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裏切りか、協調か?ゲーム理論で考える呉越同舟マーケティング(2)

投稿日:2008/10/24更新日:2019/04/09

前回のコラムでは、商品やサービスには、個々の企業が顧客に提供できる「アプリケーション価値」と、その業界や領域が全体で提供する必要のある「プラットフォーム価値」とがあること、プラットフォーム価値を意識せずにただ隣の同業他社と競争するだけでは、ビジネスにおいて成功することはできないことを述べました。

「競争するだけでは成功できない」という表現を聞いて、もしかするとゲーム理論のことを思い出す人がいるかもしれません。そうです。実はこのプラットフォーム価値での協調を実現する秘密が、ゲーム理論における「囚人のジレンマ」を回避する方法論に隠されているのです。

「囚人のジレンマ」の回避方法こそがプラットフォーム価値

囚人のジレンマについて、簡単に説明しておきます。捕らえられた2人の盗賊(囚人)が、別々の独房に放り込まれ、刑事から以下のような条件を伝えられます。

・お前が密告して相棒が黙秘すれば、相棒は懲役20年だが、お前を無罪放免にしてやる
・2人とも密告し合ったら、どちらも懲役10年になる
・2人とも黙秘を貫いたら、どちらも懲役1年になる
・お前が黙秘して相棒が密告したら、相棒は無罪放免で、お前を懲役20年にする

2人はどう行動するか。密告すると(相棒が黙秘していた場合=無罪、相棒も密告していた場合=10年)平均5年の刑になるのに対し、黙秘すると(相棒も黙秘していた場合=2年、相棒が密告していた場合=20年)平均11年の刑となります。トータルでは密告したほうが利得が大きくなるので、本来は2人とも黙秘するのが最も理に適っているはずなのに、密告し合って懲役10年の刑を受けることになってしまう、という話です。

ゲーム理論では、この「囚人のジレンマ」を回避する方法として、2つの方法を提示しています。

一つは、2人の囚人の取り得る戦略を制約する「制度的枠組み」を導入することです。この対処法のことを「協力ゲーム」と呼びます。2人が所属する盗賊団のボスから「警察に捕まって何を言われても、盗賊団のメンバーとして何もしゃべるな。もし密告したりしたら、たとえ無罪放免になっても盗賊団として厳しい処罰を加える」と言われていたとすれば、相棒を密告することの利得はなくなるでしょう。

もう一つは、ゲームを2人の間で繰り返し行うルールにすることです。この対処法を「繰り返しゲーム」と呼びます。1度は相手を裏切って密告し「無罪」を勝ち取ったとしても、2回目以降に相手からのしっぺ返しに合う可能性(「おれは黙秘してやったのに裏切ったな」)がある。その結果、2人とも双方を信頼して黙秘したほうが、利得が高まることに気づく、というものです。

マーケティングにおいて同業他社と不毛な競争に走らず、プラットフォーム価値を共有して効率的に戦うために必要な考え方は、このゲーム理論の「囚人のジレンマ回避」の方法に示唆されているように思います。

強制力あるいは排除力を持たないプラットフォームに価値無し

ゲーム理論の示唆を踏まえれば、プラットフォーム価値が市場競争において意味を持つのは、以下の2つの場合であると考えることができるでしょう。

個々のプレーヤーが自由意志で意思決定しないようにするための制度的枠組みである場合、あるいは中長期的な競争ルールとして機能する場合です。逆に言えば、参加者の意思決定を縛る何らかの制度的枠組み、あるいはずるいプレーヤーの「勝ち逃げ」を許さない仕組みを持たないプラットフォーム価値に、経済上の「価値」などないとも言えます。

しかし、業界で共有する価値の「プラットフォーム」を考える場合、多くの日本人は「私が一生懸命やってみせれば、他の人たちも理解して協力してくれるだろう」とか、「一番儲けている業界リーダーがプラットフォームを負担すべきで、その他のプレーヤーに負担させる必要はない」などといったことを考えがちです。

しかし、これは日本人特有の「親方日の丸」的甘えだと思います。もし「囚人のジレンマ」のような状況が前提で、個々のプレーヤーが自由に意思決定できる自由競争市場を想定するのなら(そして資本主義国たる我々日本人の目の前にある市場はたいていがそういう市場であると思いますが)、そんな甘えた想定のもとに築かれたプラットフォームが、そもそも価値を持つわけがないのです。

本当にきちんと機能するプラットフォーム価値というのは、そのプラットフォームに参加するすべてのプレーヤーに対して、利益をプラットフォームに還流させる強制力を持つと同時に、プラットフォームに参加しながら利益を持ち逃げしようとする「フリーライダー(ただ乗り)」に対して、他のプレーヤーから強い排除と処罰の圧力がかかる仕組みを持っていなければならないと、私は考えます。

次回は、そうしたプラットフォームを実際に作り機能させるにはどうしたら良いのか、少し考えてみたいと思います。(つづく)

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