トランプ大統領の怪物級発信力に屈しない 

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米女優のメリル・ストリープさんがゴールデン・グローブ賞の授賞式でトランプ次期米大統領を批判した。障害を持つ記者をトランプ氏がからかったことについて、ストリープさんが嫌悪感を覚え、社会に警鐘を鳴らしたのだ。名指しをしなかったこともあり、抑制的でしかも感動的なスピーチだった。一方、トランプ氏はツイッターでストリープさんを「最も過剰評価されている女優」と名指しで個人攻撃した。

その直後のことだ。「トランプ氏が女性と不適切な関係を持ったことを示す映像がロシアの情報当局にあり、トランプ氏はロシア政府の言いなりになっている」という内容の報道があった。トランプ氏はツイッターで「フェイク(嘘の)ニュースだ」と反論し、記者会見でも真っ向から否定した。

ニュースの真偽は不明だ。メディアを見た多くの人々は「さもありなん」と思ったかもしれない。一方でトランプ氏のツイッターのフォロワーは「フェイクニュースだ」と信じているだろう。発信力対発信力の戦いになってきた。

「人々が判断するのは事実ではなくて、コミュニケーションにより感知された認識(パーセプション)である」。グロービスの理念の1つであるコミュニケーションウェイにはこう書かれている。

たとえ悪いことをしても、「報道はウソだ。あいつがデタラメを言っている。酷い目にあった」と伝われば、人々は同情し不問に付す。一方、何も悪いことをしていなくても、でっち上げられた情報が駆け巡ると犯罪者とみなされてしまう。発信力は歴史をも変える力を持っている。

その発信力の面で、現在、2つの大きな変化が起きている。

1つがニュースの「民主化」だ。これまでニュースは一部の資本力がある報道機関だけが独占して発信するものだった。だが、今や誰でも簡単にウェブでニュースをつくり、ソーシャルメディアで安価に拡散できる時代になった。

もう1つが信頼性の変化だ。米大手PR会社エデルマンの調査によると、人々はマスメディアよりも知人からソーシャルメディアでシェアされた情報の方を信用する傾向があるという。つまり、マスメディアの信頼が失墜しているのだ。

トランプ氏は、この変化に乗じて発信力という極めて大きな武器を活用して、大統領選を勝ち抜いてきた。「民主党のヒラリー・クリントン氏が多くの謎の死と関係がある」「ローマ法王がトランプ氏を応援している」といったフェイクニュースがソーシャルメディアを通じて拡散された。フェイクであろうがなかろうが、人々は事実ではなくてコミュニケーションされて感知した認識で動くものなのだ。発信力を持つものが、人々の認識を変える力を有するのである。

きょう、トランプ氏が大統領に就任する。マスメディアにも対抗できる強大な発信力を持つ世界最高の権力者である大統領の誕生だ。

ストリープさんはそういう意味では、本当に勇気があったと思う。ただ、今後は、トランプ氏を批判するのは難しくなってくるだろう。トランプ氏を批判すると個人批判で返されるからだ。企業も狙い撃ちにされる。世界最高の権力者でありバケモノ級の発信力を持つ大統領に対しては、ハリウッドスターであれ、財界人であれ、明示的な批判発言がしにくくなると思う。

歴代大統領に比べて記者会見の回数も減ることが予想される。好意的でないメディアに質問させなかったり、非難したりすることが増えるだろう。場合によっては会見から締め出すこともやりかねない。

それでも、僕らは正しいと信じることを発言し続けるべきなのだ。たとえ相手が強大であっても、いやむしろ強大だからこそ、発信をし続ける必要がある。

※この記事は日経産業新聞で2017年1月20日に掲載されたものです。
日本経済新聞社の許諾の元、転載しています。
 

京都大学工学部卒、ハーバード大学経営大学院修士課程修了(MBA)。住友商事株式会社を経て、1992年株式会社グロービス設立。1996年グロービス・キャピタル、1999年 エイパックス・グロービス・パートナーズ(現グロービス・キャピタル・パートナーズ)設立。2006年4月、グロービス経営大学院を開学。学長に就任する。若手起業家が集うYEO(Young Entrepreneur's Organization 現EO)日本初代会長、YEOアジア初代代表、世界経済フォーラム(WEF)が選んだNew Asian Leaders日本代表、米国ハーバード大学経営大学院アルムナイ・ボード(卒業生理事)等を歴任。現在、経済同友会幹事等を務める。2008年に日本版ダボス会議である「G1サミット」を創設。2011年3月大震災後に、復興支援プロジェクトKIBOWを立ち上げ、翌年一般財団法人KIBOWを組成し、理事長を務める。2013年6月より公益財団法人日本棋院理事。いばらき大使、水戸大使。著書に、『創造と変革の志士たちへ』(PHP研究所)、『吾人(ごじん)の任務』 (東洋経済新報社)、『人生の座標軸』(講談社)等がある。

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