当たり前を実現する!トヨタの人材育成の歴史と風土づくり 

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※本記事は、2015年11月5日に行われたセミナー「トヨタ自動車のグローバル人材育成~トヨタの人づくりの強さの本質を知る」の内容を書き起こしたものです(全3回)

トヨタの人材育成の歴史と考え方

続いてはトヨタの人材育成に関し、その歴史も追いながら私どもの考え方を説明させていただきたい。まず、現在の取り組みの至る経緯ということで1989年(平成元年)に行った「フラット化」という大規模な組織改正からご説明したい。

トヨタの人材育成では、人を育て、能力を向上させたうえで成果を挙げてもらったのち、その成果にしっかり報いるという観点がある。従って、世間様で言うところの課長級まではしっかり昇格してもらうのが基本ポリシーだ。今でも、ある年に入社した人々を経年で追うと9割ほどの方が課長級まで昇格している。ただ、一方では20年以上前から課長「職」のようなポストが限られてきていた。従って課長級まで上げようと思うと、多くの場合、専門性を生かしたスペシャリストとして活躍してもらうことが必須になってきた。しかし、専門性教育となると全社一律ではなかなか行えない。そうした背景があったため、社内でのメッセージとして当時の教育部を廃止した経緯がある。

そうしてフラット化を具現化するために各種取り組みを行った。たとえば「部長級/次長級」といったポストを想起させる資格名称を廃止して「基幹職1級/2級/3級」という言い方にしたり、「さん付け運動」として「何々部長」という職位名でなく「何々さん」と呼ぶよう推奨したり。また、前年までの評価が当年評価にも強く影響する年次管理の考え方を弱める等々、いろいろやってきた。ポイントは意思決定のスピードアップと管理職層の実務戦力化だ。従って、繰り返しになるけれども、人材育成の観点では各職場および機能主体の取り組みが効率的かつ効果的だったと言える。

ところが、冒頭で生産・販売の推移をご覧いただいた通り、2000年前後からグローバルな事業拡大・成長が急激に進んでいった。また、とりまく環境もあらゆる意味でダイバーシティが強く求められるようになっていった。さらに言えば、これは各社様同様かと思うが、労働時間に関する考え方も厳しくなってきた。そうした状況下、専門性重視で取り組んできた人材育成の弊害が一部で出てきたと言える。

加えてバブル崩壊があったわけだ。私はバブル最後の年となる1992年入社だったが、それまでの採用数は、事務系がおよそ200人、技術系が800人、現場で働く技能職が3000人。それで私が入社した年もどこかの会場を借りきって4000人の入社式を行っていた。しかし、その直後から採用人数ががくんと減少し、事務系は20人台、技術系も100人を少し超える程度に絞った時期が何年か続いた。そこで入社した社員たちが多少成長して中堅クラスになったとき、グローバル成長に直面したわけだ。それで彼らに海外へ出てもらわざるを得なかったため、トヨタが従来から強みとしてきた職場における「教え/教えられる風土」が脆弱になるという懸念が強まってきた。

「教え/教えられる風土」再構築への取り組み内容

そうした懸念を踏まえながら、人材育成・教育の施策として改めて取り組んできたことをご紹介したい。まず、私どものような事務系組織の場合、部があって、その下に3~4つの室があって、さらにその下に3~4つのグループが存在する。このあたり、技術系組織は規模が少し違ってくるが、概ねそれぐらいだ。また、グループはだいたいどこも10~20名程度で構成されている。

で、フラット化以降はグループ長の下で横一線となり、「互いに切磋琢磨しよう。先輩も後輩もないんだ」というコンセプトでやっていた。それを2000年代半ばからグループ内でいくつかの緩やかな小集団に分け、各小集団で先輩が後輩を指導しやすい体制に変えていった。フラット化を行った1989年当時はそれまでの長い歴史や企業風土もあったので、「フラットな体制下でも“教え/教えられる風土”は維持できるだろう」と、ややタカを括っていた面がある。しかし、それが先ほど申しあげた採用数の歪みのような状況も相まって、うまくいかないことが顕著になってきたためだ。

そこで、グループ内でいくつかの小集団に区分けして、先輩が後輩を指導しやすい体制に整えていった。ただ、それで階層が増えて意思決定のスピードが落ちては本末転倒だ。従って、言うは易しだけれども、あくまでも緩やかな括りのなかで人材育成力および学ぶ姿勢を身に付けてもらうということにトライした。幸いなことに、「人材育成は大事なんだ」という認識や姿勢は私どもの会社に残っていたと思う。だから再構築のタイミングとしてはぎりぎり間に合ったのではないかと自負している。

ここで、少集団化のための具体的施策をいくつかご紹介したい。たとえば「グループ管理スパンの適正化」。先ほどグループは20名前後と申しあげたが、きめ細かくフォローするには20名は多い。そこで10名前後を基準として、15名を超えるようなグループは「なぜその人数になるのか」といったことを含めてフォローしていった。

そのうえで、そうした施策をアピールする啓発活動にも取り組んできたわけだけれども、「職場先輩制度」機能の再定義も比較的うまくいったと思う。入社4~5年目から10年目ぐらいの社員が職場先輩となって、職場ごとにほぼマンツーマンで新入社員を含む若手社員の相談役となる仕組みだ。それによって教えられる側がそれなりに育ったこともあるけれども、「むしろ教える側になった先輩側の自覚というか、責任感が高まった」という強い声を職場からは聞いている。

また、それらの施策を契機に人事制度面でもいくつかの取り組みを行った。繰り返しになるが、フラット化以降目指していたのは専門性で勝負できる人材の育成。社内では「専門性を身に付け、社外の労働市場でも1000万円稼げるような人材を目指すように」と言っていた。それを、「専門性に加えて人材育成にも長けている人を目指すべき人材像にしよう」と。イメージは職人世界の親方だ。「専門性を備え、かつ後輩の指導もできるように」ということで、「Master(親方)養成プログラム」と銘打ち、大々的にぶちあげた。

いずれにせよ、そのように仕組みを整えてきたわけだけれども、いざ実務で実践しようとすると、さらにいくつかの壁にぶちあたった。その要因をアンケートやヒアリングを通じて明らかにしていったところ、主に2つの背景があった。まずは若手を取り巻く環境として仕事の仕方の変化だ。それまでは「前年のやり方をいかに改善するか」が仕事の進め方の基本だった。だから上司もある程度の答えを持ちながら、部下には、たとえば「現地・現物」であるとか、ある意味では無駄と思えるようなこともさせつつ、ぎりぎりまでなんとかやりきらせるという指導ができていた。しかし、業容のグローバルな広がりや技術革新によって、それがだんだん難しくなってきた。

もう1つ、これはいつの時代でも同じだが、上司側の「今どきの若者は」といった意識だ。私どもには人事に所属している精神科医の先生がいらして、その先生に教育の場でもコミュニケーションの大切さを説いてもらったりしている。その先生に相談すると…、これも当たり前の話で恐縮だけれども、「昨今の若い世代は学生時分からインターネットやメールやケータイで育ってきている」と。だからコミュニケーションスタイルが根本的に異なっていて、それが故に上司と部下で意識やコミュニケーションのギャップが生じているとのことだった。「それがやや深刻になっている」と。

従って、そうした問題意識を踏まえつつ、今一度、若手に期待したい能力や資質の定義づけを行っていった。そこで挙がった能力・資質は、「精神力・胆力」「実務遂行力」「グローバル適応力」の3点。これらも当たり前の要素だと思うが、まず、私どもは仕事を進めるうえで、同じ社内でも大変多岐にわたる機能や工程あるいは地域に跨って調整しなければいけない。「精神力・胆力」とは、そこでうまく相手の理解を得て、巻き込むような力と言える。で、「実務力」とは、具体的にはトヨタが重きを置く問題解決力と、最後までやりきる力だ。そして「グローバルなセンス」とは、言葉・言語はもちろん、異なる慣習・文化を受容する力。それらが今後ますます求められていく。

このあたりの能力・資質に関する問題意識をもう少し細かくご説明したい。まず胆力に関して言うと…、まあ、これは「上の人間にそれがあるのか」という話もあるが、特に若い人たちで目立つのは線が細いという点。「なんとか自分でやり抜こう」という意識もあまり強くない。一方、実務力に関しては「現地・現物」といったことを実際に行わせる時間や余裕がない。また、業務がすごく細分化されていて物事を大きく見る機会がないという問題もある。

とりわけ技術員に関して言うと、TTDC(TOYOTA Technical Development Corp.)という会社があって、そこに基礎的業務をかなりお任せしてきた経緯がある。「テレホンエンジニア」という言葉を皆様もお聞きになられたことはあるかもしれないけれど、それで若いうちから偉そうに指示だけをして仕事をした気になっている、と。実際はそこまで酷くないが、そうした弊害も出てきた。従って、これは発表済みだけれども、2016年1月にTTDCを再編することとした。それによって基礎的業務を再び社内へ取り込んで、技術員としての基礎をきちんと築いてもらいたいと考えている。

また、これも主に技術員の話になるけれども、海外経験の希薄さを指摘する声が増えてきた。現在、私どもの販売台数900万台のうち、750万台は海外のお客様にお求めいただいている。ただ、「各国・各地域のお客様がどのような道や用途で車をお求めなのか」と、感覚としてあまり知ろうとしていないというか、認識せずに開発・設計をしているのではないかという問題意識もあった。

では、それによって仕事の仕方がどのように変化していたのか。まず、スピードが求められている現在の環境にあって、ITツールを必要以上に活用したりベテラン社員を頼ったりして、すぐに答えを求めてしまっている。そのため「現地現物」の機会を与えられていなかったり、社外の方々に多くのことを任せてきてしまっていた。それで若手社員が基礎的業務の経験を積む機会や、やり抜いたり考え抜いたりするための場が希薄になっていたと言える。

従って、そうした機会を与えることがそのまま対策になる。具体的には4つの施策に取り組むこととした。まずは「資格体系の大括り化」。以前は担当事技職の期間を終えた若手が準指導職ということでソフトランディングしていた。しかし、2012年から「準」を外し、「もう4年目以降はもう若手を教える立場になるんだ」ということを明確にしたうえで職能要件を整理し直した。これは意識改革と言える。

また、担当事技職については、最初の3年は文字通り基礎固めの期間とした。私どもの場合、事務系は大卒が圧倒的に多い一方、技術員は院卒比率が80%以上にのぼる。それで以前は院にいた2年間を人事制度上でも考慮していた。具体的には、4月に入社した院卒はその翌1月に準指導職になっていた。で、大卒社員のほうはそこへ行くまでに2年9ヶ月を要していた、と。しかし、資格体系の見直し後、院卒でもとにかく3年は担当事技職として基礎を叩き込む期間としている。そして院卒と大卒の2年に渡る差は主任職昇格の歳にキャッチアップできる仕組みとした。

で、「2つ目は労働時間の確保」になる。私どもは、残業は原則として年間360時間以内に収めるというガイドラインを設けている。ただ、それ故に各職場が年間360時間を意識し過ぎて、業務の付与、あるいは「やりきらせる」ということに躊躇する場面が残念ながら増えてきた。そこで労働組合と折衝し、いわゆる裁量労働制の拡大や、人材育成を理由とした残業時間の限度超えに対する理解促進を図ってきた。

3つ目は「指導職修行派遣プログラムの導入」だ。今は5つの派遣形態を設けている。これは入社4年目の指導職から10年目程度の、主任職になる前の中堅社員を対象としたものだ。具体的には、海外事業体への派遣、法律事務所や特許事務所といった海外機関への派遣、MBA等の海外留学、販売店様や仕入様への国内育成出向、そして今いる部署と関係のある部署への部門間異動の5つになる。「このなかの1つを必ずやりなさい」と。実際には海外事業体への派遣が中心で、そこでは原則としてローカル人材である課長の下につかせる。日本人の下につくわけではない。そうして言語はもちろん、その国や地域の慣習・文化を勉強させていく。

そして最後が「グループ長研修」。「やっぱり最前線で最もマネジメントに苦労しているのはグループ長だろう」ということで、彼らの悩みを少しでも減らしたいと考えた。そこで当時2500人ほどいたグループ長全員を対象に、ケーススタディを用いた研修を改めて実施をしていった。それで情報や好事例の共有を目指している。

そこで用いたケースは、たとえば今どきの若手事技職。生意気で自分が思った方向に物事を進めようとしたり、逆におとなしくて打ってもなかなか響かない若手のケースを用いた。ベテラン業務職のケースもある。昨今は結婚や出産後も働き続ける方が増えているため、業務職の方の経験年数が著しく伸びている。それから年上の部下。そうした、グループ長が大変苦慮しているケースを、プロの劇団の方々にご協力をいただいてビデオにした。加えて、外国人の方や派遣の方、さらには他社から出向してきた方もいるので、その対応にグループ長は日々奮闘しているわけだ。

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