イケア「わずかなリソースでよい結果を得る」 

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ある家具商人の書

物流倉庫のようなスペースでの圧倒的な品揃えと安価な価格、組み立て式中心の品揃え、ユニークな商品開発などを武器に世界中の家具業界に旋風を巻き起こすイケア。スウェーデンを発祥の地とする同社は、日本でも、2006年に第一号店である船橋店を出店し、現在5店舗を運営しており、業容を拡大している。

同社のホームページによると、08年8月現在、世界24カ国に253店舗を展開し、従業員は約13万人、売上高は210億ユーロ(約2兆5千億円)に達する。

世界最大の巨大家具小売りチェーンとなったイケアだが、そもそもはスウェーデンの片田舎で始まった小さな個人事業に過ぎなかった。それゆえにと言うべきか、多くのファミリービジネスがそうであるように、イケアもまた、グローバル企業となった今も、創業者のDNAを色濃く受け継いでいる。そこにはどんなユニークさがあるのだろうか。

「ある家具商人の書」と題されたイケア創業者の哲学がある。

1.イケア製品—当社のアイデンティティ
できる限り多くの人々が買うことができるように、廉価でよく設計された
機能的な家庭用具製品を幅広く提供する。
2.イケア精神。力強く生き生きとした毎日
3.利益は私たちにリソースを与える
4.わずかなリソースでよい結果を得る
5.簡素化は美徳である
6.違う方法でやってみる
7.一つに集中することが成功の秘訣
8.責任を取ることは特権である
9.ほとんどのことはまだ手つかずだ。輝かしき未来!

『イケアの挑戦創業者は語る』(ノルディック出版)の最終章に示された、著者にしてイケアの創業者であるイングヴァル・カンプラードが大事にしている価値観、モットーである。これらは、同社の経営指針や、求める人材像に反映されており、同社の基盤をなす価値観ともなっている。

同社のホームページに掲載されている「イケアウェイ」には、こう記してある。

高価で質の高いもの、安価で質の低いものなら誰でもつくれます。でも、手ごろな価格で質の良いものをつくるには、コスト効率性と革新性を併せ持った新たな生産方法を開拓する必要があります。

「HRアイデア」も見てみよう。

私たちのHRアイデアはとてもクリアでシンプルです。真摯で前向きな方に、プロフェッショナルとして、人間として、成長する機会を提供すること。そして社員全員が協力して、お客様はもちろん自分たちのためにも、より快適な毎日を創り出すこと。

ところで、皆さんは、スウェーデン人というとどのような印象を持たれるだろうか。「男女平等が行き届いている」「集団主義ではなく個人主義」——多くの人のイメージはそんなところではないだろうか。ちなみに、経営文化の国際比較で有名なG.H.ホフステッドの研究によると、上記に加え、スウェーデン人には「権力におもねらない」「リスクテイクを好む」といった特性があるとされている。

実は筆者は一時期北欧系の会社に勤め、間近にスウェーデン人の特質に触れる機会があったのだが、そこで感じたのは(もちろん、少ないサンプルの特性を一般論化することに無理があるのは承知の上だが)、「ケチ」「考え方が合理的」「真面目だがネアカではない(特にアメリカ人に比較して)」「創意工夫を賞賛する」といったところである。

こうしたスウェーデン人の特質とイケアの価値観は密接にリンクをしており、イケアの強さにつながっていると筆者は考える。

国民性とフィットした価値観の強さ

冒頭の「ある家具商人の書」を読んだときに、まず注目したのが、4「わずかなリソースでよい結果を得る」、5「簡素化は美徳である」、6「違う方法でやってみる」の3項目だ。その理由を簡単に説明しよう。

感じたのは、「これはスウェーデン人の特質そのものだな」ということであった。浪費や無駄は避けながら、とにかく工夫しながらチャレンジしてみる。あるやり方に満足せず、「なぜこのやり方なのか?」「もっと良いやり方はないのか?」を常に自問し、追求する——そうした合理性と創意工夫がまさにこの3項目に反映されている。

ちなみに、スウェーデン人が合理性と創意工夫を好むのは、プロテスタントが多いという宗教的背景と、北国で自然環境が厳しく、人口も少ない(人口密度も低い)ゆえに生活レベルでもビジネスレベルでも日常から工夫が必要とされるからというのが通説だ。

フィンランドからノキアという携帯電話の巨人が生まれたり、スカンジナビア3国でIT利用率が非常に高いのもそれと無関係ではない。いすれにせよ、常日頃から空気のように馴染んだ考え方だからこそ、支持を得るのも容易だったことは想像に難くない。

これは仮説なのだが、組織に根付き易い価値観は、その国民性とも強くリンクしてくるはずだ。たとえば、日本であれば、武士道精神や古くからの「商人道」などと連関性の高い価値観は、組織に浸透させ易いだろう。

ただし、逆に言えば新鮮味に欠けるリスクもある。そこは、ワーディングにこだわることで覚えやすくさせたり、創業者を始めとする経営陣が、繰り返し繰り返し、その言葉に込めた思いを説き続けたりするなど、当たり前のことを愚直にやり続けるしかないだろう。

同時に、国民の文化としては強いが、ビジネス的には避けたい価値観を排する努力も必要だ。例えば、日本企業ならば「(一方的な)上意下達」「長いものには巻かれろ」などは、避けたい価値観である。もちろん、強烈なアンチテーゼゆえに逆に支持されるという場面もあるだろうが、もともと腹の底から共感する人々の母数は少ない。

したがって、人材の採用にあたって、その価値観に馴染むかをしっかり見極めると同時に、先述した「国民性とのフィット感が高いもの」以上に、それを説き続けることが必要だ。気が緩むと、長年慣れ親しんだ価値観にもたれかかっていくのが人間の本質だからだ。

なお、イケアはすでに単なるスウェーデン企業というのが憚られるほどグローバルに事業を展開している。母国の良き価値観に合致しながらも、普遍的に人々に支持される価値観を選ぶことが、グローバル企業には重要なのだろう。

また、2「イケア精神。力強く生き生きとした毎日」、8「責任を取ることは特権である」、9「ほとんどのことはまだ手つかずだ。輝かしき未来!」の3項目も、ベンチャースピリットに溢れているという点で、筆者が注目したポイントだ。2や9は言うまでもないが、8も、「挑戦するからこそ失敗もする。どんどん挑戦すべし。ただし、あなたにはさまざまな意思決定を下したり行動する自由があるが、当然、自由と責任はセットだ」(筆者の意訳)との説明があり、各々が自律的に行動することを賞揚している。

イケアは企業規模からすればすでにベンチャー企業ではない。しかし、常にベンチャースピリットを鼓舞していることが、事業展開上も新たな挑戦を続けるイケアの精神的背景にあるのは間違いない。イケアの歴史を見ると、成功以上に失敗が多いくらいだ(日本市場への進出も実は一度失敗している)。しかし、無謀な失敗はあまりないし、多くは、リスクをしっかり見極めたうえでのチャレンジに見える。人々を鼓舞しながらも、行き過ぎは戒め、失敗から学ぶ——ここでも、「当たり前のこと」を経営陣がしっかり言動で示すことが必要だ。事実、イケアはそれを実践してきた。

徹底的に合理的に考えながらも創意工夫し、ベンチャースピリットを持って積極的にリスクをとる会社——イケアの成功の背景には、間違いなく創業者の強い信念が横たわっている。

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