組織を変えることは人を変えること 

味の素 水澤氏が語る イノベーションを創出し続ける組織作りの要諦 2
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本記事は、2016年2月18日に行われた人材育成担当者様向けセミナー「味の素 水澤氏が語る イノベーションを創出し続ける組織作りの要諦」の内容を書き起こしたものです(全4回)

水澤一氏(以下、敬称略): 皆さんこんにちは。今日は人材育成や人材革新に関するお話をしたい。また、井上さんからは、それに至った背景や味の素という会社自体のことも詳しく聞きたいとのご要望があった。従って今日は前段で、なぜ味の素という会社がそうした取り組みに至ったかをご説明してから本題に移りたい。

改めて自己紹介すると、昭和52年に入社して研究所配属となった私は、まず冷食の商品開発を担当することになった。当時は川崎の研究所内に冷食の開発部門があり、そこで修士として入社した私がいきなりハンバーグやフライをつくっていたわけだ。それで同期に「お前、何やってるんだ?」なんて言われつつ(笑)、5年ほど商品開発を続けていた。ただ、やっぱり事業開発というか新しいカテゴリの仕事もしたいということで、その後、本社開発部門に移った。そこで、たとえば「アミノバイタル」という商品につながった分枝鎖アミノ酸の開発を行ったり、今もお付き合いしている四ツ谷の某大手のお仕事を担当したりしていた。

で、平成になって再度冷食に移っている。この頃は冷食の開発部門が群馬工場内にあったので、私も群馬県に異動して、8年間、開発を手掛けていた。そのなかで、たとえば世界で最も売れている単品商品でもある、油も水もいらないギョーザの技術を開発したりしている。そして、そのあと佐賀と群馬で工場長の職を経てブラジルに異動した。ただ、私はそれまでドメスティックな環境で食品開発をしていたわけだ。当時のブラジルは食品調味料もやっていたけれど、基本的にはアミノ酸をずっとやっていたので「そんなところに行っても仕事はない」と、上の人に言ったりしていた。結局は「行け」と言われて行ってきたけれども。で、そのあと日本へ帰ってきた辺りから、今日の本題となる組織または人材イノベーションに取り組んでいったという流れになる。

一方、味の素とはどういった会社なのか。現在、当社は「食」「バイオ・ファイン」「医・健康」という3事業分野と、それらの境界から、「21世紀の人類社会の課題を解決していきたい」ということを言っている。何が言いたいかというと、食品企業と言いながら食品以外の事業も数多く手掛けているということだ。そもそも当社のルーツはアミノ酸にある。1900年代初頭に昆布のうま味成分がグルタミン酸ナトリウムであることを発見した池田菊苗先生の商品を、鈴木家が商売にしたところからはじまった。その流れから、だしや調味料といった食品事業、そしてアミノ酸…、グルタミン酸ナトリウムはアミノ酸だから、アミノ酸をベースとしたバイオ・ファイン事業、それから医薬用アミノ酸をベースとした医・健康領域へと事業を広げていった。

だから味の素という会社は、世の中から見ると「食品企業です」という話になるけれども、会社の技術屋さんから見るとアミノ酸をつくることがメインストリームの会社という意識なので…。調味料や食品を私がやっているということで、同期に「お前、何してるんだ?」と言われていたのはそれが理由だ。技術屋のなかでは食品事業がメインストリームになり得なかった歴史がある。

そういった状況から今回のお話がはじまる。私がブラジルから戻った2003~2004年はどんな状況だったかというと、2004年に当時の最高益を出している。ただ、そこで収益を引っ張っていたのは飼料用リジン。豚の餌にリジンを加える事業が1番良かった時代に最高益を出した。一方、当時の食品部門はというと新製品もほとんど出ていなかったし、グローバルには伸びていたけれども、まだまだという状況だった。それで、上からは「一体何をしているんだ」と言われていた時代だ。

当時は大きな課題がいくつかあった。まず、「食品部門なんだからどんどん商品をつくって出せばいいんだ」と。事業部から言われた通りにモノをつくって開発だけをしていればいいという風潮で、顧客起点の食品づくりができていなかった。また、短期テーマばかりで実績に結びつかないうえ、中長期テーマもまったくない状態だった。そしてもう1つ。今日の本題になるが、イノベーションに向けた人材マネジメントが不在だった。私は組織をつくるのは人材だと思っていたのだけれども、人を育てる環境になかったわけだ。

そういう状態から活動をスタートさせている。まず、開発体制に関して「アプリケーションセンター」という顧客起点の組織をつくった。今は食品研に包含されたが、当時はそれでBtoBのお客様に各種商品やアプリケーションを提案していった。そうして「視点を内側じゃなく外に向けよう」と。そうした取り組みを通じ、弊社でもお客様起点のアプリケーションやソリューション提供がかなり定着したと思う。もちろん、そうした動きのなかで出てくる各種情報のフィードバック機能も設けていった。また、開発テーマに関しても、「とにかく先につながる品質やおいしさの実現をテーマにしよう」と。それで「カンパニー戦略テーマ」をつくって開発を進めていった。これが、のちに全社の戦略テーマにつながって、現在出ている数々の商品技術にもつながっている。この辺も比較的うまく流れに乗ったと思う。

ただ、今お話ししたような事業を進めるためにも、「やっぱり1番のポイントは人材だろう」と。偉い方々がおっしゃるような体制やテーマの革新だって、それを実行するのは人材でしょ? 組織は人だと私は思う。組織を変えるということは人を変えるということ。それで人材革新および人材のイノベーションということで、「マイノベ活動」というR&Dの新しい活動をはじめた。

マイイノベーション(マイノベ)とは?

「マイイノベーション(私のイノベーション)」という言葉は、英語としては変だ。ただ、本活動のスタート時、ネーミングライツということで(笑)若い人たちに「何か名前付けてよ」と言った。「1番いい名前を考えた人にはご馳走するから」と。それで「自分革新」「マイイノベーション(マイノベ)」というのを考えた人がいて、それがすごく面白かったから、以降は「マイノベ活動」という名前にしている。その理念は、「私たちは自ら学び、考え、そして行動し、新たな価値を創造し続ける」というもの。周りに引っ張られないと動けない人材でなく、自ら方向を決めて自力で進める人材像を目指そうということでスタートした。

ポイントは大きく言うと3つ。まず、以前は各組織がそれぞれこうした活動を進めていたけれども、それらの部門が2010年に食品研へ統合されて私が所長となった際、食品研全体でマイノベ活動を進めることにした。その際に共通KPIを設けて目標を明確にしたことが1つ目のポイントで、これは価値の共有だ。そして2つ目のポイントはライン活動。グループとしての活動としていった。各グループの役割や「どんなスタイルでやりたいか」といったことを、バランススコアカード(BSC)という戦略シートに基づいて、業務と連動して進めていった。

そして3つ目。これが1番のポイントと言えるけれども、「マイノベリーダー」という役割を設けた。こちらは、だいたい昇格初年度または2年目の若手基幹職から私が指名していった。そのマイノベリーダーに全体を統括してもらって横串活動を通していく。また、各グループではマイノベの「コアメンバー」を1人ずつ選んでもらって、コアメンバーとマイノベリーダーで議論しながら、縦のグループ活動ではできないような横串の活動を実現させるようにしていった。そうした縦横のマトリクスマネジメントで活動を進めていったと言える。

BSCについては皆さんもご存知かと思う。財務の視点、顧客の視点、業務プロセスの視点、そして成長と学習の視点を加味して評価していく。そうして各グループで活動の内容を決め、そこにKPIを設定する。そうすると、最初は成長と学習のステージというテーマが多くなるけれども、少しずつステップを登って、最後は企業の成長につながるところまで進んでいくわけだ。こうした活動ではPDCAが不可欠。だいたい期初に活動計画・目標をつくるので、それと連動してマイノベ活動の計画もつくって、ある程度共有化する。で、KPIを設定してスタートさせるという流れになる。

そうしてコアメンバー会議や部会活動を進め、秋頃には社内トップの方々を前にして報告大会を行う。若い人たちに発表の機会を与え、トップのコメントをそこで共有して、アンケートも取っていく。また、2~3月には所内の交流会も開催し、各グループがどんな活動をしているか、全員で共有する。さらには、期末のレビュー会を経て次につなげていく。毎年、そういったPDCAを回しながら活動を進めている状態だ。

ただ、食品研で共通KPIを設定するといっても難しい。従って定量化できるものを選んだ結果、知財や学会発表、あるいは取り組みの数ということに…、「せざるを得なかった」という言い方もおかしいけれど、そうしたKPIになった。それで多くの人から「マイノベ活動をすれば知財が出てくるの?」といった質問を受けている。でも、これはあくまでも全体のKPI。「この活動で人や組織が育ち、その結果として出てくるという意味でのKPIなんです」と言って押し通した。実際にはKPIにして無理矢理にでも人前で発表させる。そうして場を得た若い人は何年かすると発表が大変上手になるからだ。だから最近はほとんどのメンバーが嫌がらず、外へ向かって発表するようになった。その意味では、一見無駄なように見えるこうしたKPIもやはり必要なんだと思う。

あと、ライン活動はマイノベリーダーがコアメンバーとともに取りまとめていく。そしてグループでBSCをつくり、KPIを設定し、いろいろな取り組みをしていく。具体的には、やっぱり学習・成長というか、勉強会の話が多い。各自、座学で勉強会を設けたり、いろいろな場へ出掛けて実体験をしたりしている。ライン活動と併せてそういうことをやっている状態だ。また、顧客型というか「現場にも出よう」と。たとえば高齢者向け商品・サービスの研究をしている人たちが、高齢者の方々がいる現場でいろいろ密着していったりもしている。そういう生活者起点の活動もはじめているので、次のテーマにつながるようなテーマ探索的活動にもなっていると言える。

それから部会活動。これはマイノベリーダーが横串を通す形でまとめているが、中身はコアメンバーが中心になって進めていく。具体的に言うと、たとえば2015年には例年同様先ほど説明した報告会や交流会を行った。そして、皆さんがこの活動をどのように捉えているか調べ、それをフィードバックしていった。そんな風に有用性の確認も行っている。それから、「他を知る会」というのもある。これは、社内外からお呼びしたいろいろな方から、若手に様々な体験を教えていただく会だ。それと「るつぼ活動」。食品研の各グループの人々が集まって、「何か新しいことができないか」といったアイディアブレストを行ったりしている。

こうした取り組みを通じて、「この活動は面白いな」となれば正式な活動として採用したりしてきた。たとえば交流会では各グループが自分たちのマイノベ活動を説明していく。それを我々のほうでも見て回って、「これってどうなってるの?」と。もちろん他のメンバーがそこで他グループの活動内容を見てみたりもする。そのなかで皆の活動を共有し、気付きを得ていくといったことを進めていった。また、前述した「他を知る会」では、たとえば食品事業本部長や人事部長に来ていただき、彼らが若い頃に失敗を含めてどんな経験をしたかを若い人たちに説明してもらう。で、そのあと一緒に飲みに行ったりしていった。飲みに行くのがポイントだ。それで身近に感じてもらいながら勉強もしてもらおう、と。こちらも多くの方に来ていただいて、若い人にはすごく好評だった。最後は私が大講演会を行った(笑)。

一方、こうした活動の結果はどうだったのか。食品部門では10年前まで、まったくと言っていいほど新製品やヒット商品が出ていなかった。それが、最近は「鍋キューブ」「Cook Do® 香味ペースト」のような新製品も次々出てきて、プロダクト・イノベーションが起きている。目下最大の取り組みである海外での調味料および事業展開も好調だ。各国で調味料が伸び、今や当社収益でかなりの割合を占めている。それにつながっているのが若い人たちの活躍だと言える。皆、海外赴任をしてくれている。以前は海外に出す若手がなかなかいなかったけれども、マイノベ活動を通じてすごく育ってきた。その点は事務系のトップからも大いに評価いただいている。

そうして今は海外へ出た人たちの多くが日本に帰ってきていて、今度は次の世代が海外へ出ているし、帰ってきた人たちのなかには再び海外へ出て行く人の多い。もともと、ベースとなるアミノ酸素材のほうでは若い人が海外へ出て、戻ってきて、そしてまた海外に出るという繰り返しで人材育成をしていた。同様に、食品分野でもようやく2度3度海外へ出すことで人材を育てることができるようになってきた。

あと、これは“おまけ”になるけれども、そんな風に活動を進めた結果、組織で一体感も生まれている。今は全体の送別会や忘年会といったものにもおよそ9割のメンバーが参加する状態だ。普通はそんなに出てこないと思う。あと、弊社は社内バレーボール大会を開催していて、そこで「なんとか食品研で勝とう」という話になったので近くに練習用のバレーコートをつくってあげた。そうしたらずいぶん強くなって2014年大会で優勝。1-2フィニッシュを飾った。そうしたら意地悪をされて去年はバレーボール大会自体がなくなり、玉入れ大会になってしまった。でも、その玉入れでも優勝して(笑)、今や無敵だ。今はそんなレクリエーションも含めていろいろやっている。「メンバーのことを皆が覚え合わなければいけないよね」ということで「星座の会」というのもつくった。それで星座ごとに分けて飲み会を催したりもしている。

そうして、私が昨年退任するときは、「他を知る会」の特別バージョンで、所員を中心に250人ほどを集めて講演会を行った。ただ、普通は研究者の最終講演というと「自分がどんな研究をしてきたか」という内容や成果の話になるけれど、私はそれを一切やらなかった。代わりに、「30数年間のなかで誰が敵で誰が味方だったか」という話をしている。若い人たちに向けた“人系”の話ということで、どんな風にして味方をつくるかといった話をした。そして、続く送別会では若い人たちがバンドを組んでくれたので、それをバックに歌って終わった(笑)。そういうことで、一応、無事に会社の仕事を終えた。ただ、その後もこういった講演やお客様対応ということで顧問として残って欲しいと言われたため、今も週に何回か、会社に通って仕事をしているところだ。

さて、ここまでご説明した通り、私としては人を育てることを最も強く意識していたし、ある意味ではそれで結果が出ているということで今日のお話もしている。とにかく1番のポイントは、組織の人たちの、先ほど井上さんもおっしゃっていた「志」の部分。「どんな取り組みをしたいか」「どんな会社にしたいか」という志を持たせることが1番大切だと思う。そのために私としても手を変え品を変え、いろいろと刷り込んで…、という言い方も変だけれども、いろいろな活動してきた。結局のところ、組織の意識改革とは個人の意識改革になるということだと思う。以上になる(会場拍手)。

スピーカー

京都大学農学部修士課程修了後、1977年味の素㈱入社。中央研究所に配属。本社開発企画室、味の素冷凍食品㈱取締役やブラジル味の素副社長を経て2010年から味の素㈱食品研究所長(常務執行役員)に就任。同研究所の改革に着手、推進を行う。ライン活動のみならず横串のプロジェクトチームの編成/運営や社外との連携活動を推進しイノベーティブな製品が次々と生まれる活気ある組織に発展させた。2015年から味の素㈱食品事業本部技術顧問に就任。

モデレーター

大学卒業後、消費財メーカーに入社し、海外部門にて中国工場のオペレーション管理、国内部門にて営業・マーケティングに携わる。グロービス入社後はグロービス・コーポレート・エデュケーション(GCE)部門にて、様々な業種の企業に対してコンサルティング及び研修プログラム提供を行う。グロービス名古屋オフィスの立ち上げではリーダーとして、グロービス・マネジメント・スクール名古屋校の新規立ち上げ等を推進。その後GCE部門ディレクターを経て、現在GCE部門マネジング・ディレクターを務める。また、創造(ベンチャー、新規事業)領域の研究・開発グループの責任者として、講師育成やコンテンツ開発等にも取り組む。自身もグロービス経営大学院や企業研修において「リーダーシップ」「クリエイティビティ」「イノベーション」等のプログラムの講師や、大手企業での新規事業立案を目的にしたコンサルティングセッションを講師としてファシリテーションを行う。学習院大学法学部卒業。フランスINSEAD:IEP(International Executive Programme)、スイスIMD:HPL(High Performance Leadership)修了。

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