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自民復活の裏に戦略コミュニケーションの王道あり――『情報参謀』

投稿日:2016/07/28更新日:2019/04/09

前職の元上司から「本を書いた」と連絡があったので、さっそく読んだ。2009年の自民党下野から、2012年の政権奪還、2013年の参院選勝利までの間、その舞台裏で密かに行われていた情報戦の記録である。英国では驚愕のBrexit国民投票があり、米国では波乱の大統領選がいよいよ本番、日本では参院選が与党大勝に終わり、混迷の東京都知事選の決戦が迫る今、政治と民意のコミュニケーションの在り方を問う、実に時宜を得た内容だ。

本書で言う「情報戦」とは、テレビやネットに流れる政治関連のデータを収集して分析し、クライアントである自由民主党の「次のアクション」に役立てる――という一連のPDCA(本書では、計画・行動・評価・伝播としている)サイクルのこと。折しも、その時期は政治や選挙に及ぼすネットの影響力が無視できないほどに大きくなった転換期でもあった。茂木敏充報道局長、平井卓也報道局次長、世耕弘成報道局次長といった自民党キーマン(肩書はいずれも当時のもの)とのやり取りの中で、自民党の情報武装体制が進化していく様が生々しくドキュメントされていて、物語としても面白く読める。

ひとりの有権者としては、メディアが報じる「情報」や「民意」というものは必ずしも正確・公正・公平なものではないということを、改めて肝に銘じざるを得ない。情報を吟味し、自分の頭で考えて判断することが、他人が作り上げた情報に踊らされないためには必要不可欠な時代なのである。その意味で、東京都知事選は格好の練習問題になる。政党、政治家、メディア、有権者がどのような思惑で、どのような情報を発信し、どのようなコミュニケーションを取ろうとしているのか、その「情報流」の視点からじっくり観察したいと思う。

さて一方、企業広報を担っている立場からは、「戦略コミュニケーション」の在り方について深い学びがあった。

戦略コミュニケーションの鉄則に、「自分が発信していると思っているものがメッセージなのではなく、相手に伝わったものがメッセージなのである」というものがある。グロービス経営大学院で特別講座「戦略コミュニケーション」を教える田中慎一氏(フライシュマン・ヒラード・ジャパン社長)は、「発信したと思っているメッセージの99%は“誤解“か“曲解”される」と言い切っているほどだ。つまり、ただ発信するだけでは全くもって不十分なのだ。

至極当たり前ながら、企業広報の目的は「発信すること」にあるのではなく、「伝えたいメッセージを、伝えたい相手に、正しく伝える」ことにある。発信した情報が、人々にどのように受け止められているかが大切なのであり、そのためには受け止められ方を定量的に把握・分析することが不可欠である。

ただし、定量検証はなかなか難しい。それを理由にして、ニュースリリースの発信回数や記者へのコンタクト回数、掲載記事の本数や文字量などを目標(KPI: Key Performance Indicator)として掲げてしまいがちだが、やはり、本当に見るべきものはその先にある。そのことを再認識することができた。これが第1。

第2に、AIを使ってビッグデータを解析する時代にあっても、「何のために?」という根本的な価値は、人の「志(こころざし)」が決定づけるということである。著者の小口さんは、こう書いている。少し長いがあえて引用させてもらう。

引用ここから> (小泉)進次郎CMは(中略)「ほどほどの努力では、ほどほどの幸せもつかめない。一生懸命頑張って、一生懸命働いて、豊かな、イチバンの国をつくりましょう」と強く呼びかける。私は、「コレだ!」と感動した。私が自民党の情報分析を請け負うようになったきっかけは偶然だったが、その後、かなりの知恵と工夫を注いで自民党に肩入れしてきた理由は、このCMの文言に集約されていた。私は「努力至上主義者」である。もうひとつ加えるなら「希望を捨てない主義者」である。具体的な政策のアレコレに関する毀誉褒貶よりも前に、私は自民党の基本姿勢に同調した。 <引用ここまで

私は、その「志」に感動した。選挙に勝ち、政権を奪還することが情報参謀としての任務ではあったが、だからと言って何をやってもいいというわけではなかった。分析からアクションにつなげる過程には、確固とした志がフックを効かせていて、「やるべきこと」と「やるべきではないこと」の選別が行われていたのである。企業広報もかくありたし、と心から思う。

「2009年から2013年にかけた日本政治小史」として、また、「企業広報の教科書」「戦略コミュニケーションの導入ケース」としても読める。政治分野だけでなく、広報やコミュニケーションに関わる人にとって何かしら学びと気付きが得られるはずである。

なお、蛇足かつ僭越ながら、長くビジネス雑誌記者・編集者を務めた小口さんの筆致は無駄がなく、易しく、スラスラ読める。その点は元部下として太鼓判を押しておく。

 

『情報参謀』
小口日出彦(著)
講談社
760円(税込820円)

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