佐賀県知事・古川氏×カルビー・松本氏×元京大アメフト監督・水野氏「創造と変革の志士たちへ」講演 

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堀義人氏(以下、敬称略):第10回あすか会議の最終セッションとなった。テーマは「創造と変革の志士たちへ」。皆さんが社会でリーダーとして活躍していくため、今回はモデルケースとしてまったく異なる3業界からパネリストをお呼びした。県知事、プロの企業経営者、そしてスポーツの監督として、錚々たるトラックレコード出してきた御三方に、リーダーの役割や理想的な組織について伺っていこう。グロービスでは、「リーダーシップは人によってそれぞれ違うんだ」と言っている。違いのなか、さまざまなモデルから自分に合ったものを抽出し、自分なりのリーダーシップ像を構築したら良いと思う。まずは御三方にそれぞれ、リーダーとなっていくなかで、ご自身によるリーダーシップのスタイルがどのように変化してきたのかを伺っていこう。(00:59)

30982 古川 康氏

古川康氏(以下、敬称略):今回は「創造と変革の志士たちへ」というテーマとのこと。ゼロから産みだすのも1つの仕事だと思うが、それと併せて今あるものを変えていくことも大切だ。そうした2つの作業が組み合わさることで、組織はリアルな存在として大きく変わるのだと思う。(02:38)

私は大学を出たあと自治省に入り、そこで中央と地方を入ったり来たりしながらキャリアを積んできた。そして19年経って知事になったが、国家公務員のときはまだ中間管理職だったので大きな仕事を1人で任された感じはしていない。上の人が何をやるか決めるにあたり、それをいかにうまく進めるかということを考えてきたと思う。(03:08)

一方、県の課長や部長だったときはどうか。私は何か問題を解決しようとしたとき、いかに上司を説得するかということばかり考えていた。「知事が関心を持ってくれるか」「これやると知事の支持者とどこかでぶつかるのでは?」と、いらんことを考える。自分がやりたいことより周囲のことが気になってしまう。自分が知事ならそこは自分で責任を取ればいい。周囲が云々といったことはまったく感じないから、見通しがまったく違ってくる。なにかこう、小さな路地を走りながら次のカーブを曲がるとどんな景色があるのかを考える状態から、100メートル、1キロ先まで見通せるような、そんな感じだ。そこが中間管理職とリーダーの大きな違いだと思う。(03:38)

自分で何か思いついて、やってみて、結果が出る。出ないこともある。それで批評されるわけだ。PDCAなんて格好良いことを言っているけれど、要はその繰り返し。そこで自分が責任を取れば良いということと、あとは4年に1度、皆さんから評価を受けるチャンスが我々には与えられているので、「とにかくそこで評価してもらえたらいい」と。だから見通しがまったく変わってきたと思う。(04:37)

30983 松本 晃氏

松本晃氏(以下、敬称略):私はまず伊藤忠商事に21年半在籍して、最後の6年間はその子会社に出向していた。経営不振であった会社を立て直す仕事だ。そこで実質的にはNo.2として、6年のあいだにそれまで会社がやっていた仕事をほとんどやめた。そして良いものを少しだけ残し、あとは新しいものをとり入れた。それで売上は20倍になって、大赤字が大黒字になった。そして6年が経ち、45歳で辞めた。(05:43)

次に入ったジョンソン・エンド・ジョンソンは、今は年商7兆3000億で利益が2兆円ほどという、大変儲かっている大企業だ。私はその日本法人を伸ばせばいいとのことで、最初の6年は事業本部長となった。そこで売上は5倍に成長した。そのあと社長を9年間務め、その間は売上こそ3.6倍にしかならなかったが、利益が30倍ほどになった。この時期は社長として365日24時間働いていたけれど、まあ、良い会社だからそこに乗っていただけ。私自身は何でもない。(06:25)

そして60歳で定年退職し、1年後にカルビー会長兼CEOになった。従って、それぞれ役割はいくらか違う。今はラクと言えばラクだ。最初から会長と社長の仕事を分けていた。「会長である私の方針に従って、社長さんはCOOとして仕事をしてください。その方向がずれたら指摘します」と。それで結果的に今、業績も好調だ。3年前に上場も果たした。上場後、株価は1番高いときで6倍、今でも5.5倍ほど。私はCEOとして方針を出し、「このとおりやってください。それでうまくいかなければ私が責任をとって辞めます」と。社長とはそういうコントラクチュアルな関係をつくっている。(07:24)

30984 水野 彌一氏

水野彌一氏(以下、敬称略):創造と変革とは何かと考えてみると、「今、どうこうじゃない。明日どうするか」という話になる。ということは、明日に正解はないから、正解のないところに自分の答えをつくり、そこへ突き進んでいくことが不可欠になる。京大というと民主的なところだと思うかもしれないが、私がおった頃のアメリカンフットボール部は私の独断と偏見でやっていた。はっきり言って、ボトムアップの組織は絶対にトップにはなれない。戦い、競争する組織はトップダウンでなければいけない。(09:32)

:さらに深く入りたいが、御三方が考えるリーダーの役割とはなんだろう。(10:44)

古川:まず自分自身が夢を持つことだと思う。何を実現したいかが明確になっていない人のところで明確な結果は出ない。自分自身が何をしたいのか、しっかり持つことが1番大きな役割だ。また、仲間をつくる必要もある。1人で起業する人もいるし、恐らくその人は技術的には素晴らしいのかもしれない。ただ、1人で出来ることばかりではない。実は、僕は東大ボート部の出身で、僕がいたころのボート部も日本一になった。当時の僕はマネージャーだったから、組織をどう扱っていくのかについて、実は大学時代からいろいろ考えていた。(11:02)

大学や高校の運動部で何が大変かって、1番出来の良い主力選手がほぼ全員、毎年抜けることだ。そういう状態で常に戦っていかないといけない。そのためには出来そうな人間を新しく入れるしかない。となると、スポーツに優れた人間が入るルートのない東大のようなところは、とにかく数を入れるしかない。そのなかで、意外と伸びていく選手をどう拾っていくかという話になる。僕がいた頃、東大は全日本で4連覇を果たしたし、当時は国内最速記録もつくった。ただ、そのあとはダメになっていった。何故か。選手がダメになったというよりマネジメント力が落ちてしまった。たとえば、きちんとOBからお金を集め、食事をさせる力が落ちていった。船の力というのは、ある意味、食ったものの力(会場笑)。それ以上の力は出ない。飯の減り方を見ていると、その年の勝ち負けもだいたい見当がつく(会場笑)。(12:05)

それは会社にたとえると、雑談できる社内環境なのかもしれない。会話の多いところは元気だし結果も出るけれど、会話のないところはあまり進歩がないと、僕はずっと思っていた。そんな状態をつくることができるか否かも含め、組織には天才的な起業家肌の人ともう1人、それをマネジメントする実務の人が欲しい。その2人がペアになったとき、組織は動く。だから、自分の片腕とる人を見つけること、そしてそういう人がつく魅力を自分自身が持つこともリーダーの大切な役割だと思う。(13:38)

水野:短時間で申しあげるのは難しい。まず、京大に入る学生はアメフトなんてやったことがない。それをアメフト選手にせないかん。ただ、彼らにいくら説明したところで、人間なんてものはなってみないとわからない。だから、初心者教育は強制だと私は思う。「なんでこれをやらないかん?」、「わからんでもいいからやれ」と(会場笑)。1番難しく大切なのは、そこで進歩に結びつけること。そこで、「もっとうまくなりたい、強くなりたい」と思うと、もっとやりたくなる。それでさらにうまくなるから、ますますやりたくなる。そのうち、楽しいどころでは止まらず、苦しく辛いところまでやらないと気が済まなくなる。そんな風に熱中し、のめり込むサイクルにはまらないといけない。(15:25)

それがさらに高じると、「これだけやったんだ。勝ちたい。勝つためならなんでもやるし、自身がどうなってもいい」と、損得抜きになる。人間、馬鹿になる。馬鹿は強いですわ(会場笑)。そこまでいける人間は、そうたくさんおらん。そもそも、我々も古川さんと一緒で新人を勧誘しないといけない。あることないこと、ええことばかり言って(会場笑)。それで昔は100人ほど入っていたが、そのうち半分以上は、「音に聞く京大アメフト部を体験したい」というだけだから、夏になったら辞める。(16:23)

そこからいろいろと問題がはじまる。「さあ、どうする。俺たちは関西学院や日本大学に勝つんだ。彼らとお前を比較したらどうだ。まったくダメだろ?」、「そうです」と。まず、そういう自己否定からはじまる。そこから、「彼らに対抗できる選手になれ」と。自己変革だ。毎日毎日、限界に挑戦する。自分と戦うということだ。これは辛くて苦しくてしんどい。明るく楽しいわけがない。つまりは修行だ。それで4年間やると、どうなるか。「自己変革を目指して一生懸命やったけど、結局、無理だった。やっぱり俺は関学や日大の選手に勝てない」となる。ただ、彼らには勝てなくても、「自分自身との戦いは最後までやりきった。これが俺だ。俺はどうなっても自分には負けない」という自信がつく。そうなると、人生でどんな挑戦でもできると思う。それが1番大きな財産だと思うし、それを身に付けることが学生スポーツ1番の目的ではないかと思う。(17:17)

ただ、監督だった最後の5〜6年で学生の気質もだいぶ変わり、いわゆる体育会離れが流行った。京大だけの話じゃないが、京大の武道系なんてもう存亡の危機に瀕していたし、我々にも部員が入ってこなかった。「俺はこんなしんどい勉強をして京大に入って、人生をエリートとして生きる切符がもらえたんだ。どうして今さらまたしんどいことをせないかん?」と、皆、逃げてしまう。だから部員も激減した。選手がおらんと我々がいくら頑張ってもなんにもならん。そんな状態が10年以上続いて、それで私も「もうダメだな」と。それをどうにかするのがリーダーの力かも知れないが、残念ながら私にはそれがなかったということで、監督を辞めた流れになる。(18:49)

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:リクルーティングと人材育成が重要とのお話だったが、それだけでは勝てないと思っている。ほかには何かあるだろうか。(20:16)

水野:はっきり言うと、馬鹿になること(会場笑)。(20:59)。

:強い願望を持たせるという。(21:09)

水野:願望かどうかはわからないが(会場笑)。ただ、古川さんとは正反対になってしまうのだけれど、私は「夢を語るな」と言っている。「そんなこと関係ない。やる気のないやつが語るんだ」と(会場笑)。やってこそなんぼ。行動ほど大事なものはないと言っている。もちろん我々なりに戦略を立ててやっていくが、戦略を立てるためにも現実をしっかり認識せないかん。大学側が我々にやってくれていたことは練習グラウンドの貸与だけ。1銭の援助もないし、「ええ選手がいるから入れてくれ」と言ってもまったくサポートしてくれない。あの入学試験を突破する能力と運動能力は反比例しているから(会場笑)、ロクなのが来ない。そこからはじめなきゃいかん。(21:15)

となると、すべてダメということになる。だから我々に正解はない。100点はどのチームも出すし、そうなると関学や立命館といった条件の良いところが絶対に勝つ。つまり我々には王道のチームづくりなんてないし、人がやらんことをやらないといかん。我々には150点や200点が求められる。では、それはどこにあるか。「水野さんは4回も日本一になったから知っとるやろ?」、「そんなことは知らん」と。去年と今年でチームも敵も違う。そもそも去年成功したことは今年になれば対策されるから、絶対に使えない。だから常に150点や200点をつくりださなければいけない。(22:19)

では、どうするか。まず、今ベストだと思うことを徹底的にやる。それでダメなら変えるし、もっと良いものが見つかったら変える。変えることほど大事なことはない。それも早いほうがいい。朝令暮改おおいに結構。私はそういう人間だ。「監督、先週言うとったことが違いますがな」って、それはそうだ。「“先週はこう、今はこう”。1週間練習してこれだけ進歩した。それならやることも変える」と言いつつ、こっちは先週何を言うたか忘れとる(会場笑)。だから選手たちは、「監督の言うことは信じたらあかん」(会場笑)と。「そうや。俺の言うことは信じるな。けど、俺という人間は信じろ」と。「監督の言うことが真実だ」なんて思われたら違うことが言えないし、そんなものはない。(23:00)

我が国ではどうしても、たとえば「2に3を足したら5」という一方向の発想が強い。今の現実があり、そのうえで自分がこうしたらこういう結果になるという積みあげの志向だ。そんな風に考えなくてもいいじゃないかと思う。2に3を足したら5になるのは正解だが、「5になるならなんでもいいじゃないか」と。1に4を足しても、7から2を引いても、15を3で割っても。そう考えるとやるべきことは無限にある。それを片端からやってみてダメなら、あるいはもっと良いのが見つかったら、どんどん変えればいい。(24:00)

結局、皆さんがお仕事でやっておられるPDCAそのものだ。プラン−ドウ−チェック−アクションをしっかりやること。ただ、いくら良いプランでも全力で実行しなければ結果を検証することはできない。だから実行が1番大事。そのために何が必要か。私は強い気持ちだと思う。そういう観念的なものが大事だ。そのうえで具体的に何をするかという極めて客観的なものの両立が難しい。ただ、すごく大事なことだと思う。(24:56)

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松本:私の場合、あまり難しく考えていない。古川知事がおっしゃったように、やはりビジョンが必要だと思う。それは言い換えれば夢だと思うし、今でも会社では「‘Dreams Come True’だ」と、常に言っている。いくつあってもいいから、その夢を実現するんだと。ただ、それは極めて抽象的な表現だから、ビジョンをつくったら今度はしっかりした目標も必要になる。水野監督が日本一になられたのも、そういう目標があったからではないか。会社もしっかりした目標を持たないとどちらに向かうかわからない。(26:11)

所詮、企業は体育会であって仲良しクラブではないから、目標を持って数字を達成しないといけない。達成するためにはしくみが必要だ。なんでもかんでもやればいいわけでもないし、できるわけでもない。そこで人の問題に関して言うと、会社は大学と違ってもう少し自由に人を採ることができるから、採用が1番大切だ。弱い人を集めても強くならない。強い人、優秀な人、努力する人を集める。そのうえで、次はその人を訓練しないといけない。訓練とは、教えることと、本人が自分で努力することだ。(27:08)

3番目がそのしくみだ。制度をきちんとつくらないと会社は動かない。やってもやらなくても月給が一緒なら人は動かない。そこで良い制度をつくったら、あとは本人たちがしっかり活躍すること。そこから大事なのがリテンション、つまり良い人間を辞めさせないことだ。特に今は平気でどこかに獲られてしまう。私自身も外資系にいたが、ジョンソン・エンド・ジョンソンなんかは人材の宝庫だということで皆さんから狙われている。だから、そういう優秀な人間を育てると同時にリテンションする必要がある。(28:05)

そして最後にターミネーション。やはりダメな人には辞めてもらわないといけない。ただ、ジョンソン・エンド・ジョンソンも今のカルビーもそれほど乱暴なやり方はせず、3つの定義でやっている。まず、「さぼりは即クビだ」と。で、2つ目は「その仕事に向いてない人もやっぱりダメ」と。私も京大にいたが、間違ってもアメフトのチームには入れない。所詮、向いていない。そして3つ目は、一定の期間は待つが、そのあいだに結果が出ない人もやはりダメということ。ただ、ジョンソン・エンド・ジョンソンやGEは人間を相当鍛えているから、そこで役立たなくてもよその会社で役に立つ。それはそれで仕方がないと思う。こういったことが、いくつかつくっているしくみの1つだ。(29:00)

:私もリーダーの定義やCEOの役割に関してずっと考えていたが、自分自身でどこまでやって、一方でどこまで任せるかという境目を明確にしたほうが良いと思うようになった。そうなるとトップの役割は、まずはビジョン・目標を設定し、戦略をつくって意思決定を行い、その責任を取ることになる。そして2つ目は企業を取り巻くステークホルダーとの関係を良好に保つこと。それで、たとえば講演をしたりクライアントや投資家に会ったりしている。3つ目が理念やミッションをもとに良き企業文化をつくり、採用と人材育成を行うこと。そして皆に満足してモチベーションを高めてもらうことだ。そうした定義を行っている。それ以外はすべて部下に任せてしまっている。(30:24)

さて、ここでもう1つ。「このリーダーは自分の考えや理想に近いな」と、皆さんがベンチマークあるいはイメージしている人がいたら伺ってみたい。(31:42)

古川:リーダーではないかもしれないが、小さい頃から諸葛孔明が大好きだった。中国人に生まれたいと思い、自分で勝手に「りゅうこう」という名前をつけたほど(会場笑)。「ああいう人がいたらいいな」と。僕のリーダー像は少し変わっている。リーダーの脇にいる人が好きだ。リーダーが決断にあったって悩むとき、相談相手になって「こうしたどうですか?」と言えるようなNo.2が自分としては1番好きだ。(32:16)

松本:あまりそういう人のイメージはないが、3人思いついた。1人はジャイアンツでV9を果たした川上哲治さん。あの方は、お話を聞いていてもやはりリーダーとして大変優秀な方だったと思う。2人目は武田薬品工業の元代表取締役会長兼CEOだった武田國男さん。非常にユニークな経営者だったと思っている。ああいう、肩の力を完璧に抜いた経営はなかなか魅力的だ。とても簡単に、素直に経営していらしたと思う。そして3人目が孫正義さん。最近は偉くなり過ぎてお会いする機会もないが、10年ほど前、GEの会長たちと一緒に何度か会食したことがある。お話を聞いていて、10年先、20年先が見えているようだった。私なんていいところ1年半ほど先しか見えないが、あの人には10年先や20年先が見えているのではないかと思う。(33:31)

水野:たくさんいるが、1人挙げるとすると秦の始皇帝だ。日本では、リーダーではないけれども吉田松陰に憧れる。明治という大変革を成した志士たちを育成したという意味で、やはりすごい人だと思う。それとあと1人。私が京大に入学して出会った、ある先輩だ。やる気もなかった私が、その方のおかげでアメフトから離れられなくなった。もうとんでもない練習をさせる人で、しかも練習後に皆をグラウンドに座らせて話をする。「いかに生きるべきか」とか、昔の武道の達人の話とか、極めて抽象的な話だ。それがまた長くて、皆、「はよ終わってくれ」と思って聞いていた。ところが私にとっては全身に電気が走るほど感動する話だった。で、あるときその先輩が、「弱いチームで負け戦のなか、孤軍奮闘・獅子奮迅の働きをするのが本当の男だ」と。僕はもう、「むちゃくちゃ格好ええな」と。それで人生が狂った(会場笑)。スイッチが入り、完全に馬鹿になって今に至ると(笑)。それがなければ、もう少しまともな人生を歩んでいたと思うが、とにかくそういうのも1つのリーダーだし、カリスマだと思う。(35:01)

スポーツでも社会生活でも同じだが、今目の前で起こったことに対して自分なりに「俺はこうするんだ」という答えを出して行動する、そのスピードが何より大事だ。チャンスは待ってくれないし、そのときだけ。けれども、そこで「自分の判断は間違っているのでは?」なんて心配していると行動できなくなる。だから、「少し止まって右左なんていう安全確認だけは絶対にやっちゃいかん」と(会場笑)。どうなるかわからんけど、いくしかない。リスクを侵すその勇気と決断力を持つことがリーダーには重要だ。リーダーは見えない明日に答えをつくり、皆に「行くぞ」と引っ張っていくことのできる人間でなければいけない。逆に言えば、引っ張ることが出来るのは、他者から、「あいつの言っていることだから、任そうか」と思ってもらえる人間だ。その大きな条件の1つは、損得なしということ。組織のため、皆のため、自分を犠牲にしてでもやると言ったらやる。そんな人間がリーダーシップを持つことができるのだと思う。(37:32)

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:御三方にはリーダーになった転機があったのだろうか。水野さんにはある程度伺ったので、今度は古川さんと松本さんにも伺いたい。(39:07)

古川:僕は役人時代、自治大臣の秘書官を11ヶ月間していたことがある。大臣には必ず秘書官が影武者のようについていて、国会答弁で大臣の相談を受けたり、各種お膳立てをする。そのときに、「政治はこんな風に動いているんだ」、「政治家はこんな風に物事を考えているんだ」と、国政そのものを間近で見た。企業で言えばCEOのアシスタントというか、政策担当ディレクターのようなことをしていた。そこで、自治省というそれほど大きくない役所でありながらも、しかも日本で就任期間が平均で1年にも満たないというテンポラリーな役職でありながらも、大臣にどういった仕事をしてもらうかが当時の私にとって大事な仕事だった。短い就任期間中であっても自分たちの役所のファンになってもらい、役所がやりたいこと、そして大臣がやりたいことをどう実現するのかという部分で双方を繋いでいく。そんな、架け橋みたいな仕事をしていた。それが結果的にはこの道を選んだきっかけになったと思う。(39:36)

松本:私の転機は1986年10月だ。それまで伊藤忠商事という大組織で課長をやっていた私だが、ある日突然、「子会社に出向して来い」と言われた。「君に任せる。適当にやれ」と。そこで私も、「まあ、最終的には伊藤忠からの出向だから潰れても職はある。気楽にいこう」なんて思っていた。ところが、出向してみると実際にはすばらしい製品もある。それで、「ほぼ全部やめていい。残りの10%に新しいことを加えよう。とにかく最初にもうからない仕事をやめることが大事だ」と思い、その会社が手掛けていた仕事の90%をほぼ即日でやめた。幸か不幸か、当時の社長さんは、人柄の良い方だったし今も尊敬しているが、幸か不幸か、夜は宴会、週末はゴルフで忙しい。しかしそのおかげで、とにかく経営のことは自由にさせてもらった。そうして新しい仕事と商品、そして新しいビジネスモデルをつくり、当時経営不振だったその医療機器会社は、6年間で国内1位か2位ぐらいになった。あれが転機だ。経営のことが少々わかったし、自分でもある程度責任感を持っていたから良い転機になったと思う。(41:11)

:組織論も伺ってみたい。目標に向かって突っ走って、結果を出すためにどのようなな組織をつくりたいとお考えだろう。理想の組織像はお持ちだろうか。(43:10)

水野:理想の組織はない。勝てばいい。考え方として、チームを勝たせてくれる選手が1チーム分いたら十分で、それ以上はいらない。ただ、現実となるとそれだけではすまない。来年に向けたメンバー育成も、怪我をした選手のリプレイスメントも、チーム活動を支えるマネージャーやトレーナーといった裏方も必要になる。(43:36)

そこで1番大切なのは皆が価値基準を一緒にすること。1学年50人もいるとしたら試合に出場できる選手は多くともそのうち20人程度だ。となると、残りの30人にはチャンスがない。そこで、「チームに所属してアメフトをしているだけで幸せだ」なんて言うやつはいないほうがいい。意識レベルがばらばらになってしまう。マネージャーであれトレーナーであれ、皆が共通の目標を持ち、それだけのためにまい進する組織でないとNo.1になるのは無理だと思う。もちろん王道のチームづくりができる場合は別だが、それができない京大のようなところは価値基準の統一が大事になると思う。(44:22)

それと育成についてだが、選手に技をマスターさせようとして、「こうしたらいい」で終わる人は多い。それをさらに1歩進めると、できるようになるまでやらせるわけだ。ただ、「それでもダメだ。できるようになってから、さらに1万回やれ」が僕の主義。そうすると、意識せんでも身体が勝手にやってくれるようになる。意識は自由になり、視野が広くなって敵が見える。次の瞬間がどうなるかわからんが、そこで自分が何をすべきか閃くようになる。そうなると一流だ。そのレベルまでやりなさいという話だ。(45:32)

もう1つ。そうは言っても強いチームとの決戦となると、勝ちたい気持ちが強ければ強いほど負けるのが怖くなる。で、試合も怖くなる。だから、3年のときまでは大活躍していたのに、4年になってそういう試合が近づくと夜も寝られず飯も食えんようになるやつが結構おる。ただ、人間というのはえらいものだ。それでも試合に入ると、ほとんどの場合、腹を括れる。「俺はやるだけのことをやった。だからどんな結果になってもそれが自分や」と。つまり自分を諦めるということだ。その心境になると、人間は自分自身から自由になる。そこで、それまで見えていないものが見えるようになる。そもそも我々は先ほど申しあげたように自己否定から入る。それで「お前はダメだ」と言われながら欠点や弱点の克服ばかり目指すわけだ。選手は自分の欠点しか見えていないし、いざというとき自分の長所も見えない。それで強い相手を見ると、「ああ、あいつ強いな」と、相手の強い部分しか見えなくなる。当然、そんな状態で勝つためのアイディアなんて出てこない。戦わずして負けている。勝負とはそういうものだ。(46:45)

そのとき、「やるだけのことをやった。どうなってもそれが俺だ」という風に自分自身から自由になると、それまで見えていなかった自分の長所が見えてくる。強いと思っていた敵の短所も見え、どう戦えば勝つチャンスが生まれるかという道も見えてくる。そうなると人間は120%の力を出す。それが「腹を括る」「覚悟を決める」という状態だ。そこまでいったらたいしたものだと思う。だからリーダーは…、明日のことはわからんが、それでも明日へ向かって「こうやるぞ」と、皆の運命を担って引っ張っていかなければいけない。これはよほどの覚悟が決まっていないとできない。だからリーダーに1番大事なのは覚悟を決めること。「そこまで行きなさい」ということだ。(48:30)

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松本:監督のお話に尽きるかもしれない。要するに勝てばいい。企業も同じだ。ただし、企業でもなんでも、組織にはそこで大事なことが2つある。1つは「世のため人のため」ということ。なんでもいいから儲けたらいいという話にはならない。一定の倫理観を持ち、「世のため人のため」に私たちは働いているんだということが重要だ。ただ、それだけではNPOになる。だから、もう1つが「稼げ」と。カルビーはスナックに関して昔から圧倒的シェアを持っていたが、まったく儲かっていなかったし、成長も忘れていた。私はそこで皆さんの目を覚ましただけ。私自身はたいしたことをしていない。(49:46)

成長のためには強い組織にしなければいけない。「稼ぐ」「勝つ」と言っても、1年きりではダメだ。毎年成長しないと意味がない。ジョンソン・エンド・ジョンソンはその典型で、「毎年、たくさん売ってたくさん稼げ。成長がエンジンだ」といった会社だった。私がそこで社長を務めたのは9年だが、その間、売上の年平均成長率は18.9%で、利益では同29%だった。毎年上がっていた。カルビーにもその素質はある。今は少子化だから売上の年平均成長率となると2〜3割には届かないが、それでも今は10%になった。利益では過去5年で同35%だ。そういう強い組織にしなければいけない。しかも5年ぐらいではまだまだ。少なくとも30年ほどは売上同10%、利益同20%前後で成長しないとダメだ。可能性はあるし、私はそこで「ネスレを見てごらん。10兆円規模だ。我々の50倍もある。だからまだまだ大丈夫」とホラをふいて激励している。(50:55)

古川:私にとって理想の組織は、私の対抗馬が選挙に出る組織だ。「自分がトップとなったら佐賀県をこんな風にしたい」と、ビジョンを持ってそれを実行したいと思う人が出てくること。それが成功のイメージになる。後継者でなく対抗馬だ。引き継ぐのではなく、自分でつくっていくような人にたくさん出てきて欲しいと思う。その延長線上ということで、人材の厚みとして「管理職や若いスタッフがヘッドハンティングされて困る」という感じになればいいなと。佐賀県庁を人材の宝庫にしたいし、「次世代のため、佐賀県に蔵をつくって残す」といったイメージを持っている。(52:43)

道州制が今後どうなるかわからないが、百数十年変わっていなかった都道府県という単位が、次の世代には変わるだろうと考えている。そのときに、「佐賀県庁で働いていた人たちは使えるね」と。気が付くと、主要なところでは佐賀県庁で働いていた人たちが仕事をしているという状態にしたい。私は市町村合併をずっと見てきたが、たとえば小さくても優秀な人や元気な人がいる自治体には共通点があった。昔の話だと思って聞いていただければと思うが、きちんと試験をして採用しているところは人材が育っている。試験を行わず、「頼まれたから知り合いの甥っ子を採用した」なんていう世界では育っていない。だから私は責任者として、今一緒に働いている仲間にはどんな場面でも活躍できる人材になって欲しいし、県庁をそういう組織にしたい。(53:38)

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