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強いブランドをつくる

投稿日:2007/11/22更新日:2019/04/09

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「強いブランドは、ヒトの意識を変容し、時にライフスタイルにまで影響を及ぼす」――。「強いブランドをつくる」をテーマに行われた、SILC 2007 autumn最後のパネルディスカッションでは、ヒトの心に強く語りかけ、行動変化を起こさせるブランドコミュニケーションについて議論した(文中敬称略)。

「ブランディングとはコミュニケーション力学を活用し、ヒトの意識を変えるもの」(田中氏)

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芳地:「ブランド」という言葉の認識は千差万別です。まずは自己紹介と「強いブランドとは何か」について、持論をお聞かせください。

田中:私は10年前、1997年にフライシュマン・ヒラード・ジャパンを立ち上げました。フライシュマン・ヒラードは、世界80カ所に拠点を持つ最大手の戦略コミュニケーションコンサルティング会社です。それ以前は、本田技研工業(以下、ホンダ)に16年、セガに3年、在籍しました。

コミュニケーションの世界に入ったのは、自動車が日米通商摩擦の最大の要因だった1980年代にワシントンD.C.に赴任したことがきっかけでした。当時のホンダは従来の販売拠点に加え、生産・開発の拠点も米国内に設け、ビジネス全体を現地化しようとしている最中でした。私は、そんななか、杉浦(英男)会長(当時)から「仮にアメリカがある時点で規制を引いた場合、日産自動車、トヨタ自動車は日本側に落ちてもいいが、ホンダだけはアメリカ側に落ちろ」と言われていました。要するに議会対策をはじめ、インフルエンサーと呼ばれる自動車政策に影響力をもつ学者やファイナンシャルアナリスト、マスコミなどと対峙し、アメリカの世論を味方につけることが私の任務でした。そこで実感したのは、コミュニケーションというのは一つの「力」であるということ。コミュニケーション力学を使って、世論を味方につけていく方法を習得しました。

その後、日本に戻り、コミュニケーションは「力」だという認識が不足していることに気づきました。“飲みニュケーション”という言葉が示すように、人間関係の構築には積極的なものの、それを「力」として戦略的に活用している組織は稀有でした。

象徴的な出来事は、1990年代後半に首相官邸を訪問した時のこと。当時の報道担当参事官は2人だけでした。かたや1980年代でもホワイトハウスには、20から30人近いコミュニケーションのプロが日々、情報を収集・分析し、朝いちでコミュニケーション担当補佐官と打ち合わせ、大統領がどの時点で、どういう声明を出すかということを作り込んでいた。それを知っていたので、日本の首相官邸の発信力の乏しさに愕然としました。

首相官邸の報道担当参事官が無能だったわけではありません。ただ、情報発信のありようが属人的なレベルに留まっている日本の実状と、コミュニケーションを仕組み化し、戦略的に世論を形成している米国との圧倒的な差異に打ちのめされてしまったのです。

こうした状況を横目に見ながら、政府だけではなく、企業にせよ何にせよ、組織がコミュニケーション力学を身に着ける重要性は今後さらに増すだろうと、確信を持つに至りました。

それから10年間。国政選挙や、世論を喚起して厚生労働省に新薬の承認を早くさせるような挑戦もしました。日本はまだまた官から民への情報伝達がほとんど。もっと民から官にモノ申す社会にならなければいけないと思います。

また、M&A(企業の買収・合併)におけるイメージ戦略や、敵対的株主が出現した際の対応策にも、コミュニケーション力学を応用してきました。危機管理においてもコミュニケーションは重要です。日本の企業は、法の遵守(リーガルコンプライアンス)に配慮する一方で、ソーシャルコンプライアンスの対応が上手くありません。法律を遵守すると同時に、それによって世間を納得させることができなければ、企業は立ち行かなくなります。社会的な理解を得るコミュニケーション戦略を採っているか否かが事業存続の成否を分かつこともあるのです。

今後は、(広告などを通じて)顧客に直接、訴えるコミュニケーションから、「気づきのコミュニケーション」への転換が必要になってくるでしょう。ブロガーの活用などはその好例です。(顧客から見て客観的な立場となる)第三者のインフルエンサーから情報を打ち込むやり方がより有効になると考えられます。

また、全てのリーダーが直面する21世紀の大きな課題は「ヒトの意識の壁」でしょう。本田宗一郎さんから言われ、印象に残っているのが、「ヒトの思い込みは“慣性の法則”(力が働かない限り物体がその運動状態を持続する性質)が強い」ということです。何度も何度も言って聞かせてようやく届く。それほど人間の意識は変わりにくいものである。だから、これからのリーダーは人間の意識をどれだけ早く変えられるかが重要になる――。そこで必要になるのがコミュニケーション力学です。私が考えるブランディングとは従って、ヒトを変えること。ヒトの意識改革を創発することと言えます。

「プロダクト起点からライフスタイル起点のブランディングの時代に」(住友氏)

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住友:ライフネオは今年5月に事業をスタートしたばかりの会社です。「Lifestyle Branding」と呼ぶ新しいブランディングの手法を標ぼうしており、これを始めた経緯からお話しします。

私はソニーの出身なのですが、4年ほど前にソニーの今後について社内で議論する機会がありました。その際に出てきたのが、ソニーの本質、価値の源泉は「新しいライフスタイルの創出にある」という考え方です。例えば「ウォークマン」の価値は、軽薄短小でデザインが美しいことなど、様々に挙げられますが、顧客に提供した最大の価値は音楽を外に持ち出すという、ライフスタイルの提案にありました。ハンディカムも同様です。

しかし、「いまのソニーに果たしてそれを実現できているか」。そんな議論の結果として、2005年4月にアサヒビールとのジョイントベンチャーという形態で新会社ライフネオを設立しました。ライフネオは、「Life(生活、生き方)」と「Neo(新しい)」を組み合わせた造語で、「新しいライフスタイル」を意味します。けれど時を同じくして、ソニーの経営陣が総辞任する事態が起きました。ハワード・ストリンガー氏が会長兼最高責任者(CEO)に就任し、エレクトロニクス事業とエンターテイメント事業への集中戦略を採ることを発表したのです。この舵切りによって、ライフネオは社内での位置づけが難しくなり、ソニープラザ(現在のプラザスタイル)など6社で設立した持ち株会社の傘下に入り、「ライフスタイル提案を通じた新たな生活価値の創出」をミッションに掲げ、再スタートを切りました。

私たちが軸にするのが、プロダクト(商品・サービス)を起点にしたブランディングに対する、それを包含した生活全てをデザインする「Lifestyle Branding」です。

ソニーがゲーム機で任天堂に負けた原因は、10歳代のゲームマニアを狙うプロダクト起点の商品企画から脱却できなかったからだと思います。対する任天堂は人口構成の変化に対応して高齢者や女性向けに、「ニンテンドーDS」シリーズの“脳トレ”(「東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング」の略)や家族で楽しめる「Wii」を開発しました。ライフスタイルを起点に発想し、商品展開につないだブランディングの成功例でしょう。

他にライフスタイルを起点としたブランディングの好例といえば「LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainabilityの略、健康と持続可能性を重視するライフスタイルの意)」が有名です。シャンプーや石けんのような日用品から飲食業まで、さまざまな商品・サービスに応用可能なライフスタイルです。

私たちが今、広めようとしているのは、「ねびまさる」という新しいライフスタイルです。美容業界では今年に入ってから「アンチエイジング」という言葉はほとんど使われなくなり、「エイジングケア」に変わってきました。「アンチ」という表現から「将来は暗いから無理やり時計の針を戻そう」というマイナスの発想が透けて見えるからでしょう。

これに対し、私たちが提案する「ねびまさる」は「老いに勝る」と書きます。源氏物語で紫式部が好んで使っている褒め言葉で「年を重ねるほどに美しさや格好よさが増していく人」を指します。アンチエイジングがマイナス発想、LOHASがゼロ発想(維持持続)であるのに対し、ねびまさるはプラス発想のライフスタイルともいえます。年齢・性別に関わらず、歳を重ねるほどに輝きを増す、そういうライフスタイルを提案したいと考えています。

目指すのは「ねびまさる」というライフスタイルを通じたブランディングです。即ち、この「魅力的なライフスタイル(ソーシャルバリュー)」の提案を起点として、そのライフスタイルを体感するための「魅力的なサービス(ブランドエクスペリエンス)」と実現手段としての「魅力的な商品(ブランドデリバリー)」を発想し商品化することで、それぞれが相乗効果をもたらすように考えています。

「単なるモノではなく、それを取り巻く時間や空間を提供していく」(井上氏)

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井上:パーク・コーポレーションは、生花店「Aoyama Flower Market」を中心に、フラワースクール「hana-kichi」と鉢物専門店「Jungle COLLECTION」などを展開しています。私自身が理屈よりも感性で動く、いわゆる“右脳系”のためか、ブランドの定義など、特に言語化して考えては来ませんでした。

花屋を経営しながらも最初は、「花は単価が安くて大きな商売にはならない」などと考え、よそ見もしていました。そんな頃、パリに行ってホテル生活をしたとき、花のない環境に置かれて初めて花の良さを認識しました。また、バリのアマンリゾートでは、鳥の声や風、自然のすばらしさを体感しました。

東京に帰ってきて銀座に行ったとき、和光の前の地下鉄から出ると、自分の店のドウダンツツジの枝がふと目に入りました。なぜかと考えてみると、銀座の町は直線ばかりで、それ以外に曲線がないからであることに思い至りました。これは人間にとってマズイ、花と緑を広めたい。その後は、そのためにどうしたら良い店ができるかをただ一所懸命に考えてきました。ただそれは、ブランドをどうこうしたいという発想ではなかったように思います。

差異化という意味では、日比谷花壇などの老舗と比べられることが多いのですが、あちらは単価2〜3万円の法人需要がメイン。また、地域の生花店は仏花がメインです。一方、私たちが目指しているのはプライベートな花の需要拡大。それも、誕生日や結婚式など特別な場面の花ではなく、普段使いの花を提案したいと思いました。

「雰囲気」「品揃え」「価格」「サービス」という四つのポイントから店を見ると、「雰囲気」は、花が外からも見えるように配置して、買うつもりのないお客様も思わず寄ってしまう“構えない”店作りをしています。「品揃え」は食卓に飾ることを考えて、バラなら40〜50センチの短いものを、「価格」は1本200円から用意しています。

胡蝶ランのような、お祝いの花は「モノ」として贈られることが多いですが、私たちのお客様は「週末、友達にイタリアンを振舞うときに使うランチョンマットの色調に合う花が欲しい」などと考えて花を買いに来られます。1週間もすると枯れるものにお金を使うのは、単なるモノとしての花ではなく、花のある時間や空間が欲しいと思うから。

社費ではなく自分の財布から払ってくださるお金ですから、お客様は細かいところまで気にされます。店内の音楽は心地よいか、スタッフはプロ意識を持ってお客様の疑問に答えているか、持って歩いてオシャレな包装か、ラッピングを解いた後も充分なボリューム感があるか、美しいか、その花はすぐに枯れたりしないか。お客様が支払う1000円なら1000円の価値というには、お客様が店に入った瞬間から発生しなければならない。売った瞬間に終わりではなく、花が枯れるときまで責任を持って提案しなければならない。そういう「サービス」を意識しています。

芳地:先ほど、田中さんは「ブランディングとはヒトの意識を変えるもの」と言われました。これについて、もう少し説明していただけますか。

田中:ヒトの意識を変えるということは、即ち、ヒトの行動を変えるということです。ブランディングの結果として得られるものは、商品やサービスの認知度向上ではなく、「この商品・サービスでなければいけない」と消費者に考えさせ、実際に購買するなどの行動変容を引き起こさなければならない。それが強いブランドだと私は思います。

先ほど井上さんが、「モノ」を売っているのではないと言われました。店頭で花を選び、買って帰り部屋に飾るまで、一連の時間のなかの「経験」を、井上さんは売っている。ヒトの意識を変える要因のなかで、とりわけ大きな役割を果たすのが、この「経験」です。

理屈でヒトの意識は変わりません。一つのブランドが信頼されるために、どういう経験を提供するのか、その仕掛けをするのがブランド戦略と言えます。

芳地:住友さんは「ねびまさる」を定着させるために、どんな経験を用意しているのでしょう。先ほど、「魅力的なサービス体験(ブランドエクスペリエンス)」という表現もありましたが。

住友:今はまだ、その前段階かもしれません。私は、お客様に提供しようとする価値は、同時に社員の夢であるべきだと思っています。ライフネオには、ソニーグループから離れることが見えてきた時期に、事業のビジョンに共感し、「ソニーには辞表を出します」とついてきてくれた社員もいます。そんな彼・彼女らと、今年5月に東京・青山に新店舗をオープンし、日々、魅力的なサービス体験の創出に取り組んでいます。この店舗の従業員も「ねびまさる」というコンセプトに共感して集まってくれた人たちです。

「社員ひとり一人を、ブランドメッセンジャーにする」(住友氏)

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田中:住友さんがおっしゃった、社員の想いはとても大切なものです。とりわけ、サービス業においては、モノではなく、お客様と接する社員自体が、商品であり、ブランドメッセンジャーとなるわけですから、社員がどういう想いを持っているか、どんな経験をお客様に与えられるかが、大切なポイントとなります。

言語コミュニケーションで伝えられるのは一般に、商品やサービスの価値の35%程度と言われます。残りの65%は非言語コミュニケーション。お客様と接する社員が抱いている、会社やトップが掲げるミッションへの共感の深さが、言葉ではなく態度としてお客様に伝達するのです。

ですから、トップが企業が価値の源泉とするメッセージを、どれだけ社員に浸透させられるかが肝になります。Visibility(認知度)は広告で上げられますが、Credibility(信頼度)を上げられるのは社員しかいません。

芳地:その点について井上さんは何か工夫をされていますか。

井上:ありとあらゆる機会を使っています。私は、ブランドを作るための予算の半分以上は内部に振り向けなければならないと考えています。

花や緑に囲まれた生活を当たり前のものにしていくためには、まず社員自身がその価値を体験していなければいけない。ですから、社内もグリーンでいっぱいにしていますし、店舗に出る社員以外も花や緑に触れることが大切と考えて、月曜日の朝には皆で社内の草木の手入れをします。オリジナルの手帳を作って、経営理念や季節の花についての解説を入れたり、「どこまでも花や緑を広める。だから、月にも人類初の花屋を出店する」と、そんな夢をイラストで表わしたTシャツを配ったり、感性で動く社員の多い会社なので、研修用のテキストも、数字や文字だけではなくイラストを入れ、オシャレなものにしています。

大切なのは、細部にまでこだわりを持つことだと思います。本物志向を訴求する以上、たとえお客様の目には触れない研修所などであっても、徹底的に本物にこだわらなければならない。店舗で使う素材を全て本物の鉄や木、石にしているのと同じように、研修所のテーブルなども本物の板材を使う。そういうところをしっかりと押さえないと(どれほど口頭で「本物志向」と言っても、社員の認識に)ブレが生じると思うのです。

例えば食事に行って「本日のオススメ」と書かれた黒板の内容が毎日、同じだったりすると、ガッカリします。それは、その店がニセモノであることが垣間見えてしまうからだと思います。

ですから、店舗でも例えば、花を入れる箱のロゴは焼印で押しています。印刷にすればラクだし、安上がりなのですが、そこは妥協したくない。花を入れるバケツも、フィリピンや中国で似たものを作れば安いのは分かっているのですが、全てパリから仕入れています。花の保水処理に濡らしたティッシュを使う店が多いですが、それだとすぐに乾いてしまうのでジェルにしました。「ゴミになるところにも、こだわっているのがいい」とお客様には言っていただけています。ハサミも、手入れが行き届かないと茎をきれいに断てないので、クリーナーを自社開発しました。

田中:井上さんの言われる「本物志向」というのは、ブランディングを語るうえで不可欠のものです。人間は高いセンシング機能を持っているので、目には見えないニセモノ観も無意識のうちに識別します。本物を通じてトレーニングされた社員が発信するメッセージは、言葉だけではなく、態度や笑顔や、その作り出す空気感など、全てが本物であり、それが店内で再生産されます。ヒトや空間など、店舗でどれだけ一貫性のあるメッセージを発信できるかで、お客様の共感と信頼を勝ち得ることができるのです。「なんか違う、良いな」とお客様に感じさせるのは、細部にこだわらなければ作れない世界観だと思います。

住友:「ねびまさる」から導いたブランド「フジコハク」の「本質・上質・良質」「知的で楽しい」というブランドプロミス(約束)は、言葉では分かりにくい。ですから、お店で実際に感じていただくことが必要で、店舗設計に反映させています。例えば、ライトのスイッチを壁の下部に配置したのですが、そのスイッチを点けたり消したりするたびに、従業員に、「お客様に見えないよう細部に留意している」という店のコンセプトを感じ取ってもらえるのではないかと思います。その他にも、調湿性の高い壁材を使用するなど、お客様には直接、分からない部分で、多くの仕掛けをしてあります。

また、「ねびまさる書簡」というウェブサイトを立ち上げ、「ねびまさる」生き方を体現している女性たちに登場してもらい、インタビュー記事の内容を通じて、「こういう人になりたい」とイメージしてもらえるようにしました。

振り返ると、ライフネオのブランド開発のアプローチは、右脳で感じた理想的な生き方を、お客様にお伝えするために、言葉やロジックに落とし込む作業なのかもしれません。

田中:先ほど、ヒトの意識を変えるうえで大きな役割を果たすのが「経験」であると言いました。しかし、車やパソコンなど世の中には「試しに買って経験してみる」というわけにもいかないものがたくさんあります。そこで要になるのが、今、住友さんの言われた「イメージしてもらうこと」。つまり、提供価値を可視化するなど擬似経験を創出するプロセスです。井上さんの店作りも、まさに擬似経験を創り出していると言えるでしょう。

一つのサービス・商品を信じるためには、「共感」「信頼」の2つが大切です。人間は理屈の動物ではなく、感情の動物ですから、自分の経験に基づき、自分の行動を決めていきます。店に入った瞬間に感じることが「経験」として蓄積されて、行動変容、意識変化を作り出すのです。この際、感情に訴えるのが「共感」「信頼」を醸成するイメージです。

福沢諭吉は「人間社会は七分の情、三分の理(コトワリ)」と言ったそうですが、お二人の話を聞いて素晴らしいと思うのは、頭でっかちな理論に溺れず、どうやってヒトの感情に訴えるかということを細部に至るまで考え、また(社内に)発信していらっしゃるところです。

芳地:新しくできた有楽町マルイにもAoyama Flower Marketが入っていますが、訪ねてみて草木が店から溢れんばかりに出ていることに驚きました。

井上:(丸井グループの)青井(浩)社長とはトライアスロンでよくご一緒させていただくのですが、あるとき私が、「百貨店のなかというのはグリーンがほとんどない。直線ばかりで気詰まりだ。僕ならもっと緑のあるところで買い物をしたい」というお話をしたところ、大変に共感してくださいました。それで、有楽町マルイを作る際には、水やりの便にも配慮していただき、芳地さんがご覧になったような店づくりが実現したのです。いつかは建物全体を、公園を歩くように曲線でいっぱいにした店づくりができたらいいな、と思いますが、今回、伝えたいことの一端は可視化できたように思っています。

芳地:サービス業の経営者は頻繁に店舗をまわり、お客様の感じ方をチェックしていると聞きます。

井上:商売のポイントは一つ。どれだけピュアにお客様の立場で店を見られるかに尽きます。一度、花を入れる箱で失敗したことがあるのですが、自分がお客の立場で花を取り出そうとしたら、とても手を入れづらかった。すぐに作り換えました。また、店舗でその日のオススメの花を黒板に書くのですが、従業員は自分が書くときの視点、真正面から見やすければ、それでOKと考えます。けれど、お客様は歩きまわりながら見るので、見る角度や距離は当然、それとは異なる。従業員は両手の空いた状態で店を歩き回るので、導線が多少、狭くても気にしませんが、お客様は食料品などを買いまわって最後に大きな荷物を抱えて来店されます。雨の日は傘も持っているでしょう。そういう例はたくさん挙げられます。

田中:「顧客視点に立つ」と言葉にするのは簡単ですが、普通は「自分」がそれを邪魔してしまう。井上さんが自己視点の呪縛にかかっていないことには驚かされます。

「不断の進化、関係性のマネジメントが口コミを燃やす」(田中氏)

芳地:ここまで店舗を通じて、お客様の感情に直接、訴求する話をお聞きしてきましたが、店舗に足を運ばれない潜在的なお客様にブランドを広める手法については、皆さん、どう考えていらっしゃいますか。

田中:いちばん重要なのは、お客様と接する社員、店そのものの発信するメッセージです。それを感じたお客様が、ご自身のコミュニティーに戻って、口コミで広めるのが理想であり、基本でしょうね。

ここで気をつけなければいけないのは、「経験」を売るサービス業の場合、1人のお客様が満足して帰ったからといって、そのレベルを維持すればいいという発想ではダメだということです。お客様は、あちらこちらで多様な経験を重ねてから再来店されるので、こちらが提供する経験の価値を常に進化させ続けなければなりません。その不断の繰り返しが、口コミを燃やす原動力となるのです。

ブランディングは「関係性のマネジメント」です。何度も経験を繰り返していくなかで、お客様との関係性は強化されていきます。インターネットがなかったころに比べると、今はブロガーなどにより、口コミの広がりがかつてないインパクトを持つことを見過ごしてはなりません。

住友:お客様に価値を伝える方法には、「サービス・商品」、「雑誌・テレビなどのメディア」、「ヒト経由」がありますが、私も田中さんと同じく、ヒト経由のマーケティングに着目しています。一種のネットワークマーケティングともいえますので、ネズミ講のようなネガティブなイメージで捉えられないよう注意は必要ですが、ヒトは何人もの知り合いから同じ話を聞くと、徐々に信じるようになるものです。そしてそれは、企業側から発信された情報ではなく、信頼する第三者から伝わる情報に限られます

芳地:ブランディングのプロセスが設計どおりに機能しているか、その効果検証はどのようにしていますか。また、ブランド力の強化にかけるヒトやカネの費用対効果を図るのは難しいですが、「それが、どれだけ売り上げにつながったの?」というような問い掛けには、どのように答えていらっしゃいますか。

住友:難しい質問です。かつてソニーは「ブランド力がある」と言われていました。当時は世に先駆けて新しいものを作るという気概があり、それが世間からも認知されていました。ですから部品メーカーなども、新しいものができると、まずソニーに持ってきてくれました。「他社と比べると商品の堅牢性などでは負けている。でも、クールなソニー製品が欲しい」とお客様が思ってくれる。それがソニーのプレミアム価値でした。

モノを入れるだけなら、スーパーマーケットなどでもらえる無料の袋で充分であっても、やはりエルメスのバーキンが欲しいと女性が思うのは、そこに単なるモノを超えた価値が発生しているからです。私はそれを次のような尺度で測れるのではないかと考えています。「喜び/品質効率性=生活価値」。

日本企業は、製造業などで生産効率を上げ、品質当たりのコストパフォーマンスを良くする(分母を小さくする)のは得意ですが、その一方で商品を持つ喜びを高める(分子を大きくする)のは苦手です。ソニーが自身のブランドプレミアムを毀損してしまったのは、標準化の波に乗り、他社と同じものを、なるべく安く作ろうという競争に安易に乗ってしまったからではないでしょうか。

顧客の生活価値を高める軸は決して機能や価格だけではありません。このパラメータが正しいかは分かりませんが、分子である「喜び」は、好きなモノを所有する「個人の喜び」、他の人からどう見えるかという「持っているステイタス」、そして近年、重要性が高まっている「社会的意義」3点に因数分解できると考えます。

田中:ブランドというのは、そもそも意識的に作れるものではないんですよね。井上さんがされてきたように、日々、一所懸命やっていくうちに出来上がってくるというのが今までの流れだったと思います。その意味では、非常に右脳的と言えるかもしれません。

ただ、面白い動きとして最近、左脳的なブランドの作り方が出てきています。

「ブランド価値をどう測定するか」という議論はもう過去の話で、今は、ブランドを予測し、シミュレーションする世界が現れているのです。例えば、○○というメッセージを発信したら、お客様がどのように受け取って、どんなブランドができあがるのか。そうしたことを、商品の売り上げや株の変動を予測するようにシミュレーションするモデルができつつあり、米国ではその統計モデルを採用している企業もあります。ブランドを立ち上げる前から、その将来像を左脳的に構想できるのです。

最後に一つだけ。冒頭でコミュニケーションは「力」だと申し上げました。リーダーシップを発揮すべき立場にいらっしゃる皆さんは、このコミュニケーション力学を、もっと活用されるべきだと思います。特に「多様性のマネジメント」「有事のマネジメント」「関係性のマネジメント」が今後、より重要になると思います。

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