富士ゼロックス会長・小林陽太郎氏―トップ人材育成の最大の要因 企業文化の伝承に注力せよ 

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企業の将来を担う人材をどう育てるか。トップ企業の経営者に聞く「人を育てる」最終回は、小林陽太郎・富士ゼロックス会長に、企業における文化伝承の重要性について聞いた。(「週刊ダイヤモンド」2006年3月11日号に掲載、インタビュアーはグロービス経営大学院大学教授・研究科長の田崎正巳)。

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田崎 小林さんは、経営者としてだけではなく、国際大学の理事長として社会人教育にも尽力していらっしゃいます。そうした立場から見て、企業の人材教育で最も注力すべき要件は何と思いますか。

小林 私が何よりも重視しているのは、各企業に固有のものである「カルチャー」の伝承です。

競争力の源泉であり、競合相手と差別化するための最も明確なポイントでもある。人材教育も最終的にはこうした企業風土や精神といったカルチャーに行き着くというのが私の考えです。

各企業に固有のものとして技術力も挙げられるとは思いますが、技術は日進月歩で入れ替わるもの。他社がまねることも可能です。しかし、歳月をかけて培ったカルチャーだけは簡単にまねできるものではありませんから。

田崎 経営スキルを教えるのは二の次でいい、という意味ではないですよね。

小林 もちろんです。ただ、極端な考え方として、経営スキルなどについては、採用時に大学やビジネススクールなどでしっかりと身に付けてきた人だけを選ぶという方法論もありうるとは思っています。

もちろん、現実はそううまくはいきませんので、会社ではスキルのための研修もやっています。ただ、それ以上に大切なのが、外部の教育機関には決して教えられない企業文化の伝達であるということです。

スキルが評価の優劣を分けるのはミドルまで

田崎 企業文化を学ぶことは、ビジネスパーソンにとって、どのように役立つのでしょうか。

小林 これは部下を持つようになって初めて“効いて”くるのではないでしょうか。たとえば、営業部門などで数値目標を設定したとします。このとき、「給料をもらっているのだから、ゴチャゴチャ言わずに、とにかく頑張れ」と鼓舞してしまうのが、残念ながら一般的なリーダーの姿です。

しかし、なぜ目標を達成しなければならないのか、達成することで顧客や社会に対して、どのように貢献できるのか、そうしたことを説明してやらなければ、人をやる気にさせることはできません。企業文化を腹の底から理解していれば、こうした場面で説得力のある説明ができると思うのです。

田崎 逆に若いうちは、なぜ「企業文化、企業文化」とうるさくたたきこまれるのか、理解しづらいかもしれませんね。

小林 確かに若いときはスキルの優劣がビジネスパーソンの評価の優劣につながる場合が多いかもしれませんね。ですから若いうちは、企画書の書き方とかプレゼンテーションの進め方とか、実務的なスキルを教わる方が有用と感じるかもしれません。

しかし、そこに優位性があるのはミドルまでです。経営幹部に近づくほど、カルチャーの理解度や倫理、「心」の部分での差が大きく出てしまいます。スキルはOJT(職場内訓練)でも身につけられますから、研修では将来を見据えた「心」の醸成に力を入れています。

田崎 カルシャーを理解する素地は教育によって後天的に習得できますか。入社してくるのは、必ずしも崇高な志を持った若者ばかりではないと思いますが・・・。

小林 育てられるもの、と私は考えています。というのも「誰かに感謝されたい」「評価されたい」という気持ちは、多くの人が心の奥底には持っている。ただ、学校や地域社会で、そうした気持ちを昇華する方法を見つけられる人が稀有なだけではないかと思うのです。

田崎 それが会社ではかなうと?

小林 そう思います。方向性としては二つあって、一つは職業を柱にして身につけた自分自身のスキルを人や社会のために直接的に役立てていく方法。もう一つは、所属する企業の社会貢献の姿勢に共鳴し、自分自身の生き方を添わせていく方法。あるいはこの二つのコンビネーションですね。

だから、「自分達の企業は何のために存在しているのか」ということを、しっかりと説いていかなければならない。

田崎 若いうちから自分と社会、そして企業という三者の関係性について、そこまで考えている人はどれほどいるのでしょう。

小林 たとえば学生時代に、哲学や文学、宗教といった、リベラルアーツ(教養課程)をきちんと学んだ学生は「心」の教育を受容する下地ができているように思います。「How(どうやって)」だけではなく、「Why(なぜ)」の部分、つまり問題の本質を見抜くための基礎体力が付いていることが重要です。

ただ残念ながら、リベラルアーツにかなりの時間を割く米国の大学と比べ、制度しては教養課程があるものの、それが重要であると、ほとんどの学生が認識していないのが日本の現状です。

戦後は、復興や高度成長という大きな目標がありましたから、あえて「Why」を考える必要がなかったからでしょう。目標達成のためには、ハウツーのほうが重要だったわけです。おかげで日本人は、問題解決能力は世界に冠たるものを身に付けましたが、一方で「解決すべき本来の問題は何なのか」を見抜く力を失ってしまったのではないでしょうか。

本質を見抜く力を育む多様な場とトップの言葉

田崎 問題の本質を見抜く力を育てるために、会社はどのようなことをしていけばよいのでしょう。

小林 これ、という決定打はなかなか挙げづらいですね。たとえば、多様な仕事の場や機会を提供することや、トップが直に話し掛けることでしょうか。

多様な仕事の場を経験することの意味は、おかれる環境や出会える人の幅が変わることで、視点を変えられることです。視界が広がれば、得られるものは当然、多くなりますから。

富士ゼロックスは1980年代に、地方の、しかも異業種の企業と組んで、合弁の販売会社をつくりました。その目的は全国的な営業力の強化だったのですが、結果的には、多くの社員の人間的成長にもつながりました。このときパートナーとなった企業は、いずれも100年近い歴史を持つような優良企業だったのですが、こうした企業には必ず素晴らしい経営者がいる。「技術を教えてやるんだ」というような態度で出向した営業の猛者タイプの富士ゼロックスの社員の多くが、こうした経営者から人として多くのことを学び、帰ってきました。

田崎 トップ自らの言葉も有効ですか。

小林 私は社長時代は毎年、新人研修のクラスに出ていって、「会社が存続するのは社会のためであり、利益はその目的を実現するための手段でしかない」といった話をしていました。「社長、そんな甘いことを言っていていいのですか」などと返してくる社員も、もちろんいましたが、多くが共鳴してくれたと感じています。

(文:加藤小也香、写真:村田和聡)

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