蒼き狼チンギス・ハン――辺境の地からイノベーターは登場する 

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今回は、モンゴル帝国の始祖、チンギス・ハン(1162年-1227年)を取り上げます。チンギス・ハンは大帝国を作り上げ、ユーラシア大陸のその後の枠組み(国境など)を作った英雄という評価もあれば、非常に残忍な虐殺者との評価もあります。何十万の人口を誇った都市が、モンゴル軍に襲われ、あっという間に人っ子一人いない不毛の地と化したというエピソードは枚挙にいとまがありません。

一方で、仲間たちに対しては非常に義に厚く、自制心も兼ね備えていました。「身を修めるためには、心を治めるべきだ。人を咎める前に、自分を咎めよ」と言ったという記録もあります。

本稿では、チンギスをそうした行動にある背景と、辺境の一部族にすぎなかったモンゴルがなぜそこまでの大帝国を作ることができたのかを見ていきます。

さて、チンギスを虐殺者というのは簡単ですが、それは現代人の感覚であり、当時のモンゴルの常識をまず知る必要があります。チンギスが生まれた頃のモンゴルは痩せた北の地で、農業はほとんど発達しておらず、原始的な放牧の文化でした。略奪は日常茶飯事で、強いものが勝つという世界です。チンギスも若き頃、部族抗争で死にかけたことがあります。

花嫁の略奪も普通のことで、チンギス自身も若い頃、妻ボルテを他部族に奪われるという経験をしています。数カ月後に取り戻すのですが、その時ポルテは妊娠しており、チンギスは最初の子をジュチ(「他人」という意味を持つ)と名付けます。こうした若き日の体験が、ルサンチマンとなり、エネルギーの源泉となった可能性は否定できません。

当時のモンゴルで力の源泉となっていたのは、血のつながりを背景にした部族の「力」でした。チンギスは若くして父を失い苦労するのですが、妻ポルテの父が有力者であったため、その庇護を得、徐々に頭角を現します。

チンギスは優れた戦闘者、戦術家であると同時に、戦利品を部下に公平にかつ私心なく分けるなどして人望を集めます。そうして近隣の部族を徐々に掌握し、敵は撃破していきます。モンゴル帝国を築いたのは1206年のことでした。

チンギス率いたモンゴルの軍隊が強かった理由としては、いくつかのことが指摘されています。

まず、事前に情報をしっかり集めたことがあります。間諜を用いて相手の情報を集めるとともに、地理なども把握し、しっかり策を練ってから攻めることを基本としました。

戦い方そのものの独自性もありました。千人隊、百人隊、十人隊といった組織だった軍の構成に加え、「替え馬」を多用しました。これは、1匹の馬に疲労が偏るのを避け、1人の兵士が3、4匹の馬を代わる代わる乗りこなすものです。ただでさえ馬の扱いに慣れていることに加え、こうしたイノベーションが極めて高い機動力を生み出しました。

弓矢や投石機、火炎瓶などの武器をどんどん進化させていった点も重要です。ここで役にたったのが捕えた技術者です。彼らの技術と、モンゴルが恵まれていた鉄という素材を武器に、非常に破壊力の高い武器を開発しました。また、略奪した金銀で商人から武器を大量に買いました。現代の企業に例えれば、利益を製品イノベーションに投資したのです。モンゴル軍の武器に対抗できる相手はいませんでした。相手から見ると、まさに未知の異星人が攻めてきた、という感じだったようです。

情報戦もうまく仕掛けました。「モンゴルがまた都市を破壊した」という噂を流すことで、次に襲われそうな都市の兵士はほとんど戦意を喪失するか、仲間割れを起こしたりしました。これがモンゴル軍に有利に働くこととなりました。

また、多分に偶然ですが、他国との「常識の違い」もモンゴル軍には有利に働きました。たとえば当時のイスラム文化圏では、戦争初期の小競り合いは交渉に至るまでの1プロセスにすぎませんでした。しかしモンゴルにそのような常識はほぼありません。こと戦闘に関しては、「野蛮な」モンゴルの常識が優位性につながったのです。

こうしてモンゴル軍は快進撃を続けるのですが、いったん回り始めた弾み車のエネルギーは簡単には止まりません。破壊、略奪の味を覚えたモンゴル軍は、ほぼ不敗という攻撃力と相まって、西へ南へと戦線を拡大します。モンゴルの快進撃は、チンギスが亡くなってから数十年間続いたのです。

チンギスはこうした破壊の一方で、役に立つと見ると征服した地の学者を召し抱えるということもしています。その典型例が行政官として用いた耶律楚材です。また、道教の学者に学ぶということもしています。学びの一つが、都市を破壊するのではなく、そこを治めて発展させ、徴税するという方法です。しかし、これに気づいたのはチンギス晩年であり、彼の眼の黒いうちは破壊と略奪がモンゴル軍の基本行動でした。

「革新は辺境より起こる」という言い慣わしがあります。殺戮という手法は現代ではもちろん受け入れられるものではありませんが、チンギスのケースは辺境から起こるイノベーションのパワーを感じられる事例と言えるのではないでしょうか。

今回の学びは以下のようになるでしょう。

・敵に憎まれてもよいが、内部から憎まれる人間は大成しない。リーダーにとって仲間からの敬意はやはり必要
・時代に先駆けたイノベーションへの投資は、圧倒的な優位性を生み出す。特に、それが敵に知られずに行われているケースでは顕著となる
・成功に裏付けられたエネルギーはなかなか止まらない。それは時として圧倒的な破壊力を生み出す
・文化そのものが競争力に大きな影響を与えることがある

東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経てグロービスに入社。累計150万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」の著者、プロデューサーも務める。著書に『ビジネス仮説力の磨き方』『グロービスMBAビジネス・ライティング』『グロービスMBAキーワード
図解 基本フレームワーク50』(以上ダイヤモンド社)、『[実況]ロジカルシンキング教室』『[実況』アカウンティング教室』『競争優位としての経営理念』(以上PHP研究所)、『利益志向』(東洋経済新報社)、『ロジカルシンキングの落とし穴』『バイアス』『KSFとは』(以上グロービス電子出版)、共著書に『グロービスMBAマネジメント・ブック』『グロービスMBAマネジメント・ブックⅡ』『MBA定量分析と意思決定』『グロービスMBA事業開発マネジメント』『グロービスMBAビジネスプラン』『ストーリーで学ぶマーケティング戦略の基本』(以上ダイヤモンド社)など。その他にも多数の共著書、共訳書がある。
グロービス経営大学院や企業研修において経営戦略、マーケティング、ビジネスプラン、管理会計、自社課題(アクションラーニング)などの講師を務める。グロービスのナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」に定期的にコラムを連載するとともに、さまざまなテーマで講演なども行っている。

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