露出は3-4割を占めていました。こうなると、経営層の理解も得やすくなるはずです。要は会社の看板になるので、じゃあきちんと育てるために投資しようととなりやすい。

2つ目が採用です。採用は会社のブランドの下に採用希望者の母集団が形成され、そこからスクリーニングします。ということは、PR戦略で打ち出し方を変えれば集まってくる人材が変わる。トーマツベンチャーサポートには他のグループ各社では採用できないミッション志向で、熱くて、スキルがある人材がたくさん入ってくるというのがグループ内の評価です。これはどんな事業会社でも、経営陣から見たら魅力的に映りますよね。

3つ目が人材育成。僕らのところに入った人材は1年で化けると言われます。実はプレゼンテーションをうまくできるように新人をトレーニングしています。プレゼンテーションがうまくなっただけで格段に印象が変わる。上層部に「変わったな。あそこへ行くと伸びる」みたいなインパクトを与えられます。要は潰しづらくするのが、Jカーブを乗り換えるポイントです。

伊藤: 売り上げでは成果が出ないから、まずメディアに露出する、いい人材を採り、その人たちが目に見えて変わったら潰しづらいと。そうしている間に成果を出すわけですね。

斎藤: いわば時間稼ぎです。大企業の場合、どうしてもちゃんとやるところから入ってしまう。それではリソースが集まらないし、話題にもならないまま終わります。事業はいきなり立ち上がりません。大企業が押さえるべきは、新規事業は必ずJカーブ曲線を描くということと、今話した3ステップだと思います。

~後編は9/27(火)に掲載予定です~

 

<関連書籍>
一生を賭ける仕事の見つけ方
斎藤 祐馬
ダイヤモンド社
1500円(税込1620円)

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