教え上手になるために実践したい「学びの余白」 

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イラスト:荒木博行

ビジネススクールの教員として数多くのビジネスパーソンに接してきて、つくづく思うことがあります。それは、「何を学ぶか」ということ以上に「どう学ぶか」ということが何よりも大切だ、ということです。どれだけいい学びを得たとしても、「学ぶ力」が備わっていなければ、学びが本人の実力になることはありません。一方で、「学ぶ力」を高いレベルで兼ね備えている人は、多少の刺激からでも実務が大きく変化をしていきます。そこで今回は、教える側の立場になったとき、どうすれば部下や後輩の「学ぶ力」を高められるか考えていきたいと思います。

「学ぶ力」は3つのレベルに分けられる

「学ぶ力」は目に見えにくいものですが、ざっくりとしたイメージとして、そのレベルは3段階くらいに分けられるのではないか、というのが現時点での私の考えです。

レベル1というのは、学びの要素を誰かが丁寧に噛み砕いてくれることによって、ようやく学べる、というレベルです。たとえば、「この3つが学びの重要なポイントです」と定義してもらうことによって、初めて学ぶべきポイントを理解することができる、ということです。

レベル2は、学びの題材とともに、それなりのヒントや補助線があれば学べる、というレベルです。丁寧なインストラクションまでは不要ですが、一方で何らかの補助がなければ学びに支障が出る、と言い換えることもできます。

レベル3は、学ぶ場や題材さえあれば、何がなくても学ぶことができる、というレベルです。ガイドがなくても、その場から自分なりの学びを見出すことができる、ということです。このレベルをさらに極めると、もはや場や題材などは関係なくて、人生そのものが学びである、という域に達します。

このレベルの見分け方は非常にシンプルで、学んだことを本人に言葉にしてもらえば分かります。レベル1や2の人については、教えたことが、ある種の劣化コピーのような状態で出てくることになります。教えたコンテンツを超えることはありません。一方で、レベル3の人からは、教えたことや議論されたこと以上のことが付加されて返ってきます。本人の経験に照らし合わせた示唆が加味されたり、独特の比喩表現が加えられたり、まったく違う業界からの共通項を見出したり・・・その形は様々ですが、その人なりの独自の付加価値が加えられるのです。

レベルが高くなれば、教える側にとっても「このコンテンツを本人がどう解釈し、どう表現するのか」ということを見るのが楽しみにもなってきます。お互いに高度なレベルになると、まさに、「教える側も教わる側も同時に学べる関係性」というのが出来上がるわけです。

教える側が意識すべき、学びのレベルを高める「余白」とは?

もちろん、最初からレベル3の人がいるわけではありません。そこで大事になってくるのは、教える側の意図です。教える側が、学びのレベルを高めるように、意図を持った仕掛けをしていくことが大切です。

そういう観点で、グロービス経営大学院という場は、2~3年かかる学習期間において、この学びのレベルを踏まえた設計をしています。まず初めて受講する人が多い基礎クラスはレベル1の人が多いと想定して、学びの要素をできるだけ噛み砕き、丁寧に教えています。しかし、そのままずっと手取り足取りではダメなわけです。1年くらい受講を続けた後のクラスでは、10割をしっかり設計するのではなく、7割くらいまで設計して、後の3割ぐらいは余白を残します。その3割分は、自分なりに学びを定義してください、と。そして徐々にその余白部分を増やしていき、最後の方になると、題材しか決まっていない、もしくは題材すら決まっていない、という状況で、「何を学ぶか」自体が問われるような形にしているのです。学ぶ内容もそうですが、教える側もこのように徐々に教え方そのものを高めていかないと、本質的な成長にはいきつきません。

この「余白」部分については、学ぶ側にとって常に「モヤモヤ感」が付きまといます。具体的な言葉で教えてもらってないわけですから、当然と言えば当然です。しかし、この「モヤモヤ感」というのは、学びの質を高める上で、大事にしたい感覚だと思っています。モヤモヤすると、すっきりしたくなります。だからこそ、自分でそのもやもや感を解消するために、頭を使ったり行動に出るわけですね。たとえば、自分で調べるとか、自分の過去の経験と紐づけて答えを出してみるとか、人に聞くとか。結果として、そうやって自らの行動の結果、得ることができた解というのは、確実に自分のものになります。他人から「こういうことです」と定義された「受け売りの学び」と違って、付加価値の加わった「オリジナルの学び」に繋がりやすくなるわけです。

この感覚を早い段階で掴んでおくと、どんな場でも多くの学びを吸収していきます。筋肉と同じで、鍛えられていればいるほど、応用が効くようになっていくのです。

もちろん、こういうことはいわゆる「学校」の中だけの話ではありません。上司や部下との関係も同じ。手取り足取り教えてくれる上司に恵まれれば、とても楽ではありますが、時として、教わったこと以上のことが学べないという「上司の劣化コピー状態」になってしまう人が出てきます。一方で、ある程度突き放してくれる上司だった場合、常にモヤモヤ感はあり、時として不満を持ったりもするのですが、それが格好のトレーニングになり、中長期的にみれば非常にオリジナリティのある人材に化けているということがよくあるのです。

教える側にとって大切なことは、こういった「余白」の価値を認識し、学習プロセスをデザインしていくことです。意図を持った「余白」を加えていくことは、学ぶ側のレベルを高めていくために極めて大切なのです。


※本記事は、FM FUKUOKAの「BBIQモーニングビジネススクール」で放送された内容を、GLOBIS知見録用に再構成したものです。 音声ファイルはこちら>>

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