誰もがいつか直面する「キャリアの再考」を納得して乗り越えるために 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

前回に引き続き、国内外の現場で日本企業のグローバル展開を牽引し、また外資系企業のグローバルでダイナミックなカルチャーでキャリアを積んできたグロービス経営大学院経営研究科教員の森暁郎が、「自分ならではのキャリアをグローバルに切り開く」をテーマに語ったセミナー(DODA転職フェア、2017年2月10日開催)の模様をお届けします。(後編/全2回)

「自分ならではのキャリアをグローバルに切り開く」森さん講演[2]

UFJ銀行ニューヨーク支店での4年の勤務のあと、私は会社を辞めて、私費でコロンビアビジネススクールに留学しMBAを取得した。今日はキャリアの話がメインなので詳細は割愛するが、MBAに行った大きな理由は、好奇心が抑えられなかったこと、アメリカのビジネス社会ではそれが当たり前だったこと、そして世界中のどこでも生活できるようになりたかったこと。そして、実際にMBAを経て主に身につけたことは、世界中の学生と学び合う中で自分自身の「位置」がわかってきたことと、色々な面でのサバイバル能力が強化されたことだ。

UFJ銀行を辞め、米MBAを取得し日本GEに入る

MBA卒業後にさあ就職先をどうしようかということになり、私が受けた中で一番面白かったクラスの先生が「GEにいってみたらどうか」と勧めてくれたこともあり、General Electric社に行くことにした。「グローバル」というキーワードで言うと、まさにザ・グローバル企業で働くことになった。

ところが入社してまもなく、2008年にリーマンショックが起きる。なぜか私が新しいキャリアを踏み出すとその1年目にこういう事件があったりするので、私は大体10年周期で景気を揺るがす大きな事象が起きることを体感している。

外資系企業のカルチャーや人事評価基準

ここから、グローバル企業で働くことについてお話したい。まず、GEのようなワールドワイドに展開している会社の日本のオフィスに行くというのは、ローカルマーケットで結果を出してくれ、という期待値で入るというのが原則だとの認識を持っておいた方がいい。これは世間一般のイメージとは少し違うところで、外資系だから「入社後すぐに欧米に行ってくれ」とはなかなかならず、(よほど能力があって頑張った人であれば別だが)基本は日本のマーケットで数字を出してくれ、実績を作ってくれ、ということをまずは期待されることが多い。

外資系企業がどういう風に回っているかということでいえば、GEだと社員が全世界に約30万人いるわけだが、この人たちが同じ方向を向かなければいけない。そこで大事なのは、社員共通の価値観、方向性、といったものをしっかり定めてそれを伝えていくこと。そしてそれを「絵に描いた餅」にしないように仕組みとして機能させる。例えば人事評価制度なり、ビジネスリーダーがどれくらいの時間を割いてどのように社員に伝えていくかなり。そして何より大事なのが社員を同じ方向に導くリーダーシップ。この、「価値観」「仕組み」「リーダーシップ」の三軸が的確なバランスで回って事業の成長につながっていく。それが外資系企業のGEで日々働いていて感じた見事なダイナミズム、メカニズムだった。

続いて人事異動のグローバル基準の話を。日本企業の異動の場合は、自分の上司の課長や部長が「誰々に話しておいたよ」「次にお前、あそこに部署に行きたいのだろう」みたいなやり取りから異動が固まっていくことが多いかと思うが、外資系企業の場合は違う。例えば「日本で何々を売る営業部長」というポジションが全世界にポストされる。それに対して全世界から応募が集まる。基本的には異動もグローバルで競争になるので、「日本国内の営業なら自分でしょう」なんて思っていたら突如マレーシアから「自分は日本語も英語もできるし次の何年か日本で暮らしたい」という人が割って入ってきて、その人たちと同じ競争をすることになる、といったことが普通に起きる。これが外資系のリアリティだ。

最後に外資系企業一般の話として、日本市場からの撤退や売却のこと。一瞬後ろ向きなワードかと感じるかもしれないが、これはもう起きる時は起きるのが外資系企業。社員のパフォーマンス云々を超えて、全世界の景気の中で「いま日本マーケットは伸び代がちょっと少ないね」といった経営判断がされることはある。もしもそうなったら、全く自分を責めることなく「運命だった、これは外資系にはつきものだ」という開き直りのようなマインドセットをあらかじめ持っておくことも実は大切だ。

これらのことを意識しておくと、外資系に行ってもあまり違和感なく何事も平然と受け止められて、皆さんの持つ力を上手に発揮して活躍できるのではないかと思う。

ライフイベント等で自身のキャリアの再考を迫られる

このあたりで30代半ばとなったのだが、これくらいの年になると、家庭を持つなどのライフイベントが起きてきて。若いときのように勢い「だけ」で道を切り開いていく人生の難しさにも直面する。

あとは、色々なことを経験した上で、せっかくなら自分にしかできないことをやってみたい、自分ならではの形で社会に貢献したいということを今まで以上に考え始めるようになる。

それまで日本企業から海外に出て働き、続いて外資系企業の日本オフィスを経験して、私の中でなんとなく見えてきたのは、どちらかというと最初の仕事のほうが自分ならではの仕事ができていたかなということ。日本の銀行が海外マーケットに出て行って外国人と共にビジネスを作り上げていくのが、私には特に楽しかった。また、赤坂支店時代から常々、どちらかというとお金を貸すだけというより、お金を引っ張ってきて事業を育てるほうが面白そうとも感じていた。次第に考えを深めていく中で、最後はGEの金融部門で過去最高金額のM&A絡みのディールを無事クローズして、自分の中で一つの達成感と区切りを感じ、次の道に進むことを決めた。

ちなみに、これはご参考程度に聞いてもらえたらと思うが、社会人になってまずはゴリゴリ働くぞ、次はMBA取ってやるぞ、その後外資でどこまで通じるか腕試ししてみよう、と、そこまでは勢いで突っ走る。しかし、その次のフェーズにおけるキャリアに対しての思考と決断というのは、かなり頭と心を使うのではないか。これは、仲間内でも結構話題になる話だ。

教育業の大手ベネッセに入社、事業のグローバル展開に携わる

進んだ先は、教育・介護の事業会社のベネッセ。日本企業の海外展開のど真ん中のミッションで、事業会社で、かつ会社・お客様・自分自身の全ての「グローバル」に関わることのできる選択肢ということで、入社を決めた。

長年蓄積された様々な事業ノウハウや強みをベースに、M&A、アライアンス、ゼロからの自社開発といった異なる手段を模索しながら海外での事業開発をドライブする、そんなミッションだった。国も地域も都会から地方まで、総合商社をパートナーに世界中で事業機会を探し、形が見えてきたビジネスもあり、大きなやりがいと手応えを感じていた。

日本企業が事業を海外展開する難しさ

ただ、これは想像以上に非常に難易度が高いミッションだった。個社でなく日本企業全体の傾向としてお話するが、理由は主に2つあって、まず1点目が「海外展開だ」「次はグローバルだ」と常日頃から言っていても、実態としては海外事業、海外展開はそれほど優先順位が高くないということは少なからずある。国内事業と海外事業があると、やはり屋台骨の国内事業が崩れたら大変だということでそちらが大事となりやすい。もちろん新規事業だってやらなければいけないのだけれど、どちらかといえば会社の上層部は既存事業の方に思い入れがあり、その既存事業のPL(損益計算書)が崩れたら大変、ということで結局既存企業に様々なリソースが割かれていく会社が往々にして多いと思う。このような要素が掛け合わされていくと、海外の新規事業などはどんどん優先順位が下がっていってしまう。もしグローバルを志向されている今日お集まりの皆さんが海外の新規事業担当者というポジションに進んだら、このような「優先順位の壁」を破るチャレンジが待っている可能性が高いだろう。

2点目は、なかなか適任者がいないという現実だ。長くその会社にいる社員は既存事業への理解が深いし、社内人脈に長けている。社内の物事の通し方、説得の仕方を知っていて、企業理念というものを深く理解している。その一方で、海外という新しいマーケットで競合と戦いながら新しいことをやろうとすると、いわゆるMBA的知識や、前述したグローバルでのマインドセットとコミュニケーション力、あるいは社外の人脈やその人たちとどうやって組みながらビジネスを作っていくかのノウハウなどが大切で、海外の現場や外資系の前線でビジネスに携わっている人の方が恐らく長けている。結局、人材がこのように二極化しがちで、両方を深いレベルでカバーできるという人が本当に少ないというのが、多くの日本企業の現実だと思う。

私も、様々なグローバルなビジネスの現場で仕事を楽しくやってきた半面、そのあたりでは自分の力不足も痛感した。日系事業会社の海外展開というのは本当に難しくて、自分自身色々なことを教わった気がする。私もこれから、こうした難局を打開できる人材になりたいと思っているのと当時に、ぜひ皆さんも「グローバル」を目指すということであれば、この難関を突き破れる人になってほしいと思う。そのような人材が今後さらに求められ、未来の日本企業のグローバル化のドライバーとなっていくことは間違いない。

経営大学院を運営するグロービスに入社

そんな壁に直面した中で私が自分にとって必要だと考えたことは、教育という人々の生活や人生の可能性に直結する事業に携わるのなら、とにかく学ぶ志を持った人と自ら直接向かい合うことだった。人の縁というのは本当にありがたく、丁度その頃友人から「グロービスの英語ビジネススクールで、金融・事業会社両方の仕事をしてきて、様々な実務経験をベースに金融系科目を教えられる人を探しているのだけどやってみないか」という話があり、こんなにありがたく恵まれた機会はないのでぜひトライしてみようと。最初は教員としてのみのご縁のつもりだったが、会社への理解が深まっていく中で色々と魅力を感じる場面が多く、事業開発者及び教員の両面から、グローバルな活躍を目指す人に、場や知見をお届けする立場として、現在はグロービスで働いている。

こうして新たなジャーニーが始まったわけだが、この写真がグロービスの授業の風景で、一番右にいるあまり先生らしくなくTシャツを着ているのが私の授業での姿。色々な国の人が勉強している。ちなみにこれは、私がビジネスの現場で投資家向け説明会というのをよくやっていたのだが、同じ現場感をクラスの中で再現したいと思い、受講生たちにCEOやCFOの役目をやってもらい、それに対して金融機関やマスメディアの人が質問する、という疑似体験の授業の風景だ。日本人と外国人が概ね半々という多様性に満ちた環境で、活気に満ちた学びの場作りに尽力している。

最後に、私からどうしても伝えたいメッセージをひとつ

最後に私から、折角このような場を頂いたので、キャリアの面でのキーワードをひとつ、ぜひともお伝えしたい。それは「掛け合わせ」。例えば個人と組織。最近は個の時代とも言われるが、個を磨き輝いていたいけれど組織として成長したいし仲間と共に最高の思いをしたい。これらを両立させる。また、学ぶ人たちと現場で接していたいが、同時に事業開発も続けたい。金融でキャリアを重ねてきたけれど、事業会社にもチャレンジしたい。といったように、あまり「自分はこうだからこれしかない」と絞り過ぎずに、やりたいこと、できることを組み合わせると「実はこんなこともできそう」という感じで、キャリアや人生の可能性もどんどん広がりワクワクしてくるのではないかと思う。

そのようにいろんな掛け算を可能にする仕事、働き方ってとても素敵ではないかと特に最近思っていて、私の場合は、その答えがグロービスだった。

可能性を狭めず広げる。A or B、つまり自分はAだからAの道しかないというのではなくて、A and B、 A and Cにした瞬間、「意外と自分と被る人って、いないかもしれない」「このストーリーとこのストーリーをつなげてみたら、案外あなたって面白い人ねと言ってもらえるかもしれない」、そんな捉え方次第で自分の可能性というものは大きく変わっていくのではないかと思うし、これからのいわゆる「100年時代の人生戦略」にもふさわしいアプローチだと感じている。

もう時間がきてしまったが、皆さんが、なぜ「グローバル」というフレーズがご自身の心のど真ん中に響くのかを正面から自問自答し、皆さんなりのグローバルなキャリアを切り開いていかれる中で、何かヒントになるキーワードとか物の捉え方が少しでもお届けできていたのであれば、とても嬉しく思う。

 

※この記事は、2017年2月10日に開催された「DODA適職フェア」にて行われたセミナーを元に編集しました

名言

PAGE
TOP