“幸せな最期”のために 三つ葉在宅クリニック院長 舩木良真さん 

ひと物語 第2回
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名古屋市熱田区の団地の一室。舩木良真さん(30)は脱いだ革靴もそろえず、家の中に入っていく。「こんにちは。どうですか」。寝たきりの兵後きよ子さん(91)の側にいくと、笑顔で声をかける。きよ子さんは慢性気管支炎がもとで、病院への入退院を繰り返してきた。「自宅で過ごさせてあげたい」と、開業医を頼ったが、肝心な時に来てもらえない。近所の手前救急車を呼ぶのは気がひける。困り果てていたとき、三つ葉を知った。

次女栄さん(57)は言う。「今は本当に安心。24時間365日いつでも飛んできてくれる。母も孫や猫たちにも囲まれて、本当に幸せそうです」。

舩木さんはノートパソコンを広げると、電子カルテに所見を打ち込み、その場で印刷。「診療レポート」を栄さんに手渡し、「明日電話します」と声をかけると、慌しく次の患者宅に向かう。「営業マンと一緒。朝から晩までずっとこうして走り回っています」と苦笑いした。

誰もが満足する在宅医療を創る

三つ葉在宅クリニックは、経営学の知を生かし、地域で支える在宅医療を実現した。患者、医師、看護師、ヘルパー、ケアマネジャー、家族。みんなが満足するシステムを創り上げることを目指し、今、全国の医師から「先駆的な取り組み」として注目を集めている。

十分な設備が整わない自宅でも、患者が穏やかな日々を過ごせるよう支える在宅医療。患者の3分の1は末期のがん患者だ。三つ葉では痛みを和らげる緩和ケアに力を入れている。医師たちが大切にしているのは、患者の想い。「患者さんたちがどれだけいい時間を過ごせたと思えるか。そこに全精力を注ぎ込みたい」。舩木さんは言う。

国は高齢化での医療費を抑制しようと、「病院から在宅へ」との運動を推進している。長期入院病床38万床を15万床まで減らすなどの目標を掲げ、在宅医療の診療報酬を引き上げる施策を実施。だが、在宅医療を担う開業医は増えない。背景には、24時間対応を迫られる労働条件や、「患者が医師を訪ねてくるもの」という外来診療のイメージから抜けきれない医師独特の価値観がある。

舩木さんが都内の在宅医療クリニックで修行を積んだとき、月曜から金曜日まで毎日当直医を勤めた。「相当きつかった。一人ではつぶれる。グループでやらないと絶対に無理だと思いました」。メディアで在宅医療が取り上げられる機会は増えたが、画面に映るのは、“自分の生活を犠牲にして社会に尽くしている”医師の姿ばかりだ。

講師を務めている母校の学生たちに、「在宅医療のイメージは」と聞くと、こんな答えが返ってくる。バイト。汚い。きつい。田舎。訪問販売。「楽しくて、やりがいがあって、しっかりと休めて。そういう職場をつくらないと今の若い人は在宅の現場に寄ってこない」。

経営学で武装した医師集団

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三つ葉在宅クリニックは、「最高の在宅サービスを提供して、安心して暮らせる社会を創造する」を理念に、2005年4月、名古屋市昭和区で開業した。

3つの自慢がある。24時間365日いつでもすぐに駆けつけること。患者さんの想いを何よりも大切にすること。そして、介護、福祉と連携してチームで一貫したケアをしていることだ。

理念をお題目で終わらせないため、実際に経営効率と両立させながら、どう息の長いシステムを実現していくか。舩木さんは仲間とともに、ビジネスプランを考え抜いた。

過剰労働を避けるため、“パートナー経営”を取り入れた。志を同じくする若い医師4人が、タッグを組んだ。雇用関係がないから、開業当初はみな無給からスタート。初めての患者がついた時は、うれしくて、4人全員で駆けつけた。夜間は当番制をしき、週1-2日の休日、年2回以上の9連休、研修の機会も確保した。

発想の転換もあった。医師を頂点とする序列が当たり前の中で、患者のより近くにいる看護師らを重要な“ステークホルダー”と位置づけた。それぞれの役割をプロとして医師が認めることで、看護師やヘルパーの承認欲求を満たす。そして、信頼を勝ち取ることで、最終顧客である患者を紹介してもらう戦略だ。

自前の看護師を雇わず、60カ所の訪問看護ステーション、200人のケアマネジャーと連携している。患者それぞれに、プロジェクトが立ち上がる。余命1カ月の末期がんの患者だと、「あと1カ月自宅で過ごす」という目的のもと、三つ葉の医師、連携しているケアマネジャー、看護師、ヘルパーが、医療、介護、福祉のプロとして、対等な関係で患者を支える。何か大きな問題が発生すれば、関係者全員が集い、話し合って方針を決める。

直接の雇用関係がないから、医師が信頼されるには、患者本位との理念を共有してもらい、「この人とやっていると安心だし楽しい」と感じてもらう必要があった。三つ葉のとった戦略は“ソフトなリーダーシップ”だ。医師の権威の象徴である白衣は、あえて着ない。「力に頼らず、理念と人間性で周りを巻き込もうじゃないか」と、自分たちの理念や想いを必死に説明した。

ケアマネジャーの女性(53)は話す。「医師は普通上からものを言う感じだけれど、三つ葉の先生たちは同じ目線で一緒にやりましょうと言ってくれる。こっちからも意見や考え、悩みも言える。何より患者さんたちはじっくり話を聞いてくれるので安心のようです」。

患者の笑顔を共有していくたび、評判は口コミで広がっていった。最初は夜中に来てくれなかった看護師やケアマネジャーも多かったが、今では「私たちも行きます」と、自分たちから動いてくれる。「あっちのおばあちゃんも見てください」と、頻繁に声がかかる。

理念と経営効率の両輪を回す

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こうした戦略を、“ITによる効率化”が下支えしている。専属のSEを雇い、携帯電話からでも確認できる独自の電子カルテを導入。<血圧や酸素の取り込みも安定しています>などの文言は定型として登録され、診療や移動の合間に入力できる。当初は3時間かかっていた医師の事務作業を、30分程度に短縮した。

また患者の情報を集約した「サマリー」を同僚医師、看護師、ヘルパーと共有することで、“在宅医療のジレンマ”も取り除いた。在宅の現場では、人間として付き合ってくれ、自分のためにベストを尽くしてくれる、という医師と患者の信頼感が重要。だから、主治医制は守らないといけない。しかしそれでは医師は休めない。ここに難しさがある。

患者の症状、処方、往診記録だけでなく、性格など主治医しか知りえない暗黙知まで“見える化”することで、他の医者でも同じような対応がとれ、患者に不安を与えないシステムを創った。看護師、ヘルパーとの“情報格差”もなくなり、連携もスムーズになった。

すべて、戦略を仲間と徹底的に語り合った結果だ。自分たちの強みは何か、ターゲットは誰か、何がコアバリューにあたるのか、どのようにプロジェクトマネジメントしていくのか…。経営学の分析ツールやフレームワークを用いて、仕組みを考え出していった。

ビジネススクールでの学びは大きい。「クラスで教わることが、そのまま現場に生きる毎日。ケースを自分に置き換えて聞いているから、とても濃密。一言でいうと、視野が広くなっていうことにつきます。医療を立体的に見れるようになったというか、色々な切り口で見ることができるようになった。例えば他の産業と比べたり。それがマーケティング、経営戦略、財務、すべての局面で生きている」。

舩木さんは昨年、ビジネスを体系的に学ぶグロービスのオリジナルプログラム(GDBA)の取得も決めた。クリニックの医師ほとんどが、ビジネススクールに通っている。

医学も経営学も、現場ではキレイにいかない

限界もある。

開業して間もないころ、「定量的な評価が必要」との議論が持ち上がった。学校で、何事も定量的に評価するよう耳にタコができるほど教え込まれたし、受講生仲間からも、「数字がないと組織は成長しない」とアドバイスを受けた。医師ごとに訪問件数をグラフにして、クリニックの壁に貼り始めた。1カ月すると、雰囲気が変わる。医師たちが数字を見て、「これだけやっているから大丈夫」と安心するようになった。生産性を管理しようとした結果、大切な理念である「患者本位の医療」の視点が薄くなってしまったのだ。

医療の現場でも、同じように“理論”が通用しない局面が多い。

「痛みを伴う点滴はしない」。そう約束して、信頼を築いた男性がいた。だが、男性が意識を失った時、家族の了解を得た上で点滴を打った。男性は意識を取り戻し、妻とゆっくりと話をする時間を持つことが出来た。そのとき、「点滴を打っていいか」と確認すると、「やっぱり点滴はしたくない」と言った。翌日、消化管の下血を起こし、亡くなった。

「ありがとうね。母さんの方がお礼言わなきゃね。定年のハワイ旅行はだめだったけど、いっぱい遊んだね」。

涙をこぼしながら男性の手をさする妻を横目に、「すみません」との言葉が口をついてでた。点滴をしたことが、最後の夫婦の時間を作った。結果だけを見ればよかったのかもしれない。でも男性は、病気のこと、奥さんに迷惑をかけたくない想い、最期は静かに迎えたい気持ち、色々な思索が交錯するなかで、「点滴はしない」という決断をしたんじゃなかったのか。その想いを裏切った。自分の選択は本当に正しかったのか――。

「医学と患者さんを診る“医療”は全然違う。経営も同じで、学校で学んだことはすごくきれいなことだけど、実際の経営の現場ではそんなにうまくいかないです。どちらも常に何が正しいかわからない中で意思決定を迫られるんです」。

「僕も昔は不良研修医だった」

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「なんかでっかいことやりたいなと漠然と思っている、やる気のない新入社員みたいなもんでした」。研修医になりたてのころは、臨床医にはほとんど興味がなかった。米国で薬の研究開発に携わって一旗上げようと、米医師免許試験の勉強ができる、楽と評判の大学病院を選んだ。どこか傍観者でいたから、医局の歪みも客観的に見えた。

一方的に押し付ける医療がいやだった。「患者は本当に満足しているのか」。そう気になって、「何に困っているんですか」「家庭はどうですか」などと気軽に患者に声をかけた。「先生の説明がよく分からない」「全然話を聞いてくれない」などと、たまっていたものを吐き出すように話してくれる。医者の端くれ。頼られると、なんだかうれしい。

ある時、70代女性の主治医を任された。女性は「痛い痛い」と繰り返すが、検査しても異常がない。多くの医者は見離し、精神病のようにすら扱っていた。じっくり話を聞いてみると、リウマチ性多発筋痛症という難病の一種であることが分かった。薬を投与すると、症状が劇的に改善した。「ありがとう」。涙を流しながら感謝された。病気を治したという達成感もあった。「医者の世界も悪くないな」。だんだんそう思い始めた。

ちょうどそのころ、たまたま日本在宅医学会のシンポジウムで手伝いをした。講演に耳を傾けていると、演者の医師たちが生き生きとしている。大学病院の義務でやっている医療とは違う。みな夢を語っている。

「『これだ』と思いました。ここに患者さんの安心があり、医師としてのやりがいがあると。病院の仕事は心がワクワクしなかったけど、在宅医療を通じて社会システムが変わっていく姿がくっきりと頭に浮かんだんです。めちゃくちゃ興奮しましたよ」。

シンポジウムが終わると、4人の医師の下に駆け寄り、「見学に行かせてください」と頼み込んだ。すぐに、東京、千葉、山口、仙台と現場を見て回った。大学の同期生などに声をかけ、「在宅医療を考える会」を結成した。毎月1~2回、今後の医療のあり方を語り合った。「何か新しい医療が出来そうだ」「普通の医局に入って、普通の医師にはなりたくない」。そんな思いから、舩木さんも含めて3人が残った。03年8月。開業を決めた。

安心の先にあるもの しあわせな最期とは

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あれから5年近くがたった。「新しい在宅医療の試み」と、メディアからも多く取り上げられるようになった。地元紙だけでない。NHK、読売新聞、日本テレビ。医師は非常勤も含め10人に増えた。売り上げも順調に増え、普通の開業医並みの報酬を得られるようになった。往来に使っていたオンボロのカローラは、環境にも配慮したプリウスに変わった。名古屋市の中心地にも新たにクリニックの拠点を構えた。

開業した頃は、「なにか大きなことがやりたい」と漠然とした思いで始めた在宅医療。それを達成しつつある今、「一人でも多くの患者に安心を届けたい」と、奔走する自分がいる。

最近は、「しあわせな最期とは何だろう」と考え続けている。お金がたくさんあっても不幸な最期を迎える人をたくさん見てきた。しかし、手を握ってくれる大切な家族がそばにいても、「なぜ自分が死ななければならないのか」と苦しみながら亡くなっていく人もいる。

ビジネス書だけでなく、哲学、思想の本をたくさん読む。終末期の心のケアに当たるカウンセラーに話を聞きにも行く。バイオリン奏者にお願いして、音楽療法の試みも始めている。安心だけでなく、幸せな最期を。そのためにどんなサービスが提供できるのか。模索が続く。

「『そんなに悩まなくていいじゃないか』と言われることもありますが、医師は悩むことをやめてしまってはいけないと思う。人と係わるということは、理論のようにキレイにはいかないんです。ただ、悩んだ後はぶれないことも大切。経営者であれ、医師であれ、簡単に軸足がぶれると信頼は得られません。正解のない問いに決断を下し、しばらくして、『本当にそれでよかったのか』と振り返る。その繰り返しによって、医師も経営者も直感を鍛えていくものじゃないでしょうか。ひょっとしたら人生もそうかもしれません」。

「しあわせのものさしはあるのか」との問いは、どんなに近づいても届かない問いなのかもしれない。それに、目の前にいる患者の、生きてきた環境は変えられない。でもどんな人生だっていい。色んなことを考えたり悩んだりしながら、必死に生きてきたんじゃないか。その最期を、安らかな気持ちで迎えてほしい。そう思う。

一人ひとりの患者と向き合いながら、その答えを探し続けていく。

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