私の話、聞いてないでしょ? 

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■前回までのあらすじ
会社の変革提案を、なぜ社長に却下されたのか――。押川はその答えを求め、クラスメートの塩浜に奨められた『パワーと影響力』を受講することにした。その最初のクラスで、何事も、誰に対しても“正論”で論破してきた自分に何が足りないのかに押川は気づいた。それは、自分とはタイプや考え方の異なるクラスメート高橋とのやり取りからだった。相手を最初から拒絶してしまい、「なぜ違うのか?」を理解しようとしない姿勢が自分にはある。それは、社長の小林に対しても同じだったのだ・・・。

主な登場人物

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※文中に出てくる姓名は全て仮名・仮称です。

■トップは何を期待していたんだろう?
初回クラスのケース・ディスカッションのポイントは次のようなものだった。

「目的を果たすために人を動かすには、それがたとえ上司であれ、動かしたい相手のニーズや感情をまずはしっかり理解する必要がある。しかし、“トップは完璧でなければならない”という非現実的な上司観から生ずる負の感情や、異質性(自分が正しいと信じるものとの違い)への受容度の低さが相まって、相手への真の理解がないまま、正論を一方的に押し付けてしまうことが多い」

押川は自分が動かしたい相手である小林社長が何を期待していたのか、またその裏にある経営者としての苦悩を理解しようとしていなかったことを痛感した。「これじゃ社長に受け入れられるわけないな」と気づく。

ケース・ディスカッションの後は、自分の職場に引き寄せて考える時間が取られた。講師は押川に質問を投げかけた。

講師: 押川さん、なぜ小林社長は買収の決断をしたのでしょう?

押川: ほっておくと被買収企業の技術基盤が競合に買われてしまうと考えたからだと思います。

講師: そこには押川さんが想像する以上の危機意識があったのかもしれませんね。買収の決断を後押ししたのはそれだけ?

押川: ・・・・・買収先の技術力やそれを生み出す挑戦的で創造的な組織文化もたいへん魅力的だったと思います。

大塚: 買収先企業の採算性への懸念については当然しっかりデューデリ(投資対象の事前調査)して分かっているわけで、それでもなぜ小林社長は買収を決めたと思う?

高橋: わかるなぁ。トップとして痺れる決断だったと思いますよ。

押川: ・・・・・たしかに悩んだと思います。最後は、経営における最大のリスクを考えて、腹をくくったんでしょう。

講師: 経営者はすべてのステークホルダーのことを考える必要があるよね。では決断した後の小林社長の気持ちをもっと解像度を上げて想像してみてよ。

押川: ・・・・・投資家をはじめ多くのステークホルダーに約束した以上、後退するわけにはいかなかったんだと思います。

講師: では小林社長は押川さんに何を期待していたんでしょう?

押川: ・・・・・となると、まずはフルラインの採算性を改善する具体的プランを現場と一緒に考えることを求めていたんだと思います。

講師: それに対して押川さんの提案は?

押川: 当事者意識に欠けた評論家的な一部事業ラインの撤退案でした。そう考えると恥ずかしいです。ただ、買収先のチャレンジングな組織文化を最大限活かすためには、現場に責任と権限を付与するエンパワーメント型の組織に変革することに間違いはないはずです。

小川: でも、組織の柄だけ変えてもそれを機能させるためにはいろいろな難所があるよね。それ、押さえていた? 小林社長が求めていた提言のレベルは?

押川: 現場個々の声を把握した上で、難所に対する対策案をもっと具体的に提示すること。実際に動けるレベルに。

倉田: できていた?

押川: その点、まだまだ考え抜いていなかったことは反省せねばなりません。これまた単なる評論家にすぎなかった自分が恥ずかしい。

講師: 最後にもうひとつ、押川さんの社長や現場との一連のコミュニケーションのスタイルはどんな風だった? さらにトップは押川さんのそういう態度にどのような感情をもっていたと思う?

押川: ・・・・・正論を上から目線で一方的に押し通すやり方でした。

高橋: そこに謙虚さは? 社長はそんな押川さんにどんな感情を抱いていたと思う? 社長も人間だからね。

押川: ・・・・・実は、トップに対する批判的な言動を現場のコアメンバーともしていて、それが社長の耳にも入っていたようなのです。

このやりとりから、押川は自分の未熟さを痛感させられた。同時に、やるべきことはまだいくらでもあることにも気づいた。それが分かってきた以上、それをなさずに退職することは押川にはできなかった。もう一度やり直したい――。ただ、これだけ関係が悪化してしまった社長ともう一度やり直せるのだろうか。どうしたらいいのだろう。難問だった。

■わかっちゃいるけど・・・関係修復の新たな心の壁
初回Day1の後半は、関係の悪化した上司と修復を図るには具体的にどのようなコミュニケーションをとるべきか、ロールプレイが用意されていた。

正論をぶつけあう押川が得意なケース・ディスカッションと比べ、ロールプレイは全く趣きが違った。一方的に自己主張し相手を論破すればよいというものではない。ロールプレイでは自分のコミュニケーションのスタイル、さらにはその心の底にある相手への感情や自意識が浮き彫りになる。自分が上に立とうとしたり、自分の考えを理解してもらおうと主張すればするほど相手は心を閉ざし、相手を真に理解するところからはどんどん遠ざかってしまうのだ。押川の苦手な側面が炙り出されるような時間だった。

案の定、ロールプレイの後、押川は相手の平田から次のような率直なフィードバックを受けた。

「押川さんは自分の考えを正当化しようと一方的に捲し立てて、問いかけなど一切なかったよね。私の気持ちを理解しようとしているようには全く思えなかったよ。私の話、聞いてないでしょ。それにまず、自分を改めようとしているなら、まずは謙虚な態度をしっかりみせなきゃ。まずは“詫び”から入るべきじゃない?」

押川も頭ではそれが分かっていた。しかし、「自分にはできない」と答えた。

それを横で聞いていた講師が言った。

「できる、できないではない。やるか、やらないかだ。クラスでできないことは職場でも実践できない。クラスでやらなきゃと思ったことを明日職場で実践しなければ、永久にできない。明日から具体的にどう行動するかをコミットしてほしい」

この壁を乗り越えない限り、押川の成長はない。そう考えて、あえて厳しい言葉を発したものだった。

< 講師解説 > トップを動かすにはまず相手のことを理解することから

押川の組織変革提案がトップに受け入れられなかった原因としては以下が考えられる。

――「正論を主張すれば通るはず。それを受け入れない相手が悪い」と自信過剰で、常に自分中心で考えていた(トップが本来求めていることや抱いている感情を理解することが起点であるべき)

――トップから信頼して任せてもらっていると思い、自分の主張が通るものだと思い込んでしまった(トップの求めるものも日々変化するので、常に自分から確認する必要がある)

――視野狭窄で、トップが見ている世界や悩みをイメージできてなかった(トップは、様々なステークホルダーに思いを巡らせ、二律背反の同時追求に常に挑んでいる存在である)

――人間的に高い理想をトップに求める。そこに少しでもギャップを感じると全てをネガティブに見てしまっていた(トップであれ、完璧な人間などいない)

――トップに対する誹謗中傷の発言がトップの耳にも入り、悪感情をもたれてしまった(部下の心に潜む悪意・敵意を察知すると、トップも人間、部下を敵とみなす)

――自らの価値観が、情報収集や情報の解釈を歪めていた(人間は見たいものしか見えない)

トップを動かすには、まずはトップが考えていること、望んでいること、困っていること、抱いている感情などを理解するところから始めなければならない。それ無しに自分の主張を一方的に相手に説くのは、戦略論でよく言う“供給者の論理”だ。ただ、“トップを理解する”ことはそう簡単ではない。人間は自分本位で、自分のことを主張したがり、相手の話を傾聴できない。また、本連載の第2回「講師解説:トップに完璧を求めていないか?」でも述べたように、トップに対する自分の負の感情もそれを阻んだりする。

押川のケースの相手は“トップ”だが、これは広く“上司”と言い換えてもよいだろう。ジョン・P・コッターも、上司の目標や目的、上司へのプレッシャー 、強みや弱み、盲点、ワークスタイル(聞くタイプか読むタイプか、関わりたいのか任せたいのか)など、まず上司を理解することの必要性を説いている(『上司をマネジメントする』 May.2010 Diamond HBR)。 その上で、以下のような関係を構築することが大事だとしている。

・自分のニーズにもスタイルにも合わせつつ、上司に歩み寄る
・互いの期待を伝えあう
・上司の求める情報を自分が提供する
・誠実であり、信頼される
・上司の時間と資源を有効に活用する

また、上司が部下に求めていることとしては、任せた仕事を確実にやり遂げて欲しい、ディスカッション・パートナーになって欲しい、信頼できる情報源となって欲しい、上司の味方・支援者になって欲しい、自律的に動いて欲しいなどがあげられる(『影響力の法則』、Dr. A.R.コーエン & Dr. D.L.ブラッドフォード)。

以上、上司が求めていることを理解することの重要性を述べてきたが、初めは仮説から始まることが多い。その仮説が正しいか、あるいは変化していないかを上司との実際のコミュニケーションを通じて検証していく姿勢が必要となる。

 

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