「鮮魚流通のアマゾン」を目指す —八面六臂・松田雅也氏【前編】 

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松田 雅也/マツダ マサナリ

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八面六臂 代表取締役社長

1980年大阪府生まれ。2004年に京都大学法学部卒業後、UFJ銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て05年、独立系ベンチャーキャピタルに転職。07年電力購買代理業のエナジーエージェント(現八面六臂)を設立し、社長に就任するも事業は振るわず、エナジーエージェントは休眠状態に。09年、総合物流ホールディングスの新規事業立ち上げに参画。取締役に就任し事業拡大に貢献する。物流やデジタル通信分野の動きを体得する中で「鮮魚×IT」に大きな可能性を見いだし、10年9月同社取締役を辞任。2011年4月、鮮魚に特化した物流×ITサービス事業「八面六臂サービス」で再スタートを切る。

■年表
2004年 UFJ銀行(現三菱東京UFJ銀行)に入行。京都支店法人営業部に配属
2005年 独立系ベンチャーキャピタルに転職
2007年 電力事業者と需要家を仲介するエナジーエージェント(現八面六臂)を設立、社長に就任
2009年 物流会社グループでIT子会社の立ち上げに参画
2011年 八面六臂のサービスを開始

八面六臂はIT(情報技術)をフル活用する鮮魚流通ベンチャーである。市場規模3兆円ともいわれる鮮魚流通業界では、旧態依然とした仕組みが根強く残り、新規参入者も少なく停滞感が漂う。八面六臂はあえてそんな業界に斬り込んだ異色の挑戦者である。常識を覆すその戦略とは何か。「圧倒的なユニークネス」と「多くの者の共感を呼び揺り動かすビジョン」という一見、相矛盾する要素を兼ね備え、圧倒的な価値を生み出す“バリュークリエイター”の実像と戦略思考に迫る連載第6回前編。

「ライバルですか?アマゾン・ドット・コムです」

八面六臂の創業者で社長の松田雅也は、競合相手を聞かれるや否や、世界一のネット通販企業の名を挙げた。

八面六臂(本社・東京都新宿区、資本金1億8580万円、非上場)は2011年4月に現在の事業をスタート。社員数約40人のベンチャーだ。その社名を聞いただけでは、同社が鮮魚流通を生業としていることに気づく人はいないだろう。

「松田水産じゃ格好悪いじゃないですか。ただ八面六臂という言葉の意味に、特別な思いを込めたわけではない」と松田は言う。八面六臂とは、いろいろな方面で目覚ましい活躍をするという意味。同社はその名の通りの躍進を続けていることは確かだ。

「鮮魚×IT」で鮮魚卸・流通業界に新風吹き込む

八面六臂が手掛ける事業は、松田の言葉を借りて「鮮魚流通のアマゾン・ドット・コム」と言うのが分かりやすい。全国各地から仕入れた水産物をIT(情報技術)と物流を駆使し、顧客である飲食店に届ける。旧態依然とした鮮魚卸・流通業界に新風を吹き込んだ注目企業だ。

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※「八面六臂」ホームページより

従来の流通経路の場合、鮮魚は漁業者から漁業協同組合、産地市場、消費地市場(東京で言えば築地市場)、納品業者を経由して、飲食店や消費者にわたる。仲介業者が多いためどうしても魚の鮮度は落ち、人件費などのコストがかさみがちだ。

それに対し、同社は、漁業者や中間流通業者から自ら鮮魚を買い付け、飲食店に販売する。漁業者のみならず、漁協や産地市場などとも提携しているのが、一般的な産地直送モデルにはない特徴だ。

中間業者を排した産地直送モデルでは漁獲量の変動によって品薄・価格高騰などの影響を受けやすい。その点、複数のルートを確保しておけば多種多様な品種の新鮮な魚を飲食店に安定供給できる。また、中間業者とも手を結ぶことで既得権益者の抵抗も減る。多くの中間業者は、八面六臂を、既存の市場のパイを奪い合う競争相手というより、むしろ自分たちの手が行き届かなかったところを開拓してくれる良好な取引相手と認識しているという。

同社のビジネスは次のような仕組みになっている。まず、自社で独自開発した鮮魚発注のアプリケーション「八面六臂」をインストールしたタブレット端末「iPad」を顧客である飲食店に無償で貸し出す。アプリには、八面六臂が提携している漁業者や中間業者から収集したその日の「入荷相場情報」が登録され、日々更新される。飲食店側は画像付きの商品リストを見ながら、欲しい魚の大きさや重さ、産地、価格をチェックし、1匹からでも必要な分だけiPadから注文できる。

キータッチによる文字入力が苦手な人のために、「いつものアジ5本(大きめ)」などと手書き入力もできる。アプリ以外に、電話やファクスでも注文を受け付ける。深夜4時までに注文すれば、同社が運営する物流センターから注文の品が翌日の昼までに届く。ものすごいスピードである。なぜこれほどリードタイムが短いのかと言えば、通常、店舗からの発注を受けて仕入れるところを、八面六臂では受注を待たず、予測に基づいて魚を買い付けているからだ。

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それも膨大な商品情報と受注情報を高速かつ最適に処理するシステムがあればこそできる。八面六臂のオフィスの一角に、証券会社さながらの何台もの大型モニターが並ぶディーリングルームがある。ここに全ての情報が集約されるほか、日本各地の天候や海水温なども独自に分析。そうした緻密なデータに基づき、相場により価格が変動する鮮魚を最適な市場から最適価格で仕入れている。

「この商売の勝敗を決めるのは会社規模の大小ではなく、情報処理能力の速さだ」と松田は言う。八面六臂のビジネスモデルを維持する最大のポイントは、漁業者や中間業者が売りたい鮮魚を確実にさばき、飲食店が買いたい鮮魚を迅速に手に入れることだ。これができないと関係者からの信頼は揺らぎ、事業の存続が覚束なくなる。

そこで、「需要の先読み」の重要性が増してくる。それには日々の発注履歴だけでは不十分だ。まず各店舗の形態や注文パターンや料理長の好みといった顧客データを営業担当者が足で集めなければならない。「デジタルデータだけでは上手なマッチングはできない。アナログ的な情報を落とし込んで初めてシステムが生きてくる。そのシステムのアルゴリズムを考えるのは人間。結局は人なのです」。

「料理人×iPad」の絶妙な相性

このビジネスモデルを成立させるうえで、最大のネックとなったのが、漁業者、中間業者、飲食店(料理人)というすべての関係者のITリテラシーが低いことだった。鮮魚市場は3兆円規模と言われる。しかし、従事者の大半は、高齢化した零細事業者ばかりで、コミュニケーション手段は今も電話とファクシミリが中心だ。飲食店について言えば、鮮魚の発注をするのは主に料理人だ。調理場でパソコンを立ち上げて作業するのは難しい。その点、ファクシミリならほんの数分で済む。

それが業界の常識だったにもかかわらず、松田が自身のアイデアを事業化したのは、iPadの登場がきっかけだった。iPadであれば立ち上げから入力までの時間はパソコンより格段に速い。調理場にも自由に持ち込めるし、操作も簡単だ。「八面六臂の仕組みは、モバイルとクラウドの進化のおかげ。IT化が進んでいない業界だからこそ、ベンチャー企業でも一気に市場を制圧できるのではないかと考えた」と松田は振り返る。

魚は鮮度が命。受発注と物流の迅速化を喜ばない料理人はいない。「鮮魚流通のアマゾン・ドット・コム」ができれば、漁業者や中間業者にとって新たな販売機会が増える。確かな手応えを感じながら、2010年からアプリを開発し始め、松田が鮮魚流通サービスを開始したのは2011年4月のことだった。

目指すのは、消費者においしい魚を届けるエコシステムの創出

飲食店にとって、鮮魚を入手することは苦労が多い。特に八面六臂が「鮮魚過疎地域」と呼ぶ地域、東京で言えば中野区より西、江戸川区より東、埼玉県などにある飲食店では特にそうである。

築地市場まで仕入れに行くには遠すぎる。他の選択肢としては、鮮魚卸か産地直送業者だが、これは人づての世界でもっぱら人脈頼りなのだという。しかも鮮魚過疎地域まで喜んで商品を届けてくれる鮮魚卸ばかりではなく、最後は近所のスーパーなどで調達するしかない。直接市場から仕入れるのに比べ、種類は限られ、鮮度も落ちる。

だから、八面六臂の利用者として、とりわけ鮮魚過疎地域にある中小飲食店が増えているのだ。サービス開始4年で東京、神奈川、埼玉の1都2県を中心に約1000店舗が八面六臂のサービスを利用する。今後は栃木や群馬などの北関東にまでエリアを拡大する予定で、年内に2000店舗を達成する勢いだ。

その多くが「安いわけじゃないけど、その街の人たちみんなが知っている個人経営の美味しいお店」だ。これまで冷凍品や定番の魚しか仕入れられなかった飲食店が、旬のものや関東では見かけない珍しい魚を使ったメニューを打ち出して、売り上げ拡大や常連客の確保につながった事例が出てきているという。

「売り上げさえ上がればどことでも取り引きするわけではない。我々は、多くの人がおいしいものをしっかり食べられるような環境を作りたくてこの事業を手掛けている。だから、効率やコスト、利益、数字ばかりを追求する大手チェーンのような相手には売りません。はっきり断らなくても“値下げはしない”と言うと帰っていきます」

同社が目指しているのは、単なる鮮魚の低価格化ではない。中間流通部分で発生する無駄なコストを削減しつつ、高品質のものを適正価格で届け、鮮魚業界全体に適正利益をもたらし、ひいては消費者においしい魚を届けるという新しいエコシステムを創出すること。それこそが究極の目標だ。

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「料理人の皆さんは食べるのが好き、あるいは、おいしいものを食べてもらうのが好きだからそれを仕事にしている。極めて献身的であり、強いシンパシーを感じる。そういった人たちと一緒により良い食品流通を創り出し、食べる幸せを創出していきたい。そうした考えを理解してくれる方々にお客様になっていただくというのが今の方針です」

松田は取り引きしたいと声をかけてくる飲食店に時折こんな質問をする。「あなたは週末、自分の店に食べに行きたいと思いますか」。冗談でも「ノー」と答えるような店とは取り引きしないと決めている。

「ずっぽり業界に入り込まなければ駄目だ」

現時点で八面六臂と同様の事業を展開している競合企業は見当たらない。同じような着眼点を持つベンチャー企業が過去にいなかったわけではないが、システム提供の段階で終わることが多かった。仕組みを提供されるだけでは結局、使い切れない。

「本気でやろうと思うなら業界にずっぽり入らないと駄目。この世界は9時−5時で完結する仕事ではありません。そこまでやらなければ、現場で体を張って仕事をしている人たちに認めてはもらえない。こっちも24時間体制で対応する必要があるのです」。

もっとも、今でこそ鮮魚ビジネスに使命感を持つ松田だが、最初からそうだったわけではない。この業界にコネクションがあったわけではなく、自分自身が今の仕事をすること自体、想像もしなかったという。

「優秀な起業家なら、もっとスマートに稼げる方法を考えるでしょうし、事業目的から入るのかもしれません。私の場合は鮮魚の世界に深く入り込んでいく中で、いつのまにか、少しずつ使命感が生まれてきました」。

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