バイエル薬品会長・栄木憲和氏 —M&Aにおける経営者の役割、人こそすべて 

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若い人が日本を変える

今日は若い皆さんがたくさん集まってくださっていますね。日本というのは若い人がつくってきたと、昨日まで女房と2泊3日で旅行した伊豆で再発見しました。伊豆下田・蓮台寺といえば、吉田松陰とペリーで知られています。吉田松陰が屋根裏の隠れ部屋で7日間過ごし、ペリーの船に近付いて、アメリカに連れていってくれるよう頼んだのは25歳のときでした。吉田松陰は若干25歳で、松下村塾を創って、伊藤博文とか大村益次郎を育てたのです。30歳で斬首されますが、日本というのはこういう若い人がつくってきたのだと感激しました。

私の話は高尚な話ではありませんが、若い皆さんに何かを伝える事ができればと思います。「会社を成長させるために経営者がすべきこと」について、M&Aの成功要因に沿ってお話します。M&Aの成功要因は3つ。人事選考・決定プロセス、企業風土の創りこみ、そしてコミュニケーションです。今日はこれらの要素がいかに重要かお話ししたいと思います。

グローバル企業バイエルのM&A戦略

バイエルは、解熱・鎮痛剤の代名詞になっている「アスピリン」を発明した企業として世界で広く知られています。ドイツで1863年に誕生した製薬会社で、現在では、ヘルスケア、農薬関連、素材化学事業グループの3本柱を持つグローバルな企業として成長を続けています。

M&Aはバイエルがその確固たる地位を築く上で、重要な戦略となり、2006年末、同じドイツの製薬会社シエーリングと統合しました。翌年7月1日に、バイエル薬品は日本シエーリングと統合し、同社内にバイエル・シエーリング・ファーマ事業部が発足しました。

M&Aは、50%が生産性の向上に失敗し、77%は投資コストを回収できていないという調査結果があります。その中であげられていた問題点は、「企業文化の違い」、「企業目的の不一致」、「リーダーシップの欠如」「不備な統合プロセス」の順となっています。ではバイエルはシエーリングとの統合にあたって、どのようしてこれらの問題を克服したのか。

M&Aはまだまだ進む

企業が利益を上げるために考えていることは3つ。まず内部成長、次にコスト削減、そしてM&Aです。内部成長というのは、戦略の柱です。利益率を改善するための柱ですが、これだけでは将来的に成長を続けていくことは難しい。

製品は、誕生したあと成長期、成熟期、衰退期というライフサイクルを描きますが、この衰退期を乗り越えられないと消滅していくわけです。企業は一つのビジネスが衰退する前に、何か新しいビジネスを育てることを通じて、持続的な成長を続けていくべきで、その責任を負っていると考えています。成熟・衰退期にあるビジネスに固執するのは危険で、イノベーションにより新しい成長分野を創出することが肝要です。その一つの手段として、M&Aがあるわけです。

世界のM&A市場というのは2008年に入り、件数で12%、金額で25%減少しています。ところが日本企業によるM&A、特に日本の企業が外国の企業を買収する事例が増えており、2008年は2007年の約4倍、7兆2000億円の買収をしたと言われています。その中でも医薬品業界のM&Aというのは群を抜いて多く、アステラス、エーザイ、武田薬品工業、第一三共、塩野義製薬などがM&Aを行いました。

米コンサルティング会社のA.T.カーニーが作成した「主な産業の集約化と競走期間の関係」という興味深いチャートが日経ビジネス誌2008年1月14日号の記事に記載されていました。横軸に最も多数のプレーヤーが存在していた時期を0年とした「競争期間」をとり、縦軸に上位3社のシェアの合計をとり、各産業でどのように寡占度が高まっていくか示したものです。一番寡占が進んでいるのは飲料産業で約60%、そこまで約25年かかっています。たばこ産業は40%くらいの寡占度で、約20年かかっています。製薬の寡占度は20%未満で、まだまだこの産業の寡占は進むということを示唆しています。

バイエルとシエーリングの人事統合

では、バイエルとシエーリングは、どのように統合したか。まず人事統合プロセスにおいて、買収する側・買収される側に関わらず、その職位に「最も優れた社員を任命する」という基本概念を決定しました。往々にしてM&Aの最初のつまずきはここです。買収した側の会社の人材が、適切な計画もなしに主要な部門を寡占すると、結果的にM&Aがうまくいかなくなるのです。

今回の人事選考では、外部コンサルタントのインタビューを入れるなど、「適材適所を目指し、公平・透明に選考する」ということを徹底して人事統合プロセスに落とし込みました。新しい会社の組織構造と職務を定義し、そうして出来た世界の上位の職位150に対して、人材を配置したわけです。

人事統合プロセスにおける評価では、6つの要素を重視しました。社内状況や組織、文化などその人が在籍した環境に関する「情報」。身上データ、資格、職歴などの「事実」。現在の職務と今後期待される職務の「職務プロファイル」。直属およびその上司、部下、同僚からの「推薦状」。社内外の評価である「ベンチマーク」。そして外部コンサルタントによる約3時間の「インタビュー」です。

インタビューは、人事や直属の上司でなく外部の目を入れることで、公正さを担保しました。ここが非常に重要です。これまでの職歴、現職および今後の職務の要求事項の達成度について3時間位かけて詳細にヒアリングすると、その人のプロファイルをほとんど知ることができます。

例えばある人は、与えられた範囲でプロジェクトを遂行する能力を持っている一方で、セールスやファイナンスのエリアが弱く、M&Aなどもっと大きな視点で見る能力や、部下に対するコーチングスキルを身につける必要がある。またある人は、ビジョンを実行する力は優れているから、しっかりとした仕事を与えられた範囲でやるだろうが、クリエイティブではなく、ビジネス・デベロップメントにちょっと問題があり、短期間のビジネス・コースに通わせた方がいい。それからこんな人もいます。クリエイティブでダイナミックな解決策が俯瞰的にできるが、しゃべりすぎで自分のことをうまく説明できない(会場笑)。

こうして、各国における会長、社長、各部門のトップが決まりました。そして、150人より下の管理職については、各国の国内で、会長・社長・人事がインタビューを実施して人事選考を行いました。

職位が決定すると、このリーダーたちを育成計画によってフォローアップしていきます。バイエルの育成計画は、思考クラスター、対人クラスター、達成クラスターという3つのクラスター、12のコンピテンシーで構成されています。例えば思考クラスターでは、「分析行動」や「概念形成・戦略思考行動」、「体系的思考」が出来るかどうかを見る。対人クラスターには「主導的対話行動」、「説得行動」、「共感行動」、「自己主張行動」、「協調行動」、そして達成クラスターには、「実践の方向付け行動」、「ストレス耐性」、「達成指向行動」、「柔軟性」などがあります。これら12のコンピテンシーに基づいて評価して、弱みと強みを分析した上で、改善するようにしています。

社内では年に数回、2日半ほどかける演習を行います。そこで失敗体験や成功体験を全部聞き出すようなインタビューや演習テストを実施して、分析行動や概念形成・戦略的思考ができるか、過去に達成指向行動をしたか、ストレスに強かったかどうかといったことを改めて評価します。当社はこういった評価・育成計画に、非常に力を入れている会社です。

もちろんキャリアコースは一つではありません。いろんなタイプの人材を、会社の目的によって育成していきます。例えば「グローバルリーダーシップ」というのは、世界各国の社長など将来トップマネジメントの地位につく可能性と意志を持つ人、「ローカルリーダーシップ」は、日本国内でマネジメントに就く可能性と意志を持つ人です。それに加えて、特定な分野で優秀な成果をあげている「スペシャリスト」も貴重な人材だと考えています。

新しい企業文化を落とし込む

人選や人材育成計画を定めた後はいかに新しい文化をつくり上げていくのかということが課題になってきます。「企業文化創造プロジェクト」というグローバルプロジェクトが発足し、7つの行動指針が定まりました。そのうち日本では「顧客優先で行動する」「迅速な意志決定を行う」「誠実なコミュニケーションを行う」の3つに焦点を絞り、これらの行動に関するワークショップの実施、フォトコンテストの開催、自分の職場での成功事例を挙げるなど、各職場に落とし込んでいくための色々な仕掛けを作りました。

企業文化の構築と同時に、コミュニケーションも重要です。特に統合後は、社員の耳にタコができるぐらい「コミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション」と言い続けています。会長、社長、事業部長が現場に出かけ、支店長や営業所長を交えて社員と話し合い、統合における問題点などを出してもらい、そこで固めた方針を営業所長が部下に伝える。それを繰り返し行っています。支店長には、飲み会を含め、とにかく部下を集めて話す機会を増やしてもらうようにしました。

経営とは人を育てること

最後に経営全般についてお話します。会社が衰退しないための仕掛けをどうするのか。私はその策は唯一、イノベーションだと思っています。イノベーションを実現するには人が基本となります。人を生かすには、経営層と社員との間に信頼関係を築く必要があります。信頼はコミュニケーションから生まれます。そのために社長も私も事業部長も、先程述べた「話そう会」をしつこく開催しています。病院や卸へ頻繁に同行したり、新入社員が配属されるときに激励の手紙を渡したり、年末に全社員に祝箸を渡したりしています。私は社員に直接電話するのも好きです。社員からいろんな要望のメールが来るので、メールで返すより状況をより理解するために、直接会うか電話を掛けてよく話をしています。

ここにいらっしゃる方は、これからリーダー、部門長、経営幹部と出世されていくことでしょう。若い頃は誰にも負けない専門スキル、リーダーになれば、管理するスキルやクリエイティブなスキルが大事だと思います。そういったスキルとともに、人間関係を構築するためのコミュニケーション力をぜひ磨いてください。経営トップに欠かせないスキルは、コミュニケーションにつきると思います。また、経営トップが全体のビジネスを構築するには、現状把握の力だけではなく、想像力や第六感が必要となります。

リーダーシップというのは、社員をその気にさせる、奮起させることだと思っています。私の専攻は機械工学で、それを生かして、世界各国(韓国、シンガポール、香港、スイス、アメリカ)に工場をつくりました。いい上司に恵まれ、「やりたいようにやっていい」と思いっきりやらせてくれました。ぜひみなさんも管理職になられたら、「エンパワーメント」という概念を大事にしてほしいと思っています。経営者の一番重要な仕事というのは、企業を永続的に成長させるために、後継者をいかに育てるかということだと信じています。

質疑応答:幅広い読書でストレス耐性を高める

会場:私は育成計画のお話に非常に興味を持ちました。栄木さんはリーダーシップは生まれ持った素質、つまり先天的な能力だとお考えでしょうか、それとも訓練なりスキルの習得によって身につけられるものだとお考えでしょうか。

栄木:普通の人は100m走で10秒代のタイムは出せるかもしれないけれど、10秒を切ることはできませんね。路傍の石を磨いて黒光りはするけれども、ダイヤモンドにはなれない。私は事業部長ぐらいのマネジメントレベルまでは、トレーニングによってなれると思います。しかしトレーニングによって経営者になれるかというと、それは難しいでしょう。危機的な状況、例えば会社が潰れそうな事態に陥ったときに、その人の地の部分が出てきます。軸足をどこに置いてどういう判断をするかというときには、地が出ます。スピードが要求されればされるほど、その傾向は顕著です。それを克服できる人は、そんなにいないと思います。

会場:強烈なリーダーシップを発揮されてこられた栄木さんの資質の中で、他人よりも特に強い、こだわりのある資質を教えてください。

栄木:私の強みはストレス耐性が高いことだとよく言われます。どんな悩み事があっても、横になれば5分で寝ることができます。どんな難局に遭遇しても、何としても脱出しようという強い意志は、特にこれからの時代に必要とされるでしょう。その能力は資質だけでなく、幅広いジャンルの本を読むことでも培われます。ビジネス書に限らず、文芸書も読むことをお勧めします。若い頃に本を読んで感動する、人生を豊かにするような経験や対人関係を育む、それにはビジネス書以外の本を読むことがいいと思います。

会場:1つのポジションを2人で争ったとして、1人は平均点3で安定している、もう1人は平均点4だけれどもブレ幅が広いとなった場合に、どういう選択をされるのでしょうか。

栄木:その人にどういう仕事を求めるかによります。例えば、専門性を要求されるポジションであれば、その分野に強い人がいいし、チームワークが大きく影響を及ぼす部署であれば、部下の能力を引き出せる人がいいと思います。

会場:リーダーシップの中で最初は技術力、次に人間関係が必要とされるということで、技術力で突き進む人が出世するけれども、結局は人間力での勝負になるという話はこれまでにもよく聞いてきました。しかし、それだけだろうかと引っ掛かる部分もありました。今日のお話で、最終的に全体を構成する能力がある人は、想像力や第六感が必要だということを初めて聞いて、感動しました。ゼネラリストよりもある能力に特化した人、いわゆる「とんがり帽子」の人のほうが、想像力や第六感を持っていると思いますが、その辺りのバランスはどう見ていらっしゃいますか。

栄木:私は「とんがり帽子」が大好きです。しかし、環境によっては無用な争いを起こして、まとまる話もまとまらなくなると困ります。だからといって組織から排除するわけではありません。「とんがり帽子」でもスペシャリストの集団をまとめる能力が高い人はたくさんいますので、重用します。

会場:弊社では2008年3月期に過去最高益を上げましたが、そのときに社長がミドルマネジメントに対して、「君たちは全然変わっていない。この会社は先行き不安だ」と言いました。私はそのミドルの下で働いていますが、どのように変わっていけばいいのか彼らから中々伝わってきません。管理職でない、一社員としてどういう意識を持って仕事に取り組めばいいのか、教えてください。

栄木:私が若い頃、よくレポートを書きました。年に2回くらい、自分の上司に宛てて、「今こういうことを感じています」というレポートを出しました。またその上司が素晴らしい人で、事業部長まで上げてくれていました。ですからあまりめげずに、発信する機会を持つことが大事だと思います。私の場合は恵まれましたが、たとえ直属の上司とうまくいかなくても、社内のネットワークで必ず気が合う人がいるでしょう。

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