裏切りか、協調か?ゲーム理論で考える呉越同舟マーケティング(1) 

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ペプシコーラとコカ・コーラの競争にみる「協調」

グロービス経営大学院のマーケティングIのコースでは、3回目に「英国ペプシコーラ」というケースを取り上げて、競争マーケティング戦略について議論することになっています。コーラの味そのものをコカ・コーラと比較する「ペプシチャレンジ」という広告キャンペーンを北米で大成功させ、最大手コカ・コーラに一矢報いたペプシコーラ(以下、ペプシ)が、攻守入れ替わった英国市場におけるポジションをいかに守るかで悩んでいるという1980年代のケースです。

今もって世界の多くのビジネススクールでマーケティングの教材として使われており、マーケティングにおける「競争戦略」とは何かということについて深く考えることができる素晴らしいケースです。しかもこのケースの最後には、学生の皆さんにとっては思いもよらない衝撃的なオチが付いています。

どんなオチが付いているのかは受講してのお楽しみとしておきますが、受講生の方にとっては両社の生き馬の目を抜くかのような激しい競争戦略にとてもついて行けないという印象を受けることが多いようです。実際、受講生の方からよく受ける質問に「こんな厳しい競争はコーラの世界だけなのではないですか?」とか、「こんな競争、どうやって勝てば良いのでしょうか?」といったものがあります。

確かに表面上のマーケティング施策を見ると、コカ・コーラもペプシも相手の戦略の裏をかくような施策を次々と繰り出して、激烈な競争をしているように見えます。しかし、実際のところ彼らは「競争すべきではない」部分については競争しないと決めているからこそ、これだけ競争戦略を磨き上げ、かつ世界的に成長し続けられているとも言えます。

たとえて言うなら、コカ・コーラもペプシも決して、「向こうの飲み物には健康を害する物質が含まれている。うちの商品には含まれていない」というキャンペーンは張りません。当たり前のように思うかもしれませんが、もし「競合を潰す」ことだけが競争の目的であれば、競合の提供する商品の価値そのものに大ダメージを与えるのが一番手っ取り早いわけです。

ではなぜ両社ともそれをやらないのでしょうか?それは、そもそも清涼飲料の安全性に対する疑念を顧客に抱かせれば、そのダメージが同じ清涼飲料業界に身を置く自社商品にも降りかかってくることが分かっているからです。

「競争しない部分」が明確だからこそ競争できる

ここで分かることは、顧客に対して提供される商品・サービスの価値には、個々の企業が市場競争の中で磨くべきものと、その商品・サービスを提供する企業すべてが協力して作り上げるものと、2種類に分かれるということです。

コーラの例で言うならば、「コーラ飲料はどの企業のものであっても飲んで安全である」ということについては、コカ・コーラもペプシも競争しようとはしません。なぜなら、消費者から見てその価値は、特定企業に対してというよりは、「コーラ飲料」という商品カテゴリ全体に対して求めているものであり、その業界全体の企業でルールを決めて価値提供しなければ効率的でない(一部の商品が安全でないと思われた瞬間に、消費者はそのカテゴリの商品全部を購買しようとしなくなる)からです。

ここまで読むと、「分かりきったことをなぜしちめんどくさく説明するのか」と思われる方もいるかもしれません。しかし、コーラ飲料の世界では当たり前すぎるこの話が、他の業界になると途端に当たり前ではなくなります。本来は業界の企業全体でルールを決めて競合同士が協力して提供すべき価値があるにもかかわらず、競合との協力を考えずにルールを破ったり競合を打ち負かす戦略だけ考えていたりといった企業が、世の中には非常にたくさんあります。

ここでは便宜的に、業界や競合同士が協力して顧客に提供すべき価値をその商品の「プラットフォーム価値」、その上で市場競争によって磨かれて提供される価値を「アプリケーション価値」と呼ぶことにします。このプラットフォーム/アプリケーションという概念は、情報通信やソフトウェアの業界でよく使われるものです。

さまざまな業界・分野をこのプラットフォーム/アプリケーションという切り口で見ていくと、食品業界のようにある程度自然に多くの企業がそのような考え方に基づいて行動している業界と、そうでない業界とがあることに気づきます。私の見る限り、こうした考え方に対する理解が最も遅れているように見えるのは、サービス産業です。

ダメ観光地に見る「プラットフォーム価値」不在の不毛な競争

先日、日本のある地方の観光地の地域振興に対する助言を求められているコンサルタントの方とお話しする機会がありました。私がそのコンサルタント氏に「その観光地はどんな問題を抱えているのですか?」と聞いてみると、次のような答えが返ってきました。

「まず、地域振興の中心となっている政治家や自治体、それを支えるべき地域金融機関などに、何がその地域の最も重要な観光資源なのかという理解がまったくない。でもこれは、これから観光振興をしようと取り組み始めた地域なら、どこでも当たり前のことです。

それよりも本当に問題なのは、さあやろうというときになって地元の旅館やホテル、料飲店といった関連業者が、まったく動かないことなんです。例えば、その地域ならではの食材を生かした料理を出せるように、共同仕入れにして皆で安く食材を仕入れようという話になったとします。ところが、どの旅館も自分の仕入れ先を明かそうとしない。理由を聞いてみると『うちのノウハウを隣の旅館にバラしたら、料理も顧客も全部取られてしまうから』とか、そういう話がたくさん出てくるのです。

お互いのノウハウを出し合って地域全体を底上げしましょうという話を何度も繰り返しているのに、観光の地域振興で最も得するはずの人たちがそのメリットを理解せず協力してくれないのが、不思議でなりません。どうしてですかね?」

私はそのコンサルタント氏に、2つの原因が考えられるのではないかと話しました。

問題の原因の1つは、そういう人たちはこれまで経験してきたビジネスでの「競争」が狭すぎて、極めて近視眼的にしか競争相手を捉えられないことにあります。長年業績が低迷し続けてきた観光産業では、「観光客」というものを十把一絡げに捉えたうえで、その地域に来る観光客を誰がより多く分捕るかという「ゼロサム」の勝負が行われ、競り合いに負けた力の弱い業者が潰れるといったことを繰り返してきました。

そうした旅館は、隣の同業者とは異なる顧客層をターゲットし、互いに正面衝突を避けながら顧客満足と業績向上を競い合おうという発想を、そもそも過去に一度も持ったことがないのです。相手を潰すか自分が潰れるかの競争しかして来なかった人に「お互いを信頼し合えばみんながハッピーになりますよ」といっても、理解できないのは当然です。

もう1つの原因は、先に述べたような「プラットフォーム/アプリケーション」という顧客の視点からの提供価値の理解と、それを実現するための方法論という観点が欠落してしまっていることにあります。観光業において、たとえば宿泊施設が提供できる価値というのは、旅行全体における重要な要素であることには違いありませんが、顧客が旅行によって得る満足全体のごく一部の要素に過ぎません。

宿泊施設以外の旅行の楽しみとは、山や海といった自然の中でのレジャー、名所旧跡の見学、美しい町並みや風景の観賞、そして旅先での人との触れ合いといった、顧客にとっての「体験」すべてです。これらの楽しみは、その観光地に住むあらゆる人々が自分たちの地域の魅力を高めるためにどうすれば良いかを考え、日々行動することで生まれ、磨かれていくものです。誰かがそれにカネをつぎ込めばできるというものでもないし、まして旅館同士が競争をしてどうなるものでもありません。

日本企業に蔓延する「プラットフォームが見えない」病

顧客視点から見た「プラットフォーム価値」を理解し、実現するためには、その価値の創出にかかわる、あるいはそこから利益を得る可能性のある人をなるべくすべて巻き込んだ「場」において、守り磨くべき価値を明確に確認したうえで、その維持発展に反する利害を持つ人や行為をなくすよう、調整する必要があります。

上のように話したところ、その観光コンサルタント氏は「確かに言う通りです。観光による地域振興がうまくいっている観光地では、地元の人たちが自分たちの地域において最も大切なものは何であるか、きちんとしたコンセンサスを持っている。またそのうえで、隣の同業者と自分は相手にする顧客も、地域内でのポジションも違うということを理解しているプレーヤーが多いです。ただ、そうした地域は日本の中ではごくわずかです。多くの観光地は、一見成功したように見えても、自分たちの地域の中心的な価値を理解せず、またそれを守り磨くためのコンセンサスを築く『場』を持てなかったために、成功が一過性のブームで終わってしまっています」と話してくれました。

こういった話は、観光産業やマーケティングといった領域に限らず、日本国内のあらゆる場面で見られる問題です。たとえば、日経ビジネスオンラインに掲載された、「中途で採用した即戦力人材が企業に定着しない」という最近の傾向を理由を分析している記事を読むと、企業における「業務ワークフロー」や「経営上の意思決定プロセス」の基本ルールといった「プラットフォーム価値」の部分が暗黙知化され、社内で共有されていないことが、そうした企業から「アプリケーション価値」の部分で「即戦力」と評されるような優秀な人材を遠ざけている様子がよく分かります。このように、HRの分野でも「プラットフォーム」の意味と意義をきちんと理解しない企業や経営者は、知らず知らずのうちに大きな機会損失を蒙り、沈没していくようになりつつあると言えるでしょう。

では、こうした状況の中で、企業は何を考えどう行動すれば良いのでしょうか。その考察については、次回に譲りたいと思います。(つづく)

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