大津市長 越直美氏×三重県知事 鈴木英敬氏×横須賀市長 吉田雄人氏「地域を経営する」 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「母は仕事を辞めて祖母の介護をしていた。そのときに『地方自治体が何か出来ることもあるのでは?』と思い、以来、政治の世界を目指すようになった」(越)

村田晃嗣氏(以下、敬称略):ご登壇いただいている地方自治体の首長に共通しているのは、御三方とも大変若い知事・市長でいらっしゃる点だ。また、大津市長は弁護士から、三重県知事は国の行政から、そして横須賀市長は外資系コンサル企業を経て市議からと、皆が異なるバックグラウンドをお持ちという点でも共通している。少子高齢化が深刻化する日本で、地方自治体の経営は今度どうなっていくのか。地方分権が叫ばれる一方、それで本当に地方を活性化出来るのかといった議論もある。(2:13)

同時に、今後は地方政治家の視点がますます重要になるとも思う。海外では最近、「If Mayors Ruled the World」という面白い本が出た。「市長が統治すれば世界はもっと平和になるのでは?」という本だ。主権国家より都市国家の歴史の方が長いわけですし、都市を軸に世界を見ると国レベルで考えられないような協力等が出来るのではないかと。地方からグローバル社会への発信という視点も今後は求められると感じる。さて、では議論を行うにあたり、まずは順番に話題を提供していただこう。そこで議論を深めたのち、会場からも質問も募りたい。(3:10)

越直美氏(以下、敬称略):今日はなぜ弁護士から市長を目指したかという背景とともに、市長として今一番やりたいと思っていることをお話ししたい。やはり私自身が女性であること、そして比較的若いということで、女性が住みやすい社会をつくりたい。そして子供を持ちやすい社会にすることで日本の人口増に繋げていくというのが目標だ。大津市の人口は現在34万人強。今も幸いにして増えているが、今後はさらに増やしていきたい。(4:55)

私は小学校に入る前、5歳のときに大阪から大津へ引越し、以来、大津で育った。それで昔から地元は大好きだったのだが、政治家を志したきっかけは、中学生になった頃、祖母が怪我をして自宅介護が必要になったことだ。当時は介護保険もなく、母は仕事を辞めて祖母の介護をしていた。そのときに「地方自治体が何か出来ることもあるのでは?」と思い、以来、政治の世界を目指すようになった。特に大津市で何かしたいという気持ちを中学生ぐらいから持っていた。(5:58)

ただ、私自身に政治家の親戚がいる訳でもなく、お金もなく、どうすれば政治家になることが出来るのかも分からない。それで政治の道は一旦諦め、法律の勉強をして弁護士になった。そして東京で2002年、西村あさひ法律事務所という今日本で最も大きな法律事務所でM&A関連の仕事をはじめた。(6:33)

日本では6年ほど働いていたのだが、当時は(仕事をしながら)結婚して子供を持つことが本当に難しい時代だった。結婚して子供をもうけた同僚女性もいたが、大変苦労していた。東京でも子供を預ける場所がなく、保育園にも入ることが出来ない。それで彼女は給料と同じぐらいのお金を払ってベビーシッターを雇い、あるいは地方にいらしたお母様に東京へ来ていただき、子育てをしていた。(7:23)

それでも子供が病気にかかれば家に帰らなければいけないときはある。M&A関連の仕事は緊急性が高いこともあり、大変な苦労をしながら仕事と子育てを両立しているのに面白い案件や大きい案件を担当出来ない。それで出世も遅れてしまっていた現実があり、それを見ていた私は子供を持つことがなかなか出来なかった。(7:53)

大津でも、結婚してから、あるいは子供を持ってから仕事を辞めた女性の友人は多かった。小学校に入るぐらいの子供を持った友人が多いものの、今は景気があまり良くないこともあり、一旦辞めていると再度働こうとしても仕事が見つからない。子供を預けることが出来ないために就職活動にも行くことも出来ない。そうした状況で大変苦労している友人の姿を私は数多く見ていた。(8:46)

ただ、私自身は2008年にアメリカへ渡った。そこで当初はハーバードのロースクールに通っていたのだが、当時はアメリカ大統領選の時期だ。オバマ氏の出身校ということもあり、ハーバードでは若い人たちが熱心な選挙活動をしていたのを見て、改めて「私も世の中を変えるために頑張りたい」と考えるようになった。(9:13)

私はその翌年からニューヨークの法律事務所で働きはじめたのだが、ある日、その事務所で働いていた同僚男性が「3日後から来なくなる」という話になったことがある。理由を聞くと、「育児休暇を取るから」と言う。それで1年ほどいなくなると。法制度という点で言えば、アメリカも男女ともに働くことの出来る制度がそれほど整っていた訳ではない。ただ、実際には男性も平気で1年ほどの育児休暇を取る人がいた訳だ。(9:55)

そうした環境を見るにつけ、やはり日本では女性だけが未だ二者択一を迫られていると感じた。仕事を続けて子供を持たないか、子供を持って仕事を辞めるか。私は女性の選択肢を広げたい。もっとラクに仕事も続けながら子供を持つことの出来る社会をつくっていきたいと。そうした思いが市長を目指した一番の動機だ。そうすることで、女性が子供を持つ機会も増え、人口も増えていくと思う。(10:31)

そのために大津市で行っている具体的施策も簡単に紹介したい。対象年齢で分けると、まずは小学校に入る前。大津市でも待機児童の解消は大きな目標だ。大津には京都や大阪から引っ越してくる方も多いが、まだ待機児童が多い。昨年は147名いた。それで私が市長になった去年1年間で、およそ230人ぶんの新しい保育園をつくった。しかし今年4月時点でもまだ146名の待機児童がいる。「近くに保育園が出来たのなら働きに出たい」という潜在ニーズが大きいためだ。今年度は新しく660人ぶんの保育園を整備する。また、小規模な家庭的保育システムも導入し、「来年4月には待機児童をゼロに」という目標を掲げている。(11:53)

また、小学生に関しては児童クラブという学童保育所を充実させている。大津市ではすべての小学校に児童クラブを設けおり、そこに児童を預けることが出来る。私が市長になってからはその運営時間を延長し、現在は朝8時半から夕方6時半まで利用出来るようにした。保育園があっても小学生になると預けるところがなくなるという「小1の壁」にぶつかり、子供が小学校にあがった段階で仕事を辞めてしまうお母さんは多い。それを解消するため、児童クラブもさらに充実化させている。(12:34)

それと中学ではスクールランチという事業をはじめた。全国的に見ると関西には給食のない学校が多い。そこで、お弁当を持って来ることが出来ない日に利用出来る配食サービスを今年6月にはじめたところだ。私は大津市長になってから、特に働く世代や自身と同世代のお母さま方とたびたびミーティングを重ねてきた。今ご紹介した施策はそこでいただいた声を基につくったものだ。それによって女性が働きやすい環境とともに「住みやすい街:大津」を実現し、人口増に繋げたい(会場拍手)。(13:30)

「三重県知事に出馬したのも、一言で表現すればもったいないから。これが一番の動機だ」(鈴木

鈴木英敬氏(以下、敬称略):基礎自治体と広域自治体では役割がまったく違う。都会と地方も大きく異なる。たとえば三重県には29の市と町があるものの、大きな市はひとつぐらい。多くは人口1万人以下の小さな町だ。従って今日は都会と地方、そして基礎自治体と広域自治体を比較することが出来るという意味で、会場の皆さんにとっては興味深いセッションになると思う。私自身も大変良い機会をいただいたと感じている。(14:56)

私は元々経済産業省に勤めていたのだが、少し変わった官僚だった。構造改革特区を最初につくったときはおよそ100の自治体を廻り、「こんな制度が出来るから提案してみませんか」という営業をしていた。また、1円で会社をつくることが出来る制度をつくったときも100社ほどのベンチャーさんにお話を聞いて廻ったり、ジョブカフェをつくった際も全国をめぐって若者たちの失業状況を調べたりしていた。ただ、そうして地域を巡っていると、とにかく「もったいないな」と思うことが多かった。三重県知事に出馬したのも、一言で表現すればもったいないから。これが一番の動機だ。(16:22)

動機はもうひとつ。私は第一次安倍政権で官邸に入り教育再生や公務員制度改革、あるいは地球環境問題を担当していた。ただ、当時の官邸と政治は、なんというか…、たとえば安倍さんが「ゆとり教育の見直し」という9文字を所信表明演説に載せたいと言うだけで、文部科学省が省をあげて反対する状況だった。「総理。それは平成2年にはじめたばかりなので今変えるのは…」と、大きな理由もなく反対する。社長がやりたいと言っているにも関わらず、あらゆる手段で役員たちが反対していたようなものだ。(17:18)

では政治家のほうはどうかというと、当時は自民党政権時代の末期。小泉チルドレンと言われる方々を中心に、自民党の若手政治家たちは国民から付託を受けて政策立案を行うという仕事そっちのけ。お祭りへ行ったり選挙活動ばかりしていた。で、政策立案自体は官僚に丸投げをしていた訳だ。「これはおかしい。足を引っ張る官僚に政策を丸投げする政治家というのは一体何だ」と思った。(17:48)

そこで私が取り得た方法は二つ。ひとつは足を引っ張らない官僚になること、もうひとつが丸投げしない政治家になることだ。そこで私は後者を選んだ。そうでないと間に合わないからだ。仮に経済産業省で偉くなるとしても、霞ヶ関の世界を変えていくには15〜20年かかる。現在のような待ったなしという状況下、前者の選択肢はあり得なかった。そこで最初は国政選挙に挑み、そして落選したという訳だ。私が壇上のお二方と大きく異なる点は落選経験があることだと思う。人生で最大の転換期だった。そして今は知事をやらせていただいているが、動機としてはそんなところになる。(18:38)

続いて、今、知事としてやっていることをご紹介したい。三重県は人口約185万の広域自治体で、これは47都道府県のなかで23番目の規模になる。面積は24番目だ。で、生活に密着した部分は基本的に‘Near is better’ということで基礎自治体にお任せし、広域自治体である我々はもっと広い地域を対象とした取り組みを行っている。(19:11)

まず三重県の経済全体を見てみると、自動車と電子デバイス、そして石油化学の3分野が製造業の7割を占める。また、産業構造に占める製造業の比率を見てみると、全国平均のおよそ17%に対して三重県は33%。製造業、さらに言えば特定の3業種に偏っているというこの産業構造をどう変えていくかが私の課題だ。(19:42)

そうした環境下で、全国初の制度もいくつかつくった。そのひとつがマイレージ制度だ。たとえば三重県の企業誘致で最も有名で投資はシャープの亀山工場。200億円ほどの投資を持ってきた。ただ、今はあれほど大規模な投資はない。平成18年時点で5億円以下の投資は3割もなかったが、直近の平成23年ではこれが6割を超えている。従って小規模の投資を促進し、それらを地域に密着させながら地域経済を潤すことが重要だと、現場を巡っていくうちに考えるようになった。(20:40)

ただ、今までは「5億を一度に投資したら助成する」というものだったので、それをたとえば1年目に1億円、3年目に2億円、5年目に2億円という風に、足掛けで5億に達すれば初年度から助成する形に変えた。また、たとえば障害者雇用の法廷雇用率を満たしたらその足掛け5年を7年にするといった各種インセンティブも設けた。ポイントを溜めて助成を受けるというマイレージだ。これを全国で初めてつくった。今年4月にはじめたのだが、すでにそれで何件かの投資案件が決定している。(21:18)

あとはマザー工場。日本の製造業が生きていくためには、アジアに存在する各製造拠点のマザー工場を国内に持っていなければいけない。R&D、試作、そして生産拠点が一体化されたような工場だ。そこで、NAND型フラッシュメモリをつくっている東芝と軽自動車をつくっているホンダの鈴鹿製作所をマザー工場とするために人材を呼び込んだ。今はそれぞれ200人ずつ来ている。人材獲得支援のような制度を設けた自治体はこれまで全国になかったが、たとえば「50人来れば5億円の投資と見なして助成します」という制度をつくった訳だ。そういった施策によって、企業のグローバル展開を支える拠点を県内につくっていきたい。(22:14)

また、自治体外交も重要だ。私は現在、週に2日ほど海外の要人と会っている。平成24年度だけで35カ国162人の海外要人を三重県に招いた。シンガポールや韓国やエジプトの大使等だが、とにかく「三重県を知って欲しい」と。一番大きな成功は台湾との産業連携協定だ。台湾には日本の17都道府県がラブコールを送っていたが、三重県だけを選んでくれた。私やスタッフの熱意を感じてくれたのだと思う。(23:02)

最後にひとつだけ申しあげると、リーダーとして重要な仕事は組織の風土や空気を変えることだと思っている。私にも去年、子供が出来た。私に似ているからというのもなくはないが、めちゃくちゃ可愛い(会場笑)。で、育児休暇(以下、育休)を取った。私たち知事のような特別職には勤務時間がないので基本的に休暇制度もない。従って“育休っぽいもの”という話になるが、それを取った結果、平成22年度に1.7%だった県庁の男性職員の育休取得率は24年度、5%に上がった。(24:01)

三重県全体で男性の育休取得率を見てみると、こちらも平成22年度の0.7%が24年度には2.7%に上がった。全国平均の2.63%を少し上回る程度だが、とにかくはそんな風にして、制度はあるけれども取りにくいという空気をブレークスルーしていきたい。知事は地元の新聞やテレビ等、何らかのメディアに1日1度は顔を出す。従って、そうした空気づくりもひとつの役割になるのかなと思う。(会場拍手)(24:42)

吉田雄人氏(以下、敬称略):1週間前に再選させていただき、今は市長2期目となったが、選挙自体は大変厳しいものだった。先ほどもグロービスの方に「当選した市長の写真でなく相手候補を応援した人が頭を下げている写真が新聞に載るのは何故ですか?」と聞かれたが、私も答えることが出来なかった(会場笑)。(26:20)

ただ、それほど厳しい選挙で当選出来たのは、今回の首長選で何が求められているかを市民の皆さま一人ひとりがしっかり判断してくださった結果ではないか。私は今回の選挙で「選ばれるまち、横須賀へ」というビジョンを掲げており、それを市民の皆さんとどれだけ共有出来るかが一番大事だと考えていた。そのうえで、これまでの実績、4年間の政策、そしてそれを語る人物という3点で評価していただきたいと。そんな話をして当選させていただいた。(27:42)

さて、今日はまず政治家を目指した経緯に触れたうえで、地域経営をどう行うべきかという話に移りたい。特に民間で働いたのちに市議会議員となり、市民感覚を持って市長になったという立場の私としては発想の転換が必要だと考えている。(27:55)

私は早稲田大学時代、雄弁会というサークルに入っていた。早大雄弁会は総理大臣を何人も輩出しており、私は高校の頃、「総理大臣になろう」というぐらいの気持ちを持っていたためだ。ただ、実際に入ってみると…、雄弁会自体は大変良かったが、選挙の手伝いが本当に大変だった。たとえば政治資金パーティー等で「学生を集めることの出来る議員です」とアピールするために動員されるといったこともあり、「こんな政治じゃ駄目だな」と。それで芥川賞作家を目指したのだが、残念ながら私の才能に気付いてくださる方がほとんどいなかったと(会場笑)。新人賞等に応募するも受賞は叶わず、その後は普通に就職した。(28:51)

入ったのはアクセンチュアという会社だ。選んだ理由としては、同社が当時、省庁コンサルテーションに関して日本最大のシェアを持っていたということもあった。そこで官僚の皆さまと一緒に働くことも多かったが、やはり皆すごく優秀だった。もちろん我々も馬車馬のように働いていたし、他ベンダー企業の皆さんもすごく頑張っていた。(29:28)

ただ、「前に進まないな」と。それで、「やはり世の中を変えていくのは政治ではないか?」と考え、改めて政治を志した。ただ、「中身のない政治家になりたくない」ということで一度大学院に戻ったのだが、そこで当時取手市の市会議員をしていらした方に「飛び込んでみろよ」と言われた。それで市会議員に出馬した。(29:52)

そこで議員になると、街のことが色々と見えてきた。当時の横須賀は官僚出身の方が長らく市長を務めていた状態だ。それで、たとえば美術館やテーマパークをつくるという計画に議員という立場で見直しを求めても、予算編成権を持つ市長が強引に建設を推し進めるといった状況だった。従って、「やはり市長にならなければ変えることは出来ない」と思い、4年前、市長に立候補した。当時も36年間市長を務めていた官僚出身の市長さんが再選を目指しており、それを小泉純一郎さんが応援する形だったが、それに対抗する形でなんとか当選し、そして先週の再選に至るという流れだ。(30:38)

私としては官僚出身の市長に出来ないような発想転換を行う必要があると思っているので、今日は集客の観点でひとつお話をしたい。皆さんは横須賀という街にどんなイメージを抱いているだろう。(会場から「海軍」との答え)…あ、海軍、いいですね。「仕込んでいるのでは?」というほどドンピシャのお答えだが(会場笑)。実際、基地の街というイメージが強いと思う。で、そのために治安が悪いというイメージもある訳だ。(31:32)

「基地の街というイメージを逆手に取り、マイナスでなくプラスに捉えよう、と私は考えた」(吉田)

それ自体は仮説だが、実証データもある。以前、日経新聞が「東京近郊で住みたくない街」というアンケートの結果を発表していたのだが、そこで横須賀は8位に入っていた。他の都市を見てみると、厚木も2位に入っている。「厚木基地があるから」と思われているのかもしれない。実際には厚木市に厚木基地はなく、大和と綾瀬に跨ったところにある。ただ、「騒音がひどいのだろう」というイメージを持たれているのではないかと。基地の街は悪いイメージを持たれてしまっていると考えることが出来る訳だ。(33:05)

このイメージをどうするか。今までは払拭しようとしていた。たとえば基地や艦船が写った画像は広報誌に使わない、あるいは「旧基地施設は建て替えてしまおう」といったことをしてきた訳だ。しかし、先ほども横須賀と言えば「海軍」と真っ先に言っていただいた通り、実際にはそれでも基地のイメージが払拭出来ていなかった。それならば軍港、海軍、そして基地の街というイメージを逆手に取り、「マイナスでなくプラスに捉えよう」と私は考えた。それで基地を新たな都市資源と捉え、積極的にアピールしながらさまざまな方法で活用する取り組みをはじめた訳だ。(34:08)

具体例をお示しすると、たとえば海軍カレー。「横須賀といえば海軍カレー、カレーと言えば横須賀」なんていう街になっていけば良いと思っている。軍港巡りというのもある。現在は年間15万人近くのお客さんを呼ぶことの出来るドル箱事業だ。基地の街というイメージを隠す時代は終わった。今は民間企業と協力し、基地の街を海から魅せるという観光クルーズをやっている訳だ。(35:11)

ほかにもアメリカングルメということで、ネイビーバーガーやチェリーチーズケーキといったご当地グルメもアピールしている。これは横須賀に来なければ食べることが出来ない。いくつかのファミリーレストランチェーンからオファーもいただいたが、門外不出だ。海軍カレーは外に売っていくが、ネイビーバーガーやチェリーチーズケーキは米海軍からレシピを貰い、横須賀で基地の街というイメージとに共に売っていきたい。普通に食べても美味しいが、基地の街というイメージと一緒に食べたらさらに美味しいと。そんなブランド戦略で進めている。そんな風に、基地の街ならではの観光資源ということで発想を転換しながら取り組んできた。まずは官僚出身でない民間出身者ならではの都市経営事例ということで、いくつか紹介させていただいた(会場拍手)。(36:19)

村田:私からは2点、お伺いしたいことがある。まず大津市長の「人口を増やしたい」とのお話について。たしかに人口が減ってしまえば基礎自治体や地域の経営は成り立たない。ただ、人口増という課題以前に、街や地域がどれほど魅力的に、あるいはクリエイティブになることが出来るかといった質の問題もあると思う。(36:58)

アメリカにもサンフランシスコやロサンゼルスのように活力を持ち続けている都市がある一方、かつては大変な活力があったけれども現在は衰退している都市がある。ピッツバーグは鉄鋼の街と言われていたがどんどん寂れていった。そこで、都市によってそうした違いが起こる理由を調べたリチャード・フロリダという都市経済学者は、活力を維持出来る街の特徴としてイノベーションを挙げていた。イノベーションが起こらなければ街の活力は失われるという訳だ。(37:26)

では、どうして特定地域にイノベーションが起こるのかと言えば、エンジニアにしても芸術家にしてもクリエイティブな人々がそこに集まってくるから。そしてピッツバーグにそうした人々が集まらない理由として、リチャード・フロリダはトレランスの問題を挙げていた。寛容性のない地域にはクリエイティブな人々も集まってこないというのが彼の結論だ。興味深いもので、「寛容な街であるか否かを判断する明確な指標はふたつある」と彼は言う。「ひとつは移民の多いこと、もうひとつはゲイの人々が多いこと」であると。移民やゲイの人々が排除されない街は異質さや多様な価値観に寛容で、そうした場所にクリエイティブな人も集まると。イノベーションはそこで起きるという見方だ。(38:26)

そこで、どうすれば日本の都市や都道府県をクリエイティブにしていけるのかを御三方にも伺いたい。また、現在の日本では47におよぶ都道府県知事のうち、およそ半数が東京大学出身で2/3が中央官庁出身者となっている。これで日本に真の地方自治があるのかとも思う。政府が知事を任命していた明治時代と比べ、その基本構造は本当に変わっているかと。東大出身者や元官僚が悪いという意味でなく、何故もっと多様な人材を輩出出来ないのか。地方のリーダー教育、そして人材供給というものをどのように捉えたら良いのかということも併せて伺いたい。(39:21)

越:寛容性の指標がアメリカでは移民やゲイの方々の数というお話だったが、日本では未だ女性が政治的にも社会的にも弱者という面があると思う。そう考えると大津は女性に寛容な街ではないか。滋賀県知事も女性だ。今、知事と県庁所在地の首長が女性という地域は滋賀だけになる。また、日本には都道府県ごとに弁護士会があるのだが、女性比率が全国で最も高いのも滋賀県弁護士会だ。(40:23)

私が出馬した際も「不利だよ」というようなことは言われていた。理由はふたつ。ひとつは若いからで、もうひとつは女性であるからだ。実際、選挙を通して「経験不足だ」ということはあちこちで言われた。ただ、「女性だから駄目だ」ということを面と向かって言われたことは市長になる前も後も一度もない。それは嘉田由紀子知事がやってきたということもあると思うし、女性に対して比較的寛容なところがあるからなのかなと感じている。だからこそ女性が働きやすい環境づくりにも理解をいただいているし、私としてもそれをさらに進めていかなければいけないと思っている。(41:21)

それと、地方自治体の首長が今まで画一的であったということについてだが、私自身は別の分野から出てきた人間だ。どんどん多様化されるべきだと思う。知事や市長は各自治体にひとりしかいないし、自分にしか出来ないことがある訳で、色々な価値観があってしかるべきだ。選挙で選ばれた人がそれぞれ自分の特徴を生かしていくことが出来るのは大きな魅力であるし、その意味でも地方自治体の首長というのは最も画一化されるべきでない仕事だと思う。(42:16)

国であれば議員内閣制という制度の下、まずは議員を経験しなければトップになれない。また、国会は多数決の世界だ。しかし首長は選挙で勝てば…、もちろん地方議会との関係も大事だが、基本的には自分の好きなことがすぐに出来る。そこが大きな魅力なので、やはり多様な人材に入ってきて欲しいと思う。(43:02)

「鈴鹿は日本で2〜3つしかないミャンマー難民の受け入れ自治体のひとつ。トレランスは大いにあると思う」(鈴木)

鈴木:イノベーションとトレランスについてだが、人口約185万の三重県は外国人登録者数が直近で4万1000人に達している。これは全国の都道府県人口比率で5番目の数だ。この辺については三重のなかでも特に鈴鹿市が優れた取り組みを行っている。ご存知の通り、鈴鹿には鈴鹿サーキットがあり、ホンダの鈴鹿製作所もある。ホンダは国内生産100万台のうち50万台を軽にして、その50万台はすべて鈴鹿でつくりたいとも言っている。そのためにもイノベーションを起こそうとしている訳だ。(44:05)

また、外国人登録者数も鈴鹿だけで9000人ほどいる状況だ。ご指摘のようなトレランスは大いにあると思う。ミャンマーからの難民の方々についても同様だ。日本で2〜3つしかない受け入れ自治体のひとつとして、鈴鹿には3家族に来て貰っている。そうした形でも鈴鹿は人口が増えているので、活力を維持出来ているのではないかと思う。(44:34)

そのうえで活力を維持するためにどうすべきかというお話をしたい。まず、市町村のような基礎自治体は医療や教育あるいは福祉で街の魅力を高める一方、都道府県知事という立場で言えば、やはり働く場をつくっていくことだと思う。働く場があることでイノベーションを産む人材も来るだろうし、トレランスも生まれる。先ほどの産業政策にも直結すると思う。(45:08)

それと地方政治における人材多様化について。私自身にはご指摘の条件が両方重なるので、それは背負っていかなければいけない十字架だと思う。ただ、大事なのは能力がフェアに評価されるか否かだ。今、三重の方々に「鈴木英敬は官僚っぽくてダメだと思いますか?」と聞けば、恐らく9割以上が「そうは思わない」と言ってくれると思う。官僚と東大だからすべて×という話でない。知事選に出た当時、橋下徹元大阪府知事を除けば30代の知事はいなかったし、「30代で出来るのか」という声はあった。ただ、やってみた結果として、今は半数以上の方が知事として能力を評価してくださっていると思う。従って、能力をフェアに評価する意味でも皆さんには地方政治に興味・関心を持って欲しい。住民の目があることで人材もふるいにかけられるからだ。(46:42)

吉田:二つのご質問にまとめてお答えすると、選挙に尽きると思う。自治体としての多様性や寛容性を担保する候補者をしっかりと選ぶこと。色々な選挙スタイルや支持母体があっても良いと思うが、官僚出身の方は諸団体の支援を受けないと当選出来ないケースが多い。そうなると支持母体の言うことを聞かなければいけない構図になりがちだ。それをパーソナリティ等でクリア出来る鈴木知事のような方ばかりであれば良いが、そうでない方も多い。その意味でも、有権者がご指摘のような観点で候補者を選ぶことが出来るか否かが地方のイノベーションを最終的に担保すると思う。(48:00)

吉田:「何をもって良いとするか」という議論も大事だが、地方自治体には住民福祉の増進という使命がある。つまり市民満足度の向上ということだろう。それをどうやって測るかが大事な訳だが、状況による違いはあるにせよ、横須賀としては若い世代に選んで貰うかことが大きなポイントになると考えている。20〜30代の方々が横須賀に残る、あるいは横須賀を選ぶという観点で「良い」という言葉を定義したい。(49:43)

人口減少社会は間違いなく訪れる。そのなかで奪い合いになるのは仕方がないことだ。ただその一方では、「どのようにして子供をたくさん産んでいただくか」という見方もある。他所から人を引っ張ってくるだけでなく、今いる人たちに一人でなく二人目、二人目でなく三人目を産んでいかに貰うか。そうしたことも考えていかなければいけないだろう。(50:14)

いずれにせよ奪い合いになる状況自体を否定的に捉えるべきではない。自治体がそれぞれ多様性や特殊性を発揮しながら自分たちの街について考えていくことは、日本全体で考えても良いことではないか。棚田と同じだ。気候の変化等によって棚田のなかには必ず生き残る田んぼが出てくる。生き残る自治体とそうでない自治体が出てくる時代になることは否定すべきでないと思う。(51:09)

鈴木:地方経営に必要な要素という観点でお話しすると、知事にはふたつの顔があると思う。ひとつは三重県庁の社長、もうひとつが株式会社三重県つまり地域全体の社長という顔だ。そのどちらかひとつに固執してはいけないのだと思う。たとえば三重県の県債残高はこれまで増え続けていたが、平成26年度、やっと減少に転じる。それに併せ、知事部局の人件費軽減を含めて経営スリム化も実現していく。何故か。限られた財源を予算や財源として配分しなければいけないとき、県庁の社長として財源を守るということに固執していると地域経営が出来なくなるからだ。もちろん地域経営に固執して県庁職員のモチベーションを下げる結果になってもいけない。どちらかの顔に固執しないということが大事なのだと思う。(52:32)

それともうひとつはファクトに基づいて仕事をすること。たとえば経営という観点であれば、三重県の有効求人倍率は、(今年5月に)リーマンショック以来4年7カ月ぶりに1倍を超えた。実質GDPも4年ぶりに増加へ転じている。そうしたファクトに基づく経営も重要ではないかと思う。(53:02)

それと、内閣府で少子化危機突破タスクフォースの委員をやっているので人口の問題についても一言申しあげたい。私も奪い合いは仕方がないと思う。鍵は人口というものを政策立案における所与のものとして捉えるか、変数として捉えるかだ。日本は今まで変数として捉えようとしていたが、中途半端だった。少子化を克服したフランスやスウェーデンは変数と捉えたうえで20〜30年かけて、そして「産めよ増やせよ」という価値観の押し付けでなく、希望している人が子供を持つことが出来るような社会にした。実際、日本でも理想の子供の数は2.4人だが、現実は一人台だ。このギャップを埋めることが重要ではないか。その結果として人口増に反転しなかったとしても、減少の度合いを緩やかにするという観点が大事になると思う。(53:53)

越:私は人口増の内訳を自然増と社会増に分けて考えている。今いる方々の出生率を増やすという自然増に向けた施策であれば、奪い合いをせずとも日本全国で行える。だからこそ大津市では保育所を増やし、小学校でも預けることの出来る場所をつくっている。それで、たとえば二人だった子供を三人に増やすご家庭も出てくるだろう。私としてはその過程で大津のモデルを日本全国に広めていった結果、日本全体で自然増という方向になればと考えている。(54:41)

ただ、もうひとつの社会増つまり流入という部分では奪い合いになるだろう。たとえば大津の隣には草津市もある。そこで「住宅が建て易い」「子供を預けることの出来る施設が充実している」といった魅力で競争に勝つことが出来るようにはしたい。ただ、互いの自治体がそのように高め合うことも、日本全体の人口増に寄与すると思う。(55:28)

村田:まさに大学も人口減少によって斜陽産業となっているが、その問題に対するひとつの答えは留学生を増やすことだ。地方では移民という話になると思うが、この議論は日本社会が移民問題と真面目に向き合うか否かというひとつの問いでもあると思う。また、たしかに大学レベルでも今後は競争していかなくてはいけないが、一方では関西にある主要大学がそれぞれの特徴を生かしながら協力するという視点もある。たとえば私学は私学、国立大学法人は国立大学法人で、どういった協力が出来るか。自治体も同様だ。それぞれの特徴を生かしながら協力していくことも大事だと思う。(56:09)

鈴木:まず雇用について。我々は昨年、「みえ産業振興戦略」というものをつくった。ここでターゲットを当てている業種には、冒頭で申しあげた自動車・電気デバイス・石油化学のほか、社会解決型産業と呼ばれる産業も含まれる。ライフイノベーションや環境エネルギーだ。また、三重県はサービス業が非常に薄いのだが、たとえばiPodはハードだけでなくiTuneというサービスと一緒になって初めて価値が出る訳だ。今はモノだけで勝負出来る時代ではない。従って、いかにして三重の製造業にサービスを付与していくか。薄いからこそ苦労している領域だが、力を入れていきたい。それと今年は伊勢神宮に(式年遷宮で)1千万人のお客さんが来ると予想されるので、観光産業も重要だ。これは裾野が広い。飲食店やお土産屋といった小規模事業者にも大変な波及効果を与えるので、観光の産業化にも力を入れている。(57:50)

吉田:郷土愛についてだが、横須賀は市民にかなり愛されている街だと思うし、私としてもそれを高めていかなければいけないと思う。そこで大事なのは、たとえば「横浜といえば港町」「湘南といえば渚」等々、ブランド力の強い街や地域と戦っていくためにも、都市イメージをはっきりさせることだ。そこで「横須賀といえば基地」というのもひとつだが、もう少し広く、横須賀の都市イメージを構築する必要があると思う。(58:36)

これは戦略の話にも繋がるが、自治体経営を行うにあたっての計画づくりが戦略になるのだと思う。どのようにして思いや理念を計画行政に落とし込んでいくか。計画行政というと杓子定規なイメージもあると思うが、その計画にどれほどの思いを込めることが出来るかは大変重要だ。それを職員と共有し、共感出来るような事業を進めたい。(59:13)

都市イメージに関連してもうひとつ申しあげると、横須賀市では今、シティセールスプランというものをつくっている。そのなかで都市イメージをはっきり固めていこうと。具体的に考えているのは「子供が主役になることの出来る街」だ。そのイメージをプランのなかに位置づける。ここで大事なのは色々なコミュニケーションのスタイルを活用すること。「広報よこすか」もそうだし、先ほど申しあげた箱物も市民とコミュニケーションを行う場になる。どのようにして美術館やテーマパークを、子供が主役になることが出来るようなものにするか。そうした観点で色々なコミュニケーションツールを使いつつ都市イメージをひとつにしていきたい。それが郷土愛を高める方法でもあると思う。(1:00:09)

「ネット選挙運動も解禁されたので、今後はそうしたことによって若い方々の関心をもっと引きつけることが出来たら」(越)

越:若い人に投票して貰うため、どうすれば良いのか。これは一番難しい問いだ。私は一度しか選挙を戦っていないが、そのときも「どうすれば同世代の方々が投票所へ足を運んでくれるか」という部分で本当に苦労した。選挙で選ばれた者として言えるのは、この4年で必ず成果を出すということだろう。投じた一票が成果になると実感出来るよう、一人ひとりに返していくしかない。そのうえで「世の中が変わるのだから選挙に来てください」と伝えていきたい。ネット選挙運動も解禁されたので、今後はそうしたことによって若い方々の関心をもっと引きつけることが出来たらと思う。(1:01:09)

村田:恐らく、地方自治体と住民の方々との密着度は国政のそれよりも強い。従って色々な形で具体的接触の頻度を増やすことも大事になると思う。(1:01:32)

越:地域と住民との連携は大変重要だ。その辺に関して言えば、大津では新しいお土産を皆で一緒につくっていったというケースがある。それまでも近江牛や鮒寿司はあったのだが、その他の大津土産というとピンとくるものが少なかったためだ。そこで「新しくお土産をつくろう」と、地域の方々とともに「びわ湖大津のおみやげ大集合」という取り組みを行った。地域の色々なお店に来て貰い、大津の美味しいものを発掘していこうというものだ。そんな風にして、特に基礎自治体が地域の経営者の方々、そして住民の方々と一緒に色々な町起こしをやっていくことが重要になると思う。(1:03:07)

吉田:イノベーションを起こそうとすれば必ず抵抗勢力にぶつかる。ひとつの政策を何か進めようと思えば、まあ、賛成半分反対半分ぐらいになるものだろう。大事なのはそこで覚悟を持つこと。そのうえで反対する方をどう説得していくか、あるいは組織のなかであれば人事のなかでどう配慮するかという話になると思うが、まず何よりも「反対はあるものだ」という覚悟を持って臨むことが大事になると思う。(1:03:44)

鈴木:意識改革についてだが、組織内の職員であればまずは気付きの機会をたくさん提供することだと思う。県は、国から言われる一方で最終的な部分は市町村にやって貰うというような、なんというか、中途半端な仕事をたくさん抱えている。そのために自分から何かを創造していこうという意識が低い職員もいる。そこで私は去年から若手・中堅向けの養成塾を開いている。今は150人ほど参加しているが、私が塾長として色々な人に来て貰い、色々とお話をしていただいている。それがまずひとつ。(1:04:50)

そしてもうひとつは自身がやっていることをしっかり発信することだろう。私が“育休っぽいもの”を取ったとき、県民の声ということで10件ほどの反対メールもいただいた。「今の中小企業かそんなもの取れるか」と。ただ、それでも「取って良かったよ」という発信をしていた訳だ。何を言いたいかというと、人は共感をしたときに、それを「もっと良くしよう」「誰かに伝えよう」と思うようになるということだ。そのなかで実践が生まれるのだと思う。そんな風にして、気付きの機会を提供しながら発信もすることで共感を生み、実践に繋げ、そしてそれをさらに良くしていくというサイクルに繋げたい。(1:05:36)

村田:本来、私の専門は国際政治であるから地方政治とはあまり関係ないのだが(会場笑)、今の日本が置かれている国際政治上の立場は非常に苦しいものがある。そうしたグローバルな領域で何らかの閉塞感を感じたとき、むしろ地方が日本の活路にもなるとも思う。地方・地域が活力を持つことで、国際社会における日本のプレゼンスをもう一度高めることが出来るという迂回戦略もあるのではないか。今日はこのような若いリーダーと、そしてリーダー候補の皆さんによる議論の場にご一緒させていただいたこと、大変光栄に感じる。誠にありがとうございました(会場拍手)。(1:06:44)

名言

PAGE
TOP