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藤原和博氏が語る「世の中を教育で変えるにはどうしたらいいか?」 前編

投稿日:2014/09/02更新日:2021/11/30

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藤原 和博氏

藤原和博氏(以下、敬称略):私はあすか会議でもG1サミットでもグロービスでもレクチャーを持ったことがあるけれど、私のレクチャーが初めての人は手を挙げて欲しい(会場多数挙手)。あ、こんなにいるんだ。数あるセッションのなかから選んだのか、抽選に外れたのか知らないが(会場笑)、教育に多少なりとも関心を持っていないと来ないと思う。今日は通常セッションで1番人気の話を2つほど混ぜるけれど、大部分は模様替えしている。恐らく学校の授業や企業の研修、あるいはグロービスでも絶対に受けたことのない、しかも一生使える技術が身に付くものをやりたい。

テーマは「教育で社会が変わるか」。変わるけれど、「やっぱり教育が基本ですよね」なんて僕のところに寄ってきて言うような、政治家を含めた多くの人たちは、悪いけれど綺麗事を言っている。本気で思っていない。「教育で世の中を変えたい」と言っていてもかなり勘違いをして、逸れちゃっている人が半分以上だ。現在の政権にも少しそういうところがある。いい線いっていると思うし、僕は下村(博文氏:文部科学大臣)さんを高く評価している。ただ、ちょっとずれている。何がずれているかはあとで説明するけれど、今日は教育で世の中を変えるとしたらどこを突かなきゃいけないのかという、そのツボの部分をきっちり理解して欲しい。そのうえで、どんな風に頭をシフトするとその取り組みができるのかというノウハウに触れながらお話ししていきたい。

私はリクルートという会社で1年のアルバイト経験と18年の社員経験を経て、そのあと40歳で辞めてからは6年間、同社フェローとして年収がゼロから4500万のあいだでブレるという大変危険な働き方をした。リクルートとともに25年間仕事をして、リクルート流マネジメントについてはプロのつもりでいる。で、そのあと校長になったのだけれど、安定を求めていたわけじゃない。47歳のとき、社会を根底から変えるために自分の力のレバレッジが最も効く場所はどこかと考えた結果、教育の世界に飛び込んだ。ただ、僕はフェローの頃からある程度有名になってテレビにも出ていたから、いわゆる教育評論家として振舞うこともできたと思う。そこで、「教育委員会はけしからん」「道徳をもっとやるべきだ」「組合がいけないんだ」なんて、軽々しく話すような立ち回りもできた。でも、それじゃ恐らく変わらない。だから、日本全国に3万校ある小中学校のなかで1校をまず変えようと。そこで、当時は生徒が169人しかおらず、その状態が続けば恐らく2〜3年後、私が辞めたら統合されるだろうと思われるような状態だった杉並区立和田中学校に赴任した。そこで私より10歳若いリクルート出身の代田(昭久氏:現佐賀県武雄市教育委員会教育監)君とバトンをつなぎ、2人で計10年間校長を務めた。和田中はその8年目に生徒数450名になり、杉並区最小の学校から最大の学校になった。学力も23校中21位ぐらいからトップになっている。

つまり、マネジメントが変われば変わるということだ。何が変わったのかというと、学校を開いて外のいろいろな人たちを使った。中に閉じこもらず、外に開いて攻めていっただけ。そうして2年間で200ぐらいのことを変えたから「派手だった」と言われるけれど、実際にやったのは基本に戻るということだ。子どもたちにもっと勉強してもらうにはどうすればいいか。地域社会が勉強することを良いことだと捉えるにはどうすればいいか。地域コミュニティ全体で学力を上げないと子どもの学力も上がらない。だから、そのための取り組みをした。

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その1つが「よのなか科」という授業だ。のちほど皆さんにも体験してもらう。なぜ数学や国語や社会や理科を学ぶのか、子どもたちは分からないまま勉強している。だから、「こういう技術や知恵と織り混ぜると、この知識が使えるんだ」と、自分が習うことは世の中でどう使われるのかを教えてあげる。それで勉強の動機づけにもなる。これはブレストやロールプレイやディベートを多用する、すごくリアルな授業だ。また、地域社会の人たちに学校のなかへ入ってもらい、職員室の人たちとの共同で学校を経営してもらう。開くだけじゃなく、学校のなかに地域社会の人たちが溜まる場もつくり、そこに常時詰めてもらう。教員になりたい大学生も30人ほど登録し、毎週土曜日には10人ほど来ることができるようにした。ろくにバイト料を払わなくても先生になりたいやつはリアルな修行をしたいから、そういう場所に集まる。これは10年前にはじめたもので、今でも30人ほど登録している。そのうちの10〜15人が、毎週土曜、宿題の面倒を見ている。これは「どてら」という取り組みだ。

そういうものを組織したうえで、それを運営する学校支援地域本部をつくった。僕は地域本部と呼んでいたけれど、文部科学省から「これは学校支援のための地域本部ですね。予算をつけるので全国に広めて欲しい」と言われ、50億円ぐらいの予算がついた。そこで徹底的に広めた結果、今はもう全国で8000箇所ぐらいに広まった。もちろん、たとえば10段階で和田中が8だとすれば、まだ1〜2段階というところもあるけれど、とにかくそんな風に学校を開いていく改革を進めた。今日は僕が今取り組んでいることについても中盤以降にお話ししたい。それを皆さんに共有してもらい、ぜひ助けてもらいたい。ここにいらっしゃる方々が一斉蜂起すれば、この革命は成るんじゃないかと思うから、大いに期待している。

さて、今日はまず「日本社会の根底を揺るがす大変化」というお話をしたい。これは教育界だけじゃない。日本社会で起こっているいろいろな問題の本質は、今からご説明する2つの図でほぼ表せると言ってもいい。それを分からずに対処療法であれこれやっていると、大変な予算の無駄使いになる。起業家や社会起業家を目指しているであろう皆さんには、やはり対処療法でなく本質を突いた問題解決を行って欲しい。だから、しっかりとその変化を発見して議論していただきたい。教育界でもそれが1番大きな問題だ。道徳や英語が云々とか、教育委員会や日教組が云々といったことよりもっと大事な問題が、実は今後10年間で一気に顕在化する。これは破壊的な力を持った変化だ。

今日はその次に、講演でいつも中央にパネルを置いて解説していることをお話ししたい。情報を扱う力には2つの力がある。で、皆さんは恐らくその2つのうちの情報処理力は高いと思う。ただ、これからは情報編集力が大事になる。なぜなら成熟社会では正解が1つではなくなるから。それを解説し、ではその力を養うにはどうしたらいいかというお話をしたい。そこで、情報編集力を高める「よのなか科」の授業を2つほどリアルに体験してもらう。私はこの1年間、朝日新聞の企画で乃木坂46というアイドルグループに「よのなか科」の授業をしていた。1年間で授業は12回にわたったけれど、そのなかで2つ、衝撃的な授業があった。1つが「自殺抑止ロールプレイ」で、もう1つが「人生のエネルギーカーブを描いてみよう」だ。乃木坂46には高校生を中心に中学生から大学生までいるけれども、これも大変盛りあがった。これは私が一昨年に書いた『坂の上の坂』(ポプラ社)という著書でも主題となっている。その2つを擬似的に受けていただいて、情報編集力がどんな力かを体感して欲しい。

皆さんのなかで幼児から大学生ぐらいまでの子育てをしている人はどれほどいるだろう(会場多数挙手)。…ほとんどじゃないですか。ということは皆さんにも直結する話だ。皆さんはお子さんを私立に入れるかもしれない。ただ、学校では正解を早く言い当てる情報処理力は身に付けさせようとしているけれど、情報編集力、つまり正解がない課題に対してどうアプローチをしていったらいいかというリテラシーはほとんど教えていない。だから学校任せにせず、情報編集力側を家庭や地域社会が補填してあげないとバランスがつかない。そんな話をしたい。で、今日は最後に、私がこれから何をやっていくかということもお話ししておこう。情報処理力と正解主義に偏重する日本の教育界を変えていく。つまり、情報編集力側に大きく動かす。それを実現するノウハウを少しお話しして終わりたい。では、はじめよう。

まず、「日本社会の根底を揺るがす大変化」。パネルに描いた表を見て欲しい。1つ目の表はなんとなく棒グラフのようだ。これがなんなのか、推理してみてください。皆さんならすぐに分かると思う。3〜5人でさっと軽くブレストをしてみよう。

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(1分後)
はい、そこまで。1番上の長い棒がヒントになる。ただ、その棒には減少を示すような矢印がついている。「これがもしグラフで、その縦軸が年齢だとすると1番上は増えるんじゃないの?」と思うところだ。現在、義務教育の世界では公立小中学校の教員数がおよそ60万人いる。高校大学を含めた教員全体ではおよそ100万人と言われているけれど、つまりこれは60万人の年齢構成を示したものだ。1番上の最も長い棒は50代を示している。

これはどういうことか。50代の上には団塊の世代がいて、さらに多かった。実は50〜60代の教員がたくさんいたからほとんどの自治体が30〜40代の教員を採っていない。だからグラフは今のところ逆ピラミッドのようになる。ただ、今は50代のベテラン教員が、学習指導や生活指導といったほぼ全般についてノウハウを持っている。たとえば、算数・数学を優しく教える技術や、数ある英語教材を組み合わせて教える技術だ。いじめが起きたときの対処方法もあれば、下駄箱で待ち構えてどんな風に注意するかといった細かい技術もあるだろう。お母さんたちからのクレームに対応する技術だってある。そうした高度なノウハウを、この層が持っている。

ところが全体の3割にあたるそうしたベテラン層が、あと10年で一気にいなくなる。そこで再雇用をしたりもするけれど、それはフルタイムでなく週16〜20時間といった嘱託のような感じだ。で、そうした方々は、「生活指導のようなことはもうこりごりだ」と。それで年間3000時間も働いていたけれど、60になったらそういうのは止めたいと考えている。趣味のような感じで近くの塾を手伝うのなら、あるいは学校の授業だけを手伝うのならやってもいいと考える方はいる。ただ、フルタイムの教員は恐らくやらない。だから彼らが辞めるとノウハウを持った層が一気に失われるわけだ。

するとどうなるか。続く30〜40代教師の数は50代のほぼ半数以下だから、50代のノウハウがそこに移転するかというと、なかなか移転しない。同じぐらいの人数ならノウハウもだいたい移転するけれど、断層がある。これはメーカーなどの企業でも起きていることだ。オイルショック後に採用数を一気に絞った3〜5年があり、そこでノウハウの喪失があった。それで今は何をしているかというと、自治体が慌てて、特に東京や大阪といった都市部で採用数をがんがん増やしている。1000〜2000人規模で採用している状態だ。

人気が高いときに採用を増やすのならいい。ただ、都市部ではさんざんマスコミに叩かれたり、教育実習で怖いお母さんにどやされて逃げ帰ったりしている子もたくさんいる。今、教育実習に行くと半分以上が「学校現場は嫌だ」となってしまう。これは都市部の話で、地方はまだ教員の給与が相対的に高いのと、やはり地方公務員だから安定的ということでまだ人気がある。ただ、東京や大阪といった不人気になっている都市部で採用数を増やすとどうなるか。質が下がる。僕はリクルートでプロだったけれども、感覚としては応募倍率がだいたい7倍を下回ると質が下がってくる。100人採るのなら応募が700人必要という話だ。ところが今、東京における小学校教員の応募倍率は実質2倍を切っているとも言われる。だから若手教員の質はどんどん下がっていく。若手だけじゃない。教員全体の質がこの10年間で絶対的に下がっていく。残念ながら、これは教育委員会のせいでも日教組のせいでも、教員個人のせいでもない。教員は一生懸命やっている。それでも構造的理由によって質が下がっていく。

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それともう1つ、学校現場で、そして教員側ではなく児童生徒側に起きていることを紹介したい。これもパネルで表に示した。これは何か。たぶん皆さんなら分かると思うが、30秒ほど議論してみて欲しい。(30秒後)じゃあ、そこまで。昔であれば、児童・生徒の分布を表示すると、「できない子」「普通の子」「できる子」の順で、ひとこぶラクダ型で標準偏差のような分散をしていた。それが今は、半数が塾に通っていてグラフ右側、つまり学力が上のほうに引っ張られる。あと、遅れちゃう子も出てくるわけだ。とりわけ小学校の算数がミソだ。小学校1年生2年生のときは「いちご2つとりんご3つでいくつですか?」という風に、彼らの現実に沿った感じで教えていく。ところが、小学校3年生から抽象度が一気に上がり、3/5といった数字が出てくる。3/5というのは、今の子どもたちの世界にはない。団塊世代なら5〜7人兄弟でりんごが3つということもあったけれど、現在の家庭では子どもが2人いたって全員1人っ子みたいに育つ。だから3/5なんていうものがない。

さらに、今はまだ「羊羹を切って〜」なんていう例で教えている。長い羊羹まるごと1本なんて、どこの家にあるのか(会場笑)。今は1口で食べきれる羊羹がコンビニで売っている。そこで一気に抽象度が上げて、「3/5と1/2をどう足すか」なんてやっていても、「どういうことなの?これ」と。そこで上手に教えられるか否かで落ちこぼれるかどうかが決まるのに。もっと言えば、「3/5と0.2を足す」なんて、もう考えられないわけだ。子どもにとっては宇宙がひっくり返るぐらいの感覚だと思う。

さらに、追い討ちをかけて同じ時期から図形がはじまってしまう。ここにいらっしゃる方は受験でもそれなりに成功した人が多いと思うから、たとえば四角形や多角形が出てきたらそこに補助線を引くことを知っている。それは情報編集力だけれど、図形を見たときにさっと補助線が浮かぶ人と浮かばない人がいる。これが、受験で処理するかどうかの差だ。これが情報編集力の、1つの重要な部分になる。シミュレーション脳というのだけれど、さっと補助線が目に浮かぶかどうか。2つの円を見たらなんとなく接線が浮かぶかどうか。それが社会の問題解決でも必要とされる。3つ4つのいろいろな利害団体がいて、あるいはいろいろな企画があって、そのなかでさっと補助線が引けるかどうか。あるいはベクトルの和を探せるかどうか。AとBのベクトルの和は、それを二辺とする平行四辺形の対角線だ。すると、AよりもBよりも長いベクトルが得られる。そういうことが絶えずできるかどうかにかかってくる。

小学校3年からの3年間ほどで、そういうことを理解するための基礎を学ぶ。脳における論理的中枢をそこで形づくるような感じだ。ここでこぼれちゃうと大変だけれども、実際、こぼれちゃう子がたくさんいる。これほど抽象的なことは分からないから。だから小学校3年がキモだ。その前後のお子さんを育てていらっしゃる方もいると思うが、ここは絶対にこぼしたらダメ。いずれにせよ、現場では今、生徒の分布がヒトコブラクダ型からフタコブラクダ型になってしまった。統計をとるとすべての学校でこれがズレくる。それで相対化された統計を上から見ると結局は台形になっていて、「だから問題ない」と言うけれど、違う。学校ごとではすべてこういう現象が起こっている。

そうするとどうなるか。昔はヒトコブの状態だったから皆で上に向かって一斉に授業をやれば8〜9割はカバーできていた。でも、今はその相手がいないのに同じことをやっている。1人の教師が同じ教科書の同じ場所を同じスピードで1回だけやるという一斉授業は、140年間続いてきた。これ、そうは言っても昔は有効だったわけだ。しかし今はもう無理だ。

さらにもう1つ、3つ目の問題がある。皆さんはビジネスマンだから、「それなら30〜40代を中途採用したらどう?」と考えるだろう。社会を知る、会場にいるような人たちが続々教員になったらいいじゃないかと。でも、皆さんは恐らくならない。僕が直に家を訪ねて「校長がやって欲しい」と土下座すればやってくれるかもしれないけれど、教員はどうだろう。恐らく年収は良くて600〜700万だ。たとえば大阪府教育委員会教育長の中原徹さんという人は、元々カリフォルニアで弁護士をなさっていた。当時は年収数千万だったと思う。それでも橋下さんの同級生ということで意気に感じ、「教育改革に参戦しよう」と、大阪の和泉高校で校長をやった。

皆さんはやりますか?大変だし、普通はやらないだろう。やるのは僕みたいにかなり特殊な人だと思う。だから、中途採用するとしたら年収を今の倍ぐらいにしなければ来ないと思う。それをせずとも集まってくるのは、まあ、グロービスのようなところで自分を磨いて「よし、チャレンジしよう」と考える人じゃない人だ。だから良い人たちは来ない。また、今の話には「お金をかければ来る」という前提があったけれど、お金はかけられない。今は子どもの数がどんどん減っているから。そこにかける予算を一気に増やすだろうか。難しい。皆さんが財務省の次官や大臣なら、そういう決断をするのは相当勇気がいると思う。やって欲しいけれど、教員の人数を増やす、または良い人をもっと高給で再雇用するといったことはなかなかできない。だから三重苦だ。

では、その三重苦をどう解決するか。先ほどのグループで改めてシミュレーションして、考えてもらいたい。今、私は3つの課題を提示した。教員の質低下に対応して、とりわけ若い教員をどうしていくかという課題。そして、多様化している子どもたちへの対応という課題。また、政府の教育予算が一気に増える感じでは、どうもないという3つ課題だ。そこで国に、「もっとこういうことをやりなさい」という解決策はないと思って欲しい。そのうえで何をすれば良いか。

こうした年齢構成の変化は、あらゆる熟練の世界で起きている。もっと言えば、住宅産業で熟練大工さんがいなくなったのは、もう40〜50年前だ。それでハウスメーカーというものが出てきた。今の話はシミュレーションのちょっとしたヒントになるけれど。いずれにせよ、安倍さんは今景気が良いと言うけれど、本当にそうだろうか。皆さんにはそういう実感があるかもしれない。つまりデパートでは高級品が売れている。たとえば時計なら60〜70万のものや200〜300万のもの、あるいは1500万円のものが売れて、10〜20万のものは売れていない。車だって同じだ。中途半端な値段のほうが売れていない。そういう景気の良さになる。消費市場も完全にフタコブラクダ型になり、平均というものがほぼ意味をなさない社会になってきた。また、「標準世帯というけれど、親2人子ども2人なんていう世代がどこにいるの?」という感じだ。もちろん会場にはいるかもしれないが。

とにかく、教育分野だけでなく社会全体がフタコブラクダ型になっているから、どの分野に向かう人もこの問題を解決せざるを得ない。では、教育に限っていえばどんな解決策があるか。今から3分ほどで協議してもらいたい。

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(3分後)
はい、そこまで。では、今度は別の問題に移ってもう少し頭を揉みほぐしてみよう。今の解決策についてはのちほどもう1回、2〜3分かけてやっていくから、僕も答えを言わずに少し引きずるけれど、苛立たないようにしていただければと思う(会場笑)。

では次に、情報を扱う2つの力について解説する。20世紀の成長社会から21世紀の成熟社会に移ったのはいつだったか。日本は1997年に高度成長がピークアウトし、この年に山一證券、翌年には北海道拓殖銀行が倒産した。そしてバブルが崩壊したわけだ。97年までが成長社会で98年から成熟社会。もちろん、全産業が成熟してダメになったわけではない。全産業で入れ替え戦が起きた。では、どのような入れ替え戦だったのかはこれからイメージしてもらうけれど、いずれにせよ97年まで続いた成長社会の特徴は皆一緒という強い感覚があった点だ。それが成熟社会では1人ひとり、ばらばらになっていく。1番分かりやすい例は電話だ。昔は家電(いえでん)といって家に電話が1台しかなく、それを皆が共有していた。しかし、今は1人ひとりが携帯電話を持っているし、1人で2〜3台持つ人もいる。

例としてもう1つ、僕はそこと最近組んでハードシェル型のリュックを開発・販売したのだけれど、リンベルという面白い会社のことも紹介したい。ここ5年ほどのあいだに結婚式や披露宴に出席した方はどれほどいるだろう(会場ほぼ挙手)。…ほとんど。そのとき、どんな引き出物を持って帰っただろうか。昔は結婚式となると、ホテルがお仕着せで「ウェジウッドのカップ&ソーサーがいいんじゃないですか?」言われていた。で、言われるほうも、「あ、そうですね」なんて言って、皆に同じお土産を持って帰ってもらっていた。ところが家に持って帰ってみると、「どうも我が家の食器と合わないな」となり、小学校のバザーに行ったりする(会場笑)。リンベルは、「そういうのはおかしいんじゃないか?」と考えた。で、「3000円や5000円といった価格帯ごとに200〜300種類の商品を揃え、そこからお客さんに選んでいただく。で、むしろ重いものを持って帰るより後から届けたっていいんじゃないの?」と。それで、披露宴のカタログギフトをはじめた。カタログを持って帰って自分で選んだ人は(会場多数挙手)。…そう。これは皆同じという時代から人ひとりの時代への変化を代表していると思う。

皆が一緒の時代には正解が多かった。大きいことや安いことはいいことだったりしたわけだ。だから正解を徹底的に叩き込んで詰め込んで、すぐ正解を出せるようにしておく。正解を早く正確に出せる力、つまり情報処理力を鍛えれば良かった。それが今はどうなっているか。もう16年ほど経つけれど、成熟社会では正解が1つじゃなく状況ごとに異なる。皆さんのビジネスだってそうだ。正解を待っていたらとても間に合わないし、誰かが正解を言ってくれるなんて思っていたら絶対に無理。自分で仮説を立て、試行錯誤しながら検証していかなければいけない。それぞれ異なる状況下では、自分が納得し、かつ関わる他者を納得させる解が必要になる。正解ではなく「納得解」を導く力が情報編集力だと覚えて欲しい。その力は五つぐらいに分解できるが、その辺はまたあとで話そう。まずは情報編集力をイメージしていただくため、今からまたワークショップを行う。

まず、僕が計算問題を出すからすぐに答えを言って欲しい。簡単な情報処理力の問題だ。1+2は?(会場少し遅れて一斉に「3」)。遅いな。2×3は?(会場すぐ一斉に「6」)…そんな感じだ。これが情報処理力。で、次は情報編集力だ。今から皆さんにタイヤメーカーの社長になってもらい、今まで世の中になかったタイヤを考えて欲しい。どんなタイヤでもいい。3人ほどで組んで1分間、ブレストしてください。コツは2つ。1つはどんな馬鹿な案が出ても褒めまくること。絶対に意見を否定しないのがブレストの原則だ。それともう1つ。最初にできるだけ馬鹿なことを言う。これを守らないといい案が出ない。なぜか。今僕の話を聞いている瞬間も、皆さんの頭は正解主義のモードにある。そこから出て欲しい。正解主義から出るためにはバカな案を言わなきゃダメだ。頭を1度思いきり編集力側に振って、正解主義から出よう。それこそ食べられるタイヤといった、本当にくだらない案を出して欲しい。それで1〜2周、頭を柔らかくして編集力側に飛ばせば回っていく。そこで他人と脳がつなげると、化学変化の起きる可能性がある。これがブレストの本質だ。では、やってみよう。

(1分後)じゃあ、そこまで。すごいアイディアは出た?もう少し続けたら出たかもしれない。情報編集力とは、今のようにさっとつながり、人の知恵と技術を自分のものにできる力ということだ。これは脳を拡張するということ。今、皆さんは自分の脳の中では処理できない問題を前にして、コンピュータの並列処理のように自分の脳を人の脳につなげて拡張し、それで問題を解決しようとした。このモードにさっと変われるかどうか。一方、情報処理力のモードとは集中して左から右に処理していくといった類のものだ。どんな仕事でも7割前後がそれになる。たとえば税理士さんの仕事では9割がたが処理力のモードだ。ただ、それでも残りの1割で情報編集力が求められるときはある。クリエイティブになるとき、問題解決をするとき、商品やサービスを開発するとき、イノベーションを起こすとき、あるいは自分の人生や子育てを考えるときだ。

たとえば、正解主義の子育ては子どもにとって地獄だ。だから教師や警察官の倅にグレるやつが多い。仕事の現場で情報処理力のモードに重心がかかったまま家に帰り、家でも同じモードで考えてしまうから。皆さんも気をつけてもらいたい。たとえばプログラマの仕事など、情報処理力の比重が高い仕事はあると思う。そういう仕事を通して重心が処理力側にかかったままの状態で家に帰ると、子どもが荒れる。だから家に着いたらドアを開ける前に編集力へシフトするよう、身体を大きく動かしてみて欲しい(会場笑)。そんな風に意識するだけでだいぶ変わる。

つまり、処理力が頭の回転の速さで、編集力が頭の柔らかさということだ。柔らかいというのは脳が軟化しているという意味じゃない。脳がつながりやすいということ。で、ここでは皆さんがどれほどつながりやすいか試したいということもあるので、編集力を鍛えるためにやっている「よのなか科」の授業を2つ受けてもらおう。たぶん、ここに来なければこんな授業は一生受けないという、思い出の授業になると思う。

後編は「よのなか科」の授業を実体験!

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