ゲーム理論で考える銃社会アメリカの苦悩 

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アメリカ合衆国は、先進国の中でも珍しい銃社会です。外国の人間から見れば、同国の高い犯罪率、特に殺人事件の多さが銃に起因していることは明らかですから、さっさと規制すればいいのになどと単純に考えてしまいます。

しかし、銃規制は、事件のたびに話題になりこそすれ、結局は元の鞘に収まってしまいます。そこにはさまざまな理由が絡んでいます。今回はゲーム理論の有名概念である囚人のジレンマや、人間のバイアスの中でも影響の大きい授かり効果の考え方などを用い、その理由を考察します。歴史的偶然から生じたある状態が、わかっていても変えられないのはなぜかを考えるヒントにしてください。

さて、アメリカは1776年の独立戦争によって誕生し、主に19世紀に西へ西へとフロンティアを拡大し成立した国です。先住民との戦いもあれば、他の移民との戦いも日常茶飯事でした。そうした中、銃はまさに必要不可欠なものでした。銃無しにはアメリカの発展はあり得なかったとも言えます。

ただ、日本でも19世紀に関して言えば、まだ刀を持つ人間はいました。日本とアメリカの大きな違いは、凶器を持つことのできる人間の範囲でしょう。日本では帯刀は基本的に武士に限定されていたのに対し、アメリカではあらゆる国民が銃を持つことを許されていたのです。その根拠となってきたのは以下の古い憲法条文です。

「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有しまた携帯する権利は、これを侵してはならない」―― アメリカ合衆国憲法修正第2条

とは言え、現在の日本の硬直した憲法とは違い、アメリカの憲法は必要があれば修正されます。19世紀の開拓時代ならまだしも、なぜ20世紀以降も銃は規制されないのでしょうか?

第一の理由として、すでに出回った銃が多く、また国土が広すぎるため、現実的にすべての銃を回収することができないということがあります。一応、現在では銃の販売は登録制ですが、ザルな部分も多く、実際にはすべての銃が補足されているわけではありません。

第二に、日本の刀狩りとは異なり、ただでさえ建国の背景もあって権利意識が強い上に、比較的最近まで、身の安全を守る上で一般人が銃を持つことが普通だったという歴史的経緯があります。

日本では豊臣秀吉の刀狩り(1588年)が有名ですが、江戸幕府や明治政府に至るまで一般人の凶器保持は規制され続けてきました。人口の多数を占める農民や町民が「自分たちは刀を持つ権利がある」などという発想を持つ前に刀を取りあげられてしまったのとは対照的に、アメリカ人にとっては、銃は生活の一部であり、それを持つのは当然の権利だったのです。

このような状況下で、銃規制を行うとどのようなことが起きるでしょうか? まずは囚人のジレンマのコンセプトを援用して考えてみましょう。

話を簡単にするために、2人の登場人物AさんとBさんを想定します。2人とも銃を持っており、いざという時にはそれを用いる用意があります。いま、お互いに銃を持つのを止めようと言う話が持ち上がったとします。2人が銃を捨てるか、持ち続けるかの組み合わせでマトリクスを作り、それぞれのケースにおける利得を示したのが下図です。

2人が同時に銃を持たないようにすれば、お互いの利得は高まります。しかし、もし相手が裏切って自分だけが銃を持たず、相手が銃を持つ状態になると、自分だけが圧倒的に不利で損な立場に立たされてしまいます。このような状況は怖いため、結局2人とも、同時に銃を捨てる方がいいと分かっていながらも、結局は銃を持ち続けるのです。典型的な囚人のジレンマの状況です。これは、人数が増え、信用ならないと思われる相手が増えるほど、ますます強固になります。

とは言え、囚人のジレンマの状況であっても、約束を守らなかった相手に対して厳罰を与えることができれば、お互いにより好ましい選択肢を選ばせられることが理論上は示されています。

しかし、先述したように、警察でさえすべての銃を補足できていない以上、やはり自分だけが不利になることを人びとは恐れます。「銃を持っているだけで終身刑にする」というくらいの厳しい罰則を定めれば強制力は働くかもしれませんが、それはおそらく受け入れられないでしょう。冤罪という別のリスクも生じます。罰則が罰金程度であれば、結局人は銃を持つ方を選ぶのです。

銃規制が、新しい権利を与えるのではなく、すでに持っている権利を奪うものであるという点も重要です。人間には授かり効果というバイアスが強く働くことが知られています。これは、同じものを得る時に感じる価値よりも、失う時に感じる価値を4~7倍程度大きく感じるというバイアスです。

たとえば日本でも、選挙権を25歳に引き上げる、あるいは80歳以上から奪うなどという施策を打とうとしたら、大騒ぎになってとても成立はしないでしょう。おそらく内閣は倒れてしまいます。当たり前だと思っている権利を奪われることへのアレルギー、抵抗はそれほど強いのです。

こうした事情に加え、全米ライフル協会のロビー活動は強力ですし、関係者の利権構造も出来上がっています。これを破壊するのは容易ではありません。

そうしている間にもますます銃は出回り、回収コストも増します。その結果、人はますます銃を手放そうとはしなくなるのです。

ただ、我々はこうしたアメリカの苦悩を笑って見ることはできません。組織変革や規制緩和が進まないのは、多かれ少なかれ、今回説明したのと同様な構造に起因することが多いからです。それを打破する知恵と勇気、実行力を持つ人材は、どこの国でも希少資源なのです。

今回の学びは以下のようになるでしょう。

・歴史的要因によりいったん安定構造が出来上がると、それが最善の状態でなくとも、他の状態に移行するのは非常に難しい
・複数の要因が絡んだパズルを解くのは極めて難しい。それが人間の本性に基づくものならなおさらである
・コントロールが効くうちにアクションを取らないと、悪循環は加速し、費用対効果が下がる結果、止めるのは極めて難しくなる

 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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