グリー 田中良和社長 「インターネットを通じて、世界をより良くする」(対談) 

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エンジニア×経営者というシリコンバレータイプ

堀:次にお伺いしたいのが、エンジニアと社長業の違いです。現在技術を学んでいる学生や若手エンジニアにアドバイスがあればと思うのですが、田中さんはご自身をエンジニアやプログラマーと思っていらっしゃるのか、あるいは経営者と位置付けていらっしゃるのか。どのように考えていらっしゃるんでしょうか。

田中:本当に出来るエンジニアに言わせたら、僕なんて「あんなのエンジニアじゃない」というカテゴリーに入るぐらいのものです。楽天に入ってから、「PC勉強」と検索してヒットしたサイトをすべて見ながら、プログラムを覚えていったようなたちですから。ただ、僕としてはサービスをつくるということについてスキルを積みあげてきたエンジニアではあると自負しているんです。それまでは企画書を起こしてもエンジニアや上司に駄目だと言われて終わっていた。自分では絶対いけると思ってもです。でも自分でつくることが出来たら誰になんと言われようがつくったもの勝ちになる。だからエンジニアリングの技術を身に付けて、自分が思っているサービスを直接、しかも完全につくるようになったのが僕にとっては大きなブレークスルーでしたし、僕なりのエンジニア魂にも火が付いたと思っています。

今のグリーもそうやってつくったサービスなので、そこは僕の原点でもあると思っています。ただ、会社を始めてから、やっぱり僕のやるべきことはサービスづくりであって、直接プログラミングすることではないなと強く感じました。当たり前ですが、僕ひとりがどんなに頑張ったって1日24時間しかありませんから。そこでプライオリティは何かと考えたとき、エンジニアという生き方を全うしたいと考える人もいます。それは当然悪いことじゃないのですが、僕の場合は別に自分がエンジニアでも経営者でもカスタマーサポートでも、結果として何かすごいことに携わることが出来ればそれで幸せだった。だから楽天のときもエンジニアという訳ではなかったんです。楽天というのはすごいし、世の中を変えているからこそ幸せだったんですね。だから今は経営者としての仕事をするしかないと。

ただ、日本のインターネット関連企業でエンジニアリング畑出身の社長さんってほとんどいないんですよね。三木谷さんも別にプログラムをやる訳ではないし、笠原君も別にmixiを自分でつくった訳ではないですから。その意味では、本当に自分でサービスも会社も丸ごとつくっている人なんていないんです。ところがGoogleもFacebookもYahoo!も、あちらではぜんぶ社長が自分でつくったサービスなんですよ。そう考えるとシリコンバレーでは自分でサービスをつくったあと、経営にも携わってグローバル企業に育てていくという流れがむしろ一般的なのかなと思います。このタイプの経営者は日本にいないので、自分自身がそうなりたいという気持ちはあります。エンジニアリングの世界にいる人間にしか分からない技術的な事柄を、サービスと併せて考えることが、自分らしさでもあると思っていますから。

堀:うちの投資先企業にはテクノロジーカンパニーが多いんです。そのなかでエンジニアから社長になっていった方に色々とお話を聞いていると、どうやら優秀なエンジニアは物事を簡素化できるんですね。複雑でごちゃごちゃやっても成り立たないものを、アーキテクチャからきちんとシンプルにしていく。恐らく田中さんはそういう能力がすごく高いのではないかと思います。物事をシンプルにして、カジュアルに動く。ロジカルに考えて無駄なものをばさばさと切りながらソリューションを見つけていく能力の高さが、恐らくは経営にも生かされているんじゃないかと。そういう意味ではエンジニアリングも経営も究極的にはやっていることは変わらないかもしれませんね。エンジニアというととかく難しいことをやっているイメージがありますが、アーキテクチャやデザイン、あるいは概念を設計するという意味では経営と同じだから、それを一気通貫させながらエンジニアリングから経営まで繋げていくことが大切なんだという風に捉えて宜しいのでしょうか。

田中:本当にその通りです。僕は22〜23歳でプログラムをはじめたとき、「そもそもプログラミングというものを考えたやつってすごいな」と思ったんです。こんな風に人間の手法を体系化して、かつひとつのフレームワークに落とし込んで自動化していくということが出来るものなんだと。しかもそのツールをつくることも出来るんだと。それで衝撃を受けまして、改めてインターネットはすごいと思いました。でも、よく考えるとこれって当たり前のことなんですよね。たとえば僕は大学で政治経済学科でしたが、政治経済というのは、法律として刑罰の仕組みをつくったり、徴税システムをつくったりする。それはどんなメカニズムで社会の効用が最大化されていくかを設計する作業とも言えますよね。エンジニアリングも経営も、結局はそれと同じだと思います。何かしらのルールをつくる。コミュニティサイトづくりも経営も同様ですが、結局、間接的に何かのルールやメカニズムを策定して総体として組織が最大化されるようにする点で非常に似ています。その観点でもプログラミングは本当に勉強になりました。

堀:なるほど。ではあとひとつ質問させてください。日々移ろうユーザーの関心事や競合の技術革新、あるいは時代の雰囲気といった外部環境の変化の兆しを、田中さんは経営者としてどのようにキャッチアップしていらっしゃるんでしょうか。環境はものすごい勢いで変わっていきますが、そのなかでどんな風にアンテナを張って情報を集めながら、それをビジョンづくりや経営に繋げているのかをお伺いしたいと思います。

田中:これはもう、まずむちゃくちゃに考えます。一言で「考える」というと簡単過ぎるように聞こえますが、もう相当切羽詰まって考えています。とにかく必死で考えるということが根本にあると思います。あとは、Twitterでもブログでも、検索していれば世の中で何が起きているかはだいたい分かりますよね。カンファレンスなんかもそこへ行かなくても少しすればまとめ記事がネットから出てきます。ですから現代的に言えばインターネットを活用した情報収集を心がけています。

堀:逆に言えば、皆さんと同じ環境で誰でも手に入るような情報のなか、自分で判断していこうということですよね。すると結局のところ、他者との違いは先程の「考える」作業に尽きるといった感じでしょうか。

田中:僕は声を大にして言いたいんですが、よく、「田中さんは有名でお金持ちだから色々知っているんだろうなあ」と言う人はたくさんいるんです。ところが、本当に皆さんと変わらない情報量のなかで生きているんです。

堀:情報はあるから、あとはそれをどんな風に解釈するかという部分で差がつくということですね。分かりました。

三木谷氏から受け継いだ“やりきる力”のDNA

堀:ではここでお二方ほどゲストをお招きしたいと思います。壇上にはひとりずつお呼びしたいのですが、まずはグロービス・キャピタル・パートナーズのヘッドを務める仮屋薗聡一さん。彼の経歴は田中さんと似ているのですが、学生時代からマニアなところがあり、大学卒業後にシンクタンクに入って、その後グロービスに移ってきました。現在は日本を代表するベンチャーキャピタリストとして活躍しています。仮屋薗さんから見た田中さんってどんな方に映りますか?何か質問があれば併せてお聞かせください。

仮屋薗聡一:田中さんと出会ったのは1999年です。田中さんがSo-netに受かったとき、山岸さんと3人で飲みに行ったことを今でも覚えています。まず、グリーを成長させてきたこれまでの過程で、田中さんは本当に変わったと感じています。その背景にはメンターとの出会いがあり、そこからものすごい勢いで彼らの良い部分を吸収していったという側面があると思っています。今日は田中さんのお話を聞きながら、たとえば三木谷さんをはじめとしたさまざまな方の影響も感じました。そのようなメンター的な人々、もしくはご友人たちの良いところを、田中さんは日々どのように感じとっていらっしゃるのでしょうか。どのように彼らの良さを取り込んで自分を高めておられるのか。周囲にいる人々との付き合いかたも含めて伺いたいと思います。

田中:僕は学生の頃、本当に悩んでいたんです。「これからの人生、どうなっちゃうんだろう」と。政治討論番組を見るのが好きでした。朝から始まる番組があるじゃないですか、毎週同じ話をしているような(会場笑)。あるとき面白いと思ったのが、完全に右vs左みたいな感じで討論していたあるお二人が、番組の終盤に仲良く話をしていたことだったんです。「お前も学生の頃はああだったよな」なんていう風に。で、「実は自分たちは学生時代の安保闘争で同じ派閥でいたんだ」とか言いだした。それで「えー」なんて思ったんですが、同時に、「世の中、そういうことなんだな」とも感じました。

何十年後かには対立しあっている人たちでも、源流は一緒だったりするんですよね。「トキワ荘の青春」みたいに、色々な漫画家も元を辿ると同じところにいたとか。それがビジネスなのか否かとか、分野こそ違うものの、時代ごとにどこかで熱いスポットが現れるんですよ。若者や何かを成し遂げたい人がついつい集まってくるような社会的ポイントが、5〜10年ぐらいに一度、ぱっと現れる。そしてそこに集まった人々はそのあと離れ離れになりながらも、「大きく考えればひとつの時代をつくっていくんだ」と、その番組を見ていて感じました。

ちょうど学生時代、僕より少し上の世代の人たちだと、誰に聞いても昔はディスコに行っていたとか言う訳ですよ。それがその時代だったんです。それなら、今の時代は何が来るのか。次の熱いスポットはどこなんだと探したとき、僕が出会ったのはインターネットビジネスだった。色々な人と知り合えば、自分も成長出来るかも知れないという気持ちの先に、現在が続いているということでもあるんです。だから、「とりあえず熱そうなスポットに行け」というのは、ひとつのテーマではありますね。

堀:今思ったんですが、三木谷さんはハーバード・ビジネス・スクールの後輩で、南場さんは一つ上の先輩なんですね。三木谷さんも創業期からよく存じあげてお会いしたりしていました。ネットエイジの西川さんは僕のスピーチを聞いて創業しようと思い、仲間が集まったところに、三木谷さんもいたと。それからビットバレーも生まれていった。そういうことを考えていくと、やっぱりエネルギーを持った人間が同じような人と影響し合い、その“場”に触れた他の人間がさらに影響を広げていく…、それが場の力なんだと感じました。ベンチャーのスピリットというのは、要するにそれなんですよね。逆に言えば、僕は熱いものをそぎ落とされてしまうような場所には出来るだけ行かないようにしています。続いてのご質問はいかがでしょうか。

仮屋薗:ではもうひとつ。今日のお話を伺ってみて、改めて田中さんに感じたのは「徹底ぶり」でした。精一杯やって駄目なら仕方がないけれども、やらないうちには終われないという考え方です。徹底的に考え尽くすというお話も同様です。グリーの役員をやらせていただいて一番強く感じたのは、事前に色々なシミュレーションや調査を、田中さんはどの会社の社長よりも徹底して行ったうえで、最後に「これはどうしたら良いのでしょうか」と質問してくる。考え尽くしてから人とコミュニケーションするんです。逆に考え尽くすまで最後の判断はしないというのが田中さん、さらにはグリーのカルチャーになっているんじゃないかと思いました。このあたり、徹底するという考え方について会社のなかでどのように認識していらっしゃるのでしょうか。人はともすれば、その辺りがどんどん緩くなってしまいがちになるとも思いますので。

田中:僕はその点について三木谷さんから学んだところがあります。僕は三木谷さんとそれほどたくさん会話をした訳ではないのですが、そのなかで言われたいくつかの言葉には衝撃を受けました。僕はMBAとか憧れちゃうような“なんちゃって学生”だったので、あるとき戦略的なことを三木谷さんの前で偉そうに滔々と喋ったことがあるんです。そうしたら「お前は本当に馬鹿だな」みたいなことを言われまして(会場笑)。三木谷さんは「やるかやらないかなんだよ」って言うんです。各社の戦略なんていうものは多くの場合同じだから、あとは実行するかどうかが99%だと。「そんなのハーバードのMBAを出ているあなたに言われたくない」と、そのときは思ったんですが(会場笑)。もちろん戦略は重要ですが、往々にして戦略なんて同じになってしまう場合はやっぱりあるんですよね。ならば、「100メートル走と同じように走るのならあとはどれだけ徹底して速く走るかとか、そういったこと以外に勝つ方法はないんだよ。だからお前毎日寝ないでやれ」と言われたので、「なんだよそれ」と思いましたが。でも僕はなるほどと反省しました。頭でっかちだったんです。

恋愛の達人になりたくて恋愛マニュアル本をたくさん読む人間はいないだろうと。一冊ぐらいは読むかもしれませんが、まずは声を掛けてみろということになりますよね。徹底して考える作業は欠かせませんが、そのあとやりきることも同じように大切なんだと僕は思っています。

そういう“やりきる力(リョク)”についてはうちの会社でもよく話しています。あるとき総務が「ゴミが落ちていたけど。田中さんどうしましょう」と言ってきたんです。で、僕は「別にいいよ」と。ゴミが落ちていることもあるじゃないかと言いました。「ただ、そのゴミを放置しているなら君の部署で明日パソコンを持ち逃げされても、“この会社はゴミを落とさないルールすら守れていない会社なんでしょ?だったらパソコンぐらいいいじゃないですか”と、いつか言われるよ?」と話しました。そう言われないためにもゴミをひとつ落としたらいけないという意味です。そんな行動一つひとつの徹底によって、コンプライアンスが守られていくんだとも考えています。ゴミが落ちているか否かは事業戦略には直接関係しませんが、そのことが会社としてどういうメッセージを社員に伝えてしまっているかについては理解しておく必要がある。僕はそっちのほうを気にしています。

堀:仮屋薗さんありがとうございました。ではもうひと方、同じくグロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一さんにお伺いしていきましょう。高宮さんはソーシャルメディアのビジネスについて、ロンドンやシリコンバレーなど世界のあちこちで講演をしています。この分野のエキスパートです。

高宮慎一:ありがとうございます。インターネットオタク仲間としてお伺いしますが、インターネットはこれまで技術先行型で歩んできました。それで我々のようなオタクに対してはインパクトを与えてきたと思うのですが、これからはより普通の人々の生活を変える大本命になると思います。皆さんの生活がどう変わっていくのかという点で、何か所見があればお聞かせください。これからインターネットでどんなエキサイティングな体験が出来るのか。

田中:インターネットはまだこれからというお話をしましたが、たとえば僕は小学生の頃、すごく好きなアニメがありました。でもそのアニメが放送される時間帯に母親がどうしてもスイミングスクールに行けと言うから、もう泣く泣くスクールに行っていたんですね。で、当時はビデオがなかったので、カセットテープで録音ボタンを押してからスイミングスクールに行く。そして帰ってきたらそのテープを聞きながら、番組のことを妄想するという小学生生活を送っていました(会場笑)。でもそのときは、「俺が10〜20年後に生まれていれば、見逃したアニメなんてボタン一発で観ることが出来るようになっている筈なんだ。こんなに早く生まれたから好きなアニメを見ることが出来なくなった」と思っていたんです。

何を言いたいかというと、今はHDDで録画していればいい訳ですが、ふと見逃した録画もしていないアニメを好きなときに観ることって、今でも結構難しいですよね。25年前ぐらい前に子どもが思っていたことさえ、未だに実現していないんですよ。そういった領域が、インターネットによって劇的に変わる事例は本当にたくさん生まれると思います。とにかくまだ何も起きていない。最近やっと、少しだけ胎動が始まったかなという感じです。

5〜10年前に、インターネットという言葉が新聞や雑誌を飾っていたとき、「こんな社会になる」という予想は色々と出ていました。「電球が切れたらそれを察知して勝手に電球が送られてくる。それがインターネットだ」と。でもそんな社会は未だに実現していません。100年後には明らかに、電球が切れていたら勝手に取り替えられている社会になるはずです。そういった技術やサービスをこれからようやく実現させていくということが、僕らの時代になるのかなと思っています。

やっぱり人間は、自分が生まれてきた時代に逆らえない部分がありますよね。僕が100年前に生れていたら元素発見に挑戦していたかもしれませんが、今どき元素は発見出来ませんし。すると今の時代、僕らが働ける30〜40年で人類にイノベーションが起きるところまでいかないと、別に50年後に起きてもしょうがないと思うんです。逆に言えばインターネットというのは、僕らが生きているこの時代に直接関わることの出来る、人類にイノベーションを起こす数少ない分野だという点でも魅力的だと思います。

高宮:そのようにインターネットで世界を変えようとしたとき、日本としてはどのようにチャンスを見出せば良いのでしょうか。田中さんが「今こそ世界に出ていくべき」とお考えになる日本の強みがあればお聞かせください。

田中:チャンス以前に、このまま放っておくと日本が終わるという気持ちがあります。この国に蔓延している「このままだと終わるかもしれない」という今の雰囲気は、実はすごく良いことなんじゃないかとも思っています。最近うちの会社に入ってくる新人を見ていても、すごくいいんですよ。このままだと年金も貰えないから、どうやら自分が頑張らないといけないらしいと。「だから頑張ることの出来る会社に来ました」と言うんです。これから日本はグローバル化して世界中に商品やサービスを販売して認められる以外、生き残る道はない。そんな切迫感が根っこにはあります。

一方、そうは言っても、孫(正義・ソフトバンク代表取締役社長)さんや夏野(剛・元NTTドコモ執行役員・マルチメディアサービス部長)さんといった方々のおかげで、この国はブロードバンド大国、あるいはモバイル大国になりました。だからインターネット文化が世界でも有数の水準に発展してきたと思うんですよね。GoogleもAppleもテクノロジーはすごいんですが、インターネットカルチャーやモバイルカルチャーという点ではまだまだ日本が有利なところにいると僕は考えています。モバイルソーシャルゲームなんてその最たるものです。今のところ日本でしか流行っていませんが、これからは世界中で流行ると思います。そういった日本のカルチャーを生かしたいという思いはありますね。

この点については、僕が本当にゲーム好きかどうかはあまり重要じゃないと思っています。日本育ちの日本人として働いているなかで、「世界の人々に喜んで貰えるビジネスが成り立つフィールドってどこだろう」という限定条件のなかで選ばざるを得なかったということも、逆にあると思っていますから。だから僕はどんな流れに乗るべきかが大切なんだと思っています。モバイル、インターネット、ソーシャルゲームというのは、日本発で世界に通じる数少ない領域ですよ。そういう有利なポイントに自分のビジネスを持っていかないといけないと、いつも思っています。

ネットとリアルを区別する思考は意味がない

堀:ありがとうございます。では会場の皆様とのやりとりに移りたいと思いますが、皆さん何でも結構です。何かご質問があれば挙手でお願い致します。

会場:SNSやモバイルゲーム分野では、当初、mixiやモバゲータウンのほうがシェアとしては高かったのではないかと思うのですが、そのなかからグリーが勝ち抜いたきっかけや、そのときに持っていた戦略などがあれば教えていただきたいです。また、「今考えるとこれがラッキーだったね」と思えるような要素があれば、その点もお聞かせいただけないでしょうか。

田中:最初に言いたいのは、ほぼ運です(会場笑)。これが人生のすごいところなんです。考えてみればGoogleだって検索連動広告が他の会社で流行っているのを真似て収益化に成功した訳ですよ。しかもYahoo!で「オーバーチュア」をやっていた人間がGoogleに転職してきて、その彼に「儲かるらしいぞ」と言われたから半信半疑でやってみたら儲かったという感じです。そんな風に、僕が知る範囲では他社の成功事例も運によると思えるようなものがかなり多いんですよね。だから自分でもたまたまうまくいっただけだと思っています。

当然、精一杯考えてはいます。それでも最終的に何がうまくいくかなんて分からないんですよ。うちの会社も「設立時から現在のように成功戦略があったんですか」とよく聞かれますが、まったくありません。とりあえず会社をつくってみただけ。間違いなく言えるのは、会社をつくらないと始まらないということだけですから。それ以上の何ものでもないですよ。しかも、設立後も日々何をやったら良いか分からないから、「これはどうしたらいいのかな」と思いながらやってみて、うまくいかない状態が何年も続く。そしてあるとき初めて、「あ、これってうまくいくかもしれない」という要素を発見し、それを最大化してきたことで現在がある。だから、何がうまくいくかまったく分からない状態でも、とにかくやり続けるということしか成功の法則はないと僕は思っています。

うちの会社が成功した背景のひとつにテレビCMをたくさん打ったという事実がありますが、これもすごいんですよ。当時26歳のCFOが「まったく分からないけど、テレビCMって大切そうなんで僕が今から電通に電話してCM枠買ってきます」って(会場笑)。当時28歳だった僕も、「CMってどうやってつくったらいいかぜんぜん分からないけど、インターネットのサービスがつくれるぐらいだから、メディアセンスもあるかもしれないし、俺、CMつくるわ」と言ってCMをつくって打っていったというのが実情なんです。戦略性ゼロでしょ?もちろんつくる以上、当時日本で流れていたCMをぜんぶマッピングして、その傾向をいわゆるMBA的なロジカルシンキング分析し、自分なりの結果を導きだす作業はやりました。

でも、出発点はCMを打ったこともつくったこともない連中がやっちゃっていたんです。それでもうまくいくことはあるんです。そのあとうちの会社に博報堂出身の人間が入社したので引き継いで貰いましたが、実はその彼も、たまたま社員が合コンをしていたときの友達の友達なんですよ。これ、事業計画書に書けませんよね?計画書に、「3年後に合コンで知り合う友達にCM制作を依頼して…」とか(会場笑)。彼が来たからたまたまうまく回っていったんですが、それは出会いであって計算不能な要素です。そういうことが起き得るんです。それらの運をたくさん掴んでいきながら、戦略と相互に共鳴させていった。「CMを打ったらうまくいくかもしれない」という戦略やビジョンを持ちながらも、人が来たら打てるし、来なかったら仕方がないと諦めてCM以外の戦略を考えるしかない。そういう考え方でやってきていました。

そんななかで、「どうやらモバイルゲームでもこれからはこんなタイプが受けるんじゃないか」といった自分たちなりの検証は徹底したことで成功していった面はあると思います。でも、これも経営計画に書けない要素ですが、競合が予想していた領域で100%対抗してくるとは限らないということもあるんですよね。もし同じ日にmixiがモバイルサービスを開始する予定だったら、うちはモバイルサービスをやっていなかったかもしれません。でもmixiはたまたまそうしなかった。経営計画に載せる各マーケットシェアは競合の存在が前提じゃないですか。けれども競合が現れないかもしれない。たまたま競合の社内でお家騒動があるかもしれないし、たまたま競合内で当該事業を担当していた人がパソコン好きだからモバイルにシフトしなかったとか…。将来にはそんな非論理的な要素がたくさん含まれているんです。だから僕はロジカルシンキングをするし計数管理もしますが、同時に社会や世の中はそれとまったく無関係に動くことも多いと理解する必要があると思っています。そういった運的な要素と戦略を相関させながら、出来得るベストな選択をするかが重要なんです。

堀:多くの起業家を見ていると、「まずは前に進む」という強い願望を持ち、思考錯誤やロジカルシンキングが出来る人のところに人が集まっていく。そしてその出会いが成功に繋がっていくという気がします。

田中:そうですね。あと、僕としてはいわゆる勉強するという方法論そのものに慣れてしまうのも良くないと思っています。僕はよく“オール5症候群”と呼んでいますが、英語もペラペラ、MBAも取得して、有名大学を卒業して…、ありとあらゆるスペックを最高にしたくなっちゃう。オール5にしたいという意図だけなら良いのですが、別に素敵な彼女を見つけたいとか会社をつくりたいということに対してオール5である必要はまったくありません。しかも何についてオール5なのかという軸自体が不明です。たとえば営業マンが優秀になるのは、英語がペラペラだからというより、愛嬌があったりするからです。

そもそも人生自体、うまくいくべきかの指標自体が不明確なゲームをやっているようなものだからオール5にする必要はないんです。そこで勉強的な考えに凝り固まってしまうことがある。ついつい答えがあるとか、もっと調べたら答えが出るという幻想を抱いてしまうんですね。勉強的な試験はすべて暗記すれば受かりますが、この人をどうやったら“落とせるか”というとき、その人のことを100%知ったところで口説ける訳ではないじゃないですか。毎日通っても同じことです。その人を口説くには、とりあえず前に進むしかない。100%勉強すれば100点になるんじゃないかという幻想を恋愛や子育てに置き換えると、「そんな訳ないだろう」となる訳ですから、事業も同様に考えるべきではないでしょうか。さしあたって、「突然山のなかに捨てられたらどうやって生き延びるのか」とか、そういう考え方をしているべきだと思っているんですよね。

堀:日本では大学までほとんどがそのような知識の埋め込みだし、それで正解があるという考え方が中心ですよね。ハーバードやグロービスでは、「正解はない。考えろ」とはっきり話しています。自分がどう考えてどう思ったのかを、まずは伝えろということになります。これはまったく違う発想ですよね。さて、では大阪校か名古屋校のほうで何か質問はありますでしょうか。

名古屋会場:今日はありがとうございました。失礼な質問で大変恐縮なのですが、それでもインターネットビジネスをされている方に敢えてお聞きしたいことがあります。最近の若い子たちと接していて、「とりあえずインターネットで検索する」とか「とりえあえずネットで見ていけば良い」といったように、だんだんリアルな経験から離れているんじゃないかという感覚をなんとなく持っています。これからインターネットが普及すればするほど、デジタルネイティブ世代のようにリアルな経験から離れていく人が増えるのではないかと危惧しています。

田中:何事も真剣に生きて、色々なことにぶつかって、苦労をしなければいけないということであれば、僕もそうあるべきだと思います。ただ、それと技術や手段はまったく関係がないと僕は思っているんです。こういうことを言うとぜんぜん話が違うんだと言われちゃうかもしれませんが、たとえば西暦3000年ぐらいには、会っているのも会っていないのもバーチャルリアリティに発展して、もう一切区別出来なくなると思うんですよね。そのときにやっぱり直接会わないといけないと言っても、「関係ないよ。脳信号は同じだよ」と言われちゃう(会場笑)。そういう社会に、1000年ぐらいすればなってしまうので、そこでバーチャルかリアルかを議論しても意味がないと思うんです。

さらに言えば、テクノロジーの発達に伴って急速に人間のリテラシーも進化していくと思っています。現に、インターネット上でも人と真剣に付き合うということがだんだん出来るようになってきている人が増えてきていると、僕は感じています。少し古い例を上げます。僕が大学生のころに携帯電話が流行り出したのですが、あるとき携帯電話で都内在住の彼女と2時間ぐらい長電話をしていました。そうしたら父親が電話を切ったあとに、「本当の恋愛というのは会うものなんだ。2時間もあれば会えるのに電話でもぞもぞと喋って済ますなんて、お前は本当の愛を知らない奴だ」と言うんです。もうこのおっさん本当におかしいと(会場笑)。昨日会ったけど今日は時間がないから寝る前に電話で話す。それは普通じゃないですか。愛も育んでいる。でも、父親からすると「そんなの愛じゃない」となるんです。たしかに気持ちは分かる。恐らく父親は昔、文通しただけで、「お前は文通するなんて恋愛じゃない」とか、そういうことを言われていたと思うんですが(会場笑)。恐らくリテラシーの向上に伴って、テクノロジーを使いこなして人と繋がることが当たり前になってくると思うんですよね。そこに違和感を持たなくなる。

最近聞いたのは、ひとり暮らしをしているある男が仕事から帰宅すると、彼女とSkypeでビデオチャットしながら楽しくお酒を飲んで夜を過ごすというんです。テクノロジーってすごいなって思いませんか。人間を幸せにするってこういうことだなと感心しました。彼らに言わせれば、「会えたら良いけど会えないときもある。そのときは家で一緒にお酒を飲めたら楽しいし、十分幸せだ」ということだと思います。たぶん、彼らは「バーチャルだ」という感覚すら持っていないと思います。

携帯で洋服を買うなんて良い例ですよ。それには僕もさすがに当初、「おかしい」と思ったんですが、買っている女の子に聞いてみると、実物を見たことがあるものだけ買っている」と言うんです。「あ、なるほど」と思いました。それなら大丈夫ですよね。同じ洋服の色違いを買うとか。よく考えたらたとえば僕が浜辺に行く際、ジュースを買いたいからお金も持って行くとします。でも浜辺に全財産を置いていたら危ないから、金額は1000〜2000円程度に抑えていく訳です。これは場所などによって何がリスクになるか、自分で判断するリテラシーがあるということですよね。インターネットの使い方も同じで、皆が慣れていけば、5〜10年もすれば「そんな問題あったっけ?」というぐらいになるんじゃないかと、僕は思っています。

堀:なるほど。僕らの時代はディスコでナンパしていたんですが、最近は出会い系のほうがもしかしたら健全かもしれないという(会場笑)。では他の質問はいかがでしょうか。

熱いスポットに行き、すごい人に出会うこと

会場:創業時の原点についてお伺いしたいと思っています。どういった想いを抱いて3人のメンバーがお集まりになったのでしょうか。また、併せて堀さんにもお伺いしたいのですが、当時はどういう点から投資しても良いとご判断されたのでしょうか。

田中:友人だった山岸という男を誘って立ちあげたのですが、正直、もともとやっていたSNSが一人で運営出来なくなってきたので、会社にせざるを得なかったんです。ただ、成功する目算もないしお金もなかったから、「これは誰も誘えないなあ」と思って悩んでいたら、それを見かねた山岸が「会社をつくるなら一緒にやってもいいよ」と言ってくれまして(会場笑)。本当に有り難い話でした。逆に言えば、当時僕と会社をやってもいいと言ってくれたのは彼だけだったんです。僕もそれなりに友人はいたし、インターネット業界でそこそこ名前も知られていました。それでも誰も来なかった。それほどの状態だったものですから、「もう会社を立ちあげて誰かを誘うなら、そいつが何かやって失敗しても仕方がないと思えるようなことをやりたい」と思っていました。

それに、人生何があるか分からないじゃないですか。一緒にはじめた人間が突然金を持ち逃げするかも知れないし。でも「こいつが持ち逃げするぐらいだから色々と悩んでたんだろうな」と…、そこまで思えるような人間と会社をやりたかった。山岸というのはそういう人間でした。次に山岸に誰かいないかなと聞いたら、「最近知り合った人でプログラミングが出来るという人がいたから連れてくるよ」と言ってくれた。ただ、その人がまったくプログラミング出来なかったんです(会場笑)。でも誰かいないと困るから、「何かやって貰える仕事ぐらいあるんじゃないの?」ということで入って貰いました。それが3人目の社員ですね。

そこからスタートして強く感じたのは、やっぱり楽天って創業メンバーから最初の50〜100人ぐらいの社員が本当に優秀なんですよ。だから僕もここからどれだけ優秀な人材を集められるかが会社の成長を決めると思っていました。まあ、山岸は当時からインターネット業界で有名な人間だったのですが、そういう人たちを集めるようにしました。だからCTOには当時業界で有名だったエンジニアを呼んできました。その辺りから僕も自信が出てきて、「とりあえず来ないか」ってあちこち誘っていった結果、かなり良い人たちが来てくれました。

そんな感じで進めていった会社ですが、僕としては志や目標は高くないといけないと、当時から思っていました。もちろん儲からないよりは儲かるほうがいいけれど、それが最終的なゴールではないんですよ。そこそこ大きくなったらいいというのでもなかった。インターネットで世界を変える。自分もそこに参画したいという人生の主目的を、この会社で実現しようと思いました。だからこの会社がもし失敗したら、これだけ頑張ってもうまくいかないのなら、もうインターネット業界から足を洗うと決めていました。この15年間、そのぐらいの気持ちで働いています。そこで山岸にしろCTOで入ってきてくれた人にしろ、「田中ってやつは何か面白いことを考えて一生懸命頑張っているし、彼がつくるサービスはなんだか面白いね」と、彼らは彼らで思ってくれたからこそ、友達から友達へと人材の繋がりが広がっていったんだと思います。うちの会社は現在200人ぐらいですが、たぶん知り合いの知り合いといった繋がりで入社した人間が全体の3〜4割を占めています。そういう形で広がっていく会社は強くなるじゃないかと思いますね。

堀:皆さん田中さんのお話を聞きたいと思いますので僕の話は簡潔にしますが、投資をするときには二つの視点があります。ひとつはMBA的な考え。市場があり、シェアがあり、戦略があり、財務分析が出来ること。もうひとつは人と組織を見るということです。ただ、以前はその重要度が前者7、後者3ぐらいかなと思っていましたが、最近はほとんど人間ですね。人がどうか。どれだけ向上心があるか、どれだけ優秀な人材を見つけられる力があるのかという人を見る力。グリーのときは、急成長している分野における田中さんとそのチームの可能性に賭けていきました。結局は人を見ていますね。目を見て「これはいけるな」と思えるかどうか。でもグリーについては正直、ここまで大化けするとは実は思わなかったんです。田中さんもやるんだという気持ちがあったとは思いますし、それこそ運という要素も入っていたとは思いますが、ここまで成長されて僕らとしては本当に有り難いというか、感謝しています。では最後に一問だけ、女性からのご質問がありましたら受け付けたいと思いますがいかがでしょうか。

会場:今週グロービス主催の社内研修を受けまして、行動が能力や意識を変えるということを学んだので、そこに関連してお伺いしたい点があります。先程は「運です」と言い切られていましたが、運と言ってもそれは引き寄せるものだと思います。運を引き寄せて成長を実現するために、具体的に何か習慣にしているようなお考えなどはありますでしょうか。もしかしたらご自身では無意識な部分があるかもしれませえんが、たとえば影響を受けた方を模範にするといったものでも結構ですので、教えていただければと思っています。

田中:今日のまとめになっちゃいますが、不遜だとは思いつつ自分で自分を分析してみると、僕としては本質的なことについてかなり忠実になっているのかなと自覚しています。「そもそも根本的にこっち側だね」とか「こういうことが真理なんだ」とか。インターネットがこれから大きくなっていくから、そこで生きていくということは学生時代から考えていましたし。

他の人も、インターネットがすごいとは言うんですよ。でも「やっぱり俺は別業界に就職しておくよ」という人が多い。論理的には正しくても、誤った選択をしている人が多いと感じるときがあります。そういう意味では、かなり本質に対して忠実に行動しているのかなと。

その本質というものをもう少し具体的に言うと、ひとつは自分をつくるのは周りの環境だから、より良い環境に行かなきゃいけないという考え方です。それは単に優秀な人がいるという意味ではないです。むしろ熱気を携えている、野望を持っている、頑張りたいと強烈に願っている…、そういった人間が集まる場に行くと、自分がちょっとぐらい頑張っても「だめじゃん」と言われたりして、その悔しさが成長の糧になったりする。厳しい環境によって自分が鍛えられるんだと確信しているんですね。だから自分にとって最も良い影響を与えてくれる環境はどこだろうといつも模索しているし、そこに自分が入り込んでいく。

あと、「すごいやつからはすごいところを盗んで、駄目なやつからは駄目なところを盗め」と、僕は会社で話しています。皆、間違えるんですよ。「会社を失敗したことがあるからこそ聞きに行きます」という人間がいる。もう本当に馬鹿だなあと思います。「あの人は女の子と一度も付き合ったことはないんですが、何回も告白してすごい失敗経験があるから付き合うための法則を聞きに行きます」って、誰も言いませんよね。それなのに起業になると、「失敗が重要なんですよ」とか言いはじめる。そんな訳ないだろうと。

成功した人でしか成功の仕方は分からないと思います。逆に失敗した人からは失敗の仕方しか学べない。だから、たとえば新卒の若い子がOB訪問をするときは、「OBのなかでも一番すごそうな先輩の言うことだけ聞け」と言っています。「三番目か四番目ぐらいにすごそうな人間の話は聞くな」とも。だいたい“若干すごいやつ”が間違ったことを言うんですよ(会場笑)。僕が辞めようとしたときもそうでした。この人は本当にすごいなと思っていた人には、「正直、田中は早く会社を辞めたほうがいいと思っていた」と言われました。でも、中堅ぐらいの人からは「何で辞めるの。このままいたほうが安泰じゃん」とか言ってくる。やや優秀な人が口にする言葉が人を惑わすんですよね。就職活動でも若干優秀そうな先輩のところに行くと、「君は…、そうだな。会社で10年ぐらい勉強したあとにこれとそれとあれをやって、そのあとこうしたほうが良いよ」とか言い出すんです。それでも学生からすると「たしかに」と思っちゃう。でもそんなこと言い出したら、ビル・ゲイツも大学中退だし、スティーブ・ジョブズもほぼ大学には行っていない。ビル・ゲイツに聞いたら、「20歳からやっても成功するから大学にいても無駄だよ」とか言われるかもしれません。でもIBMに入ったマッキンゼー出身の人間に言わせると、「ハーバードに行ってマッキンゼーに行って、10年ぐらいしたら投資銀行に行け」とか言いますよ。その先は頑張ってもIBMの社長であって、ビル・ゲイツじゃないんです。ビル・ゲイツになりたかったらビル・ゲイツに聞きに行くしかない。そういうところを間違えてしまう人は多いと思います。

そこを間違えずに周りの人たちを見て、熱いスポットに行き、自分がすごいと思う人と知り合って、その人たちをベンチマークにするのが僕の生き方です。そういう人たちは言っていることも普通の人たちとまったく違って、どこかおかしなことを言っているんです。そんな学びとともに会社を続けていますが、「俺もよく続くな」とは今でも思っています。どれだけ異常にならなきゃいけないかと毎日悩みながら。

あとは繰り返しになりますが、運。予想は付かないんですよ。でもそこで諦めるという意味ではないです。単に「分からない」とか「計測不能」という現実があるだけです。頭が良いとぜんぶ自分に起きることが想像出来てしまって、そのなかで自分は最適な答えを導くことが出来ると過信してしまいがちですが、世の中にはあまりにも複雑過ぎてどう考えても結論が出ないことはあります。考えても考えてもベストが出ないという点では、恐らく社会とか世の中とか人生と一緒ですよね。大切なのは分からないなりにどうやって対応していくかという気持ちです。人によって、分からないなりにうまくやる場合もあるし、行動すれば道が拓けるという人もいる。人によって色々と言い方は異なるとは思いますが、一番重要なのは考えても分からない世界があるということなんだと思います。それでうまくいく場合がある訳だから、最終的には広義のドメインを決めて頑張るしかないということなんだと僕は考えています。

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