インセンティブは人を正しく動かすか? 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

人の行動は何によって影響されるでしょうか?もちろん、本人の志や熱い思いが原動力となることもあるでしょう。ベンチャー起業家などは、基本的にこれがエネルギーの源泉となっています。

通常の組織人であれば、会社のビジョンに共鳴したり、トップや上司からのコミュニケーションによって行動に影響が与えられることも多いはずです。では、トップや上司が崇高なビジョンを掲げ、「一緒に頑張ろう」と言えば人々はその方向に向かってモチベーション高く頑張るでしょうか?もちろん、実際にはそんなに単純ではありません。人々を動かす別の大きな要素があるからです。それが今回のテーマ、インセンティブです。

歴史を振り返ると、意図を持ってインセンティブを与えたところ、人々が本来の意図とは逆の行動をとったという例は枚挙にいとまがありません。

たとえば、かつてコブラに悩まされたインドでは、コブラを捕えると賞金を与えるというインセンティブを導入しました。結果としてコブラは減ったでしょうか?実は、全体からみれば一部ではあるのですが、賞金を稼ぐためにコブラを飼育し、繁殖させるような人々が現れたのです。困惑した当局はコブラに賞金を出すことを止めました。そうすると、コブラを飼育する動機はなくなりますから、賞金稼ぎたちは、繁殖させたコブラを野に放ってしまったのです。こうして、コブラの数はかえって増えてしまいました。当局の担当者はあくまで善意でこのインセンティブを導入したのですが、非常に好ましくない結果を招いてしまったのです。

こうしたことは企業組織の中でもしばしば起こります。ある機械メーカーでは、一時サービスサポートチームをプロフィットセンター化しました。縁の下の力持ちである彼らが稼いでいるということを示すことでスポットライトを当てるとともに、顧客満足の向上を狙ったのです。プロフィットは一部ボーナスとして還元されることになりました。

しかし、この試みは裏目に出ました。プロフィットセンターとなったサービスサポートチームは、当然、コストを下げるとともに、売上げを上げようとします。プロフィットセンターですから、当たり前の行動のように見えますが、これが顧客に悪影響を与えました。

まず、コストを下げようとしますから、サービスの質が下がりました。それまでは丁寧な対応で評価を得ていたのですが、雑な対応になってしまったのです。

それ以上に問題だったのは、売上げを増やそうと、本来あまりサポートの必要がない顧客にも「押しかけ営業」するようになってしまったことです。中には、全く顧客が使っている機械に問題がないにもかかわらず、「これは取り替える方がいいです」などと、顧客のことを無視した提案をする社員も現れました。こうしたことが起こった結果、当初の意図とは逆に、顧客満足度は大きく下がってしまったのです。営業やマーケティング部門との軋轢も大きくなり、結局、この機械メーカーはこの試みをしばらくして止めてしまいました。

これは極端な例かもしれませんが、組織の中には「一見合理的だけど、必ずしもトータルとして人々を適切な行動に導かないインセンティブ」が溢れているものです。

最も卑近な例は残業代でしょう。残業代は、本来、仕事量が多く、労働時間が長くなりがちな人々に報いる制度だったと言えます。しかし、多くの企業で残業代という制度は、人々が効率よく定時までに仕事を仕上げる動機を奪ってしまっています。特に優秀な人間からしてみたら、同じ仕事を非効率にする方が手取りが増えるという事態は非常にばかばかしく見えます。

もちろん、上司の評価能力さえしっかりしていれば、昇進昇格が早くなるなどの中期的メリットはあるのですが、人間はどうしても短期的なメリットに目が行きがちです。その結果、優秀な若手は、仕事をテキパキやってさらに仕事を押し付けられる、それでいて残業代は同じという状況を嫌い、ある程度仕事を適当にやって残業代ももらうという選択を選んでしまうのです。本人にとっても企業にとっても好ましいこととは言えませんが、少なからぬ企業でこうしたことは起きています。

その他にも、一見合理的なようで、デメリットの方が大きいインセンティブの例として以下があります。特に、インセンティブをつけやすい営業の場でよく現れます。

・ある特定の商品・サービス(通常は新しいプロダクト)の販売にインセンティブを過大につけた結果、顧客のことをあまり考えずにその商品・サービスばかりを売ろうとする
・既存顧客の維持率にインセンティブをつけた結果、既存顧客の方にばかり目が行き、新規顧客獲得にかける時間が減ってしまう。また、必要以上の過剰サービスが蔓延し、コスト高になってしまう
・1個当たり製造原価を工場長の業績評価と結びつけた結果、とにかく大量に作ることで「見た目の1個当たり製造原価」を下げようとする。販売が伴えばいいが、往々にして次期に繰り越される在庫量が増え、次期の業績悪化を招く

これらは、インセンティブそのものが悪いといっているわけでは決してありません。人を動かす上でインセンティブは非常に重要な武器であり、それを使いこなすのは必須です。ただし、バランスを欠いたインセンティブ、一部の「不心得者」の動機を理解しないインセンティブは、往々にして悪影響の方が大きくなってしまうのです。

世の中にはさまざまな動機を持つ人間がいることを理解したうえで、インセンティブのメリットとデメリットを適切に秤にかけ判断する力、あるいは、デメリットを減らす別の施策を同時に考案し、実施する力がビジネスリーダーには必要なのです。

あなたの会社にはマイナスの方が大きいインセンティブはありませんか?
 

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

名言

PAGE
TOP