第1回 仮説とは何か 

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最近、「仮説」という言葉をよく聞きます。「その件に関する、あなたの仮説は?」といった質問を耳にする機会が増えましたし、『99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方』(光文社新書)などという書籍もヒットしました。

仮説を正しく用いると、問題解決や新規事業の推進など、さまざまな場面で強力なパワーを発揮しますし、ビジネスの精度やスピードもどんどん上がっていきます。

しばしば使われる仮説という言葉ですが、その定義や、仮説を立てることの意義、良い仮説の条件などは、人によってバラバラに使われています。また、ビジネスに役立てる具体的な方法論も、あまり論ぜられてはいません。

そこでこの連載では、様々な角度からビジネスにおける「仮説」を紐解いてみたいと思います。まず第1回は、私個人の「仮説」との出会いを紹介するとともに、仮説には大きく2種類のものがあることを説明しましょう。

仮説との出会い(1)科学的な仮説

私は大学の修士課程まで理学部という組織の学生でした。理学部の学生や教授のメンタリティは、工学部や医学部とは違い、「科学的な真理を追究することこそが最終目標」というものです。もちろん、システムの効率性を上げるとか、より費用対効果の高い方法論を生み出す、という要素もなくはないのですが、誤解を恐れずに書けば、これらは真理を追い求める中で派生的に生まれるバイプロダクトに過ぎません。

さて、その理学部においては、「仮説」というものが極めて大きな意味を持ちます。Wikipediaによれば、仮説とは「ある現象を合理的に説明するため、仮に立てる説のこと」(2007年4月20日現在)です。

たとえば昔、科学者は、波としての性質を持つ光が真空を伝わることに着目し、「真空の中にはエーテルと呼ばれる目に見えない媒質が充満しているはずだ」と考えました。これが、光の真空における波動様の挙動を説明する合理的な仮説だったというわけです(この仮説自体は後の実験や観察によって否定されます)。

あるいは、「親と子は似ている。なぜだろう」という疑問に対して、「親から子に遺伝情報を伝えるような化学物質があるのではないか」という仮説が立ちます。そして、この仮説を裏付けるために、さまざまな観察や実験がなされるのです。ご存知のように、現代ではこの遺伝物質の正体は、細胞の核内に存在するDNA=デオキシリボ核酸という物質であることが突き止められています。

注目すべきは、現代では真理に近いとされていることも、最初はまさに「ある現象を合理的に説明するための仮の説」だったという点です。メンデルが、DNAのさらに元となる「遺伝子」という概念を用いてエンドウマメの遺伝を説明しようとしたとき、多くの生物学者は、「生物の世界はそんなに単純なものではないよ」と、彼を嘲笑しました(メンデルはもともと数学・物理学からスタートした人物です)。それが、死後、彼の仮説で多くの事例を説明できることが知られるようになり、遺伝子の考え方が広く受け入れられるようになったのです。科学における仮説は、このように、観察や実験の繰り返しを経て、普遍性の高い真理へと近づいていくと言えるでしょう。端的に言えば、科学における仮説検証のポイントは、以下のプロセスを正しく踏むことに尽きます。

ある事象がある→それを合理的に説明するための仮説を立てる→実験や観察で検証する→その仮説を捨て、新しい仮説を立てる(Noの場合)/仮説をさらに広範囲に検証する(Yesの場合)→真理に近づく

そして自然科学の場合、真理に近い仮説を立て、それをいち早く検証した人間が、一流の科学者とされます。私も、数年に及ぶ研究生活の中で、この「仮説検証」の考え方がいつの間にか体に染み付いていきました。残念ながら、私自身は、サイエンティストとしての才能はあまりなかったのですが。

なお、ここでは上記のような科学的な仮説のことを「科学的仮説」と呼んでおきましょう。

仮説との出会い(2)ビジネスを推進させる仮説

さて、その後、曲折を経て、私はマネジメントコンサルティングファームに新米コンサルタントとして加わることになりました。この会社では新人トレーニングとしていくつかのメニューがありました。折角なのでご紹介しておくと「財務諸表の読み方」「ロジックの組み立て方」「プレゼンテーションのしかた」「エクセルの使い方」「経営戦略論」、そして「仮説検証とリサーチ」などです。

ここで再び仮説という言葉と再会するわけですが、それまで私が認識していた「仮説」という言葉の意味合いと、ここで用いられている「仮説」では意味合いが全く違うことに気がつきました。後者は、大まかに言えば「ある論点に対する仮の答え」もしくは「分かっていないことに関する仮の答え」という感じです。具体例で言えば、「この事業は儲かるはずだ」あるいは「この事業では大手顧客ほど収益性が低いようだ」、「この問題の原因はここにあるに違いない」といったものです。

これらは普遍的なメカニズムではなく、「恐らくこうなるだろう」「多分、こんなことが起きているに違いない」といった、限定的な対象や範囲にのみ当てはまる仮の答えです。

位置づけはずいぶん異なるのですが、ただ、「検証」というプロセスを必要とするという点では共通しています(この点は重要です)。

さて、サイエンスの世界から来た人間にとって、当初はこの差異は戸惑いのもとでした。そしてそれ以上に驚きだったのが、「7割くらいの精度で検証できればいい」というスタンスです。今となればその意味も非常によく分かるのですが、慣れない頃は、「そもそもそれで検証したと言えるのか。どこまで検証すれば先輩のOKが出るのか」といろいろ悩んだものです。

しかしそこは習い性となるで、最初こそ戸惑いはあったものの、ビジネスのさまざまな場面で、問題意識を持ち、仮の答えを想定し、それを検証していくということの価値が、次第に分かるようになっていきました。

本稿では、こうしたタイプの仮説を「ビジネス推進仮説」と呼びましょう。厳密な意味での仮説とは違うかもしれませんが、そうした仮説を持つことの意義、価値は極めて広範にわたります。

「仮説」「前提」「仮定」の違い

ここまで「仮説」を、「科学的仮説」と「ビジネス推進仮説」に大別して整理してきましたが、最後に、「仮説」としばしば似た意味で用いられる「前提」、そして「仮定」という言葉についても確認しておきましょう。

皆さんも、「君はどういう仮説で、このビジネスが成功すると思ったんだ?」などという言い回しを聞かれたことがあるのではないでしょうか。しかし実は、ここで言っている「仮説」という言葉は、「前提」もしくは「仮定」と置き換えた方がすっきりします。「君はどういう前提に基づいて考えた結果、このビジネスが成功するという結論を出したんだ?」、もしくは、「君はどういう仮定を置いて考えた結果、このビジネスが成功するという結論を出したんだ?」とするとその違いが分かるのではないでしょうか。

「前提」という言葉は、何かを考えるときの決め事であり、本稿でいう「仮説」である場合もあれば、単なる約束事の場合もあります。「円周率は3として考えた」などが後者の典型です。

一方、「仮定」という言葉は、事実ではない場合も含め、さらに拡大した前提といえるでしょう。「資金の制約がないと仮定した場合、どういうやり方が考えられるでしょうか」といった言い回しを思い出してください。

「前提」「仮定」とも、思考の生産性を上げるための重要概念なので、ここでちょっと整理しておきました。

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