ダイバーシティはイノベーションの母である。日本の企業社会にダイバーシティを取り込めるかどうかの試金石と言われる「女性の活躍支援」。2016年、大きな進展はあるのか。企業向け研修「女性リーダー育成プログラム」で様々な企業の課題に向き合ってきた林恭子と君島朋子に、日本企業の現場で何が起きているのかについて本音で語ってもらった。前編は、肝心要の女性リーダー候補たちについて。(構成: GLOBIS知見録「読む」編集長=水野博泰)(後編はこちら)
知見録: 2015年に新設した「女性リーダー育成プログラム(WLP)」を企業の現場で提供してみて、どのような実態が見えてきたのか?
君島: WLPには3つある。(1)女性リーダー候補者向けの企業内集合研修、(2)同じ内容で通学型のもの、(3)女性を部下に持っている上司の方向けの企業内集合研修――。当初、女性向けのエグゼクティブ・クラスも作ろうとしていたが、女性エグゼクティブはまだ少ないため、管理職手前の層をコアの対象とした。
自信の持ち方を知らない女性リーダー候補たち
知見録: 企業側が女性リーダー候補を選んで、受講させるということか。
君島: そう。どの企業の人事部も“女性リーダー候補”に目星をつけていて、「この人たちを次の課長にする」というような人材プールを作っている。肝心の本人たちに自信が無かったり、管理職としての準備が整っていなかったりという点が悩みの種になっている。
林: 関心は高い。安倍政権が女性活躍推進を声高に宣言し、社会のあらゆる分野において、2020年までに、指導的地位に女性が占める割合が、少なくとも30%程度にするという、いわゆる「202030」というプレッシャーがかけられている。数字の妥当性はともかく、なんらかの策を講じる必要があるという焦りは企業にもある。しかし、どうしたら良いのかが分からないのだ。
君島: 通学タイプの講座は2015年10月に開講したが、すぐに満席になった。別にセミナーを企画して東京・名古屋・大阪で5回開催したが、こちらも満席。ただ、東名阪でかなりズレがある。
知見録: どのようなズレか?
君島: 東京とそれ以外の地方では進展度に差がある。名古屋・大阪に来場いただいた企業の悩みは、まだ対象者が少なくて女性リーダー候補が集まらないとか、そこに至る前に辞めてしまう方が多いといったこと。活躍推進以前に人材の確保ができていない企業が多い。
知見録: 女性リーダー候補の人材プールがある企業とは、どのようなところか?
君島: 一定の規模がある企業。今までは男性プールだけだったが、女性プールも作り始めている。進んでいる企業はKPI(Key Performance Indicators)を設定して、どの部署で、何年までに、何人の女性管理職を、という目標を決めて管理している。ただ、そのような企業はまだ少ない。「202030」の目標を達成するにはプールを作らなければいけないと認識されたのはここ1~2年だ。2015年はプール作りに着手した企業が多く、様子がかなり変わった。
林: 政府から「2020年までに30%」という数値目標が出た直後は、企業再度も「本気なんだろうか?」「一過性の動きに過ぎないのでは?」「無理じゃないの?」などザワザワしていたが、ここ1年半で、「しっかりやらなければいけない」という認識が固まってきた。私は東京の通学型クラスを担当したが、専門の知識や能力が求められる職種、研究職や女医さん、SE(システムエンジニア)といった方も多かった。
「社長とできてる?」と揶揄、珍獣扱いも
知見録: 受講者の悩みは?
君島: 女性管理職候補第1号の方がかなり受講していた。社内ですごく目立ってしまって、昇進したり、抜擢されたりすると「社長と何かあるんじゃないのか?」と言われたり…。
知見録: ああ…。
君島: とても嫌な思い出として話してくれた。あとは、社内で「珍獣」扱いされたり。女性管理職育成の研修に出る時に、おじさん達が“ガンバレー”と言って送り出してくれる。“お祓い”してくれそうな勢いだったという人もいる。「仕事と育児を両立させる理想の女性リーダーモデルのように言われることが辛い」という話もあった。
知見録: 後に続く人たちのために自分が頑張らなければというプレッシャー。
君島: 社内第1号、第2号という方たちなので、社内外に向けて「子供がいてもきちんと仕事はこなせる」と言うことを求められるらしい。だが、「きちんとどころか生活はハチャメチャです」と。
林: 皆さん、リーダーだと言われても何をすれば良いのか分からない。「リーダーとは?」と問われてイメージするのは、今まで自分が目にしてきた「男性リーダー」のスタイルなのだ。「マッチョ」「グイグイ」「こっちだぜ、お前らついて来いよ」というような豪腕なイメージがあって、そのようにしなければならないと思うと辛くなり、リーダー研修に行けと言われるとブルーな気持ちになってしまう。
反省モードからスタートする方も多い。あれもできない、これもできない、ここが弱い、あそこもダメ…というように、ウィークポイントにばかり目が向いてしまい、すべて完璧にやらなければいけないと、自分を追い込んでしまう。WLPでは、そのような固定観念を外すところから始めている。
男性と比べて、女性は真面目過ぎるところがある。男性は完璧にできないことでも二つ返事で「やります」と引き受ける人が多い。一方、女性は自信が無く完璧主義の方が多いので、安請け合いをせずに、自分が確実にできることだけしか引き受けない傾向がある。
君島: 通学型プログラムの初日には、過去の経験を書いてきて、ペアで読み合うという演習がある。とてもできる方だと思わせる人なのに、全く自信が無いということに驚く。
林:通学型では、他企業の女性たちといろいろ話し、それぞれの体験を共有することが元気の源になるようだ。
同じ企業内の方達だけで行う集合研修では、企業の内情は共有できているので、その中で次はどうしていくか、という具体的な話ができる。それぞれのコースにそれぞれの利点がある。
キャリアについて、10年後、20年後まで直線的に描かなければならないと考える方が多いのだが、人生には思いどおりにならないことがたくさんある。スタンフォード大学のジョン・D.・クランボルツ教授が提唱した「プランドハプンスタンス(計画された偶発性)理論」によれば、キャリアというものは偶然の出来事に対して最善を尽くすことの積み重ねによって形成される。あるアメリカの調査によれば、18歳の時に思い描いた職業につけているのは2%前後しかいないという。実際は、偶然の出会いがあったり、挫折があったり、望んでいない配属先だったが行ってみたらとても面白かったり、そういうことで人生が開発されていく。だから、来たものには乗ってみる、やってみる、偶然の出会いを楽しむような生き方も良いのではないか――という話をすると、多くの方が「ほっ」としているようだった。
男性と女性のリーダーを比較調査すると、たいていの能力はほぼ同じか女性リーダーの方が上なのだが、いくつか女性リーダーの方が劣っている能力がある。その1つがビジョンを描く能力。長いスパンで展望を持ち、周囲にそれを示す能力が男性リーダーよりも劣っている。これは恐らく、女性には出産、育児という大きなライフイベントがあることに関係するのではないかとかんがえられる。いつ子供が生まれて、いつ手が離れてということは、その場にならないと分からない。ステージごとにベストを尽くし、積み重ねるうちに次の山が見えてくるという形でも良いのではないかというお話をしている。
思い込みリーダー像を壊して“ほぐす”ことから始める
君島: 研修では最初の2回くらいは、受講者の緊張感や警戒感を“ほぐす”感じで自己に向き合っていただく。後半にスキル編を入れていく。部下にどう対応していくか、上司や周りをどう動かしていくか、戦略をどう捉えて自分の役割を認識するかなどに徐々に幅を広げていく。自分なりのスタイルで良いんだなと気づいていただいたところで、必要不可欠なマネジメント・スキルをきっちりと身につけていただく流れ。
定番的内容であり、男性のリーダー候補であればこのような研修は受けているのだろうが、女性の場合は機会が圧倒的に少ないようだ。例えば、部下とのコミュニケーションについても、初めてそういうことについて考えたという方もいて、「良かった」という声をたくさんいただいた。
林: 1回目と2回目で、マッチョな男性的リーダーシップのスタイルを踏襲しなければならない、とう思い込みを外して、肯定的に物事を受け入れられるフレキシブルな状態に戻す。そして、マネジメント・スキルを3回目、4回目、5回目で入れていく。この組み立ては、とても吸収が良かったし、受講者がポジティブに変容していくのを感じた。
君島: 1回目でリーダーの役割について書いてもらうと「私はリーダーではないから…」と腰が引けていたのが、5回目では「リーダーとしてこの戦略をいかに実行するか?」という問いかけを真正面から受け止められるように変わっていた。女性リーダー候補に対する研修の手応えは素晴らしいものがあった。