間下直晃×伊藤羊一(1)正しく継続すればいつか勝てる 

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活躍中のリーダーたちにリーダーとして目覚めた瞬間を問い、リーダーシップの出現メカニズムを解き明かす本連載。第10回は、ウェブ会議サービスの国内シェアナンバーワンを9年連続で獲得、海外展開も積極的に進めるブイキューブの間下直晃さんに、シンガポールオフィスにてお話を伺いました。(文: 荻島央江)

<プロフィール>
株式会社ブイキューブ 代表取締役社長CEO 間下直晃氏
1977年東京都生まれ。1996年、慶應義塾大学理工学部入学。在学中の1998年にブイキューブの前身となる有限会社ブイキューブインターネットを設立。2002年、慶応義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻修了。2006年、ブイキューブに社名を改める。2013年12月、東証マザーズに上場。2015年7月に東証一部へ市場変更。

海外子会社と会議するために自作したサービスが始まり

伊藤: 主力事業のウェブ会議サービスは、オフィスでの利用が中心ですか。

間下: 遠隔の会議と研修、企業内で使うのがメーンです。

伊藤: このサービスを始めてどれくらいですか。

間下: 会社を設立したのは 1998年ですが、これを国内で販売し始めたのは2004年からです。

伊藤: そもそもどういうきっかけで誕生したのですか。

間下: もともとウェブの受託制作や開発を手掛けていました。当時、携帯電話のアプリケーションの開発・販売を米国でも事業化しようと試み、ロサンゼルスに子会社を設立していました。

当然ながら、向こうとこっちで会議をしないと業務が進まないのですが、当時のテレビ会議システムのハードウェアは高価で買えない。これは困ったと自作したのが、現在のウェブ会議サービスです。見た目は今と全く違いますが、遠隔地を結び、映像・音声でコミュニケーションできることは同じ。しばらくして「これ、売れるんじゃない」という話になって、売り始めたというわけです。

後発ながらトップシェアを獲得できた理由

伊藤: ウェブ会議システムという製品自体は、既にありましたよね。

間下: 僕らが参入した時点でいうと、その10年ぐらい前には最初の製品が発売されていました。でも全く普及しなかったので、ウェブ会議自体が日本の風土には合わないと思われていた。僕に言わせれば、それは既存のプレーヤーがあまりにひどすぎただけ。

伊藤: どんな点がいまいちだったのですか。

間下: 顧客を見ていない、技術屋が「技術的にすごいでしょう」と出しているけど、使い勝手がこの上なく悪かった。ウェブ会議サービスを利用する大半はITに詳しい人ではなく、一般の人。この人たちが「使いたい」と思わなかったら、どうしたって広がりません。技術以前に、使い勝手や見た目のほうがよほど重要なのです。

もう1つは、自前の営業部隊を持っていなかったことです。比較的規模の大きな法人向けのエンタープライズ製品は、放っておいても売れるものではありません。加えて、課金ビジネスだから、なかなか代理店のモデルはできない。つまり、自前の営業部隊を持っているか、持っていないかで勝敗が決するわけです。でも競合でそれを抱える企業はなかった。この2点をクリアしたことが、当社が市場に受け入れられた理由としては大きいと思います。

伊藤: マーケティングがきちんとできていないということですよね。お客も見えてないし、チャネルもない。

間下: その頃、展開していた会社と、当時のうちの技術力を比べると変わらないか、もしかしたらうちのほうが悪かったかもしれません。

ユーザー3割増でも売り上げが増えない

伊藤: 具体的に「これは来たな」と感じたのはいつ頃ですか。

間下: 2008年9月のリーマン・ショックで景気が冷え込み、出張経費削減が声高に叫ばれるようになったときでしょうか。2011年の東日本大震災も契機にはなりました。やはり世の中を揺るがす大きな出来事、例えばテロや戦争、災害などが起きると、ウェブ会議の必要性が理解される。要は、移動にリスクが伴う事態になると、需要が増えるというわけです。

リーマン・ショックのときは1年間でユーザーが3割増、問い合わせ数は10倍になりました。でも、売り上げも利益もなかなか増えない。

伊藤: どうしてですか。

間下: リーマン・ショック以前は、大手企業を中心に自社サーバーに設置できるオンプレミスでの利用が圧倒的で、当社からの販売形態は一括販売が多かったんです。それがリーマン以降、企業は景気が悪くて新たに投資をしなくなった。その結果、オンプレミス利用ががくんと減り、その代わりクラウドの利用が増えました。この転換で売り上げの大半が月額基本料になり、以前のように導入時にまとまった金額が入らなくなったんです。一方で開発費やメンテナンス費用は変わらず発生しますから、ユーザーが3割増えているにもかかわらず、売り上げはさほど伸びず、利益はプラスマイナスゼロといった状況が続きました。ただ、導入から3年経つと損益分岐点を超えるビジネスモデルでしたから、とにかく3年は我慢しようと。

伊藤: 3年間我慢する、というのは言うは易し、だと思いますが、大変だったのではないですか。

間下: 僕自身はそれが見えていましたけど、銀行はもう大騒ぎでしたよね。貸し剥がしされましたよ。その後、2011年7月にグロービス・キャピタル・パートナーズに出資してもらって本当に助かった。2011年に黒字化して、2012年で増収増益を達成、その数字を持って2013年12月に東証マザーズに株式を上場しました(15年に東証一部に市場変更)。

やり続ければ何とかなる

伊藤: 業績が低迷していた頃は、間下さんはどんな心境だったのですか。

間下: 結構、精神的には厳しかったですよ。でも基本的には能天気なので、まあ大丈夫でした。

伊藤: それはもともとの性質ですか。

間下: だと思います。子供の頃から一晩寝たら忘れますからね。

伊藤: 経営者はそのくらいでないとダメなんでしょうね。

間下: そうでないと倒れちゃいますね。事の大小はあるとはいえ、毎週何かしらトラブルが起きるので、いちいち悩んでいたら死んでしまいます。確かに2011年の1月は資金が回らなくて、黒字倒産してもおかしくない状況でした。ただ事業自体はどんどん伸びていて、展望は明るかった。足元は厳しいが、これを乗り切れば何とかなる。そう思えていたので、気分的にはあまり追い詰められずにすみました。

それに、やり続ければ何とかなるという確信がありました。長いスパンで考えると、近い将来、ウェブ会議サービスのような仕組みを活用して、どこでも働ける働き方や遠隔医療とか教育ができるようになる、という見通しに反論する人はあまりいない。方向性としては正しい。やり続けて生き残っていればいつかは勝てる。それが目に見えているモデルだったと思います。

伊藤: そこが見えるかどうかは重要ですよね。

間下: 先が見えてなかったら、突っ込んでいません。

伊藤: 自信を持っていることも大事なのでしょうね。自分が取り組んでいる事業の成功を信じられなかったら、やっている意味がないというか。

間下: そもそも自分が信じなかったら、社員は絶対に信じないという話です。10年くらい前に頭の中で描いていたことが徐々に現実になっています。違うのは変化のスピードが想定より遅いことくらい。自分の手で、自社のサービスを世の中に浸透させてきたという感触はあります。
 

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