川上慎市郎氏(以下、敬称略):メディアをテーマにした本セッションだが、「日経ビジネスオンライン」の立ち上げに関わった私、「ダイヤモンド・オンライン」にいらした加藤さん、そして「東洋経済オンライン」にいらした佐々木さんと、オンラインビジネス3誌の元編集者が勢揃いした。元日経BPで私の大先輩である瀬尾さんも加わり、業界の超内輪トークという感じだが(笑)、今日は御三方が考えるメディアの未来形といったお話を、ご自身のキャリアとも結びつけながらお話しいただきたい。まずはそれぞれ、どんな思いを持って仕事を選んできたかということを順に伺っていこう。(01:16)
加藤 貞顕氏
加藤貞顕氏(以下、敬称略):僕は大阪大学の大学院で経済学を専攻していたのだけれど、当時はリナックスばかりいじっていた。ただ、コンピュータ分野に就職するつもりもあまりなかったので、本が好きということもあって、コンピュータとテクノロジが融合したような分野で本を出していたアスキーという出版社に就職した。で、そこで最初は雑誌を編集していたのだけれど、コンピュータ雑誌は当初こそすごく売れていたもののグーグルが出てきた頃から潮目ががらりと変わり、瞬く間に転落・崩壊していった。だから、雑誌市場の崩壊というものをいち早く体験している。それでアスキーは結局角川グループに吸収合併される。僕はその頃までアスキーにいて、そのあとダイヤモンド社に移り書籍編集を担当するようになった。いろいろ担当したが、一番分かりやすいのは「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(著・岩崎夏海)。あの本をつくる過程で、メディアミックスということで映画や漫画やテレビアニメなど、いろいろなことをした。(02:49)
そのひとつが電子書籍だ。当時はKindleもまだなかったから電子書籍アプリケーションをエンジニアと一緒につくるところからはじめた。それで久しぶりにコンピュータを相手にするようになり、その体験から、「あ、電子書籍だけやっていると出版はこの先まずいんじゃないか?」と。今はKindleが盛りあがって皆が喜んでいるけれど、この先にそれほど明るい未来はないと僕は思っているし、その辺はまたあとで話したい。要約すると、雑誌と書籍は恐らく今後5〜10年以内にデジタルで再発明されなければいけないと思う。今はそのための会社をつくり、「cakes」や「note」といったサービスを提供しているところになる。(04:37)
佐々木 紀彦氏
佐々木紀彦氏(以下、敬称略):僕は小学校から高校までサッカーをやっていた。で、選手としては才能がないと気付いたのだけれど、サッカー雑誌が大好きで毎週しらみつぶしに読んでいて、それでサッカージャーナリストになりたいと思ったのがメディアを目指したきっかけだ。ただ、慶應SFCに入ってからはあまりやることがなくて、大学時代は本ばかり読んでいた。学生時代だけで1000冊ぐらい読んだりして、本が一番の友だちという、ちょっと暗い人間だった。けれども、そんな風にして本と親しんだのは非常に大きかったと思う。(06:06)
それともうひとつ。大学時代に竹中平蔵先生のゼミで経済学を勉強し、すごく面白いと思ったことも今に影響している。だから経済とメディアが隣接するところで最終的には東洋経済新報社(以下、東洋経済)に入ったのだけれど、実は当初、外資系金融機関に行きたくて、それで内定もいただいていた。ところがインターンで働いてみると、データの分析ばかりしていたり、株価の予測ばかりしていたりで、「僕はこういう仕事にあまり興味がないな」と気づいてしまった(会場笑)。それで卒業してから再度就職活動をした。出版業界やメディアはその辺について結構寛容だ。そこで東洋経済に入り、IT・ネット業界や自動車業界の記者を4年間務めたあと、スタンフォード大学へ留学して国際政治経済学を2年間学んだ。そして帰国してからは雑誌の特集を組んだりして、ちょうど1年半前に「東洋経済オンライン」の編集長となった次第だ。(06:47)
で、なぜ(ユーザベースに)移籍したか(笑)。会社自体にあまり不満はなかったけれど、今日のテーマでもあるテクノロジに関しては大きなネックがあると感じていたからだ。ウェブメディアの競争力は、もしかしたら半分以上がテクノロジで決まると思っている。ただ、「伝統的な既存メディアでテクノロジを強化するのは無理だな」と。ユーザベースのように、すでにテクノロジやノウハウがあるところにコンテンツの力を入れたほうが話も早いし、面白いものができると考えた。それが最大の理由だ。(08:02)
瀬尾 傑氏
瀬尾傑氏(以下、敬称略):僕は元々、同志社大学にいた頃からジャーナリストというか物書きになりたかった。立花隆さんに憧れていて、…徳大寺有恒さんにも憧れていたけれど(会場笑)。ただ、卒業後すぐフリーになれるとは思っていなかったから、どこかで修行させてもらおうと思い、いろいろ考えた結果、当時は日経BPが一番いいと思った。普通、新聞社に入るといきなり社会部か何かで地方に飛ばされ、ベタ記事を4年も5年も書かされる。で、そのあと東京に戻ってきてもまた霞ヶ関担当になってベタ記事を書かされたりする。そして、本当に自分が書きたいことを書けるようになるのは編集委員になってからという感じで、20年もかかるわけだ。「そんな人生、嫌だな」と。でも日経BPにはスタッフライター制という仕組みがあり、新入社員にも署名記事を書かせる。当時は日経マグロウヒルという外資系だったから雰囲気が明るかったこともあり、そこを受けた。そうしたら幸い試験も通り、なんとか潜り込んだ次第だ。(09:50)
で、実際に入社してみると、記者採用なのに最初の辞令で経営企画室というところに行かされた。ただ、そこは新規事業部のような部署で、僕はそこで新雑誌の開発や新規事業の立ち上げ方を教えてもらった。日経マグロウヒルは、当時の日本では数少ないダイレクトマーケティングをしていた出版社。アメリカの雑誌はほぼそのスタイルだけれど、書店を通さず読者に直接売っていて、そのマーケティングなどを教えてもらった。僕はそこに6年ほど勤め、そのあと講談社に移り週刊誌や「月刊現代」を担当するようになった。ただ、当時は雑誌が売れなくなってきた時期だ。雑誌として調査報道は真面目にやっていたし、僕もそういうものは面白いと思っていたのだけれど、「月刊現代」なんかは僕が離れて2年後ぐらいに潰れたりしていた。それで、「やりたい仕事のある場所がなくなるなら自分でつくろう」と。それでいろいろ検討したすえ、デジタルで調査報道メディアをやりたいと思った。当時はアメリカでもProPublicaなどが話題になっていたし、それで「ぜひやってみよう」とはじめたのが「現在ビジネス」だ。(11:50)
川上 慎市郎氏
川上:「現代ビジネス」は、たとえばデザインも赤と黒のツートンで、ビジネスというには少し毒々しいような(笑)、そんなイメージのサイトだ。記事にはがちがちのビジネスだけでなくセンセーショナルな政治ネタも入っている。いわゆる正統派経済誌の世界とぜんぜん違う印象があるけれど、なぜ、ああいう風になさったのだろう。(13:21)
瀬尾:「現代ビジネス」の“ビジネス”というのは、ビジネスパーソンに読ませるメディアという意味。一般ユーザー向けの調査報道メディアは広告も安いけれど、ビジネスパーソンが来てくれるとそれだけで広告収入が二桁ほど高くなる。だからビジネス向けメディアにするしかないと思い、名前も「現代ビジネス」にした。サイトの設計についても、「日経ビジネスオンライン」や「ダイヤモンド・オンライン」といった媒体とはまったく違うものにしようと思った。企業マネジメントやビジネススキルといったライフハック的情報には僕もあまり関心がないし、そこで勝負する気もない。むしろコアな政治・経済情報を提供しようと。そういう、他の新聞や雑誌に出ていないような情報で、かつ経営者やサラリーマンの判断にも役立つような情報のほうが読まれるんじゃないかと思った。それで現在のようなインサイト情報や分析情報を集めている。すると…、ちょっと自慢させていただくと、先日、「年収1000万以上のビジネスパーソンが読むビジネスメディア」というニールセンの調査で「現代ビジネス」がなんと1位になっていた。お金持ち向けの財テク記事を載せるようなことはしていないけれど、それでも政治や経済の話をがんがんしつこく載せていくと良い読者がついてくれることがよく分かった。(14:08)
川上:今の「現代ビジネス」編集部は何人ほどの体制で、かつ調査にどれほどのお金をかけたりしているのだろう。(16:12)
瀬尾:正直、まだ調査報道にお金をかけるほどの体力がなく、そこまでやりきれていない。だから、今はちょっと新しい仕掛けを考えている。今年後半ぐらいに新しい調査報道ができる仕組みをつくり、スタートさせたい。ただ、「現代ビジネス」は元々、社内ベンチャーとして立ち上げたメディアだ。会社から言われたのでもなく、「こういうメディアがないとやばい」と思った僕が自分でつくったものだから、スタート当初は僕ひとりだった。当時は「フライデー」の次長も務めていて原稿を読む係だったから、朝は最初に「フライデー」の会議を2時間ほど行って、そのあと12時から午後4時ぐらいまで「現代ビジネス」の原稿を読む。で、午後4時ぐらいから「フライデー」の原稿を読んで、校了するのが翌午前2時ぐらい。それが終わると今度は「現代ビジネス」の原稿を校了し始めて、だいたい午前5時ぐらいに終わるというスケジュールだ。それから寝て、また朝10時から会議と。それを一人でやっていたけれど、それでも最終的には1000万PVほど稼いだ。だから一人でもできる。変な社員はむしろいらない(笑)。今は僕が良いと思ったフリーのスタッフに3人ほど来てもらって、社員もひとり手伝ってくれるから5人というか、4.5人ぐらいの体制になる。(16:22)
川上:それであれほど濃い内容になっていると。最近はバイラルメディアという言葉も出てきたが、どこからかパクった記事に面白おかしい見出しをつけるだけのメディアがあまりに増え、げんなりする面もある。御三方はそういう方向でないと思うし、「現代ビジネス」には「バイラルメディアなんて…クソくらえ」というものも感じる(笑)。(18:05)
瀬尾:クソとまでは言わないが(笑)、別にやりたくもない。調査報道がやりたいから。また、それがビジネスにもなるとも思っている。たとえば、「フライデー」であれば、政治家がどこかのホテルで誰かと密会するとなれば、情報をもとに車を2台ぐらい用意して、3日も張りついて撮るといったこともやる。そんなことがブログメディアにできるわけはない。ある程度の組織でやるか、相当のお金を持って根性を据えてやらないといけない。ただ、逆に言うとそれはオリジナルコンテンツとしてネット上でもすごく価値が出る。そうするといいお客さんが来てくれるし、その数も増えるわけだから、実はネットこそ調査報道に向いているんじゃないかと思う。(18:47)
川上:これまでのネットメディアには、「とにかくたくさん書いて記事数を増やせ」というところもあったが、その風向きも少し変わってきた印象がある。佐々木さんはどうお考えだろう。(19:57)
佐々木:風向きは変わっていないけれど、変えなきゃいけないと思う。たしかにネットメディアは繁栄してきたけれど、やはりプロの目から見ると情報のレベルは低い。絶対に紙のほうが良い情報はあると思う。私も有料の紙媒体をやったあとに無料をやったとき、当初はとにかく記事数を増やしてYahoo!トピックスに取り上げてもらえる確率を高めようとしていた。だから記事1本にかける労力も紙時代の1/3〜1/4前後に、意図的に抑えていた。すごく良い記事を1本書くより、少々クオリティが落ちても3〜4本書くほうがいいという発想だ。それで実際に広告収入は稼ぐことができるし、「東洋経済オンライン」の収入もスタート時の20倍ほどになった。ただ、そのモデルで続けても、その上はもうない。それにメディアというのは商売だけじゃないわけだ。さらに良いコンテンツをつくりたいのだけれど、そのサイクルは無料のモデルだけでは生み出せないと思った。だから今後はウェブ上で、もっとつくりこんだ有料コンテンツを繁栄させなければいけない。それで我々も8月ぐらいからオリジナルコンテンツをやろうと思っているけれど、そこでは有料を中心にしたい。(20:28)
川上:加藤さんは週150円という微妙な価格で有料サイトをスタートさせている。なぜ有料から始めたのだろう。(21:56)
加藤:単純に、必要だと思ったから。「ネットのコンテンツってタダだよね」という状態のままではコンテンツ業界も枯渇してダメになると考えた。「それは良くない」と。ただ、別にその義憤だけでやっているわけでもない。単純な話、どう考えても10年後はすべてオンラインで本や雑誌を見ることができるようになる筈だ。そのときにアーキテクチャが必要なわけで、当然、それをやればビジネスになるというのもある。それで、現在は「cakes」というメディアと「note」という2つのサービスをやっている。「cakes」のほうは雑誌に近い。雑誌をデジタルで再発明するということで、今は週150円でやっている。特にダイレクトマーケティングではそこがかなり際立つけれど、雑誌ビジネスの素晴らしい点は継続課金でお金をいただくことができることだ。それで運営が安定するし、取材費をかけて質の高いコンテンツをつくることができるようにもなる。ネットでもそういう仕組みを構築すべきだと思った。(22:07)
また、紙媒体のビジネスは裏側がかなりややこしい。数多くの人に雑誌をつくってもらって、その売上が書店から…、実際には取次からだけれど、その売上がどかっと入ってくる。それを細かく分配しているわけだ。そのアーキテクチャ自体もオンライン上に乗せなければいけないと考えた。お金をとったうえで届けて、さらにそのお金を分配するところまでシステムに落とす必要があると。「cakes」はそういう理由で始めた。週150円にしたのは、単価を下げたかったというシンプルな理由から。月600円より週150円のほうが払いやすいから、まずそこからエントリーしてもらおうと。今は月500というメニューもあって、どちらかが選べる。(23:40)
川上:僕も今は「cakes」で書いている。元々自分のフリーブログをやっていたところで加藤さんに声をかけていただいたのだけれど、ブログを書いていた頃はコメント欄に死ぬほど多くの“石つぶて”が飛んできていた。書き始めた当初は、たとえばグリーの田中良和社長とか、ベンチャー経営者の方々がコメントをつけてくれていた時期もある。しかし、2〜3年後には下らないコメントばかりになってしまった。そこで、「これで神経をすり減らすのは無駄だな」と考え、「cakes」で書くようになってからはブログを止めていたわけだ。有料サイトで書き始めてからというもの、その辺の精神的な心地良さがある。雑音が入ってこないというか、フェイスブックやツイッターからのコメントも真面目なものが多い。川上(量生氏:株式会社ドワンゴ代表取締役会長)さんは先日、とある対談で「有料サイトにお金を払う人は記事に対する悪口を書けない。それを言っちゃうとお金を払っている自分を自分で否定しちゃうことになるから」とおっしゃっていたけれど、「あ、なるほどな」と思った。そういう面が「cakes」にあると思う。(24:32)
ただ、加藤さんは現在、「note」というサービスも始めた。これも面白い試みだ。「cakes」の定期課金をさらにブレイクダウンし、コンテンツ単位で100円にしている。このサービスを「cakes」と別の場所につくった意図はなんだったのだろう。(26:21)
加藤:僕らの事業は文藝春秋が昔やっていたことと大変似ていると思う。文藝春秋は菊池寛さんという方が、クリエイターによるクリエイターのための出版社としてつくった会社だ。まず「文藝春秋」という雑誌をつくり、そこで数多くの文豪にコンテンツを書いてもらう。それで継続課金しながら集めたコンテンツを読者に届けるというビジネスだった。こうするとコンテンツがどんどん貯まるから、それを本にするわけだ。ただ、個人メディアである本とは違い、インターネットには個人メディアの新しい正解がないと僕は思っている。電子書籍と有料メルマガはあるけれど、まず電子書籍はデジタルなのに閉じていてインタラクティブじゃない。また、有料メルマガは相当面白いと思うけれど、メールとしての制限が大きいからインタラクティビティや表現力が少し弱い。(26:49)
だから、「note」ではウェブ上に新しい個人メディアをつくりたい。ツイッターやタンブラーと似ているけれど、「note」では個人の名前でURLが取得できる。また、好きな人をフォローできるし、それがタイムラインに流れてくるわけだ。ただ、「note」ではテキストだけじゃなく写真や音楽も投稿できるから、今はかなりミュージシャンが使うようになっている。あと、なんなら売れる。だから、もちろん素人の方がブログなどをやるのも大歓迎だけれど、同時にプロのアーティストが本気で自分のコンテンツを出す場所にもなっていて、僕はこれが本の未来系だと思っている。(28:16)
川上:たとえば「1時間100円で写真を撮ってあげます」といった、不思議な話題づくりコンテンツもあったりする。あれ、コンテンツと言うのだろうか。(29:06)
加藤:コンテンツ「粒度」の問題だと思う。すごく粒が大きいけれど、結局は本もコミュニケーションだ。たとえば1年かけて書いたものを読者に届け、ときには感想などが来て、それに答えてまた本を書いたりする。そのペースが結構ゆっくりしているという、大きな粒のコミュニケーションになる。ただ、ネットにはもっと細かいインタラクションもある。だから、その粒度に関わらずすべてのコミュニケーションを可能にするのが「note」の価値だと思う。それでビジネスもできる。たとえば本を書くのは大変だけれど、読むのも大変だ。あんなに長いものをすべて読む必要はない。なぜあんなに長いのかというと、慣習的に「このぐらいの厚さでないと1500円をつけられない」と考えるから。そういう流通や媒体の制限がある。しかし本来は、たとえばすごく大事なことを5行5000円で売っても構わない。「note」ではそういうことができるし、ごついこともできる。そんな風に大小両方の粒度に対応することで皆が幸せになると思っている。(29:19)
川上:粒度という話は面白いし、それが今は細かくなってきたという流れなのだと思う。たぶん粒度が最も小さいのはNewsPicksのコメントだ。これ、究極のマイクロメディアだと思う。佐々木さんはそうしたコメントに関してどのようにお考えだろう。(30:43)
佐々木:たとえばフェイスブックと連動する程度では面白くないと思っていた。で、それなら現在のNewsPicksではどうかというと、まだオリジナルコンテンツをつくり始めていないから「コメントが一番のコンテンツ」になっている。たとえばアナリストの方や各種専門家の方が深いコメントを書き込んだりすると、それが記事の中身より勉強になったりする。堀さんにもたくさんコメントしていただいている(笑)。(31:20)
ただ、これからはそうしたコメントのコミュニティをどう発展させていくかということを考えている。テレビのワイドショーと同じだ。毎回同じ人がコメントしていたら飽きてくるから、ときにはコメンテーターも変えなきゃいけない。また、皆が同意するようなコメントだけでは面白くないし、違う視点も必要だ。だからコメントに多様性を持たせることに、まずは力を入れたい。そこで、たとえば特定コメントへ反論できるよう機能自体を変えるという方向もあるとは思う。ただ、まだそこは少し早いかなと。まず現行コミュニティの良さを維持しつつ、多様性も持たせていきたい。特に、今は男子校のようになっているから(笑)、もう少し女性が楽しくコメントできる華やかな場所にしたい。今はNewsPicksをつくる連中も男ばかりなので、今後、女性を増やしていきたい。(31:57)
川上:「現代ビジネス」は女性編集者のほうが多いのだろうか。(32:55)
瀬尾:今は女性が2人いて、ともに大変優秀だ。ただ、僕自身は男女の役割や違いをあまり気にしたことはない。(33:09)
川上:さて、今後のお話も伺いたい。伝統的メディアの方々は皆、「世の中を良くしたいからメディアをやっている」という気持ちが、儲けたい気持ちより強いと思う。皆さんはどうだろう。「世の中をこう変えたい」といったビジョンはお持ちだろうか。(33:49)
佐々木:私がスタンフォードに留学した一番の動機は政治家になりたかったから。それで政策を勉強しに行った。ただ、あちらで日々過ごすうちに、「政治家は向いていないな」と。根回しといったことがまったくできないので。また、やはりメディアが大好きで、今、日本を変える最も即効性ある手段はメディアを変えることだとも思っている。逆に言うと、それほど既存メディアが情報の収集と発信をうまくできていないという話だ。たとえばビジネスメディアを見ていると、我々メディア側よりも現場にいる読者の方々のほうが情報もあるし先見性もあるし、はっきり言って賢い。だから現場より遅れた人間だけが情報を収集・発信すること自体が古い気もする。従って、ビジネスパーソンの方々も巻き込んで、かつ我々も、もっと生き生きとした情報を発信したい。「この銀行がこうなった」といった話より、「こういう新しい産業が産まれている」「こういう視点を持ちましょう」と。世界最先端の情報をどんどん入れて、皆が新しいものを志高く目指すような、アイデアを刺激するメディアにしたい。それでビジネスパーソンの頭の中が変われば、新しいビジネスが次々生まれると思う。それが一番のモチベーションだ。メディアを変えることでビジネス界を変えることは十分可能だと思っている。(34:20)
川上:グロービスのパートナーである山口さんという方が以前、経済ジャーナリズムのクオリティが日本とアメリカであまりにも違う理由を話していらして、耳が痛かったことがある。アメリカは英語圏というマーケットボリュームを相手にできるから、たとえば本当にすごい本を書くのに3〜4年かけてもいいわけだ。それで数多く売れたらまた3〜4年食べていけるだけのお金が手に入るから、そういうサイクルでしっかりしたコンテンツをつくっていける。「けれども、日本のマーケットは英語圏より遥かに小さいからサイクルがどんどん短くなっていて、コンテンツの底も浅くなる悪循環があるのでは?」と。それで、どうしてもクオリティを下げざるを得ないとおっしゃっていた。(35:59)
佐々木:その点は働き方とか雇用形態がすべてだと思う。お二人もそこに一番の問題意識があると思うけれど、ジャーナリストはどう考えても個人でやったほうがわかりやすいし、成果も見えやすい。ただ、戦後は完全にサラリーマンジャーナリスト時代になってしまった。たとえば日経には今も優秀な人が数多くいるけれど、やっぱり担当制だ。だから長くて2年にも満たないようなスパンでどんどん回されて、ある程度の年になるとデスクになり、社内政治をやるしかなくなる。これは不幸だ。だからNewsPicksでは、真のスタージャーナリストをつくっていくということもやっていきたい。年齢関係なく、たとえば私より断然高い年収をもらうような人をどんどん生み出したい。(37:01)
川上:僕はそこに関して、「どれほど日本語で懸命にコンテンツをつくってもダメなんじゃないか」と、諦めちゃっている部分がある。たしかに今はビジネスパーソンのほうがナレッジを持っていることも多い。従って、それをもっと上手くかき集めメディア化する仕組みをつくったほうが、クオリティもより高められるんじゃないかと感じていた。果たしてメディアのクオリティを上げていくためには何ができるとお考えだろうか。(37:51)
佐々木:まずはNewsPicksをさらに発展させる。あと、それを単なるニュースとしてだけでなく「知の入り口」のようにして、たとえば本やイベントあるいは世界へと繋げたい。とにかく、いろいろ組み合わせる必要があるという気はしている。だからNewsPicksで今後やりたいことの1つに、世界の最先端メディアと契約し、彼らのコンテンツを迅速に翻訳して流すというのもある。「The Economist」や「Financial Times」といった経済誌はあるけれど、あれを毎日英語で読んでいたら疲れる。だから、それもきちんと翻訳して皆さんに届けたい。デイリーな「クーリエ・ジャポン」みたいなものだ。あとは何があるか…。その辺のアイデアはいろいろな方にいただきたいが。(38:37)
川上:瀬尾さんはメディアのクオリティについてどうお考えだろう。(39:30)
瀬尾:「ジャーナリズムとして儲けるということはあまり言いたくない」という見方もあるけれど、僕は儲けることが大事だと思う。儲かっていて継続性がないと才能が集まらないのはどの業界も同じだ。だから僕は「現代ビジネス」の立ち上げ時も初年度から黒字化にこだわっていた。それと、今はジャーナリストが食える方法もいろいろ見えてきていると思う。まず、今は媒体も増えているから、能力の高い個人は自分のマーケティングをうまくやること。個人の有料メルマガでもいいし、どこかの媒体と契約してもいいし、ファンクラブのようなコミュニティをつくるということでもいいと思う。(39:35)
あと、僕らのようなメディアに関して言うと、4〜5人の規模であればやっていける感じだ。何百人もの記者がいる日経新聞のようなメディアをつくるのは難しいと思うけれど、たとえば僕が思い描くような規模の、調査報道もできる理想のクオリティメディアはだいたい年間4億円の予算があればできると思う。で、「現代ビジネス」の今の売上はちょっと言えないけれど、4億というのも決して手が届かないところじゃないなと。実際にやってみて分かったけれど、意外と視界に入っている感じだ。(40:51)
川上:ジャーナリストというかコンテンツを持つ人々が食えるところまで、「cakes」が押し上げることができるかだろうか。(41:53)
加藤:そのつもりで「cakes」も「note」もやっている。実際、今はクリエイティブワークを行う人すべてがネットに押されて食えなくなってきている状況だ。なかでも一番切迫しているのがミュージシャン。2001年にはiPodが出ていたから、iPadに押されている出版よりも10年早くインターネット化が進んでいて、ミュージシャンは10年早く苦しい目に遭っている。ただ、「note」は音をアップすることもできる。それで、気付いたらミュージシャンが大勢集まってきてくれていた。たとえば「くるり」というバンドも公式を「note」に移してくれていて、今度はファンクラブも始める。一定の濃いファンから継続課金でお金をいただき、そこに濃いメッセージを発信するわけだ。それでライブ告知をして、チケットも売るといったやり方でできるようにしようしている。そうしたあり方が今後はむしろ普通になると思うし、ジャーナリストも同じことができると思う。(42:11)
佐々木:たしかに4〜5人なら食えるようはなったけれど、やっぱり100人を雇えるウェブメディアをつくらないと地殻変動も起きない気がする。NewsPicksでもエンジニアも含めて100人のチームをつくりたいし、今年中に約20人とする予定だ。(43:24)
瀬尾:恐らく加藤さんもプラットフォームで大きく成功すること自体は考えていらっしゃるとは思うから、お二人と僕とではスタンスが違う。僕が描いているのは、「4億円ぐらい僕に稼がせてよ」というイメージ。その成功モデルをつくることで、メディアの世界を変えたい。そこで、たとえば日経や朝日にくすぶっている優秀な人たちも巻き込んだりしたい。また、「ジャーナリストになりたかったけれど仕方なしに政治家になった」という人も実はいると思うから、そういう人々を巻き込んでいきたい。(43:54)
加藤:僕は、そういうことが誰でも簡単にできるようになれば思っているし、そのための仕組みをつくっている。自分自身の話をすると、僕はそんなにやる気のある人間じゃない(笑)。「なぜメディアに入ったか」というと、自分は面白いこと以外は絶対にできないと思ったから。クリエイターもそういう人たちだ。面白いことしかできない(笑)。ただ、今まではそういう人たちにもちゃんと食べていける場所があった。今はそういう本やCDのモデルが崩壊しようとしているから、その場所をつくりたい。要するに、ちゃんとすればちゃんとファンにアクセスできて、ちゃんと対価が還ってくる場所をつくりたい。それができたら、そのうえでまたコンテンツをつくるということを僕はしたい。(44:33)
佐々木:それができたら歴史に残ると思う。現在の取次システムや新聞の宅配制度といったビジネスモデルが生まれたのはもう100年も前だ。その次に続く100年のモデルをつくるというのは、相当大変な作業だけれども、面白いと思う。(45:33)
加藤:まあ、これから5〜10年ぐらいのあいだにそれを誰かがやるか、あるいは誰もできなくて業界全体が小さくなるかのどちらかだと思う。(46:01)
川上:稼ぎ方で言うと、お客さんからお金を取るだけではどうしても限界があると思う。だから、たとえば「現代ビジネス」は広告を1つのトリガーにしているのだと思うけれど、NewsPicksはその点も面白い。BtoBのデータベースモデルが後ろ側にあって、それでBtoCも成り立たせようとしているというか。それを使ってBtoCでもきちんと儲けていく仕組みというのは、できるものなのだろうか。(46:12)
佐々木:できないとクビでしょう。いや、本当に(笑)。(46:33)
加藤:完全に記事でお金を取っていくという方向だろうか。(46:52)
佐々木:そう。で、もちろん広告もやるけれど、バナー広告はやらない。やるのは、いわゆるネイティブ広告と言われる面白い広告。あと、来年になると思うけれど動画広告もやりたい。(46:55)
瀬尾:今後の有料プランも現在の月額1500円プランのなかで展開する?(47:12)
佐々木:あれはもっと発展させなければいけない。たとえば、「東洋経済オンライン」や「ダイヤモンド・オンライン」のように、お金を払えば紙で出しているものも読めるという形はあるけれど、それじゃあ今以上には伸びない。だからコンテンツだけでお金を取ろうとは思っていないし、コミュニティや検索など、機能面でもいろいろ加えていきたい。とにかく、そこはもう試行錯誤しながらやっていくしかないと思う。(47:18)
川上:加藤さんはネイティブ広告に関してどうお考えだろう。(47:46)
加藤:関心がないということはない。僕はあまりやらないと思うけれど、ただ、広告は皆そういう形になると思う。あと、動画はやろうと思っている。だから…、動画はある意味でネイティブ広告かな。それで今はテスト的なこともしている。「note」をつくったときはかなりしっかりとしたPVをつくったけれど、あれは僕が動画プロデュースの実験をしたかったから。動画のスタッフときちんと一緒に仕事をして、「こういうやり方でやるのか」というのを知りたかった。いずれにしても「note」では動画に力を入れていきたいし、そこでネイティブ広告のようにお金と紐づけるというのは有りだと思う。面白くなければ誰も見てくれないから。特にネットではそれが顕著だからその方向に進んでいくし、いずれ恐らく広告とコンテンツの区別もなくなると思う。(47:50)
川上:調査報道とネイティブ広告では相性が悪くないだろうか。(49:11)
瀬尾:問題なく成立すると思う。「The New York Times」もネイティブ広告に力を入れている。社内できちんと仕組みを分け、読者に見えるか見えないかという部分だけはっきりすれば大丈夫だと思う。(49:20)
佐々木:企業からお金を貰っていることさえ明示すれば、それでいい気もする。それをしないとステマのようになってしまってダメだと思うけれど。(49:39)
瀬尾:それ以上に大事なのは、世の中の人々に支えてもらえるというか、人々に必要だと思ってもらえるようなものに、今のジャーナリズムがなっているか否かだと思う。なっていれば、僕らがいろいろと稼いでも、「まあ、そういうのも必要だよね」と思ってもらえる。アメリカのメディアには篤志家に寄付を受けているところも多い。なぜか。もちろん寄付文化もある。ただ、それ以上に文化や民主主義を支えるためのインフラということで、「ジャーナリズムにお金を出してもいいよ」とお金持ちが思っているからだ。日本ではそれが成熟していないし、いまだ「マスゴミ」といった言われ方をされるようなイメージがある。ある種の情報を独占する特権階級が、それを出し惜しみすることで都合良くお金を儲けているというイメージから脱しきれていない。(49:46)
川上:富裕層に寄付リテラシーがないという点も、日本の場合はあると思う。(50:57)
瀬尾:ただ、たとえば最近はピムコという投資会社で大成功した方が、「フォーブスジャパン」を創刊した。恐らく「自分が読みたいメディア」ということで、すぐ儲からなくてもお金を出すという体制なのだと思う。そういう人々も出てきている。(51:04)
川上:あすか会議では数年前にもメディアをテーマにしたセッションを行ったが、そのときは重苦しい雰囲気だった。でも、今日は「これからいろいろなことができるね」といった印象も持てた。このストリームのなかにいると、これから5年ぐらいはかなり面白いのかなという印象を持った次第だ。(51:35)