論点を把握する(1) 

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「仕込み」において「議論の出発点と到達点」、つまり議論を「どこから」「どこまで」するかを決めたら、その間をどのように繋ぐかを考えます。「繋ぐ」とは、議論に参加するメンバーが合意形成に至るために、【何について】【どのように】議論するのか?を具体的に設計することです。こうした設計をする上で、ファシリテーターが最も注目すべきものが「論点」です。

論点を把握し、コントロールする

ビジネスにおける議論の主な目的は、適切な意思決定をすることです。様々な専門性や情報を持った人が集まり、知恵を出し合い、また様々な立場から意見を出すことで、より適切で納得性の高い結論を導くことを目指します。これは、議論に参加する全ての人が意識し、目指すべきものではあるのですが、参加者が主に意見を出し、考えることにフォーカスするのに対し、ファシリテーターはそれ以上に、正しい結論にメンバーが納得のうえ到達できるよう、議論の場を「考えるべきことを考えられるように」することで、集団で考えるメリットを最大化する役割を担っています。

この役割を果たすために、ファシリテーターはメンバー以上に、議論のテーマに関する論点を十分に理解・把握することが必要です。たとえば参加者それぞれが自分の意見を十分に述べ、納得して合意が得られたとしても、メンバー自身が本来考慮すべき重要なポイントに気づかず、それを議論せずに判断してしまっていたら後々後悔することになりかねません。また議論の現場では様々な意見が様々な方向から出されますが、その中で議論を効率的・効果的に進めるためには、参加者の発言をすばやく理解し、適切に議論の中に位置づけ共有し、コントロールすることも必要です。

ファシリテーターが議論すべき論点、つまり「そもそもどういったポイントについて議論することが適切な意思決定・合意形成に必要なのか?」を十分に理解していないとどうなるでしょうか?参加者に発言を求めようとしても、何について意見を出してもらうべきかわからないので、「どうですか?」としか言えません。「どうですか?」と言われても、参加者の多くは何を発言したらよいか戸惑い沈黙するか、各々勝手に言いたいことを様々な方向で発言することになるでしょう。また活発な発言が続き、一見よい議論がなされているように見えても、実は意思決定・合意形成に関係の無い論点についての議論であれば、結果的に多くの人の時間を無駄にしてしまうでしょう。

一方で、よく陥りがちなのが、自分がその議論に対して持っている何らかの結論に対して議論を誘導してしまうことです。議論が錯綜してくると、なんとかまとめなければいけない、という意識が働き、「このように考えるのはどうでしょうか?」といった形で自分の意見に対する返答を求めたり、「こうしましょう」と結論を出そうとしてしまします。ファシリテーターがこれを行うと、参加者が同じ発言をする以上に強い印象を与えるので、「議論の進め方が強引だ、意見を押し付けている」と反発を受けることが多いものです。ファシリテーターが意見を持つこと自体は良いのですが、「論点」ではなく「意見」に誘導すると、このような結果になりがちです。

ファシリテーターが参加者の納得を得ながら、集団として正しい意思決定を行い、効率的に合意形成に至るためには、「意見」以上に「論点」を強く意識し、メンバーが重要な論点について考え、意見を述べ、結論に向かって進めるように議論の状態を適切に保ち、適切な方向に参加者の思考を誘導することが必要です。具体的には、
・ 参加者に対して、何について、どのような意見を出して欲しいのか?をわかりやすく示し、発言を促す
・ 正しい意思決定・合意形成をするために本来議論すべき論点が議論の中で漏れていれば補う
・ 意見の対立が必要以上に激化したり、論点がずれて錯綜・混乱しているのであれば、論点を整理して参加者が「話を見え」「考えやすく」する
・ 本来そこで議論する必要の無い発言・議論が続いているのであれば、それを止めて本来議論すべき論点を戻す
といった役割を果たすことです。

論点とは何か?

さて、ここまで特に断りなく「論点」という言葉を用いてその重要性を議論してきましたが、そもそも「論点」とは何でしょうか?一旦原点に戻り、「論点とは何か?」「論点と意見はどのような関係にあるのか?」を整理しておきましょう。

「論点」とは、意見や主張そのものではなく、【その意見や主張はどういった問いに答えているのか?】もしくは【その意見や主張が、どのようなポイントについて考えた結果、導かれているのか?】ということです。言い換えれば、議論の参加者が出すさまざまな意見が「何について語っているのか?」ということ。つまり意見が答えになるような「問い」です。

たとえばあるメーカーの会議で、これまで自社で内製していたXという部品を他社からの購買に切り替えることを検討しており、A氏とB氏の意見が対立しているとしましょう。A氏は「自社で内製するよりコストが安いから他社から購買すべきだ」、B氏は「他社ではわが社が求める部品の品質が実現できない可能性が高いので、他社からの購買に切り替えるべきではない」という意見を述べています。

これらの意見には、同じ論点について述べているところと、異なる論点について述べているところがあります。まずA氏、B氏とも、大きな論点、つまり「Xという部品を他社からの購買に切り替えるべきか?」という共通の問いについて、それぞれYes/Noと答えています。この論点のレベルでは、「同じ論点について、異なる意見を述べている」という状態です。一方で、それぞれが理由づけとして挙げているポイントは異なっています。A氏は「切り替えた場合コストは今より安くなるか?」という点に着目しており、B氏は「切り替えた場合、品質は担保できるのか?」というポイントを考えています。このレベル、すなわち「それぞれの主張を支える根拠」にあたる部分では、論じているポイント、すなわち論点自体が異なっています。

人が様々な点について意見を述べる際、本人が意識している/いないに係わらず、その意見の裏には必ず「論点=問い」があります。そして「主張→その根拠→さらにその根拠」という論理構造の裏側に、影のように「大きな論点→その論点に答えるために考えるべき論点→さらにその論点に答えるための論点」という関係が隠れています。

論点を把握することの必要性、そして論点とは何か?が理解できたところで、次回は論点を把握しコントロールすることの難しさを考えていきます。

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