岡島悦子氏×伊藤浩孝氏×岡崎富夢氏×中原林人氏「ワークショップ:my人脈スパイラル・モデルを考える〜活躍の機会を自ら創出するには?〜」 

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一刻も早く“わらしべ”をつかみ取れ(岡島)

岡島:皆さん、おはようございます。岡島です。このワークショップは「My人脈スパイラル・モデルを考える」と題し、皆さんが活躍の機会を自ら創出するための方法を考えるワークショップです。

私は10年近くヘッドハンターをしており、多くの経営のプロのキャリアについてご相談にのらせていただいていること、グロービス経営大学院でリーダーシップを教えていることから、本セッションのファシリテーターを務めさせていただくことになりました。拙著『抜擢される人の人脈力 早回しで成長する人のセオリー』(東洋経済新報社)を事前にお読みいただけるようお願いしておりますので、この本の内容もからめつつ、本日のアジェンダを展開していきたいと思います。

さて、本日は3人のパネリストの方にお集まりいただきました。お三方ともグロービス卒業生です。皆さんより少しだけキャリアを先に進めている方々です。現在、非常に活躍されている方々です(編集部注、この時点では発表前でしたが、この3名は2011年あすか会議のアルムナイ・アワード受賞者です)。本日はお三方がどのように成長の機会を作り出してきたのか、私の著書に書かせていただいた「人脈スパイラル・モデル」のフレームワークを当てはめながら大胆に、具体的に検証していきたいと思います。

そして皆さんは人脈スパイラル・モデルをご自身にも当てはめ、成長機会の獲得、そのための課題や処方箋について考える時間にしていただきたいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

パネリストの方々には事前にいくつか質問をさせていただきました。現在従事しているお仕事の内容、役割、成長実感、充実感、そして今までの成長の経緯とその要因などです。また、今日の大きなキーワードになると思いますが「一つ目の“わらしべ”(抜擢の機会)とは何だったのか」ということも探っていきたいと思います。

では、簡単な自己紹介を、伊藤さんからお願いします。

自分自身が成長を感じられる会社にいる喜び(伊藤)

伊藤: GEヘルスケア・ジャパン(以下、GEヘルスケア)の伊藤と申します。現在、私はGEヘルスケアのコーポレート機能として、P/Lをまたぐファンクションの部分で、主に中長期の成長戦略の策定・実行という仕事をしています。

GEはこれまでリーダーシップ、ファイナンス、強力なプロダクトなどを柱に事業を推進してきました。そして現在、マーケティング・カルチャーをきちんと浸透させることも進めています。成熟市場の中でも成長性を見出し、共通の言語で迅速に意思決定を行い、グローバルな交渉力を手に入れるといった成果を目指したものです。私は昨年からGEヘルスケアのほか、関係会社であるGEキャピタルやGEリアル・エステートにも、トレーニングを通して新しい考え方の浸透を進めています。

今、本当に充実した仕事をさせてもらっていると感じています。最も大事なのは、自分自身が成長を感じることのできる会社にいられるという点だと思います。ヘルスケア分野は社会貢献度が高いビジネスなので、それ自体が満足の背景になります。また、GE内にいる尊敬できるリーダーをロールモデルにしながら自分がどのようにして成長していけるかを考えられる。そんな点も大きいと思います。もちろん、日頃からかなり厳しいストレッチ・アサインメントが飛び込んできますが、今はそれを一つひとつ超えていくことに達成感を感じています。「自分にはまだまだ足りない点が多いな」と謙虚な気持ちにさせてもらえることも貴重だと思います。

岡島:ありがとうございます。GEは、厳しいストレッチ目標を課されるという環境の中で各々が急成長している、いわば高速の“動く歩道”といったような会社ですよね(会場笑)。その上を全力で走っていかなければならない。そんな環境があるからこそ、中にいる方々の成長に対するマインドが揃ってくるところが素晴らしいと感じます。それでは岡崎さん、お願いします。

32歳で取締役に、自由勝ち取り責任を負う(岡崎)

岡崎:皆さん、おはようございます。東邦レオの岡崎と申します。東邦レオは、現在流行の屋上庭園の分野でシェア8割前後を占めている会社です。売上規模はおよそ70億円で、30億円クラスの事業が2つ、10億円前後の新事業が1つというバランスになります。私はそのうち2事業で事業部長をしており、次の事業部長を育てることも大きな仕事です。事業部のあらゆるバリューチェーンと数値責任を負って戦略立案から実行まで担当し、結果を出すという形でやらせていただいております。

「How(どのようにやるか)」を決める仕事から「What(何をやるか)」を決める仕事になったという点に自分自身の成長を実感しています。私は新人大卒のサラリーマンとして入社して、32歳で取締役になりました。取締役になると退職金が払われて、いきなり、すべてが自由になったのです。出退勤も自由です。その代わり、どの事業をやるのか、どの事業をやめるのかという大きな責任を負うことになった。怖い部分はあります。しかし、意思決定の自由を勝ち取ったことに大変な成長実感があります。

岡島:ありがとうございます。自分が意思決定のレバーを握る立場になられたのは大きいですね。HowではなくWhatを決める立場。逆に言えば、Howの部分が気になっても他の人に任せなければいけないお立場なのかなとも思います。では中原さん、お願いします。

大学発ベンチャーの中でも数少ない成功例(中原)

中原:ナノフォトン株式会社代表取締役の中原と申します。当社は大阪大学発のベンチャーからスタートしました。大学発ベンチャーというのは日本に1000社ほどありますが、実はうまくいっているところは少ない。成功している企業はおそらく5%以下だと思います。大阪大学発では80社ほどありますが、その中で成功している企業は2〜3社ぐらいではないでしょうか。私は以前は別の会社の一社員だったのですが、グロービス卒業後にナノフォトンの社長になり、経営戦略の策定や実行まですべての結果に責任を持つ立場となりました。いわゆる「死の谷」や「ダーウィンの海」(注:いずれも研究開発から製品化・事業化への難関・障壁を意味する)を乗り越えて成長しています。

自分自身の充実感や成長実感を多くの責任とともにたっぷり味わっています。決断するうえでのアクセルとブレーキのバランス、事業の方向性、そして最後に自己完結する責任の大きさ…。そういったものを充実感や成長実感と一緒に味わっています。

岡島:ありがとうございました。最後におっしゃっていた自己完結の責任という点は、昨日のセッションで冨山和彦さん(経営共創基盤代表取締役CEO)が表現されていた“しびれる局面での意思決定”と同じなのかもしれませんね。後ろを見ても誰もいない、自分が意思決定するしかない、しかも先送りはできない、そんな環境にご自身を置かれていることが大きな充実感につながっているのだと感じました。

次に、お三方がどのように成長の機会を獲得してきたのかについてお伺いしたいと思います。まずは、キャリアの考え方について、前提条件を共有していきましょう。私は1989年、三菱商事に総合職として入社しました。当時は定年の年齢が55歳ぐらいでしたが、現在は65歳ぐらいになっています。では、本日お集まりの皆さんが65歳前後になった頃にはどうなっているでしょうか。その頃の平均寿命はさらに伸び、しかも労働人口が減少していると考えると、75歳ぐらいまで働かなくてはいけない時代になるのではないでしょうか。

つまり、「職業寿命50年」という前提です。帝国データバンクの調査によれば「日本企業の平均寿命は30年」ですが、こうなると1社で一生を終えることのほうが難しくなる。転職を勧めているわけではありませんが、これからは就社という概念が弱まり、自己責任でキャリアを積み上げていかなければならない時代になると思います。

従来型の年功序列は、従業員に大変優しい仕組みで、月日が経っていけば誰でもある程度は昇給昇格をしていくことができました。日本の経済全体が右肩上がりだったためとも言えます。ところが今後は、内需型企業にとっては、これ以上需要が広がらず、業績が伸びていかない可能性がある。従って、「振り返ってみると自分の年収は“現在”がピークだった」なんていう方が、この中にも出てくる可能性があるのです。

早めに抜擢されなければ早回しの成長機会をつかめない(岡島)

しかし、お三方のように早回しでキャリアアップしてきている方はどうでしょうか。リスクを取り、抜擢されて成長し、そしてさらに大きな仕事に抜擢される。そうした早回しのキャリアップを実現されて実績を作ってきた方々です。皆さんが、60代のさらにもう少し先まで働かなければいけないと仮定すると、お三方のように活躍の機会を自発的に作っていかなければならないと感じます。

では抜擢とはどのようなことなのでしょうか。闇雲に誰かを引っ張り上げるという話ではありません。誰かが、ある人のポテンシャル(潜在能力)を信頼し、新たな経験の機会を提供してくれることだと思います。例えばジャニーズ事務所では、「嵐」が踊るとき、その後ろには同じ事務所の若手バックダンサーに踊る機会を与えています。彼らはポテンシャルを持っているかもしれませんが、最初は無名であり、誰の目にも止まりません。

ところが、タレント養成学校で踊りの練習を重ね、バックダンサーとして踊ったりしているうちに、彼らにも舞台度胸がついてきます。そして誰かの目に止まる。そうこうするうちに、次のステップアップを事務所が考えていくわけです。つまり、なにはともあれ舞台に上がらせてもらうこと自体が、次へと繋がる大きな抜擢なのです。

重要なことは、今の時代、早めに抜擢されなければ、早回しの成長の機会のきっかけが獲得できないのです。成長の機会を利用し、人と差別化できるような実績を積み上げられていなければ、その仕事はコモディティーと見なされ、よりコストの安い労働力にすげ替えられてしまいます。例えば、オペレーションそのものが、すべてインドに移ってしまったり、仕事がITシステムに代替されてしまったりというケースもあり得ます。

皆さんにはここで腹を決めていただかなければいけないと思っています。「終身雇用」という言葉も死語になってしまうかもしれません。キャリアは自分で描き、勝ち取っていかなければならない時代がもう来ているのです。だとすると、ここにいらっしゃる皆さんにも、分かりやすい“キャラ立ち”や実績、オンリーワンの価値といったものが強く求められてきます。

ここまでのあすか会議のセッションを聞かれて、「やばいな、俺たちの同年代は意外に既に活躍しているらしい」と感じた方も多いのではないでしょうか。あすか会議の登壇者一覧を眺めてみると、高島宏平(オイシックス代表取締役社長)さん、岩瀬大輔(ライフネット生命保険取締役副社長)さん、土井香苗(ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表/弁護士)さん、佐藤大吾(ジャスト・ギビング・ジャパン業務執行理事COO)さん、小澤隆生(Civic Force理事)さんのように、皆さんと同年代の人たちの名前が並んでいます。「どこで差がついちゃったの?」と、少しドキドキしませんか? もちろんこの会場でドキドキしていても仕方がないですね(会場笑)。前に進むしかありません。

多くの方が抱える問題の1つは「1つ目のわらしべ」だと思います。何かにチャレンジしようと思うと「あなた、その領域での実績はあるの?」と問われてしまう。実績がなければいつまでも抜擢されない。このバッドサイクルが一番の問題だと思います。そこで壇上のお三方が、どのように「わらしべ」を作ってきたのかを伺ってみましょう。では伊藤さんからお願いします。

入社2年目で米研究所立ち上げメンバーに抜擢(伊藤)

伊藤:はい。私は1994年、中外製薬に研究者として入社しました。医薬品開発研究で専門は分子生物学ですね。現在とは全く違うキャリアからスタートしました。入社2年目に、米国にあるサンディエゴ研究所の立ち上げメンバーに急きょ抜擢されたんです。私としてはこれが最初のわらしべだったと思います。それで米国に行ったのですが、帰国した時には気持ち的にかなりへこんでいました。外国で働いたことがなかったし、言葉もきちんと伝わらない。しかもPh.D.(博士号)を持っていなかったのでアメリカでは一人前の研究者として認められなかったのです。非常に厳しい環境に飛び込んだと思いました。

岡島:英語でのコミュニケーションは、どのような状態だったのですか。

伊藤:読み書きはできましたが、“コミュニケーション”はできなかったですね。私も上司も、TOEICのスコアが600点なんていう状態でしたから、散々な目に遭って2年弱で帰ってきました。

ただし、そんな中でも得るものはいろいろとありました。まずグローバルに戦うのであれば日本の戦い方では難しいということが分かりました。Ph.D.を持っていないと研究者としてコミュニケーションさせてもらえないということも分かりました。

その後、私としては2つ目のわらしべを掴むのに大変苦労しています。というのも日本企業は一度チャンスを与えると「お前にはもう与えたのだから少し待てよ」ということになるのです。

それでも「グローバルで通用する研究員になるためには、やはりPh.D.を取らなきゃだめだ」と思って、国内留学させてもらうように会社に3年ぐらい訴求し続けました。組合幹部などをやり、上司とのコミュニケーションや会社がどのように回っているのかといったことを学びながら、研究活動でも実績を積んでいきました。それで大学院入学のチャンスを勝ち得たのです。32歳ぐらいのときです。

3年間の博士課程を履修してPh.D.を取得しました。医薬品開発に関する有益なシーズの研究も行い、そのシーズがビジネスとしてうまくいくような仕組みまで考えていました。

岡島:伊藤さんのプロフィールを拝見すると、その間にご結婚もされてお子さんが2人お生まれになって…。その中でPh.D.取得にもチャレンジしたということですね。

伊藤:そうですね。Ph.D.を取得した直後には三井物産と中外製薬、そして東大を中心としたジョイントベンチャー立ち上げに従事し、1年半ほど取り組みました。当時の私は研究の領域こそ理解していましたが、やはり経営的なノウハウは足りない。ですから経営企画への移動などを打診したりしましたが、研究部門から出るのは容易ではありませんでした。悩んでいたところにヘッドハンターの方とお会いする機会があり、「経営を学びたいならグロービスに入ったら?」と薦められたのです。

岡島:素晴らしいヘッドハンターですね(笑)。

伊藤:蓮沼孝さんという方です。単に麹町に事務所があったということでそのまま私も連れてこられまして、私のほうも素直にそのまま入ってしまいました(笑)。入学後にクリティカル・シンキングをはじめマーケティングの基礎を勉強しているうち、「自分の道はマーケティングと経営戦略だ」と思い至り、グロービス単科生時代にGE(ゼネラル・エレクトリック)へ転職することを決めました。

次のわらしべですが、GEが研究者のバックグラウンドを持つ私をマーケティングサイドで採用してくれた点が非常に大きなポイントだったと感じています。GEでは、入社後3カ月から半年できちんとした成果を出さなければならず、自分なりのやり方でずいぶん試行錯誤しました。実は、そこで中外製薬時代に築いていたネットワークが大変役に立ちました。結果として、そのネットワークをベースに新しいプロジェクトを立ち上げまして、それが評価されて2年後にはマーケティング企画部長になりました。

部署を強化する必要に迫られ、そのためにまずやったことは、グロービス2008期生の方にチームの一員となってもらったことです。実は今月、2009期生の方にも新たに入っていただきます。組織を強くするには共通言語を話せる仲間を増やしていこうと思ったためです。

岡島:フォロワーを作る、増やす、とうことは大事ですよね。

伊藤:そうですね。この流れに対してGEの中でも追い風が吹いていました。当時はGE全体で「マーケティング・カルチャーをどんどん入れていこう」という方針だったのです。結局、私自身はマーケティングの講師を務めつつ、社員200人近くにデリバリーしていきました。「お前たちの実力はどれほどなのだ?」と問われたりもしましたが、全社的なビジネスコンテストで優勝した実績もありましたので、その看板を掲げていたところ、今度は藤森義明会長(当時)に認められまして「お前はヘルスケアだけではなくて全ビジネスでやるように」と言われました。それで現在は、GEキャピタルやGEリアル・エステートを含めたマーケティング活動の伝播をやっています。

「○○なら誰」というキャラ立ち、ムードメーカー的存在(伊藤)

岡島: 1つ目のわらしべは、やはり米国での体験ですか?

伊藤:そうですね。目を開かせてもらったのは本当に大きかったと思います。

岡島:そこに抜擢された理由は何だったとお考えですか?

伊藤:まだ入社2年目でしたが、私が一番注意していたのは研究領域の中で「この要素技術は自分にしかできない」というものを作ろうとしていた点です。新しい技術系を確立して「これについては伊藤だよね」というもの作っていましたので。その立ち上げスピードが良かったのかなと、今では思っています。

岡島:そこはとても大事ですね。キャラ立ちというか「○○なら誰」というところに伊藤さんの名前があがった、ということですよね。

伊藤:そうです。岡島さんの著書であれば「タグ・コンテンツ」の部分だと思います。「これは伊藤君だよね」というものを小さい成果でもいいから作ろうと思っていました。

あと、当時は入社2年目でしたから、よく宴会を仕切らせていただいていたんですね。大学ではクイズ同好会にいて、この辺のデリバリーが良かったのかなと(笑)。海外へ研究者たちが行くのであればムードメーカーも必要だということで、「若い奴を1人連れていこう」といった考えもあったのかなと思います。

岡島:抜擢されるということは「誰を仲間に入れたいか」という話ですからね。必ずしも仕事の話だけではない。スキルは必要だが、それに加えてムードメーカーになれるか否かといったポイントや人間の組み合わせなども考えたとき、伊藤さんが想起された。その後、本当に結果を出していくことでわらしべ長者的なキャリアアップをされてきたということですよね。では次に岡崎さんにお話を振りたいと思いますが、岡崎さんは現在おいくつでしょうか。

岡崎: 34歳になります。

岡島:急カーブでキャリアアップをされていますよね。

入社4年目の大抜擢、事業再生の壁にぶつかる(岡崎)

岡崎:そうですね。私は大学を出て東邦レオという会社に入りました。当社には最優秀新人賞の表彰制度がありました。同期入社組は10人がいたのですが「とにかくこれを獲ろう」と思いました。入社した頃の当社には「これは無茶苦茶だな」と思えるような仕事のやり方もありましたが、文句を言う前に1位にならないと話も聞いてもらえないだろうと思いました。ひたすら受注を取ろうと頑張り、結果として新人としては過去最高の受注額をあげることができました。それともう1つのポイントは入社1年生の時、徹底して上司との飲み会に付き合ったことです。おそらく、それで皆の目に留まったのだと思います。

大きな転機は、環境開発東京事務所という新しい部署が立ち上がった時にやってきました。担当部長に違う部署から引っ張られたのです。「岡崎が欲しい」ということで。これが1つ目のわらしべだったと思います。そしてその翌年、入社4年目ですが、今度はいきなり東京拠点長に抜擢されて15人ほどの部下を持つことになりました。25歳の時です。これは特販営業のような形で大口顧客を徹底的に開拓していくというものでした。当社はそれまで大口顧客や大手設計事務所に入り込むことができていなかったので「ここを獲っていこう」という話になりました。

ちなみに、それまで大口顧客の開拓は東京で私を含む5人ぐらいの営業マンが担当していたのですが、私以外は皆が失敗していました。私だけが大口開拓に成功していたのです。ですから「部下を持って、そのやり方でやれ」ということになったのです。当時の部下は、たとえば50歳の部長、40歳の課長、そして30歳の主任などという状態でした。ここはもう鬼軍曹になりました(会場笑)。年齢なんて関係ありませんと。それで結果としては、見事に全員が大口顧客開拓に成功していくようになりました。5年目のことです。

ただ、そうこうしながらも「やばい」という意識もあったのです。「営業は極めたけれども経営が分からない」と。それでグロービスに行かせてほしいと会社に話して、会社のお金で行かせていただくことになりました。しかし、人生それほどうまくいかないですよね。グロービスに入ってちょうど2年ぐらい経った27歳の時です。私はGLP(Global Leadership Program)で入ったのですが、当時の私はもう経営できる気になっていたんです。皆さんもそういった部分はありますよね? マーケティングの3C(customer/competitor/company)なんて聞いていると「自分にもできるだろう」なんていう気になってしまう。

そんな時、特販営業の私のところに、赤字でボロボロな事業部の再生という仕事が回ってきました。社員のモチベーションは下がっていて、商品の競争力もなく、そしてR&D(研究開発)もひどい商品しか出さないという、そんな状況の事業部を任されました。そこで初めてプロフィットセンター長として数値責任を負わされました。部下は40人の部署です。そこからが地獄の2年間でした。

既に経験されている方もいらっしゃるかと思いますが、グロービスで学んだ通りには必ずしもならないんですよね、世の中って本当に(会場笑)。途中で「もうほとんど役に立たないんじゃないか」と思ってしまったぐらいで(会場笑)。それほどの地獄を見ました。当時はあすか会議なども始まっていたのですが、私は参加しませんでした。というのもグロービスにいた頃はかなり弁が立っていたので「こいつは事業の現場でもかなり実績を上げているんだろうな、まだ若いし」と思われていたと感じていました。「仕事のほうはどうなの?」と聞かれて「いえ、売上減少中です…」なんて恥ずかしくて言えなかった(会場笑)。ですからグロービスの友人関係をすべて絶って殻に閉じこもっていたんです(笑)。これはもうやばいと。

ただ、実際にそこでもがいた地獄の2年間を経て、事業部再生は成功していきました。当時は売り上げ25億円で2億円の赤字だったものが、現在は売り上げ40億円で3億円ほどの利益を出す事業に転換しています。しかし、今度は別の事業部が不振になっていまして(会場笑)。そこを「再生させてくれ」と言われました。それで去年から再建を始めていまして、結果としてはこちらも成功しています。赤字も止まりました。

そして、そうこうしているうちに別の事業を立ち上げることにもなりました。現在、当社では『プラスワンリビング』という商品がものすごい勢いで売れています。2010年11月から売り始めた商品ですが、もう10億円ほど売り上げている。ものすごい事業機会を発見しまして、バカ売れしている状態なんです。現在はその事業を動かしています。私としては、とにかくそんな感じで結果を出し続けてきたことがすべてかなと思っています。

岡島: 1つ目のわらしべが、一営業マンとして引き抜かれたことだった。

岡崎:そうですね。環境開発事業部というところのメンバーに、一営業マンとして引っ張られたことだと思います。

岡島:目の前の仕事に関してとにかく結果を出そうとする姿勢があったということですよね。それと飲み会で覚えられ、全社でも想起されやすい人になっていった。当時の社員規模は?

岡崎:全社員で150人ぐらいでした。

岡島:その中でも突出して目立っていたということでしょうか?

岡崎:入社1年生の中ではそうですね。

岡島:「こいつにはポテンシャルがある」と、抜擢してくれた方はどなたですか?

岡崎:東京と大阪に事業部のあった環境開発事業部の統括部長です。当時は一本釣りで抜擢していただいた形になります。

岡島:その方とも以前からコミュニケーションはあったのですか?

岡崎:ありました。大阪在住でしたが、東京にはよく単身赴任でいらしていていまして、その方が東京で飲む時は必ず付き合っていました。

岡島:なるほど。“飲み”も重要ですね。ただ、飲んでいるだけではだめだと思いますが(笑)。その後一気に結果を出してベストプラクティスのようなものを作り、年上の部下なども使いながら皆に成功体験を植えつけていった。その事業がうまくいったと思ったら今度は再生屋として抜擢された。しかし事業再生では、それまでとは異なるスキルセットが必要だと思います。それにも関わらず抜擢された背景は何だったとお考えですか?

岡崎:私はそもそもプロの経営者、あるいはプロの再建屋になりたいと思っていたんです。23歳の時以来です。しかし、新規事業を立ち上げていた頃には「新規開拓の営業はできるけれどもバリューチェーン全体をコントロールする事業を生み出すようなスキルは全くないな」と自分で感じるようになっていました。そう思っていた時に書店で運命的にグロービスの書籍と出会ったのです。「こういう学問があるんだ」ということを24歳ぐらいで知りました。

岡島:ありがとうございました(会場拍手)。では、中原さんお願いします。

社内ベンチャーに応募するも踏み切れなかった悔しさ(中原)

中原:お二方は飲み会が役に立ったようで…。私も飲むのは大好きなのですがどうも違う所で飲んでいたようです(会場笑)。私は元々研究者志向でして、高校、大学ともに数学が好きで数学オリンピックなどにトライしたりしていました。それで29歳になって東京大学航空学科で博士号を取得しました。そして当然のように航空宇宙技術研究所、現在のJAXAに研究員として入りました。バブルの時期でした。

そこで3年ほど務めた後大手メーカーに転職しました。今度は世の中に直接役に立ちたいと希望し、基礎研究所に配属されました。実はその研究所で所長をしていた方が、東大にいたときの指導教官の先生でもあったんです。それで研究をずっと続けていきまして、38歳、2000年頃には会社の成長が止まり、「このまま事業を継続しているだけではいけない」ということになったのです。日本も人口が減っていくことだし、新規事業をやらなければいけないと。そこで社内ベンチャーの募集が行われました。

当時の私は開発に励んで特許もたくさん書いていましたが、新規事業への活用にはなかなかつながらなく、「このまま研究を続けても先がない」と強く感じて、いろいろと考えた結果、会社の仕組みに問題があるのではないかと思うようになったのです。将来経営のほうに関わらなければだめだろうと薄々感じるようになっていました。

私も1つ、社内ベンチャーに関して提案をしました。たくさんの応募の中から選ばれて社長面接までいきました。最後に「やるか、やらないか」ということを社長に聞かれたのですが、その時、私は経営のことを全く知らなくて自信がなくて自分から降りてしまいました。

これが自分の中で大きかった。やはり悔しかった。その後自分から手を挙げて社内の経営塾で5年ほど勉強していきました。そして43歳の頃、自分が書いた特許で量産が行われるということになった。で、私はその時関西へ異動になったのですが、実はその頃に社内経営塾のほうも終了してしまったのですね。しかし当時、塾の責任者であった人事の方にグロービスを勧めていただきまして。それで、入学試験の締切10日から2週間ほど前だったのですが、急いで願書を出しました。

グロービスでの学びが変えたキャリア針路(中原)

当時の私は43歳でしたし、そこで学問を学ぶというよりも実務を身に付けたいと思っていました。そう考えると各種ビジネススクールの中でもグロービスが一番響いたのです。当時、堀義人(グロービス・グループ代表)さんが『GLOBE』に書いていらした「起業家の風景」にも非常に感じ入っていました。「俺も起業家になれる」なんて考えたりして。

グロービスに入ってから明確に意識したことは、グロービス生としての文化です。大学院の1期生でしたし、学生文化を皆で作って「熱くやろうじゃないか」と。それで1分間スピーチを始めました。自分を磨こうとしたのですね。当時のことでよく覚えているのは、事業組織ではないのでリーダーシップをとろうとしてもかなり難しいのです。別に命令で動くわけででもない。結局、自分自身の人間性というか魅力で勝負するしかなかった。

ちなみにグロービスを卒業する1年ほど前から、会社では研究企画をやり始めていました。しばらくして社長に言われていたのが新規分野の探索でした。ところが卒業して間もなく、グロービス大阪校の責任者(当時)の方から「私の友人が大阪で経営者を探しているのですが、興味はないですか?」というメールをもらったのです。当時は家族が大阪に住んでいたこともあり、そのご縁で社長に就任しました。本当に、グロービスには恩返ししなければいけないのですが(笑)。

社長になる1週間ほど前に引っ越しの荷物を整理していた時のことです。それまでの研究人生で集めてきた文献や自分が書いた論文をまとめてみると、ダンボール20箱ほどありましたが、思い切ってすべて捨てました。軽トラック一杯もあったらしくて、古紙回収のおじいさんが軽トラに積み終えたところでしぶしぶと200円ぐらいくれました(会場笑)。

そんな経緯で社長として入った大学発ベンチャーですが、社員の半分以上が博士学位を持っています。営業マンは1人という状態です。ただし2003年の創業以降、超低空飛行が続いていて累積損失も膨らんでいる状況でした。私が入った年は利益が少し出ましたが、とにかくそれまでの累積損失を何とかしないといけないと思いました。私としてはグロービスで勉強したノウハウを総動員して経営に当たってみることにしたのです。

最初一番重要だったのは、技術からファンクションを見て、ファンクションから市場を見るという、価値観を逆の方向で考えることでした。「あれば便利」ではだめで、「ないと困る」市場ニーズは何なのかと。そんな視点でいろいろと探っていくうちに新しい市場の可能性が見えてくるようになりました。

我々は小さな会社ですが、事業分野で「世界のトップを目指そう」と話しています。技術は世界トップですから。「10人で1000人に勝つ」、「売り上げは1人1億円」など、シンプルなメッセージを皆に向けて発しています。現在では非常に優秀な人材も入ってきています。つい最近、グロービスで同期だった方にも入っていただきました。これからさらなる成長を目指そうとしているところです(会場拍手)。

岡島:ありがとうございます。1つ目のわらしべは社長面接で自信が持てなくて、経営塾に入ったというところですかね。

中原:結局そこなんです。自分としては「新規事業を提案するんだ」という勢いだったのですが結局は失敗しまして…。自分にとって非常に大きかった。

岡島:経営塾に誘ってくれた方には、どのように出会われたのですか?

中原:普段から存じ上げていた方でしたが、その方も常々「このままでは会社がだめになる」という思いを持っていらしたんです。ですからその思いが一致したのです。

岡島:中原さんは頭が良いし、技術も分かっていた。そこから経営塾で5年間勉強して、研究者としての目線に経営としての目線を付加していき、グロービスにも入った。最後の大抜擢がグロービスの人間から声をかけられたこと。それによって今の中原さんの成功があるということでしょうか。ありがとうございました(会場拍手)。

今日はグロービスを持ち上げていただく、ということを意図していたわけではないのですが、グロービスがひとつの契機になった方もおられました。抜擢の機会というのはいろいろな所に存在しているのだ、ということをかなり具体的に感じていただけたのではないかと思います。では、皆さんはいかがでしょうか。1つ目のわらしべは既に得て、今は2つ目、あるいは3つ目のキャリアアップにチャレンジしていらっしゃる方もいると思います。しかし、もしかしたら2つ目の成長の機会を得た時点で満足してしまっているという方も多いのではないでしょうか。

自分のキャリアを見つめ直す「10項目のチェックリスト」

そこでお手元のチェックリストをご覧になってください。ここではご自身の状況を確認していただくために、今日のワークショップ用に10項目のチェックリストを作成しました。

まず「1つ目のわらしべを獲得できていない」という課題がありますね。今日いらしている方はもう「活躍の機会を獲得しないとだめだ」という認識はお持ちだと思いますが、「俺は抜擢されても、まだまだその期待に応えられないので駄目だ」といつまでも能力開発を続けてしまっている方もいるかもしれません。でも「どこまで勉強すれば満足できるの?」みたいな(会場笑)。「本を1万冊読んだら抜擢されるかな?」と。それではお爺さんお婆さんになってしまう。

次は「自分ブランディングができていない」という課題です。私としてはこちらが足りていない方が意外と多いのではないかと思っています。これは本日のお話にも出てきたように、想起されやすいよう自分の能力を説明していくことです。自分のタグは何なのか。自分のどんなところがキャッチフレーズかというところが未完成で、それほど取り出せていないか、言語化できていないか、あるいはそれを証明するような実績や物語が不足している状態です。

また、自分ブランディングはできているけれど、それを広めてくれる仲間があまり開拓できていないという課題もあります。こちらは、たとえば仲間の質があまり良くない、仲間が少ない、良い仲間はいるけれども自分のことをあまり発信できていないといったものですね。そして人間的魅力がない(会場笑)。これは重要な要素なんです。先ほど飲み会というお話が出ていましたよね。中原さんがグロービスから声をかけられて社長職を紹介されたといったところも同様です。それはどこかに「この人なら受けてくれるかな」といったチャーミングさのようなものが、おそらく見えていたのではないかと思います。

さらに続けますと、自信不足であるために挑戦せず機会を見送ってしまうといった状態もあります。また、1つ目のわらしべは獲得できたけれども、それを次の成長につなげられなかったという状況もあるでしょう。さらに6番目ですが、抜擢されたのに期待された結果を出せなかったという状態。こういうケースは確かにあると思います。いずれにせよ、そこからまた敗者復活をするしかないとは思いますが。

そしてよくあるのが7番目。結果は出せたけれども次の機会を獲得するには少し能力開発不足であり、「もっと何かやらなければいけない」と感じてしまう状態。またお勉強です。しかし、お勉強だけでなく人脈開発をしてほしいのです。さらに、次の成長の機会につなげられたとき、現状に満足してしまって成長が鈍化してしまう状態もあります。私自身は少し前までそのような状況でした。次の挑戦に対する意欲や努力不足といったところです。そして最後はスパイラルがうまく回り、思ってもみなかった機会が舞い込んでいる状態。この10番目であれば素晴らしいのですが。

さて、ここまでご紹介した上で、今度は皆さんにも自分が10項目のうちどれに当てはまっているかをチェックしていただきたいと思います。3人ずつグループを作っていただき、10分ほど議論をしてみてください。議論していただきたいのは「自分の状態は10の症状のどれに当てはまるか」「どうしたらそれを解決できるか」という点です。こちらを10分ほど議論してみましょう。

----(10分ほどグループディスカッション)----

岡島:さて、いかがでしょうか。「自分のどこに問題がありそうか」という症状が分かってきたのではないでしょうか。ここで人と話したことによって「こんなアクションを明日から起こすことができそうだ」といったものが出てきた方はいらっしゃいますか?

自分情報の発信力不足、将来への能力開発不足に悩む

会場1:人脈力の開発不足については、やはり「自己ブランディング」と「想起してくれる仲間」の開発というところが課題だと思いました。特に自己情報の発信です。発信しているつもりでしたし、出る杭として打たれないようにうまくやっているつもりなのですが、そもそも発信力が足りないという部分が自分にあるのかなと思いました。

岡島:その辺は難しいですよね。下手に発信すると犬死するというか(会場笑)、昨日の冨山さんのセッションのお話にもありましたが周りに支援者がいないところで竹槍片手に突っ込んでいくと潰されてしまうだけかもしれない。ですからフォロワーも作りながらうまく発信していかなければいけない。仲間との相乗効果みたいなものですね。

会場1(続き): 2年ほど前から1人で動いていたのですが、それがだんだんと周りに認知され、最近やっと動き始めているという感覚を持っています。ただ、やはり小石や小枝にぶつかるのが自分の中で少し怖いなと思っているところがありました。それでも、やはりやっていくしかないのかなと。

岡島:やりたい気持ちがすごく強いのであればやれますよね。あとは5人ぐらいの仲間に、犬死しないよう周りを固めてもらうようなことができたらいいかなと思います。ほかの方はいかがでしょうか。

会場2:私の場合、結果を出すことはできているけれども、次の機会獲得に向けた能力開発ができていないという状況だと感じました。その能力開発不足についてはグロービスで進めていきたい。ただ、考えていくと自分に足りないのはタグの未完成という部分もあったと思います。2個目のタグですね。1つ目のわらしべを獲得した時は良い具合にできたのですが、そこからさらに伸ばすことができなかった。それでグロービスに入るというきっかけを作りました。それも1つのわらしべなのかなと思っています。ただ、「目立っている感」のようなものはあるものの、未だ自分自身のタグを皆さんに発信できていないという部分があり、今後はそれをうまく発信したいと思っています。

岡島:質問者の方はあすか会議の運営委員をやっていらっしゃいますよね。これは、先ほどの中原さんのお話にもあったようなインフォーマル・リーダーシップなんですよ。誰が偉いという話ではなく水平のリーダーシップ。そんなところでキャラ立ちしていけば、もし会社でリーダーシップの訓練の場がなかったとしても、これが非常に良い訓練になると思います。

ではここでパネリストのお三方にも伺ってみたいと思います。たとえば岡崎さんはどこでどのようなつらい目に遭われ、そしてそれをどのように乗り越えていったか。この辺を差し支えない範囲でお聞かせいただけないでしょうか。

結果責任を負い地獄を見る(岡崎)

岡崎:私の場合は先ほど申しました通り、損益責任を負った時点でグロービスとの関係を絶っていました。それで、当時は本当に様々な手を打ちました。3C分析もしたし、4P(Product/Price/Place/Promotion)構築もやっていきました。しかし、業績として反映されるまでにはタイムラグがある。ロジックでは絶対正しいし、仲間も絶対に大丈夫だと言ってくれるのですが、売り上げも利益も2年間ぐらいは下がり続けました。ですからその間は本当に血を吐くような地獄でした。

当時の私は「期待された結果を出せなかったら自分はもう終わりだな」と思っていたんですね。この会社で事業部長みたいなことをやって、それで立て直せないのならもう辞めるしかないと。会社には残れません。この会社で一営業マンに戻ることはできないと思っていましたから、とにかく期待された結果を出すことができなかったのが地獄でした。その時はどうしたか——。現在の私は抜擢する側ですから、当時の自分と部下を比較して感じるのですが、やはり結果がすべてという認識が大事だと思います。行動で満足しているだけという人はいます。こんな手を打っていますよって。「こんな対策を打ってはいますが、それでも」なんていう言い訳がいつも入ってしまう。

でも結果がすべてなんですよ。20個の手を打ってだめだったら21個目の手を打ち、そして最後には達成しないといけない。そこを勘違いすると失敗します。とにかく結果がすべてだと思っています。

岡島:そこはすごく大事ですよね。やはり抜擢されたら期待役割を徹底的に演じ、きちんと結果を出すと。プロセス上はうまくやっているなんていう言い訳はおそらくできない環境だと思いますから、とにかく結果を出すように考えながら強気で頑張った。そんなお話を伺えたと思います。中原さんはいかがでしょうか。

最後の最後でビビってしまった自分を乗り越えるために(中原)

中原:私の場合、結果は出せましたが次の機会獲得に向けた能力開発ができなかったというところです。社内ベンチャーの件も自分で降りてしまったわけですから。こちらについてもう少し具体的にお話ししますと、私の提案は全応募の中でも最優秀賞でした。その時は本当にワクワクしました。夜中も土日も提案を考えましたし、10万円の賞金もいただけましたから。ただ、結局ある日の夜中、家に帰った時に車が縁石に乗り上げその修理だけで二十数万円かかってしまった(会場笑)。

役員面接のプレゼンテーション中に社長もやって来て「どうだ、やるか?」と尋ねられました。そこで「いやあ、ちょっと」と、ビビってしまったんです。その時の役員たちの…、特に社長の冷たい視線というのはやはり強烈に感じました。「期待していたのに」という感じでした。その悔しさはもう半端ではなかった。数カ月の間、ワクワクしていたものがあったんです。「これが自分の使命だ」とか「やるべきなんだ」と。そう思って提案したのに、自分で降りてしまったという悔しさ。私の場合はそこから「経営というものを勉強したい」というスタートに立ったのです。

岡島:悔しさがバネになったということですね。ありがとうございます。伊藤さんはいかがでしょう。

「有言実行」で前へ前へと進む(伊藤)

伊藤:私が苦労したのは6番の期待された結果を出せなかった状態です。米国に行かせてもらったのに思うような結果を出せずに帰ってきて、そして2回目のチャンスも当然もらえなかった。ですから「次はどのように結果を出していくべきか」について、ここで言うところの「タグ作り」をすごく意識するようになりました。

私はいつもそうなのですが有言実行タイプで、自分がやりたいという方向を周りに対してきちんと示します。そこで「やはりうちの会社が勝っていくためには、グローバルで戦っていくような研究者が必要だ。そのためにはPh.Dを取得しなければいけない」と。外部ときちんと交渉できる人材を作ることが大事ではないかと話して、「それならお前はそれに見合うのか」と。で、そこに対してタグを作っていこうとしていました。当時は1990年代半ばで人の遺伝子もすべて分かってはいない時代でしたが、いずれ分かることは目に見えていた。ですからいかにそれを特許にするかというプロジェクトを立ち上げ、そこで2つ目のタグを作りました。そして、それが大学へ行くという結果にもつながっていくようにしていった。それで「それならあそこの先生のところへ行くか」という形で出してもらえるようにしました。そこへいくまで3〜4年かかりましたが。

岡島:有言実行もやはり今の時代にはすごく大事ですよね。「男は黙って〜」みたいな話がだんだん通じなくなってきていますから。多様性のある現在では、自分が何を考えているかをきちんと話し、退路を絶ち、いろいろな道を画策していくことが必要だと思います。

伊藤:そうですね。実績をベースに上司としても行かせてやりたくなるような雰囲気を作るよう調整していったという面がありました。

岡島:自分で環境を作るのは重要ですよね。昨日ご登壇された冨山さんもスタンフォード大学へ留学するために自分で留学制度を作ってしまったという話がありました。

さて皆さんの中には、こういう症状の人が多いのではないかと思います。「いつか、自分にも声がかかる」と(会場笑)。「原宿を歩いていたらスカウトされるのではないか」と考える高校生と同じような感覚で「ヘッドハンターという人はどこから出てくるんでしょうか?」と。でも、ご自身は想起され声をかけられるような努力をしているのでしょうか? 何も努力していないところで間違ってヘッドハンターから声がかかっても、結局は間違った声がけでしかない、ということなのです。

あるいは、活躍の機会を得るための努力方法を勘違いしているという症状。先ほどの“お勉強君”みたいな人はまさにそうだと思います。重要なのは「市場価値とは何か」を正しく理解しなければいけないという点です。皆さんは活躍する意思と能力、そしてスキルは十分に持っていらっしゃると思います。途上の部分もあるかとは思いますが。それを使用して経験を積んでいく機会が必要だと思います。

それを頭では分かっているけれども能力開発ばかりにこだわってしまい、自分で機会を開発できないという人がいます。縦軸が経営スキルで横軸が業務上の実績とすると、パネリストのお三方のように悔しい思いをしてでも勉強していくのは良いのですが、ともするとそこで縦軸ばかりを伸ばそうとしてしまう人がいます。しかし、それではなかなか機会を得られないのです。やはり得た知識を使用して、経験していくことが肝要になると私は考えています。

加えて考えていただきたいのは、どうしたら抜擢者から想起されるのか。ここではタグ・コンテンツ、そして核となる人脈との掛け合わせも重要になると思います。相手が想起しやすいように分かりやすく、相手にとっても「おいしいそうだぞ」と思えるような、そんな自分だけのキャッチフレーズをしっかりと作る。そしてそれを広めてくれる仲間を作っていくということが大切です。

最近非常に感激した本は、ガイ・カワサキさんというアップル2番目のエヴァンゲリストで大変著名な日系アメリカ人の方が書かれた『Enchantment』という本です。これは簡単に言うと「どうすればシリコンバレーでお金をつけてもらえるか」という内容ですが、すごくたくさんのTipsが詰まっています。そのなかで彼は、起業家にはEQ(Emotional Intelligence Quotient)のようなものが求められると言っています。もちろんビジネスモデルがしっかりしているという前提があった上ですが、一種のチャーミングさがあるかないかでお金を得ることのできる確率が全く違ってくると言うのです。抜擢されるには、こうした人間的なチャーミングさ、というのも重要な要素になりますね。

最後にお三方へ改めて質問したいと思います。私としては「実は、能力開発をした上で人脈を開発していくというのは結構しんどいことではないかな」とも一方では思っています。実際、抜擢され、挑戦して成長し、良いところまで来たと思ったら岡島から「気を抜かないで次のレイヤーに上がれ」といったようなプレッシャーがかかる(会場笑)。これは実際、しんどい。それほど努力した先にどのような良いことがあるのか、をお話しいただきたいと思います。伊藤さん、いかがでしょう。

成長実感を与えてくれる仲間が次の成長への意欲をかき立てる

伊藤:努力し続けた結果として生まれた想定外の良いこととして、自分自身が楽しく毎日を過ごせるようになったことがあります。社会に対する貢献度や仕事のやりがいも確かにあります。しかし、やはり自分自身が成長できているか、あるいは自分自身に伸び代があるかどうかを感じさせてもらえるような環境にいることが、実はすごく大事なのだと思います。グロービスにいる仲間との触れ合いでもすごく感じます。GEの職場でも同じです。自分の先にはまだ本当に長い道のりがあるのだなと感じさせてくれる。そういう部分は非常に魅力だと私は思っています。

あとは様々な人脈ができることでしょうか。GEに転職できたこともそうです。これは友人関係がベースになってヘッドハンターの人が声をかけてくださったからです。今の仲間も3分の1ぐらいがグロービス・メンバーです。その結果として良い方向で回っているというのは自分でも強く感じています。

私は転職をしておりますが前職のネットワークが今でも根付いていて、それが意外なところで役に立つというケースがあります。私の場合はヘルスケアからヘルスケアへの転職であったことも影響していると思いますが、このネットワークは非常に効いていました。これについては今回のセッションを通して「もっと意識したほうが良いかもしれない」と私自身も改めて感じました。今まで意識していたのか無意識だったのかはよく分かりませんが、とにかく周りの人にはとても力強く支えられていると感じています。

岡島:グロービスの仲間もそうだと思いますが、それに加えて転職する際、前の職場との人間関係には最低限配慮する、とうことも重要ですね。私は今、三菱商事にもマッキンゼーにもグロービスにも出入りさせていただいています。同じコンテクストを共有した仲間が、いろいろな局面で助けてくれるというのは確かにありますよね。ありがとうございました。では岡崎さん、いかがでしょうか。

岡崎:私がグロービスに入った頃は同級生が20人ぐらいしかいなかったのですが、今はこれだけ志を持った方が集っていらっしゃいます。本当に素晴らしいことだと思います。自由を手にするためにはやはり責任を果たして結果を出す。「こいつなら大丈夫だ」と、信頼をいただいたうえで手にできるものなので、まずは貢献して、結果を出してからだと感じます。

岡島:目の前の仕事に関してしっかりと責任を果たすということをせずにステップアップを目指すと、実際は「青い鳥症候群」のようになってしまう。まず責任を果たしてそこで認めてもらい、それから少しずつ自分側で選択肢が増えるような状態にしていくのが良いと思います。そういった積み重ねの末、まさに岡崎さんの場合は今回、事業に自分で投資もしたということでオーナーになるわけですよね。雇われ経営者と違って自分で決めることのできる自由度がさらに高まる。これは本当に素晴らしい流れだと思いました。では中原さん、お願いします。

中原:まず1つ。素直に考えてみると普段接している人の層が変わったなあと思います。それは大きな財産だという気がしています。その中で以前から憧れていた経営者ともお話しできる機会ですとか、あるいは聞きたいことを直接聞く機会ができるようになってきたわけですから。そういった環境にいると自分もさらに成長しなければいけないと感じます。

2点目はグロービスの評議員になりまして母校へ恩返しができるようになったことですね。併せてグロービスはベンチャーですから、そのベンチャーが辿る急成長のプロセスを内側から見ることができるようになったことも素晴らしい点だと感じます。そこで勉強の機会を得ることができたというのは、自分のなかでも非常に大きいと思っています。

3点目ですが、現在は経営者であると同時に会社の株主でもあります。ですから将来に向けた会社の進むべき道や自分の生き方といったものを決める幅もすごく広がったという気持ちを持っています。

「自分は自由であるのか」と問い直せ

岡島:ありがとうございました。違う層の人たちに会えるという点。これは私もすごく実感しています。皆さんにもすごく憧れている経営者の方っていますよね。私の場合には、そう思っていた方々と、たとえば一緒に仕事ができるようになってきたりしています。昔は「あの人の名刺が欲しい」と憧れながら思っていた側だったのに、今はパネルディスカッションで私がその方のファシリテーターをする側になっているなんていうことがやはり出てくるんですよね。有名になりたいとかそういう話ではなく、そのレイヤーに自分が上がっていけると、自分でも思ってもみなかったような活躍の機会を提供されることが格段に増える、ということです。

最後にもう1つだけ重要なことをお伝えしたいと思います。私は、実は重要なのは、「自分は自由であるのか」ということではないか、と思います。わがままとかエゴとか、という意味ではありません。自ら機会を作り出し、その機会によって成長し、実績を積み重ねていくと、自分にとっての本当の自由とは何かが分かり、そして獲得できると思うのです。仏教用語で自由というのは「自らの由縁」との意味だそうですが、これを突き詰めていくと「自分は自分らしく生きているのか」「自分は何を成し遂げるために生まれてきたのか」といった、おそらくグロービスで「志」と呼び、皆さんに考えていただきたいと申し上げていることが自分でも分かってくるのではないかと思います。自由とは“Control your own destiny”。自分の人生を自分で決めていくことができる自由を持てることは本当に素晴らしいことだと思います。ありがとうございました。

では、Q&Aに移りましょう。いくつかまとめてご質問をいただき、そのあと回答させていただく流れにしたいと思います。

会場3:現在、転職か部署異動かで悩んでいます。迷った時、何を一番大切にしていけば良いのか。直感ですとか、「棺桶に入った時に自分が後悔しないほうを考える」ですとか、いろいろあるかとは思いますが、どのような形でそれを選択していくべきなのでしょうか。

会場4:良い抜擢と悪い抜擢というのはあるのでしょうか。乗ってしまって良い抜擢、あるいは乗るべきでない抜擢というものがあるのでしょうか。

会場5:岡崎さんの場合は結果を出すことを強く意識するという信念があったのだと思います。伊藤さんと中原さんはいかがでしょうか。ご自身にはどういった信念や強みがあったからこそこれまでキャリアアップすることができたとお考えかでしょうか。

会場6:自分の情報発信不足が気になっておりました。これにはフォーマルとインフォーマル、いろいろあると思いますが、この辺の話を詳しくお聞かせください。

岡島:ありがとうございます。4つの質問をいただきましたので、ひとり1つずつご回答を振りたいと思います。まずは伊藤さんと中原さんには直接ご質問をいただいていますので、まずはそちらからお願いできますでしょうか。

伊藤:自分にとって実際の結果があったかどうか、あるいはそういうものを見せることができたかというお話だと思いますが、まず実際に数字責任を持つ仕事とそうでない仕事があると思います。私の前職は研究職でしたので、研究でもきちんと医薬品の開発ステージを上げる、特許をきちんとまとめる、あるいはテーマを立ち上げるといったクライテリアはありました。ですからその辺はきちんと示すことを常に意識しております。そういう意味では数値ではありませんが、明確に見えるものを作ることを私も意識していました。

中原:結局ですね、自分は何をやりたいのか、何を目指すのか、その一言に尽きると思います。そのために素直に考えた結果として今がありますので、そこからすべての答えが見えてくるのではないかと思います。

岡島:岡崎さんはいかがでしょう。良い抜擢と悪い抜擢という話がありました。今は抜擢をする側でもあると思いますが。

岡崎:良い抜擢と悪い抜擢に関する私なりの答えは、1つは会社のためになる抜擢であれば「良し」という点です。しかし、特定の派閥争いみたいなものが会社にあって、その上司個人の利益だけにつながるような抜擢であれば絶対にだめです。とにかく会社のためになるかという判断が必要だと思います。

あと、最初にいただいた「転職か異動か」というご質問ですが、美学なり哲学ってあると思います。自分なりの意思決定をするための。私は一度、辞表を出して自分のお金で会社を立ち上げようと思いました。そうしたら億万長者になれると思ったんです。でも、やはり一緒についてきてくれていた仲間のことを考えた。「僕が独立して出ていったら、会社に残った人は相当ショックを受けるだろうな」と。ですからやはりお金ではなく、自分にとって大切なのは仲間だと思いました。そういった美学というものがあると思いますので、それに則った意思決定をしたら良いのではないかと思います。

岡島:私も補足したいのですが、安易に転職するなということは言っておきたいと思います。今自分がいるところでやれる仕事の市場価値が、おそらく一番高いと思います。会社でどのボタンを押せば何が動くのか、あるいはキーパーソンが誰かというのは社内にいるから分かる。それをすべて捨てて外で戦った時、どちらのほうが力を発揮できるか——。やはり社内で、部署は違っていてもまず中で戦ってみたほうが良いと思います。安易に「転職すれば良いことがあるかな」といった考えは、あまりお勧めしません。「何を大事にするか」「本当に自分はやり尽くしたか」を自分に問い続けることではないかという気がします。実際、「転職貧乏」みたいな方っているんですよ。転職すればするほどキャリアが尻すぼみになっていく。

最後に手短にお三方から締めのコメントをお願いしたいと思います。中原さんからお願いします。

「成功したいと思わなあきません!」

中原:これだけ多くの方が本セッションに感心を持っていただいたことに心から感謝申し上げたい。皆さんにはまず自分で行動するということを考えていただきたい。千里の道も一歩からです。一歩を踏み出さないと千里の道もない。だからまず行動です。行動すれば“点”になり、そして点と点がつながっていけば必ずキャリアになります。私はそんなふうに考えます(会場拍手)。

岡崎:ひと言だけ。岡島さんのお話にもありましたが、成功したいと思わなあきませんね。それが一番だと思います。まず、思わなければいけない。以上です(会場拍手)。

伊藤:私が国内のメーカーから外資に移ったのは、自分で歩けるようになる会社に行きたいという理由があったためです。ただ、最近は社内からも社外からも「移りたい」という声を聞きます。私は必ず、自分の部署で最善を尽くしたのかどうかと聞いています。隣の芝が青く見えることはどうしてもあると思いますが、実際に話していると自分の部署で努力していたかどうかはだいたい分かります。まず自分がいるところで結果を出してタグを付け、そこで移動されることをお勧めしたいというのが私からのアドバイスになります。以上です(会場拍手)。

岡島: とにかくアクションを起こしてみる。お勉強ばかりにしないことはすごく重要で、そこから思わぬ機会が巡り込んでくることもある。自分の人生は自分で切り拓き、活躍してください。そして3年後ぐらいには改めて、今度は皆さんが、パネリストとして壇上に上がる側の人になっていただきたいと思います。ではお三方に大きな拍手をお願い致します。本日は本当にありがとうございました(会場拍手)。

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