時間軸の罠—短期目線の圧力を越える 

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前回、前々回のコラムで、クリエイティビティを抑圧する3つの罠のうち、「能力軸の罠:未開発開発能力の存在」、「空間軸:末端化の落とし穴」にどう向き合うべきなのか、ということを書いてきました。第7回の今回は3つ目の「時間軸:短期目線の圧力」をどう乗り越えていくことができるのかという点について考察を深めていきたいと思います。

管理や利益至上主義だけに囚われない

残念ながら昨今の日本企業においてこの短期目線の圧力は強まってきていると言わざるを得ません。多くの会社に成果主義が導入される中、結果として短期の目標達成に意識が行きすぎてしまっている傾向が見られます。もちろん、ビジネスですから目標達成を意識することがすべて悪であると言いたいわけではありません。ただ、短期目線の目標だけを意識すると、“新たな発想を生み出して新しいことを考える”よりも、“効率的にやるべきことをやりきる”“小手先の改善で目先の目標を乗り越える”ということに終始しがちです。そして、その結果として、クリエイティビティが抑制されてしまうのです。

ソニーでVAIOの新モデル開発や、スゴ録、コクーンといった新しいコンセプトの製品を開発、事業立ち上げを行い、その後Google日本法人代表を務められた辻野晃一郎氏と、グロービスが主催するセミナーで対談をさせていただく機会がありました。その際に、「なぜソニーから新しいモノが生まれにくくなったのか?」と伺ったところ、「管理職が短期的な成果を“管理”することばかりに目がいってしまい、新しいことを生み出すこと、イノベーションをするということへのモチベーションがなくなってしまったためではないか」ということをおっしゃっていました。

ソニーと言えば創業時に書かれた設立趣意書に「真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ 自由闊達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」という一文があります。残念ながらこの“自由闊達にして愉快なる”という部分は、おそらくは過度な株主配慮などから来る“管理”の圧力に屈してしまったという構図です。一ソニーファンとしてもなんとかこの短期目線の圧力を乗り越えていってもらいたいところです。

無論、企業がゴーイングコンサーンとして事業継続するためには利益は不可欠です。しかしながら、利益を目的と捉えてしまう利益至上主義になると道を踏み外すのです。利益はあくまで手段であり、目的は企業理念の実現のはず。実際、多くの会社の企業理念や使命には“新しい価値を生み出し、お客さまに貢献する”という趣旨のメッセージが書き込まれているのではないでしょうか。これこそが企業の目的にあたるわけですから、短期的な成果のための“管理”だけが我々の仕事なのではなく、“新しい価値を生み出すこと”、その結果として“お客さまに貢献すること”が我々の仕事であることを忘れてはならないと思います。

前述の辻野氏に「Googleではクリエイティブな取り組みはどのようなに進めているのでしょうか?」とお聞きすると「トップマネジメントが常に新しいこと、イノベーションを生み出すことを奨励し、自らも推進役になっている」とおっしゃっていました。

Googleは自らの使命を「世界中の情報を整理し、世界中の人がアクセスできて使えるようにすること」と定義しています。それに加え、彼らは短期目線の圧力に屈しないために上場時に株主への手紙で「長期的経営に集中してきたことが、Googleがこれまで成功してきた理由であり、公開会社になってもそれは同じである。短期業績を犠牲にしても長期的に株主の利益になる機会があれば、その機会を実現するような行動をする。我々は不屈の精神でそれを貫くので、株主にも長期的視点に立ってもらいたい」というメッセージを書いています。この経営の決意、意思表明、趣旨に賛同する株主のみに会社を支えて貰いたいというコミュニケーションが存外に大きな意味を持つと感じます。

施策レベルで言えば、Googleで有名な仕組みは20%ルールでしょう。社員は業務時間の20%を通常業務以外の自分が取り組みたいことに使う、ということを決めた制度です。この20%ルールからGmail等のサービスが生まれてきたことは有名な話です。Googleと同じく3Mには15%ルールがありますが、3Mは通常業務以外に使って良い(may)というスタンスであることに対して、Googleは通常業務以外に使わなければならない(must)という違いがあり、より新しいことを生み出そうということを意図した制度です。多くの会社で短期目線の圧力に屈し、経営理念や使命が希薄化してしまうケースが見られますが、Googleはその罠を正しく理解し、会社の使命を具現化するために罠を回避するための努力を様々に続けています。

Like toを思い出し、育む

ただ、短期目線を乗り越える上で、企業理念を希薄化させないこと、というのはわかったとしても、経営にすぐに携われない方からすると、一個人としての解を見い出せない、という反論がありそうです。では、一ビジネスパーソンとしてどのようなことを意識していくとよいのでしょうか。

その際に押さえたいキーワードは「志」です。新しい価値を創り出し続けているユニクロ。そのユニクロブランドを創り上げてきたファーストリテーリング取締役会長兼社長である柳井正氏は近著『現実を視よ』の中で「志を持って生きよ」と書いています。昨今の日本人の新しいことに挑戦しようとしない姿勢を見て、人生で何を成し遂げたいかということを考え抜き、志を立て、その「志を持って生きよ」と語っています。個人が持つ志は、企業が持つ理念に似ています。まさに人生の目的と言えるでしょう。

いきなり「志を生きよ」と言われても考えることが難しいと思う方もいるかもしれません。その際には是非、以下の3つの視点を参考にしてみてください。

志を考える3つの視点

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「Have to=やらねばならないこと」「Able to=できること」「Like to=やりたいこと」これらの3つの輪が重なったところに志=何を成し遂げるべきか、ということがあると捉えることができます。

Have toとは所属する会社や組織がどのような方向性に向かっていくのか、その中で何をやらねばならないのか、という視点です。志を持って物事に取り組むためには、このHave toはまず押さえなければなりません。ただ、多くのビジネスパーソンは実はこのHave toの部分しか考えられていません。

もう一つ考えなければならないのはAble to=できることは何か、ということです。自己の能力や行動特性を捉え、自分自身ができることは何なのかということを考えることが必要です。もちろん、Able toを高めていくためには能力開発は不可欠です。能力やスキルが高まることで視野が広がり、新たな地平線が見えることもよくある現象ですが、現実は能力開発が不十分というケースもよく見られます。特に、クリエイティビティを高めるということを忘れがちです。

そして、そのHave to、Able toと共に考えなければならないのがLike toです。これは本人のやりたいこと、やりたいという内発的な動機に支えられた想いです。このLike toは入社の頃は持っている人が多いのですが、会社で経験を重ねていく中でHave toばかりに意識を取られ、徐々にLike toの軸を失っていくケースがよく見られます。

このLike toを忘れてしまうと、やらねばならないこと(Have to)ばかりに目が向けられ、能力開発も怠ってしまいます。そして、会社からの要求や期待が短期業績になると、それしか見えなくなってしまい、短期目線の圧力に負けていきます。その結果、自分が本来やりたかったこと、創り出したかったことを見失っていきます。今の多くの日本のビジネスパーソンに求められることがこのLike toを持ち、育み続けることだと思います。

志を考える3つの視点で観る多くの人が陥りがちな状態

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長らくお取引のある日本を代表するメーカーA社の幹部人材育成のプロジェクトにおいて、先方との議論の中で生み出された今年度のコンセプトは「夢」でした。幹部候補まで上がってくる人は「やるべきこと(Have to)」の理解はあるし、それを実行する力(Able to)もある程度ある。ただ、その本人自身が「やりたいこと(Like to)」を語れないケースがあり、それが弱いがゆえに、新しいことを発想し革新を創り出すことができない、多くの人を巻き込んでいくことができない、という課題がありました。

幹部候補の方々に、改めて自分自身が挑戦したい夢について考えてもらう、そのための刺激としての様々なセッションを実施する、そして、その上で一人ひとりの経営幹部候補がA社を革新するプランを新たな発想から描くようにする、というコンセプトで合意しました。

A社は業界トップではありますが、これまで革新的な製品を出し続け、成長をしてきた会社です。そのA社がさらなる成長を実現する上で「夢」というコンセプトに落とし込み、長期的な目線で、新しい発想を生み出せるリーダーを育てていこうとしています。

欲求5段階説を導き出した心理学者アブラハム・マズロー氏は『人間性の心理学(モチベーションとパーソナリティ)』の中で、自己実現ができる人が持つ要素の一つに“創造性”があると指摘しています。

マズロー氏は、「自己実現者に見られる創造性はむしろ、歪んでいない健康な子供の天真爛漫で普遍的な創造性と同類であるように思われる。それは一般的な人間性の持つより基本的な特徴、すなわちすべての人間に生まれながらに与えられた可能性のようなものであると思われる。ほとんどの人は、社会化されるにつれてこれを失ってしまうが、ごく少数の個人は、この人生の新鮮で純真で直接的な見方を持ち続けるか、あるいは大部分の人と同じように、よしんばそれを失ったとしてもあとでそれを回復するように思われる」と語っています。

我々は企業に入り社会に出る過程で、論理性や短期業績を強く求められ、その引き換えに新しいことを発想する創造性を気がついたときには失ってしまう傾向があります。ただ、マズロー氏が指摘するように「失ったとしても回復する」可能性がある。だからこそ、我々も改めて、夢ややりたいこと、つまりLike toの輪を再生することが必要なのだと思います。この輪をしっかりと持ち、育むことが一人ひとりの新しい価値を生み出す力=クリエイティビティを引き出すことにつながるのです。

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ソニーにおいても「自由闊達ナル愉快ナル理想工場」が完全に具現化できていた時代には、きっと多くの社員は「自らのやりたいこと」を明確に持ち、それを具現化する場としてのソニーを創り上げていたのだと思います。つまり、企業の理念と個人の志・やりたいことが完全に一致していた素晴らしい時代でした。

現在我々が直面するのは、環境変化のスピードが速まり、競争環境も大きく変わった時代です。その中で、新しい形で企業の理念と、個人の志・やりたいことの一致ということを今、改めて構築しなおさなければならない時代に入っているのだと思います。そのために、企業は理念の再浸透が、個人は自らの志・やりたいことを再確認することが求められます。そうすることで、短期目線の圧力を乗り越えることができるでしょう。

そして、それに加えて、前回、前々回で紹介した罠を乗り越える方法論も合わせて身につければ、「新しい価値を発想し創り出すこと」、すなわちクリエイティビティの発揮を今まで以上に実現することができる。私はそう信じています。

※次回、いよいよ最終回です。

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