エリザベス1世のリアリズム―目的のためには手段を選ぶな 

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今回は16世紀を代表する為政者、エリザベス1世(1533-1603年、女王在位期間1559-1603年)を取り上げます。彼女の最も際立った点は、現実直視と時には悪行や悪人も利用するしたたかさです。現代ビジネスにも応用可能な部分は多々あると思います。スタンフォード大学教授のジェフリー・フェファー氏が新刊で言っているように、「悪いヤツほど出世する」、言いかえれば「お人よしは馬鹿を見る」という事実が厳然と存在するのもビジネスの世界だからです。

さて、エリザベス1世といえば、それまでヨーロッパの中堅国であったイギリスを大国へと導いた優れた為政者というイメージがあります。特にイギリス人はその傾向が強く、彼女の治世があったからこそ、17世紀以降のイギリスの発展があったと考えている人間が多いようです。

エリザベス1世の業績として挙げられるのは、スペインの無敵艦隊をうち破ったことと(1588年のアマルダの海戦)、イギリス東インド会社設立(1601年)に代表される産業促進でしょう。特にアマルダの海戦は、当時「日の沈まぬ国」と呼ばれていたスペインを破ったことで、覇者の交代を促し、海上国イギリスの座を確固たるものにしました。

しかし、実はこのアルマダの海戦というのが曲者です。歴史書を紐解けば分かりますが、イギリスと当時最強国だったスペインは16世紀半ばくらいから数十年にわたって小競り合いを続けていました。原因の1つはキリスト教の宗派的な対立です。また、スペイン国王フェリペ2世がエリザベス1世に求婚して断られたという事情もあります。オランダやポルトガルの利権をめぐるいざこざもありました。

しかしそれ以上に大きな原因となったのは、イギリスの海賊行為でした。当時のイギリスは、国策として海賊行為を支援していたのです。その犠牲のかなりの部分がスペインの船でした。それに腹にすえかねたスペインがイギリスに戦いを仕掛けたのがアルマダの海戦だったのです。

特にエリザベス1世に重用された海賊は、アルマダの海戦でイギリス艦隊副司令官(実質的な司令官)に叙任されたフランシス・ドレークです。彼は、1577年から1580年にわたる航海での海賊活動でもっぱらスペイン船を襲い、多額の金銀や財宝を強奪しました。ドレークはイギリスに帰還後、エリザベス1世に当時の金銭価値で30万ポンドを献上したとされています。これは当時の国家予算を超える額でした。

さらに言えば、ドレークは若い頃、奴隷貿易にも従事していました。アフリカ大陸から奴隷を新大陸に運んでいたのです。実はこれもイギリス国家の支援を受けた「事業」でした。つまり、イギリスは奴隷貿易や海賊行為で国庫を潤し、国力を増していたのです。これは、まだ力の弱かったイギリスにとっては、国力を上げるという目的に適った手段だったのです。その象徴がドレークというわけです。

これだけでも十分に凄い話ですが、この「ならず者」をイギリス艦隊副司令官にしたところがエリザベス1世の真骨頂です。いくら国家が支援していたとはいえ、海賊や奴隷貿易といった決して褒められない仕事を生業としていた人間に国家の命運を託すというのは、日本では例のない話です。ドレークは期待に応え、スペイン無敵艦隊をうち破りました。エリザベス1世の超現実主義が奏功した顕著な例と言えるでしょう。

彼女がもう1つ現実を直視し、武器にしたのが自分の処女性でした。彼女は「処女王(Virgin Queen)」というニックネームからも分かるように、生涯独身でした。「私はイギリスという国と結婚した」というフレーズを聞かれた方も多いでしょう。

当時のヨーロッパは、国をまたいだ姻戚関係が複雑に入り乱れていた時代です。王族、ましてや王や女王の婚姻は、国同士の連携を強める効果がある一方で、別の国を敵に回してしまうというリスクも内包していたのです。

こうした中、エリザベス1世は、常に自分の婚姻を手持ちのカードとして使い、各国との距離感のバランスを取ろうとしました。求婚している相手の女王が治める国を攻める国はさすがにあまりなかったからです。時には、喧嘩させたい国同士の王族に気をもたせるような返事をし、彼らの関係悪化を図ることもあったと言われています。彼女が比較的若く、まだイギリスが海上の覇権を握る前までは、女王の婚姻カードはイギリスの最大の武器の1つだったのです。

現在の日本を振り返ってみると、ここまで現実主義に徹して「目的のためには手段を選ばず」という行動に出る企業や人間は必ずしも多くありません。特に社会的責任の大きい大企業においてはその傾向は強いものがあります。

しかし、それも程度問題と言えなくはありません。たとえば、最近、国がハッキング対策のためにようやくハッカーを雇うということを始めましたが、企業レベルでも国レベルでも、こうした活動はIT先進国に比べるとかなり遅れています。かなり癖のある人間も上手に活用すれば国や企業に益をもたらすという発想は、残念ながら日本人には弱いのかもしれません。

英語の諺に「Honesty pays.(正直に損無し)」というものがありますが、正直に理想を追い求めることが本当にペイするのかどうかは、非常に難しい問題です。何事もバランスです。そのバランスを正しくとるためにも、いたずらに理想主義に走るのではなく、まずは徹底的に現実直視をすることが大事だとエリザベス1世の事例は教えてくれているような気がします。

今回の学びは以下のようになるでしょう。

・理想も大事だが、それ以上に現実直視が重要である
・どんな人間も使い方次第で価値を出すことはできる
・弱い立場の組織や人間ほど時には狡猾さが必要である

 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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