『働く女子の運命』 ―私たちの未来を私たちが選ぶために 

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この本は、タイトルがややこしい。「働く女子」とか「運命」とか。私と同じように、タイトルから敬遠された方も多いのではないか。出版から一年、既読者から勧められて手にとってみると、自分の置かれてきた環境に「なるほど、そういうことだったのか!」と膝を打つような納得感が大いに得られた。敬遠するのはあまりにもったいなく、今回取り上げたい。

本書の特徴は、筆者があとがきで述べている通り、日本型雇用における女性の位置づけの変遷について、膨大な史料をひも解きながら論じている点にある。かといって、堅苦しい歴史書ではない。

日本型雇用といえば、終身雇用、年功序列、企業別組合といったキーワードが思い出される。これらは戦後、日本社会の後進性を象徴するものとして世界から指摘されるところとなっていた。しかし、60年代以降の日本の目覚ましい経済成長から、その有用性を内外に評価され、是正されるタイミングを逃してしまったのだ。筆者はその経緯を時代の書物や議事録といった史料によって示しつつ、「おいおい、そうじゃないだろう」と論拠の穴や矛盾を突いていく。まるで思考トレーニングのようで爽快さすら感じる。

特に、終身雇用の観点から、女性は「企業にとっては極めて不安定な労働力」(男子は基幹労働、女子は補助労働)とみなされ、生活給という社会的秩序を保つために、「結婚退職制」「女子若年定年制」といった壁(何かを守るものでもあり、遮るものでもある)が整えられた。一方、国連による外圧により、85年に男女雇用機会均等法が成立したものの、保護と平等のバランスをとった結果、努力義務にとどめられた。法の解釈について、行きつ戻りつする議論の形跡は読むのももどかしく、時計を巻き戻して議論を立て直しに行きたくなるほどだ。

私自身、夫と共働きで二人の子どもを育てている。専業主婦の母に育てられながらも、就職活動中には自然と「ずっと働き続けるんだろう」「大学を卒業してからも、会社や学校を出入りしながら年を重ねていくんだろう」という前提で職業選びをしていた。90年代末、一学生が自分なりに考えた結果というよりも、就職氷河期の日本にはそういう風も吹いていたということだ。

それから20年弱、グロービスの女性リーダー育成プログラム(WLP)を担当していると、働く女性の多様な生声に接することができる。このプログラムは安倍首相のウーマノミクス「2030(にいまるさんまる)」(2020年までにあらゆる分野で指導的地位の女性比率を30%以上にする)を受け、まずはプール人材を育成したいという多くの企業のご要望から2015年にスタートしたものだ。 

受講者と対話していると、いまだかつてなく「女性」と一括りにされ話題にされることへの違和感を覚えながら、「女性」の代表ではない(のにそう解釈されてしまうことが多い)ことに戸惑いながら、この風を味方につけるべきか否か、逡巡している様子が伺える。

「自分の道は自分で切り開く、追い風なんて必要ない、今さら下駄を履かせるな!」
「追い風なんてラッキー、思う存分利用しよう」
「自分にとっては向かい風でしかない、ほんとに困る、やめてほしい」

みなさん自身は、みなさんの周りの方は、どんな思いでこの風を感じているだろう。

筆者は、次のターニングポイントはコストの高い中高年男性の働き方の見直しからくるもので(一つの解決策として中高年以降はジョブの専門性で評価することを提示)、引き続き女性起点での改革は難しいという考えから、「運命」という言葉を使っているようだ。よって、「この多重に錯綜する日本型雇用の縮小と濃縮と変形のはざまで振り回される現代の女子の運命は、なお濃い霧の中にあるようです」と結んでいる。

では、改めて「運命」とは何だろう。本人の意思に依らない巡りあわせ、単に「将来」の意としても使われる。将来が見通せないとしても、それは暗いものだとは限らない。自分が望むイメージを持って一歩一歩前に進むしかない。時代の風を感じながらも意思を持って、それぞれが考える明るい未来につながるような選択を重ねていきたいものだ。

 

『働く女子の運命』
濱口 桂一郎 (著)
文春新書
780円(税込842円)

 

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