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逆艪(さかろ)理論でヤマトは経営の方向を変えてきた-クロネコヤマトの満足創造経営【1】

投稿日:2016/09/27更新日:2021/11/24


クロネコヤマトの満足創造経営[1] 

堀義人氏(以下、敬称略): グロービスではこのトップセミナーを4半期に1度開催している。日頃ケースを通じて経営を学んでいらっしゃる皆さんに、実際の企業リーダーと対話していただき、その哲学や戦略実行の難しさといったものを肌で感じていただくためだ。そんなトップセミナーに今回はビッグゲストをお招きした。山内さんは以前から「G1経営者会議」にもご登壇いただいているし、「G1サミット」にも何度かご参加いただいている。そして数多くの政治家や財界トップ、そして学者の皆さんと意見交換しながら日本を良くしていこうと考えている仲間の1人だ。そんな山内さんに、今日は最もイノベーティブな流通カンパニーであるヤマトグループ(以下、ヤマト)さんのお話を伺えること、大変楽しみにしている。

略歴をご紹介したい。1961年長野県生まれの山内さんは、1984年に金沢大学文学部を卒業後、ヤマトグループに入社。その後、2005年4月から執行役員東京支社長、同年10月から執行役員人事総務部長、2007年からヤマトホールディングス執行役員、2008年からヤマトロジスティクス社長、2011年からヤマト運輸社長を経て、2015年4月より現職に就任された。恐らく最も若い大企業トップの1人だと思う。私と同じ歳ということで、今日は仲間としても楽しみにしていた。皆さん、盛大な拍手でお迎えください(会場拍手)。

山内雅喜氏(以下、敬称略): 皆さんこんばんは。このような場でお話しできる機会をいただき大変光栄です。堀さんとはいろいろなところで関わりを持っていて、そのお考えや行動力にいつも敬服していた。今日は限られた時間ではあるが、ヤマトグループやヤマトホールディングスがどんなことを考えて経営しているのか、経営を学んでいらっしゃる皆さまに向けて、具体的事例とともにご紹介できたらと思う。

今回のテーマは「満足創造経営」。では私どもがどんな満足を目指しているかというと、「お客さまの満足」「社員の満足」「株主の満足」「社会の満足」。その4つをきっちり実現しようということで日々活動している。皆さんがお勤めになっている企業様も同様のことを考えていらっしゃると思うが、今日は4つの実現に向けた取り組みに加え、私どもの理念や私の経営スタンスについてもお話できたらと思う。

現在、ヤマトグループの社員数は約20万人。フルタイマーとパートタイマーでそれぞれ半数ほどの計20万人でサービスを提供させていただいている。宅急便取扱個数は年間約17億個。1日およそ500万個のお荷物を全国でお預かりして、500万の方にお届けしている。従って、極端に言うとお預けになる方々と受け取られる方々で毎日計1000万の方々とリアルな接点を持っている。ある意味、それが私どもの最も大きな資産だと思う。

さて、企業とはなんのために存在するのかと考えみると、私は「より快適で豊かで便利な生活を」という世の中の求めに対し、新しいものを生み出すことでそれに答えていくためだと考えている。また、それと併せて雇用も生み出し、働くことを通して生きがいや活躍の場を提供していくことも企業の役割ではないだろうか。では、世のため人のためにヤマトとして何ができるか。それを1部の人間だけでなく社員全員で考える形にしたいし、それが私どもの企業経営で最も大事なポイントだと思う。

おかげさまで3年後に創業100年を迎えるヤマトは、これまで何度かイノベーションを起こしてきた。「第1のイノベーション」で路線便事業の開始、「第2のイノベーション」で宅急便の開始、今は「第3のイノベーション」として「バリュー・ネットワーキング」構想に取り組んでいるが、今日はまず宅急便のお話をしたい。こちらは、誕生期から現在に至るまでの取扱個数推移とともに、その時々で新たに開発した宅急便商品を重ね合わせた図だ。「スキー宅急便」「ゴルフ宅急便」「クール宅急便」「空港宅急便」「時間帯お届けサービス」等々、次々と新しい領域に宅急便サービスを拡大してきた歴史を経て、今年で宅急便は40周年を迎えた。(参考:宅急便の成長 http://www.kuronekoyamato.co.jp/company/40th/)。

ポイントは、宅急便に関して経営戦略の軸足を大きく変えた時期があるという点。当初は先ほど申しあげたように宅急便商品の種類を増やしたり、早く運んだりすることに注力していた。ご依頼主様、つまり荷物を出す方にとって、より便利なサービスの実現を目指し、事業を広げてきた。しかし、ある時点からその軸足を受け取る側の利便性向上に切り替え、投資やシステム・サービスの構築を進めるようになった。従来、物流では個人でも企業でも荷物を出される方にお金をいただくことが多いため、どちらかというとそうした方々がお客様という認識があった。しかし、「私どものビジネスにとって真のお客さまは受け取られる側だろう」と。「気持よく便利に受け取ることができる形になってこそ、出す側の皆さまにも喜びや満足を感じていただけるのではないか」と考えた。

たとえば時間帯を指定して荷物を受け取ることができるようにしたり、荷物到着の前日にメールでお知らせをしたり、場合によってはそこで時間や受け取り場所を変更できるようにしたりと、いろいろと仕組みを変えた。そんな風に、自分たちの真のお客さはどこにいるのかを考えて、その方々に利便性を提供していった結果として事業が伸びていく。そういう循環を経営のなかで大事にしてきたという思いがある。

逆艪理論で大口顧客と決別、経営の方向を一気に変えた

皆さんご存知かもしれないが、宅急便は個人でモノを送ることができなかった時代にスタートさせた事業だ。だから当時は「そんなものは儲からないだろう」と言われたし、社内でも多くの反対があった。それでも経営戦略として新たな市場へ打って出るためにスタートさせた事業であり、そのなかで大口顧客との決別も進めていった。私どもも宅急便をはじめる前は、路線貨物ということでメーカーさんのテレビや冷蔵庫を運ばせていただいたりしていた。この場合、まとめてお請けしたうえで大量の荷物を1度に運ぶから効率が良い。従って大口顧客への対応は、ある意味でラクだったし、ビジネスのベースになっていた。

ところが、当時はその領域が過当競争と価格競争に陥っていて、そこで我々は負け組になっていた。そこで土俵を変えるために宅急便をはじめたわけだが、そうは言っても、どうなるかは分からない。新しい宅急便という領域へ皆で進むのかというと、やはり当時大きな収入をあげている大口配送はなかなか切れなかった。意識の切り替えが非常に難しかったと言える。

そこで宅急便の生みの親である小倉(昌男氏:以下、敬称略)がとった方法は、大口顧客との決別だった。それで、本社で月に1度行われる経営会議でも、それまでお付き合いをさせていただいていた大口のお客さまをどれだけお断りをしてきたかという報告までさせていった。「申し訳ありませんが、私どもは今後、個人利用の宅急便領域に経営をシフトさせます。従いまして、これまでお取り扱いさせていただいていた大口のお荷物はお断りさせていただきます」と。変な話だが、そういう断りの営業をして、それを営業会議でも「営業成果」として報告させていった。

私どもはこれを「逆艪理論」と言っている。手漕ぎ船をイメージすると分かりやすい。方向転換の際、片方の櫓だけを漕いでいるとゆっくりとしか回らないが、そこに加えてもう片方で櫓を反対方向に漕げば一気に小回りできる。これを逆艪と言うが、そのようにして方向を一気に変える。そのために新しい小口領域を伸ばしながら、併せて既存の大口顧客を切っていった。経営リスクは伴うが、これはもう背水の陣だ。それで当時は稼ぎ口だった領域を社員自ら、泣きながら切っていったと私は聞いている。そういうことを敢えて進めることで、経営の方向と社員の意識を一気に変えていった歴史がある。

あと、行政との戦いという歴史もある。当時から旧運輸省とはいろいろと戦っていた。たとえば路線免許をおろしてくれないということで行政訴訟を起こしたりしてきたわけだ。この話はご存知かもしれないが、小さく便利で安い新商品を出そうとしたものの旧運輸省がなかなか認可してくれないので、「それなら」ということで全国紙に広告を打った。1983年5月17日、「小さくてお安く便利な宅急便『Pサイズ』を、運輸省が認可してくれたら6月1日から売り出します」と。で、当然ながら認可なんてしてくれるわけがなかったから、発売予定日の前日5月31日、全国紙で再び「『Pサイズ』の発売を延期します」との広告を打った。「運輸省が認可をしてくれないためです」と。

これ、お客さまにしてみれば、「小さいサイズにするぶん安くすると言っているのに、運輸省はダメって言ってるの? 国はなんなんだ」と。そういった世論になる。私どもとしては運輸省と喧嘩をしたいわけではない。世のため人のためになるものをきちんと主張して、それを世の中が支持してくだされば動かしていけると考えているだけだ。その方法論として今お話ししたようなことを実際に行ってきた。「ヤマトは国と戦う」とよく言われるが、戦うのが好きなのではない。理想としていることをはじめようとすると、どうしても障害に出くわすことがある。特にそれは規制という名の障害だ。そうした規制や管理を無くしていくことで、新たなサービスやイノベーションが生まれていくのではないかと考えている。

とにかく、そんな風にして常に世のため人のため、そしてお客さまのために日々努力していくというのが私どもの考え方だ。お客さま第一主義だし、それゆえにお客さまの立場になって考えるという姿勢が根幹になければいけない。そして、実際にそれを支えているのが現場発の商品開発、ネットワーク、そしてITになる。

商品・サービスも現場発だ。「スキー宅急便」も「時間帯お届けサービス」も現場から上がってきた声を基に開発している。本社にいながら頭で考えてもなかなかうまくいかない。理屈だけではダメなのだと思う。ご利用になるお客さまのお気持ちもあれば、それぞれの生活スタイルだってあるわけで、そうしたもののなかから新たに受け入れられるサービスが生まれてくる。だからこそ、それを見たり感じたりする現場の力を信じることが大切になるのだと思う。また、ITも大切だ。今後は新しいテクノロジーがますます重要になる。そうしたIT等のテクノロジーを経営やサービス開発につなげていくためにも、全員経営という考え方がベースになければいけないと思っている。

クロネコヤマトが目指す「バリュー・ネットワーキング構想」とは?

それと、「第3のイノベーション」として今取り組んでいることにも少し触れたい。私どもとしては、「バリュー・ネットワーキング」構想と呼んでいるこの取り組みによって新しい価値を生み出していきたい。皆さんの会社でも「新しい価値をつくろう」「何か付加価値をつけよう」といったお話はよく出てくると思う。私どもも同様に、物流という立場で新たな付加価値を加え、商品・サービスの価値を高めたい。

これは、物流をコストと捉えるのでなく、新たな付加価値を生み出す手段として進化させようという考え方だ。私どもはこれまで、モノを動かすためのネットワークづくりを国内だけでなく海外でも展開してきた。東名阪の物流ネットワークを強固にして、そのなかで当日配送ができるような形にもしていく。そのようにして、今まではモノをA地点からB地点に運ぶという価値をメインに打ち出し、宅急便を展開してきた。しかしながら今後は「運ぶ」以外の付加価値機能を設けたい。たとえば輸送過程で各種加工を行ったりして新しい価値を付加していく。メーカーさんがやるようなことまで私どもで行おう、と。医療機器の洗浄、家電製品の修理・メンテナンス、あるいはオンデマンド印刷といったことを、私どものターミナルのなかで行ってしまう。

するとどうなるか。たとえばご家庭で家電が故障した場合、量販店に持って行って修理を依頼する。すると機器は量販店さんからメーカーさんの修理工場に1度運ばれ、そこで修理をしたのち、皆さまのご自宅に戻すという流れになる。ただ、工場まで運んで修理後に再び工場から戻すという形は輸送経路も多く、ときには1週間ほどかかってしまう。

そこで私どもは「物流プラス付加価値を」ということを打ち出した。各種加工機能を物流拠点に設け、たとえば家電の修理を私どものターミナルで行っていく。ヤマトの社員がメーカーさんに技術指導していただき、部品も供給していただいたうえで、メーカーさんに代わって修理する。これなら集荷してターミナルにお荷物が入ってくればすぐ修理できるし、修理後は翌日または翌々日に皆さまのお手元へ戻すことも可能だ。工場まで運んで戻す運送コストや時間が一気に短縮される。そんな風にして運送以外の機能を私どもが持つことで、コストを下げるだけでなくサービスの質も高めるということを行っている。それで今は家電の修理やメンテナンス、SIMカードへの書き込み、手術等で使う医療器具の洗浄といったことまで私どもで行っている。

既存の枠組みで新たな価値を生み出すのは難しいが、今までとまったく違う領域で新たな価値を生み出すのもまた難しい。従って、自分たちの強みを発揮できるようなコア領域の周辺に新しいサービスを付加することで価値を高めたい。また、今は事業を日本だけではなくグローバルに展開しているところだ。アジアASEAN地区でもクロネコの車が次々走りはじめている。とにかく、リスクはあるが、やはり新しい価値を生み出すためのチャレンジは続けていく必要がある。そして、それは現在コアとなる強みに上乗せする形で広げていく。また、新たなサービス対象という意味では今までどちらかというと個人のお客さまが中心だったが、今後は企業のお客さまにも新たなサービス展開を図っていく。

次回はこちら

https://globis.jp/article/4739

※この記事は、2016年7月29日にグロービス経営大学院 東京校で行われたセミナー「クロネコヤマトの満足創造経営」を元に編集しました

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