マクドナルドと吉野家の「面」と「点」 

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マクドナルドの面をおさえる徹底ぶり

2010年9月8日付日本経済新聞に、「日本マクドナルド8月売上高、最高に513億円、新商品が好調」という記事が掲載された。同社の原田泳幸社長は記事中のインタビューで、「新製品の投入で新規顧客を取り込み、朝食メニューの値下げなどで次の来店につなげるという複合的なマーケティング戦略が奏功した」と語ったという。さらに注目のポイントは「客単価は下がっておらず、低価格戦略で売上げを伸ばしているわけではない」と強調した、という点だ。

インタビューコメントの通り、マクドナルドの戦略は「複合的なマーケティング」がキモなのだ。但し、それは複雑な手法を駆使しているわけではない。実に基本に忠実なセオリーを愚直に実行している。

セグメンテーション(segmentation)、直訳すれば「区分」や「分割」を意味する。マーケティングにおいては、市場や顧客、自社の製品などを様々な切り口で同質なカタマリに区分し、魅力あるカタマリを見つける(=ターゲティング:targeting)ために行うことだ。そして、日本マクドナルドの戦略の基本は、セグメンテーション・ターゲティングを緻密に、巧みに行うことなのである。

マクドナルドのセグメントにはどのようなものがあるだろうか。例えば、価格・時間帯・客層・商品コンセプトなど様々な切り口が考えられる。

まずは価格。無料のコーヒーに始まり、100円・120円メニュー、200円の朝食セット、復刻版や改良版として定期的に投入される「照り焼き」や「月見」バーガーなど日本オリジナルメニューの中価格帯商品、クォーターパウンダー、ビッグアメリカキャンペーン商品などの高価格帯メニューなどが対応する。

次に時間帯。朝マック、ランチタイムのセット、午後のティータイムにはマックカフェ、お一人様向けの簡単な夕食ならチキンメニューなど、時間帯別にもオススメできる対応商品がある。

客層では、クォーターパウンダーで主にボリューム感を求める若年層を集客し、次にニッポンオールスターキャンペーンで懐かしの復活日本オリジナルメニューで往年のファンを呼び戻す。さらに、自社客のリピートを促進するだけでなく、その合間に無料コーヒーで新規顧客を集客することにも抜かりがない。

全外食企業の中では売上こそ「すき家」を運営するゼンショーに抜かれたものの、日本マクドナルドは押しも押されもせぬリーダー企業である。

リーダー企業の戦い方の基本は「全方位戦略」だ。しかし、ダメな「全方位」は思いつき、散発的に様々なことに手を出す。それに対し、マクドナルドは緻密にセグメントを切り、それをスキマなく、モレ抜けなく「面」を自社の色に塗り込めていくのだ。その戦略と徹底力こそが力の源泉なのである。

マクドナルドの好調が報じられた翌9日、日本経済新聞では、土俵際に追い詰められた吉野家の窮状が伝えられた。8月の牛丼チェーン大手3社の8月の売上高で、ゼンショーと松屋は前年同月に比べて32.3%、8.0%それぞれ伸ばした。一方、吉野家は11.9%減と18カ月連続の前年割れ。

牛鍋丼投入から見える吉野家の点へのこだわり

9月2日。東京・赤羽の吉野家本社にて、「新メニュー・牛鍋丼」のメディア向け製品発表会が開かれた。その冒頭。各メディアが伝えるところによると、同社の安部修仁社長は硬い表情で、前年比15%ダウンという大変厳しい状況が今年に入って続いていると明言。「顧客からは『吉野家はどこへ行くんだろう』という声も聞かれた」と語ったという。

「どこへ行く?」に象徴されるように、熾烈な牛丼戦争の渦中において、吉野家は価格やメニュー政策、キャンペーン展開において様々な係争を繰り返したと市場関係者はいう。しかし、今回の新メニューの投入において、吉野家は腹をくくって狙いを絞り、ブレないピンポイントな戦略に切り替えたことが見て取れる。

新メニューの「牛鍋丼」は、牛丼の具材である牛肉・タマネギに、しらたきと豆腐を加え、甘めの味付けのすき焼き風に仕上げた。注目は、牛肉以外の具材を用いることと、牛肉を変えること。吉野家の一番のこだわりである「米国産ショートプレート部位」から、「米国産その他の部位+豪州産」へと牛肉の肉質を変更した。その結果、280円という「定価」を実現し、今まで競合対抗で無理をして実現していた280円という価格を、新メニューの定価に据えた。それによって牛丼の380円の価格を守ることもできる。

新メニューによって、今後のメニュー戦略がどのようなものになるのかも予想できる。競合の松屋が豊富な定食メニューを展開しているのに対し、吉野家は定食メニューの開発が遅れ苦戦を余儀なくされた。しかし、吉野家は今後、定食メニューの開発よりも牛丼を頂点とした「牛肉系丼メニュー」で固めていくと思われる。

10月7日には280円の「牛キムチクッパ」を投入する予定だという。割安な牛のバリエーションメニューですき家の280円牛丼に対抗。来店客にお試しクーポンなどで380円の牛丼を試す機会を確保し、自慢の肉質・味の違いを体感させて定着させる戦略だろう。380円はすき家のトッピングバリエーションの牛丼メニューとほぼ同価格だ。

「牛肉系丼メニュー」への絞り込みは、そのメニューを好む客層への絞り込みも意味している。幅広いメニューの松屋、トッピングの楽しさのすき家は女性層・ファミリー層の集客なども狙ってきた。吉野家もテーブル席設置店舗の展開などで、同様のターゲットの取り込みを図ったが、支持されるメニューもなかったことから空振りに終わっていた。恐らく、今後はメインの男性顧客層に絞り込んだ展開を行うと考えられる。

吉野家の今回の「腹の括り方」は、牛丼業界において、もはやリーダーは「すき家」を運営するゼンショーであり、自社はチャレンジャーのポジションであるという認識を自ら受入れたことにあるのだろう。

チャレンジャーの戦い方の基本は「差別化戦略」である。差別化のための基本は「選択と集中」だ。「選択」とは「やらないことを決めること」でもある。ダメな差別化戦略は、「やるべきこと」を選択したつもりで、「やるべきでないこと」まで選択していることが多い。また、「集中」とは「選択した中から、ピンポイントに絞ること」である。同じくダメな例は、「選択しても集中できていない」という差別化戦略である。

吉野家は今回、メニュー開発やターゲット顧客の選定において、やらないことを決め、やるべきことをピンポイントに絞った「点」の戦略に切り替えたと思われる。あとはどれだけ、それをブレずに実行していけるかにかかっている。

外食冬の時代といわれる今日。「面」で成功しているマクドナルドも、「点」に切り替えた吉野家も、「徹底すること」が生き残りに欠かせない。それは外食産業だけの話ではないのは明らかだ。

※今回はおまけとして筆者の「牛鍋丼」試食レポートつきです。「牛丼マーケター」の異名も合わせ持つカナモリさんの試食体験やいかに……

牛鍋丼を食べてみた

本日、9月7日10時より全国発売が開始された、吉野家「牛鍋丼」。自社顧客の競合流出防止と、競合顧客吸引という、まさに社運をかけた新メニュー。人気の牛豚丼、豚生姜焼き定食などの豚メニューも販売を停止して「牛」にかける意気込みを見せている。果たしてその実力はいかほどか?

発売開始後1時間半、11時30分の新橋店。吉野家の店内は普段より来店客が多いが、1階・2階ともまだ多少の空席がある状況。しかし、厨房には普段を上回るスタッフが投入されていると見え、12時過ぎに戦場と化すことを予感させる空気が漂っていた。

指揮官たる店長は最前線に立ち、顧客の注文を聞き、厨房に指示を飛ばす。「牛鍋丼」の存在を意識せず、いつも通り「牛丼並」をオーダーし、心変わりして注文を変える客も多い。その指示を確実に伝達することが欠かせないようだ。食券方式ではない吉野家の弱点を店長がカバーする。多忙そうな様子ながら、来店客にはいつもの中国系スタッフが前面に出ている時より、格段にホスピタリティーが伝わっているように思われる。

筆者は持ち帰りカウンターで「牛鍋丼・並」「牛丼・並」を注文した。来店客の牛鍋丼と牛丼注文比率は半々といったところだろうか。

比較対象とするため、少し先の松屋に「牛めし・並」を購入するため訪れた。9月6日からスタートしている値引き・250円キャンペーンのためか、11時40分の時点で店舗には空席待ちで店内に列ができていた。持ち帰りカウンターに放り投げるように外国人スタッフが弁当を置き、厨房に戻っていく。来店客をさばくのに精一杯で、礼や接客的な配慮をする余裕が全くない様子が見て取れる。

事務所にて持ち帰り弁当を広げる。写真左から、松屋「牛めし・並」、吉野家「牛丼・並」「牛鍋丼・並」。今回は肉の量などを計量することはせずに、できるだけできたてを素直に食べて、その印象から考察しようと考えた。

■見た目の印象
見た目では容器の形状の差からか、松屋のものが最も肉量が多く見えた。当然、肉のみに注目すれば、牛鍋丼が最も少ない。しかし、予想したほどしらたきがその存在を主張していない。

■肉
早速、試食に取りかかる。やはり気になる肉を味わってみる。吉野家の牛丼は、同社こだわりの米国産、そして牛丼に最も合うショートプレートという部位だけを用いている。さすがに脂肪分の入り方も適度で柔らかく美味しい。比較すると、松屋の肉はパサつき感があり、筋も感じる。主に豪州及びニュージーランド産だというが、肉質の違いは明らかだ。最後に吉野家の牛鍋丼の肉。米国産9割、豪州産1割を使用し、米国産もショートプレート以外の部位を用いているという。食感は松屋の肉質に近く、牛丼の肉の柔らかさはない。

■具材
肉以外の具材に言及する。まずは注目の牛鍋丼。見た目もしらたきが目立っていなかったように、味や食感もそれほど主張するものではなかった。一切れの豆腐は箸休めというか、アクセントとしてはありだと思うが、それもさほどの存在感を示すものではない。タマネギの量もあまり多くない。故に、肉の量の少なさも相まって、具材全体として、若干ボリューム不足を感じる。肉以外の具材を増やすと「肉が少ない」と批判されるかもしれないが、新しいコンセプトの「牛鍋」なのであれば、その他具材をもう少し濃い目に味付けし、量を増やして主張させてもいいのではないかと思った。

松屋・吉野家両社の牛丼に関しては、今回、タマネギについて思わぬ発見をした気がした。従来は、吉野家のタマネギは火が通りすぎでクタクタになっていて、食感や味わいが少なく、松屋のタマネギの方が美味しかった。それが、今回は写真でもわかるように、見事に逆転している。松屋は250円・値引きキャンペーン対応で大量仕込みをしていることが原因で、逆に吉野家は、定価で売る牛丼の状態を良くするべく、オペレーションを改善したのではないかと筆者は推測した。

■たれ(味付け)
味付けは吉野家牛丼のタレの味を標準と考えると、牛鍋丼はそれより甘い味付けにして、「牛鍋」らしさを強調していると事前に報道されていた。その味は、食べ比べれば確かに甘いが、単独で食べればそれほど甘みを感じるわけではない。甘さより、意外にしっかりした味付けといった印象だ。9月2日に行われた吉野家本社でのメディア試食会で、多くの記者が「すき焼き風にもなるので、卵がよく合う」と記事にしていた。確かにその通りで、夏期の持ち帰りでは卵は購入できないのだが、それが非常に欲しくなった。味付け的にも、具材の少なさをカバーする意味でも。玉子の販売でプラス50円という、吉野家のクロスセル戦略は奏功するように思う。

食べ比べてみると、昨年、伝統のタレの味を変更したという松屋の味付けが最も甘いのがわかる。甘い味付けと吉野家がいっている牛鍋丼よりさらに甘い。そして、味も濃い。しかし、松屋の店内で牛丼を食べている客は卵を注文する比率はあまり多くない。味噌汁も付いていて、味も濃く、定価320円(キャンペーンで250円)で満足してしまうため、あえて追加コストを払わないということだろうか。味付けの差は、どのように顧客満足を図り、どのようなオーダーを獲得するかという設計にも関わっているのだろう。

■まとめ
試食をしてみると、「牛鍋丼」は松屋の「牛めし」の定価である320円に対し、280円という価格なら、十分対抗できるのではないかと思えた。今回、すき家の店舗が新橋になかったので同時には試食できなかったが(店舗があっても筆者一人で4杯の試食は無理)、その280円という価格に対しても、味の好みで分かれるだけで、対抗は可能ではないかと思う。

吉野家の戦略の一つは、「自社客流出防止」だ。「もっと肉を多く」とか「とにかく味噌汁付きでなければイヤだ」という顧客以外には対応できるのではないだろうか。

もう一つの狙いが「他社客吸引」である。それに関しては、この牛鍋丼の話題性があるうちは、「一度は食べてみよう」と集客することは可能であるし、味の評価も獲得できるだろう。しかし、牛鍋丼を支持して、これを食べるために通うというほどのインパクトはないかもしれない。

改めて食べ比べてみると、本論の「牛鍋丼」の味の評価以上に、「吉野家の牛丼のおいしさ」が際立つ結果になったように思う。そして、吉野家が「肉質」にこだわり、某庶民派経済評論家をはじめとする、吉野家のコアなファンがそれを支持する理由もわかる。だとすれば、吉野家復活の糸口は、牛鍋丼で他社客を吸引し、速やかに牛丼にスイッチさせることではないか。それも、今回、筆者が試食した牛丼のように、定価を前提に品質を維持・向上させて提供するようなオペレーションを実現する。そうすることによって、「やはり、牛丼といえば吉野家」というポジションを奪取するのだ。

まずは、「牛鍋丼」によって、「一人負け」といわれた状態から反撃する材料は一つ用意できたように思う。しかし、メニュー一つで戦況が逆転するほど、牛丼戦争は甘い状態にはないのは確かだ。二の矢三の矢をどう用意するのか。それ以上に、大きな戦略の絵図をどう描くのか。今後に注目したい。

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