Bill Walsh: Finding the Winning Edge 

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「MBAシリーズ」のプロデューサーにしてグロービス経営大学院の人気講師・嶋田毅が創造と変革の志士たちに送る読書ガイド「シマダ文庫」。今回は2007年7月30日に逝去した、米国フットボール界の名将、ビル・ウォルシュ(Bill Walsh)氏の著作を振り返る。

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"アメリカのプロフットボール界を代表する名ヘッドコーチのビル・ウォルシュ氏が昨日75歳で亡くなった。同氏は「ウエストコーストオフェンス」と呼ばれる独特の攻撃を武器に、弱小だったサンフランシスコ49ersをリーグの歴史上にも稀な常勝チームに育て上げた。同時に、彼の配下にいたアシスタントコーチが次々に各チームのヘッドコーチに就任し、大きな成功を収めたことで、「指導者の伯楽」としても名高い。

今回は、筆者が8年前の1999年、弊社のあるコラムに書いた、49ersのマネジメントに関する考察を再掲したい。その考察に当たって用いた主要なソースが今回ご紹介する本書である。当時、すでにウォルシュ氏は実務の第一線を退き、スーパーバイザーという立場であったが、ここで紹介している方法論は、基本的にウォルシュ氏が始めたものがほとんどである。

---以下再掲---

今回は49ersが「成功するチーム」を実現するために──すなわち限られた人材から最大限の能力とやる気を引き出し、チームとして機能させるために──実施している(あるいはかつて実施していた)いくつかのプラクティスを紹介します。中には、すでにリーグ全体に広まってしまったものもあります。必ずしもすべてがビジネスの現場に応用可能というわけではありませんが、それでも興味深い事例と言えるでしょう。"

未来への備え

" 49ersという組織の特徴として、「未来に起こるであろうこと」への準備の良さが挙げられます。その場になって対症療法に走らないよう、あらかじめいくつか起こりうる事態を想定し、それに合わせて事前に対応策を練り、それを「共有化」することに非常に力点を置いています。もちろん、スタッフも「なぜ?」が理解できないとモチベーションが上がりませんから、「なぜこのような状況下では、このようなアクションが有効なのか」という説明つきです。

特に有名なのは、ゲーム開始からの25プレーをあらかじめ数パターン用意しておくという「シナリオ作り」ですが、その他にも、ハーフタイムで28点あるいは17点、10点勝っているとき(逆に負けているとき)の後半戦のプラン、さらには20点のリードを終盤に追いつかれた場合のプランなど、非常に事細かに未来を想定し、プランを準備しています。そしてその想定の下、テーマをもってプラクティスにあたるということを定着させているのです。

ある解説者は、なぜどんな状況になっても彼らが冷静でいられるのか長年疑問だったと述べていますが、彼らにとっては、そうした状況をどう乗り切るか、すでに実行可能なプランが心身ともに身についていたのです。この準備の良さはゲームプランにとどまりません。キャンプの運営や人事問題などまでさまざまなエリアで応用されています。

特筆されるのは、肉体的強さが強調される世界において、あえてフィジカルなトレーニングの時間を犠牲にしてでも、選手やスタッフの「知的な準備、意識のすり合わせ」に時間をかけていることです(もちろん、練習の効率化や、時間の重要性に対する意識付けも不可欠の要素として行っています)。「チームとして機能すること」が成功の第一要件であると喝破し、そちらで優位を築くことの方が、個々人がフィジカル面で優位を築くよりも、効果的かつ模倣しにくいことをいち早く見抜いていたのです。コロンブスの卵のようですが、スターがチームを作るのではなく、優れたチームだからこそ多くのスターを生み出せるとの発想とも言えるでしょう。"

意識の共有:スタンダードの設定と重視するパラメータの共有化

" また、この組織では、上記に限らず、「意識の共有」、特に「目的」「責任」「スタンダード(必要要件)」「パラメータ(測定項目)」の共有に重点が置かれています。その中でも特筆されるのは、後者の2つでしょう。最近でこそメーカーに限らずあらゆる組織でこれらが用いられていますが、20年近く前からスポーツチームにおいてこうした試みが体系的になされてきたことは一つの驚きです。

スタンダードの設定は選手の身体能力だけにとどまらず、練習の運営プロセスや戦略の理解度、ユニットとしての完成度にまで及びます。また、(選手の場合)40ヤードダッシュのタイムやベンチプレスなど、一般に用いられる評価項目とは別に、独自の測定項目も多々用意し、長年かけてノウハウを蓄積しています。専門の心理学者と共同で、組織への順応性やケミストリーが生まれるか どうかを測定するための全くオリジナルな心理テスト(筆記、面接)を実施するということもしています。他チームが「なぜあんな選手を採るんだ?」といぶかしんだ後でその活躍に目を見張らされるようになる背景には、こうした独自の哲学と緻密なアプローチがあるのです。

あらゆる対象について、重視し、測定すべきパラメータを定め、関係者に知らしめる……こうすることで、トップの意図を表明するとともに、さまざまな問題や課題に対して効率的に対応策がとれるようにしているのですが、あまりにやりすぎると、スタッフが息詰まってしまいます。この組織では、そうしたことがないように、同時にオープンな雰囲気のコミュニケーションを実現することも抜かりなく行っています。トップ自らが全面に出て密にコミュニケーションするとともに、何でも言える雰囲気を組織内に浸透させています。緻密なシステムだからこそ、ヒューマンな部分でそれに血肉を通わせ補うということにたいへんなエネルギーを使っているのです。

意識共有の方法については、次のような面白い話もあります。ある記者が新任のアシスタントコーチを取材したとき「アサインメントとして、夜はずっとビデオを見なくてはならない」とのコメントを得ました。記者が「どうせ、試合や練習のビデオでも見ているのだろう」と思ってそう言ったところ、件のアシスタントコーチはこう答えたそうです。「いや、過去何年か分のコーチ会議の様子がビデオに撮ってあるんだが、それを見ているんだ。この組織では、物事がどうやって決まっていくか、どのようにコミュニケーションがなされているかを見るように言われてるのさ」"

モチベーションへの配慮

" いうまでもなく、彼らはプロフェッショナル集団です。プロフェッショナル集団というと、得てして過酷な競争の世界であり、能力と上昇志向こそが生き残りの鍵、たらたらやっている人間は怒鳴られても当然と思われがちです。もちろん、そうした側面も否定できませんが、それだけではチームとしての成功に限界があります。この組織では、逆にそうしたプロフェッショナル集団だからこそ、参加意欲をかき立て、モチベーションを向上させるために、人間的なインターフェイスに最大限配慮するスタイルを根付かせています。「人前で罵倒しない」「過去の失敗を論わない」「意見を頭ごなしに否定するのではなく、いったん受け止め議論する」など、聞いてみればあたりまえのことばかりですが、長い目でみれば大きく組織の志気、あるいは思考パターンを左右するものばかりです。また、他チームに見られるような「追いつめる形で力を出させる」という動機付けのアプローチをとりません。瞬間的には力が出ても長続きしないからです。

この組織が特にモチベーションを重視するのは、組織を底辺で支える人々に対してです。組織を下から支える下位25~50%の人間の働き具合が、長い目で見て競合との差につながるという考え方です。特に組織が逆境に置かれたとき、その差はさらに明確になります。彼らのモチベーションダウンは、結局は組織全体に広がるし、彼らのスイッチングコストは結局は高くつくという考えからでもあります。そうならないために、すべてのスタッフの人格を認め、リスペクトを払うという組織文化が強調され、トップ自らがこれを率先垂範しています。昼食会を設けてコミュニケーションを図ったり、人前でその功績をたたえたり、相談があればトップが直に対応するなど、手法は取り立てて新しいものではありませんが、こうしたことに無頓着な組織が多いのも事実なのです。

この他にも、「君子豹変の勧め」や「情報公開が有益な情報を呼び、人材提供が優秀な人材を集める」「組織強化に逆境を進んで利用する」など、まだまだ面白いやり方をたくさん指摘できるのがこの組織の興味深いところです。

ところで現在の49ersは、昨年までフロントで辣腕を振るってきたポリシー社長とクラークGMのトップ2人が新設チームにそろって移籍するという「非常事態」にあり、「さしもの王国も崩壊か」との予測も出てきました。はたして、特定の個人が去った後も組織としての強さを継続し続けることができるのか否か、非常に興味の持たれるところです。

(本稿は1999年2月に書いたものです)"

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