奈良市長・仲川氏×横須賀市長・吉田氏 「地域を経営する」 講演 

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朝比奈一郎氏(以下、敬称略):本セッションでは仲川市長と吉田市長にご登壇いただき、地域の経営について考えていきたい。現在、2つの大きな流れが生まれていると思う。まず、地域はこれまで、政治を志す人々に「国会へのステップ」という捉え方をされていたが、今はむしろ地域が主役という機運が大きくなってきた。私は元国家公務員だけれど、国家公務員を辞退して地方公務員になりたいという人も数多く出てきている。それともう1つ。とはいえ、たとえば「消滅可能性都市」であるとか、最近は過激な言葉を聞くことも多い。そうした大きな危機感のなか、今までは政治や行政に任せきりだった地元企業さんや地域住民の方々が、地域経営に大きな関心を持つようにもなった。今日はそんな流れも踏まえて議論したい。(01:04)

さて、まず仲川さんは1976年生まれと若いのだけれど、市長としてすでに2期目を迎えていて、家庭では2児の父でもある。また、生まれは奈良県内だけれども奈良市内ではないということもあり、若干客観的な立場で地域を見てこられたと思う。で、一方の吉田さんも…、私は吉田さんと学生時代からつながりがあるのだけれど、吉田さんも1975年生まれと大変若い。また、横須賀高校に通われてはいたがご出身は横須賀市ではなく、やはり客観的に地域経営を見てこられたと思う。そして、市長として2期目であり、しかも2児の父でもあると。そんな風に共通点の多いお2人だ。(02:34)

今回、皆さんと考えたいテーマは大きく3つ。1つは地域全体の経営および活性化について、そして2つ目が地方自治体の経営について。お2人は地方自治体の経営者でもあるから、地域全体の活性化とともに市役所の経営も考えなければいけない。ただ、その2つは往々にして矛盾する。住民に良い顔をしようとすれば市役所職員にかなり厳しくあたらなければいけない。そうした構図のなか、地域全体と役所の経営をどのようにバランスさせるかというテーマもあると思う。そして3つ目は、お2人のパーソナルな思いについて。どのような思いで現在のポジションを志すようになったのかというお話も伺いたい。では、早速議論に入ろう。まずは仲川さん。地域活性化を目指して、特にこれまでは、「若者が帰ってきたくなる街」「世界から尊敬される観光都市」といったことを謳っていらした。今までの地域経営についてお聞きしたい。(03:52)

仲川 げん氏 32141

仲川げん氏(以下、敬称略):私は1976年3月生まれだから吉田市長とは学年も一緒だ。あまり被りたくないキャラではあるけれど(会場笑)、初出馬して当選した頃から同じ世代ということもあって、いろいろな場面でご一緒させていただいている。で、活性化についてお話しすると、奈良はご存知の通り、鹿と大仏が有名な観光地だ。修学旅行で行ったことのある方は多いと思う。ただ、修学旅行以来行っていないという方も多いのではないか(会場笑)。それが1番の課題になる。(05:39)

私自身の話を少しさせていただくと、私は市長として現在5年目だけれど、大学卒業後は東京でサラリーマンをしていた。「どうやら一発当たると大きいらしい」という大学の先輩から聞いた話にまんまと乗ってしまい、資源・石油開発の業界に入った。しかし、そのなかで自分にしかできないことをしたいという思いが日増しに強くなっていった結果、地元に戻ったという流れになる。地元は奈良市の近くにある平群町。すごくいい街だ。法隆寺がある斑鳩町の隣になる。(06:42)

で、サラリーマン勤めを経て地元に戻った私は、やはり民間企業にいたのだから何かしらビジネスで再び、新しいチャレンジしたいと思っていた。ところがその頃、とあるボランティアでNPOの世界にたまたま足を踏み入れたことがある。それは学校現場だったのだけれど、そこで子どもたちの表情見るにつけ、彼らが抱える問題をなんとかしたいという思いが生まれ、ひょんなことからNPOをやることになった。結果としてそれが8年続いたのだけれど、私としてはNPO時代にやっていた社会を良くしたいという思いは市長になってからもまったく変わらない。多くの声なき声に対し行政としてきちんと手当てを行い、社会のなかで泣く人がいない街をつくりたいという思いはそのまま、立ち位置が変わっただけだ。(07:40)

ただ、NPO活動に従事していた8年間のなかで、「行政はなかなか動かないな」という苛立ちを感じていたという背景がある。私がやっていたのは、いわゆる中間支援組織タイプのNPO。個別テーマを持たず、それぞれの分野で活動する団体の中間支援を行っていた。だから、各地域でいろいろなテーマを持った団体とのつながりがあり、彼らを通して地域の課題も数多く見てきた。そこで感じた1番の課題は、行政という大きな組織が存在するにも関わらず、地域の細かい困りごとをなかなかフォローアップできていないこと。また、前例踏襲や先送り、あるいは見て見ぬフリをするような行政のなかで、問題がなかなか解決されないという苛立ちもあった。そのため、手弁当でアドボカシ—に取り組むNPOでは限界があると感じた私は、「それなら対岸に渡ろう」と。今までのように球を投げるのでなく、球をキャッチする側に渡って、自ら仕組みをつくったほうが早いんじゃないかという思いから市長になった。(08:38)

それまでの奈良市役所には、昭和の役場といった感じが多分に残っていた。談合問題もあれば、「議員の関連企業が入札で云々」といった話もあったし、議長が逮捕されたこともある。ときおりニュースになっていたけれど、とにかく平成になってずいぶん経つ今の時代に、いまだ前近代的経営をしている面があった。特に奈良市は大多数の市民が大阪へ働きに行くという、日本で1番の越境通勤圏だ。だから、税金は払っているけれども地元の政治にほとんど関心を持たない人が大半になる。「蛇口を捻れば水が出る」「ゴミを出したら持っていってくれる」「税金を納める」というぐらいしか行政との接点はなかった。それで、知らないあいだに行政が好き勝手をやって借金だけが積もっていた。だから、奈良市では活性化の前にまず正常化をしっかりやっていくということが1期目の大きな仕事になった。そのうえで、奈良が元々持っている素晴らしい点を伸ばすという、いわゆる活性化の取り組みに今は着手している。(09:58)

朝比奈:市の経営に関しては、保育所の定員増など、子育て関連政策にかなり取り組んでいらっしゃると感じる。(11:37)

仲川:奈良市の場合、人口減のペース自体はこの5年間で1%ぐらい。年0.2〜0.3%の減少率なので、がくっと落ちてはいない。ただ、中身を見てみると特に20代の人々が出て行っている。20〜30代の女性だけでデータを取ると10年間で2割減だ。全体の人口はほぼ変わらないのだけれど、高齢者の方々の割合が増える一方、男性を含めて20〜30代だけが減っている。(11:52)

ちなみにうちは上が4歳で下が2歳だ。それでうちも子どもを保育所に入れたいと思っていたのだけれど、奈良市にはまだ待機児童も多い。それで街頭演説の際、「他所様の子どもが空き待ちで並んでいるうちは、うちの子どもは預けない」と言ってしまった(会場笑)。家庭内で決済を取らず(会場笑)。で、とにかく保育所の定員も今はだいぶ増やしたものの、こちらはご存知の通り、作れば作るだけニーズが掘り起こされる状態だ。従って、現時点ではまだゼロにできていない。(12:47)

朝比奈:続いて吉田市長にも、市の活性化についてお聞きしたい。(13:36)

吉田 雄人氏 32142

吉田雄人氏(以下、敬称略):仲川さんと私は、経歴は似ているけれども見た目はぜんぜん違う。そこは強調しないと互いに奥さんから怒られてしまう(会場笑)。で、経営という観点から市の活性化についてお話しすると、仲川さんからもお話のあった人口減少というのは本当に大きな課題だ。ただ、それに加えて、現在の横須賀は観光地としてかなりネームバリューを上げてきているので、今日はその辺の取り組みと、そして地域資源をどのように活用していくかといったお話もしたいと思う。(13:59)

まず、横須賀は基地の街という印象が強い。で、基地というのはどうしても、「軍隊」「灰色」「治安が悪い」といったマイナスイメージで受け取られがちだ。しかし、現在の横須賀はそれをプラスに転換させている。今は『艦隊コレクション』といったものも流行っているし、基地を1つの観光資源と位置づけて積極的に誘致しようとしている。以前は、たとえば市の広報誌に自衛隊や米海軍の艦船が映り込んだ写真を使うことすら避けていたけれど、今は違う。民間のクルーズ線で軍港を廻り、むしろ基地を積極的に見せたりしている。これは今、毎年およそ15万人を集客するドル箱の観光資源に育ってきた。ほかにも、「海軍カレー」を売り出す、あるいは新しい自衛隊艦船の除幕に合わせイベントを仕掛けるなど、いろいろな取り組み行ってきた。その結果、観光客数、主要観光施設入込客数、観光バスの台数で120%増を達成している。(15:04)

マイナスだと思われていた地域資源もプラスに転ずることができるということだ。横須賀では私が市長になるまでの36年間、官僚出身の市長が続いていた。で、そうした市長さんたちは辞める際に必ずと言っていいほど大きなハコモノをつくってきた。たとえば芸術劇場に360億円をかけたり、美術館に建設費46億と絵画購入費用20億をかけたりと。それで人が来ると思っていたけれども、「そうじゃないんだ」と。マイナスをプラスに転じる知恵で人を呼び寄せてくることはできると思おう。(16:14)

それともう1つ。横須賀の面積はおよそ100平方キロとかなり広く、人口は40万人だ。また、東京湾側、相模湾側、そして山間地域と、各地に地域性がある。従って、行政が一律に提供するサービスが、場合によっては地域住民の満足度につながらないケースもあると思っていた。たとえば鉄道政策で頑張っても、そもそも鉄道が通っていない地域もあるからだ。そこで、地域単位で自治組織を立ちあげようと考えた。で、そこに地域の町内会・自治会の連合組織だけでなく、社会福祉協議会、民生委員児童協議会、観光協会、商店街、あるいはPTAといった組織の代表者の方々にも出ていただく。そして、自分たちの地域について自分たちで考え、決めるという地域運営協議会を立ちあげた。いわゆる自治活動にガバナンス的要素をもう少し加味させた組織の立ちあげを、この4年間でやってきたという話になる。(16:50)

朝比奈 一郎氏 32143

朝比奈:お2人とも1期目はどちらかというと負を正にしていく面があったと思う。そういう大きな流れから、では2期目以降、どのようにますます活性化させていこうとお考えだろう。ポイントを2つ挙げたい。まず、現在の日本は厳しい人口減少のフェーズにある。で、一時期のアメリカでも企業が次々と海外へ出てしまう状況はあって、そこでたとえばエコノミックガーデニングと呼ばれる手法で域内を活性化しようという話があった。しかし、私も仕事でマニュフェストづくりをお手伝いしたりしているが、言葉を選ばずに言うと、いまひとつな候補者の方々は、「私が当選したらどんどん企業を誘致します。今の人はできていないけれど」とおっしゃる。「それはあなたでも無理です」というのが現状だとは思うけれど。たとえばどのようにベンチャーを活性化させるかといったポイントが1つあると思う。また、企業を呼んでくるのはなかなか難しいが、今は世界中の都市でクリエイティブ人材をどのように連れてくるかという議論もなされている。クリエイティブな人材が集まると、そこから周辺産業が広がることもあるからだ。お2人にはそんな2つの視点も交えてお話しいただきたい。(18:06)

仲川:人口減少だけが地域の課題でもないとは思うけれど、やはり街の規模が縮小すると、人口増を前提としていたそれまでの各政策に影響を与えるのは事実だ。奈良の人口は現在36万5000人程度。これがどこまで落ちるかという話だが、日本全体のも定住人口が右肩上がりになることはないと考えると、今後は近所の自治体間で取り合うような話になると思う。関西圏であれば、たとえば滋賀県が吸収しているとか、奈良から出て行く人が大阪や東京に出て行く等々、どこかが取られたらどこかが取り返すといった、潰し合いのような状況が生まれる。(20:23)

政策についても同じだ。一定のところまでは政策によって比較優位が生み出せるけれど、恐らく選挙のたび、「隣町で流行っているからうちも」という話になり、2〜3年もすれば県内のどこも似たような政策になる。たとえば子どもの医療費無料化といった政策は比較的汎用性が高いから、「なぜ隣がやっているのにうちはやってないねん」となって次々コピペされる。これは良いことでもあるけれど、とにかく消耗戦になっていくし、やはりそうした政策だけでいつまでも優位性を担保できるわけではない。(21:16)

となると、今後は都市のブランドや都市格といったものが重要になると思う。その点で奈良市はどうかというと、人口わずか36万の街に対して年間入込観光客が1300万にもおよぶ一方、宿泊率は約10%と大変低い。で、住民の方の多くは先ほど申しあげた通り、昼間は大阪方面へ出稼ぎに行っている方が多いから、観光政策に予算を投じてもあまりウケないことが多い。その辺のジレンマがある。(22:00)

従って、観光という、地域住民には一見無縁に見える、場合によっては「騒がしくなる」「ゴミが増える」といったマイナスイメージのある産業を、地域住民にもメリットのある産業にするサイクルや仕組みづくりが不可欠だ。たとえば、奈良には豊かな歴史と自然があるのだけれど、日常生活でそれを満喫できている方は少ない。奈良に住む人ほどいつでも行けると思うから、たとえば南都七大寺や世界遺産をすべて廻ったことがないという方はたくさんいらっしゃる。新しい店舗などにも、むしろ感度の高い県外の方が雑誌などを見ていらっしゃるケースが多い。で、地元の人はというと、「奈良にはあまりいいものはないんじゃないか」という思い込みがある。そんな状況を変えていこうと、今はいろいろな仕掛けをしている。(22:41)

たとえば今年2月、あるお茶会を開いた。皆さんはお茶というと京都や堺といったイメージをお持ちかと思う。ただ、実はわび茶は奈良で村田珠光という人が始めたものだ。珠光の次の次のお弟子さんがわび茶を大成させた千利休だけれども、いわゆる茶祖と呼ばれるのは、奈良に縁のある村田珠光になる。さらに遡ると「空海が唐からお茶を持って帰ってきた」なんていう古い話もいろいろあるのだけれど、とにかく、そうした話1つとっても、人々にはあまり知られていない。また、饅頭の祖先も奈良にある。これは中国から渡来した林浄因さんという方が、中国の饅頭をヒントに奈良で始めたものだ。元々は禅宗のお坊さんに付いて日本に来られた方だけれど、お坊さんが肉食を禁じられていたから肉の代わりに小豆などを使ったものが饅頭のルーツになった。たとえばそんなルーツを街の人々に伝えて、「あ、自分たちの町はすごいんだな」と気付いてもらう。すると、お金をかけずとも日常生活が楽しくなってくる。その辺の、いわゆるシビックプライドやアイデンティティをどのように高め、確立させていくかが今後の地域活性化においては核になると思う。(23:47)

吉田:私もシビックプライドがキーワードになると思うし、「げんさんとこの話をしたことはもないのに、なぜ知っているんだろう」というぐらい共感しながら聞いていた。どのようにして郷土愛を持ってもらうかという議論は非常に大事だ。人口減少が進むなかで、まずは地元の人たちにいつまでも住み続けたいと思ってもらう必要がある。そのために、いろいろなコミュニケーションツールを使ってシビックプライドをデザインしていかなければいけない。そのコミュニケーションツールというのは広報誌やホームページに留まらない。イベントもツールになるし、奈良であれば寺社などの古い歴史的資産、横須賀であれば自衛隊や米海軍の艦船といったものもすべてコミュニケーションツールに位置づける必要があるだろう。そのうえでシビックプライドとはなんなのかということを突き詰めて考えていく必要がある。(25:44)

一方で、市外の皆さんを呼び込む工夫も重要だ。横須賀に関して言うと、どちらかといえば出ていく人が多いというよりも入ってくる人が少ない。従って、人々に住む町としてのイメージを持ってもらうことも大事だ。ただ、基地の街のイメージが強過ぎるので、観光政策ではそちらで頑張ってきたけれど、定住政策では別の都市イメージを発信していかなければいけない。私としては、その辺をシビックプライドと一緒くたにし過ぎると失敗するように思う。長らく横須賀に住む人がご自身の生活感覚に基づいて街を愛してくれる気持ちと、各種メディアを活用して市外へ発信する都市イメージは別にすべきだろう。その2つにギャップがあり過ぎるのもまずいけれども、戦略的には切り分ける必要が絶対にあると思う。いずれにせよ、横須賀は昨年、全国で最も人口減少が進んでいる街となってしまった。だから、これからは「全国一への挑戦」ではなく「全国一からの挑戦」をしていくことになる。(26:51)

朝比奈:呼び込むうえで鍵となるのはどのような政策になるだろう。(28:14)

吉田:まず、「都市イメージ創造発信担当課」という、シティプロモーションの担当課をつくった。そこで、メディアをつくろうという話をしている。横須賀にとってライバルとなる湘南ではいろいろな雑誌がつくられている。で、たとえば、『湘南スタイル』」という雑誌が不動産広告をたくさん獲得し、おしゃれな生活スタイルを東京の方に提示したりしているわけだ。そこで横須賀が待っていても絶対に人々は来てくれないから、そういった冊子を独自につくりたい。で、それを市外の、たとえば「ららぽーと横浜」のようなショッピングセンターや住宅展示場に置いて、家探しをしているような世帯へダイレクトに届けられるようなアプローチをしたい。(28:21)

仲川:ちなみに横須賀はどんな路線だろう。“おしゃれ系”のような感じ?(29:12)

吉田:ファッショナブルなイメージで押しても湘南にはなかなか勝てないと思う。それよりも、横須賀には豊かな緑と海がある。6月になれば蛍を見ることができるし、夏はカブトムシを獲ることもできる。そういった、自然とともに子育てができる環境というイメージで出していきたい。それで、先日は子育てや教育分野に精通する御三方に、「こども政策アドバイザー」というものに就任していただいた。フローレンス代表理事の駒崎弘樹さん、ワーク・ライフバランス代表取締役社長の小室淑恵さん、そして東大の大学院で赤ちゃん学というものの権威でいらっしゃる開一夫教授の御三方だ。そのうえで政策の強化と発信の充実を進めていきたい。(29:17)

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朝比奈:では、次のテーマに移ろう。地域全体を活性化させていくためには市役所の経営も重要になる。ただ、市民目線に立てば立つほど市役所には厳しくあたらなければいけない面もあるし、その矛盾をどう解決するかというテーマもあると思う。特に大変若くして市長になられたお二方でもあるし、たとえば1期目は部下の方がほとんど歳上の方という状況でご苦労も多かったと思う。市役所の長として、役所の経営についてはどのようなお考えをお持ちだろう。(30:14)

仲川:就任時にまず驚いたのは、たとえば副市長の息子さんが私と同い年といった話だった(会場笑)。周囲の幹部職員はだいたい私の親世代で、良くも悪くも息子を見る目で私を見てくれていた。たしかに外から入ってきたし、特に私は吉田市長と違って市会議員の経験もない。行政組織の運営方法や奈良市役所なりの流儀といったものもまったく知らずに入ったので、まずは周囲の人に聞くしかなかった。(31:20)

また、当たり前の話だけれど、市役所の長は全方位で課題に向き合わなければいけない。子育てあるいは福祉の分野だけが得意とか、「経済学部出身だから経済のほうで云々」なんてとても言えない。日常のテーマすべてが自分の専門でなければいけない。就任当初はその規模感で立ちくらみしそうになった。1期目だから失敗しても許されるなんていうこともなし、就任初日からすべての問題で責任を取っていかなければいけない。私の場合、就任後初の記者会見が生活保護を担当する保護課職員による着服事件の謝罪会見だったが、当然ながらそこで「前の時代がどうこう」なんて言えない。だから、当初はそうした刺すか刺されるか…、というのもおかしい言い方だけれど、とにかく私にとっては非常に緊張感のある現場だった。(32:20)

そういう立場でどのように組織を活性化するかというのは非常に大きなテーマだ。そこで私自身を振り返ると、1期目は相当に上から押さえつけるようなガバナンスになっていたと思う。でも、そこでたとえば、「これは私の個人的考えでなく、世の中一般的にこういう時代なんです」という風に職員や部署にオーダーを出しても、なかなかキャッチアップできない。そういうとき、職員は2つのタイプに分かれる。判っちゃいるけどできないタイプの人と、そもそもやる気がなくて面従腹背の人。とにかく、市役所にも当然ながらいろいろな方がいらっしゃる。真面目に受け取り過ぎて悩みを抱え込んじゃう人もいれば、「こんだけ言っても分からへんの?」というような、後ろを向いたらあかんべーなんてしている人までいて、コントラストがすごく大きい。だから相手によってどう変えるのかというのはかなり難しかった。(33:38)

そういう状況を経て2期目を迎えた今、少しずつ進んできているのは、職員から自発的に声を挙げてもらうという部分だ。定住促進や街のブランドづくり、あるいは観光政策などに関して何か新しいことをやろうとするとき、奈良市役所ではプロジェクトチームを募集するときがある。で、そのときどの部署にいるかも関係なく、やりたい人が手を挙げれば参加できるといった仕組みだ。また、現在は月に2回、夜間や休日に職員養成塾という自由参加方の勉強会も開催している。先日はそれで「伝説のホテルマン」と言わる洞爺湖リゾートの窪山哲雄社長にお越しいただいたのだけれど、そのときは200人ほど集まった。皆、大変熱心に勉強してくれる。従って、幹部というか、上のほうになればなるほどパターンにハマり過ぎてしまって身動きが取れない人は多いけれど、組織全体ではそうでもない。突付いていくと、面白い発想をする人が地味にいるということもよく分かってくる。その辺を力にしていきたい。(34:43)

もう1つのポイントは女性の登用だ。現在、市長部局では女性の管理職比率が、課長補佐以上を管理職とカウントすると16.8%になる。数字自体の受け取り方はいろいろあるけれど、市長就任当時はこの半分だった。5年間でおよそ2倍にできた。けれども、まだ16〜17%。今は2020年までに指導的立場の女性を30%にするという国の政策もある。それに呼応しつつ、どのようにして地方から大きなダイナミズムを興していけるかが今後の大きなテーマになる。やはり今までの男性中心社会とは考え方とは違う。今まではたとえば予算査定の会議でも、男性課長からの理屈には理屈で返していけば、それ以上の要求が来ることはあまりなかった。でも、女性管理職は相当にねじ込んでくるというか、土俵際の踏ん張りが強い(会場笑)。私もそれでよく押されることがある。そういう点は、すごく勉強させていただいているところだ。(35:54)

吉田:年齢という要素はかなり大きい。父親と同じような年齢の方が多い現場で仕事をしてきたが、彼らの「息子を見る目」は2種類あると思う。なんだかんだ言っても「微笑ましいな」と思うか、「こいつ、生意気だな」と思うか。ただ、年上である部下とのお付き合いに関しては、微笑んでもらえるような振る舞いを自ら進んでしなきゃいけないなと思って頑張ってきた。ただ、それは小手先の話だ。本当に気持ちを込めて話せば相手も分かってくれるし、分かってくれない人は、もう、そっとしておくしかない。(37:37)

ただ、そこで私が1番強く意識しているのは職員満足度の向上だ。当然、市民満足度や顧客満足度の向上が市役所にとって最大のミッションにはなる。しかし、職員満足度が高い職場でないとそうしたサービスも提供できないだろうという思いがあり、それでいろいろと仕掛けをつくった。満足度向上に最も大きく寄与するのはやっぱりお金だと思う。ただ、ボ—ナスを仲川部長にだけ100万円あげるというのは横並びの公務員組織では難しい。「どういう基準で彼にだけ?」という話になってしまう。(38:25)

そこで1つ考えたのは、職員からの提案にお金をつけるというものだ。たとえば政策提案コンテストを行って、それに10万ほどの賞金をつける。なかなか最優秀賞が出ない仕組みになっていて(会場笑)、実際には良くて5万円ぐらいしかもらえないけれども。あと、業務改善でもコンテストをやっていて、これにも今年度からお金をつけた。さらに、節電などの環境改善に関しても今年度から…、賞金にするか何かの節電商品にするかで悩んでいるけれども、何らかのボーナスをつけるつもりだ。(39:13)

そのようなちょっとしたインセンティブでいいから、職員自ら「これを提案してみよう」「こういう風に組織を動かしていこう」という方向に進みやすい職場環境にすべきだと思う。それも小手先と言えば小手先だけれども、その姿勢を示すことで、「あ、職員の満足度をまず考えなきゃいけないんだな」と、管理職の皆さんが気付き始めたら、その仕掛けは成功だと思う。(39:54)

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朝比奈:人事についてはいかがだろう。経営では大変重要になると思うが。(40:23)

吉田:市長の権力の源泉というのは、まさに人事権だ。クビにしたりはできないけれど、マイナスの人事であれば「どの人を飛ばすか」、プラスの人事であれば「どの若手職員を引き上げるか」等々、人事の権限を持っているのは基本的には市長だけ。そういった権力の厳選は適正に、ハラスメントにならない形で使わないと、逆に職員も議員も皆見ている。適正な人事というのは9割方見えているものだけれど、それを見えている通り、きちんとできるかどうかが1つのポイントだと思う。あと、サプライズ人事もあってもいいとは思うけれど、やり過ぎると組織内で不協和音が出るから、そこは丁寧にやらなきゃいけない。(40:32)

仲川:たしかに市長の考え方というか基準を示すために、人事は大変重要だと思う。ただ、その大前提として公正な人事が行われなければいけない。公平と公正は若干違う。公平な人事というのはこれまで続いてきたような人事だ。「あの人もこの人も一緒かいな」と。しかし、やった人がきちんと報われなければいけない。なんというか、休憩時間になると議会に行って議員さんと煙草を吸っているような人が上に行くような、変な仕組みにならないようにする必要がある。(41:31)

1期目に調べて驚いたことがある。奈良市役所には、「この職員をここにやってくれ」という議員さんからの人事異動要望が年間40件ほど来ていた。議会の思いを汲んで人事に反映させるような、悪しき慣習があったわけだ。市長になった当初は気付かなかったのだけれど、2年目ぐらいに「…あれ?」と思い、いろいろ調べてみるとそれがわかった。市民により良いサービスを提供して喜んでもらう職員じゃなく、裏でごそごそ動くような職員が上に行っていた。そういうことは、昭和であれば多かれ少なかれどの市役所でもあったと思う。ただ、奈良市はそれを平成に入ってもやっていたので、「これはいかんな」と。それで、今は職員自らが考案した人事評価制度に則っている。まだ報酬との連動まではうまくはできていないけれど、まず評価の方法を含めてきちんと研修をして、皆が納得感を持てる評価をしようということで今はやっている。(42:13)

それともう1つ。それをやるためにも誰を人事課長にするかも重要になる。奈良市の場合、ゴミ収集などの現業部門がいろいろと問題を抱えていた。まあ、どんどん組合交渉をしてどんどん手当てが増えていくといった話だ。中核市のなかで最も多い特殊勤務手当てというのがあって、それを今はほぼ全廃している。今まではそこで議会と話せる、あるいは組合と“握れる”人が人事課長をするのがだいたいのパターンだった。喧嘩しているフリをしながら机の下で手を握って、うまいことオチを付けることのできる人だったわけだ。でも、直近では2代続けて女性の人事課長にしている。(43:33)

それで、人事課長は拘束時間が長いから相当しんどいという声もあるけれど、なんとか今は頑張ってくれている。そういう部分でも、ちゃんとやった人がちゃんと評価されるという当たり前の組織にすることが重要だと思う。特に公務員の場合は階段のイメージが入ったときからだいたい見える。外資系企業のように急に引き上げられるなんていうことはあまりないから、そういう意味ではちょっとした変化でも皆は大変細かく見ていると思う。だから、その辺の公正さは非常に重要だ。(44:34)

朝比奈:最後に個人としての生き方も伺いたい。お2人とも最初は民間企業に就職なさっているし、大学時代は今の人生を想像していなかったかもしれない。(45:14)

吉田:朝比奈さんとは大学の弁論サークルで知り合った。大学は違っていたけれども、当時の朝比奈さんは野次で弁士をばったばったと斬ることで有名で、「カミソリ朝比奈」と呼ばれていたけれども(会場笑)。私もそれに鍛えられて今があると思っている。で、実際のところ、弁論サークルにいた大学時代は政治の世界へ進むこともぼんやりと考えていた。けれども、OBの皆さんの選挙を手伝ったりパーティーへの出席とか求められたりして、そういう側面だけを見てしまった私は、「あ、これじゃ世の中を変えられるわけはないな」と感じるようになった。で、今度は芥川賞作家を目指そうと。それで群像新人文学賞に応募したら、一応2次選考には残った。でも、それより先で私の才能に気付いてくれる人はいなかった、みたいな(会場笑)。(45:52)

朝比奈:どんな作品だったんですか?(47:03)

吉田:いや、ちょっと恥ずかしい話だから(笑)。まあ、それで挫折したのち、卒業後はアクセンチュアという会社に入った。ただ、そこで中央省庁や地方自治体といったパブリックセクターのコンサルテーションを行っていた私は、馬車馬のように働いた。当時は一緒にシステム系を納入するベンダーさんも、カウンターパートだった官僚の方々や役所の方々も本当に夜遅くまで、特には徹夜で頑張っていた。でも、「なんか、動かないよね」と。当時は「e-Japan構想」なんて言うだけ言ってはいたけれども、やっぱり政治が動かないと世の中は前に進まないことをIT分野で実感したわけだ。(47:04)

そこで、もう1度具体的に政治について考えてみようと思い、大学院に戻った。そして、勉強が好きなわけでもないのに大学院へ戻ってうずうずしていた私は、当時市会議員だった同級生などに、「とにかく現場に出てみろ」と背中を押され、それでまず市議会議員になった。そのときは、やる気だけ。中身もよく分からないまま、「とにかく働かせてください」という感じで当選させていただいた。ただ、内実が見えてくるにつけ、「これは議会内で多数派になるか首長になるか、どっちかでしか街は変えられないな」と感じるようになった。でも、市議会で多数派のドンになるのも大変な時間がかかるし、横須賀市の実情は当時から待ったなしの状況だった。だから、首長になって変えるしかないと思い、首長になった。そんな私が市長を何期やるかということは具体的に言っていないけれど、長くやることだけははっきり宣言している。新規採用職員にも、「退職辞令も私が出すから」なんて冗談で言っていたりする。(47:50)

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仲川:個人的には、まず、正常化が終わったあとは奈良の魅力や価値を多くの人に伝えていきたい。特に最近は外交問題も取り沙汰されているが、実は今年、奈良市は中国の西安市と友好都市提携40周年を迎える。西安市とはかつての長安だ。長安の都を模して平城京もつくられた。それで友好式典なども考えていたのだけれど、あちらの反応が少しにぶくて今はできない状態だ。まあ、「取られたら取り返す」「殴られたら殴り返す」というのもあるとは思うけれど、一方で、もう少し長い目線で、最低でも100年ぐらいの時間軸で物事を考える必要が我々にもあるとも思う。(49:09)

たとえば1300年前、日本には資産も資源もノウハウもほとんどなかった。さらに遡ると、日本に昔からあった在来種はみかんの原種1種類ぐらいで、米から何から、ほとんど他所から伝播してきたものになる。我々の日常生活もほぼそういうもので占められている。そう考えると、「日本が日本だから偉いんだ」という話が最近はどうも多いけれど、そうじゃない。紛争回避の能力を高め、その方法を具体的に考える必要があるのではないかと思う。では、そのために地方レベルやグラスルーツで何をすべきか。奈良市はそれを考えたいし、そうした面でお役に立てる存在でありたい。(50:15)

そのうえで、「奈良がそう言うならしゃあないか」という風にしていきたい。今年のダボス会議には東大寺長老が全日本仏教会の代表として参加しているけれど、ある意味、東大寺は世界で最も古い長寿企業の1つと言える。民間企業ではないけれど、およそ1300年におよぶ経営の歴史がある。同様に奈良の街も、日本で最も、あるいは世界でも最も長寿な自治体の1つだ。そんな奈良市が一触即発の騒乱を起こしてしまったら街は続かないし、民衆も野たれ死んでしまう。聖武天皇は騒乱や飢饉によって次々死んでいく人々を救いたいと考えたから大仏を建立し仏教を採り入れた。宗教はあくまで手段だったわけだ。現代はその手段と言ってもいろいろと受け取り方が分かれると思うけれど、やっぱり日本が世界から尊敬されるためにはどうすればいいのかという視点も、奈良市としては失わずに持っていたい。そこで、「やっぱり奈良は歴史が長いだけに経験もある。ありがたいな」と言ってもらえるような、そういう街になるよう、今後も高いモチベーションで頑張りたい。それが個人的には近々の夢だ。(51:06)

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