『サピエンス全史』―我々は「進化の偶然」をマネジメントできるか? 

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今回は、NHKの「クローズアップ現代+」で取り上げられたこともあり、最近ベストセラーとなっている『サピエンス全史』(上)(下)を取り上げる。

同類の書籍としては、ジャレッド・ダイヤモンドの『銃・病原菌・鉄』(上)(下)が非常に有名だ。同書は、文明がなぜ特定の時代や場所において発達し、あるいは衰退したのかを、生物学を始めとする科学の知見などをふんだんに交えて解説し、世界的大ベストセラーになった。本書でも、いくつかの新しい切り口は提示されているものの、概ねダイヤモンド流のものの見方は踏襲されている。

つまり、今の人類、あるいは生物界、世界のありようは、意図的に作られたものではなく、いくつかの偶然と、強力な淘汰圧の結果に過ぎない。特に、250万年前に生まれたホモ(ヒト)属の長い歴史から見れば、「人類の意図」が歴史をつくった期間は限りなく短い、という見方である。

一方で、人間が一動物にすぎず、これからも自然の偶然に身を任せる存在であるかと言えば、それは分からない。すでにここ500年間の科学革命は世界を大きく変えたし、生命の設計図であるDNAをある程度は自由に扱える能力も手に入れたからである。サイボーグの技術も進化した。最終章「超・ホモ・サピエンスの時代へ」では、そうしたことにも触れられており、過去を振り返るだけではなく、過渡期に生きるわれわれに問題提起をしている。そこに本書の大きな特色がある。

さて、ビジネスパーソンは、本書からどのような学びを得るべきなのだろうか。多くの人にとっては、生物学+歴史の書として単純に読むだけでも新しい発見が盛りだくさんで面白いだろう。「ものの見方が変わった」「パラダイムの重要性が分かった」という人もいるかもしれない。何を学び感じるかは人それぞれだろうが、ここではビジネスの研究・発信を行っている筆者が、本書を通じて、新たにあるいは改めて喚起された視点を紹介したい。

第一に、人類の歴史、特にここ数千年の歴史は「共同の神話・想像」(本書では他の表現も用いているが、ここではこう記す)によって大きく左右されるということを改めて認識させられた。キリスト教やイスラム教、資本主義や社会主義もこの「共同の神話・想像」の一種にすぎない。人間の頭の中にだけ存在する考えを皆が信じこんでいるだけなのだ。貨幣や信用(「銀行の信用創造」などで用いられる信用)も同様である。

それが正しいか間違っているかを人間が現在進行形で判断することはできない。歴史が繰り返せない以上、ある「共同の神話・想像」を信じて人間が活動を行った結果、何が生じたかを後世の歴史家が記述的に分析することしかできないのだ。

われわれは往々にして「あるべき規範」や「より良いイデオロギー」を語りたがるが、それはある特定の条件下でのみ効力を持つものだという認識はやはり持つべきだろう。われわれが今生きている時代の「共同の神話・想像」を絶対視しないことは大切だ。同時に、どうすれば新しい時代にふさわしい「共同の神話・想像」を生み出せるのかは興味深い問題である。そこに企業、ビジネスが大きくかかわってくる可能性は高いのではないだろうか。

第二に、科学革命は、現代の成功した「共同の神話・想像」である資本主義と結びついて、過去の生物の進化とは異なる結果をもたらす可能性がある。先述したように、人間は純粋な自然淘汰の力に進化を委ねるのではなく、ある程度までは人工的に人類という生物を変えられる力を持った。これがどのような結果を招くのかは、現段階では思考実験するしかないが、それが人間という動物を幸せにするかはわからない。

そもそも本書でも触れられているように、人間の幸せを何で測定すべきかという問題もある。ドーキンスの「利己的遺伝子」説に則れば、ある生物種の成功は、広がったDNAのコピー数で測定しうる(厳密に言えば、あるDNAの成功は、どれだけ生物という「ビークル」を活用して多くのコピーを残せたかで決まる)。この理論では、人類の個体数が増えることが望ましいことだが、それは本当に人々を幸せにするのだろうか。ブロイラーの鶏は確かにDNAを増やすという意味では成功したが、すぐに食肉にされる彼らは幸せなのだろうか。(この見方が人間的な感傷的な見方だということは認めるにせよ)

では、人類の体内に生成されたセロトニンやドーパミンといった、快楽と関係する物質の総量で人類の幸せを測定すべきだろうか。これこそ問題がありそうだ。そうした物質を生成する技術は、科学の力で容易に実現できそうだからだ。予算を通じて科学に方向付けをする企業、ビジネスがもしそれを優先させれば、その意味での幸福は実現できそうだ。しかし、それが本当に人間にとって幸せかと言えば、これも議論の余地は大きそうだ。

人間の進化は、他の生物の幸福をも大きく左右する。その自覚がビジネスサイドにあるかと言えば大いに疑問だ。そもそも、世界中の人類の幸福の総量を最大化すべくビジネスを行っている人間自体、少ないだろう。

科学革命がどこまで進むのかは現時点では何とも言えないが、個人はもちろん、すでに国家の意思さえも超えるほど巨大化した企業が、実は人類の幸福や命運を大きく握っているという事実は大きな意味を持つ。

ビジネスパーソンであるわれわれは、そうした中で日々行動しているのだという自覚は改めて持っておきたいものである。

『サピエンス全史』(上)(下)
ユヴァル・ア・ハラリ著、柴田裕之訳
1,900円(税込2,052円)

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』『「MBA 100の基本』(以上東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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