星野リゾート社長・星野佳路氏―リゾート業の構造転換に対応せよ(SILC 2006 autumn) 

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SILC 2006 autumnレポートの第3回は、星野リゾート代表取締役社長・星野佳路氏による基調講演の内容をお届けする。星野氏は、「Developer(開発者)」「Lender(貸し手)」「Operator(運営者)」「Owner(所有者)」の4機能が分化するという、リゾート業者が迎えている大きな構造転換について言及。変化の波を逆手に取って勝ち残り、また地域社会や顧客により一層の価値を提供するための方向性について、星野リゾートで実現している数々の事例を元に持論を展開した(文中敬称略)。写真:岡村 啓嗣

国内観光産業の競合は「海外」膨大な貿易赤字を認識せよ

日本の観光産業における国内リゾートの拡大期は、1950年代からと言える。東海道新幹線開業を背景に、財団法人・日本交通公社の営利部門が、国鉄(当時)と全旅連を株主とする株式会社・交通公社(現在のジェーティービー)として分離・完全民営化され(1963年)、国内旅行の需要が積極的に開発された。当時は、投資をすればするほど、売り上げは伸張し、星野リゾートが拠点とする軽井沢の旅館や別荘も売り手市場だった。

しかし変動相場制移行(1973年)に伴い、やがて海外旅行の需要が増すこととなる。

為替と海外旅行には、密接な関係がある。先日、上海で行われた市場調査によると、日本と上海での生活レベルに大きな差異はないのに、海外旅行には「日本では大卒初任給の1/3」「上海では大卒初任給の3倍」の費用がかかることが明らかになった。海外旅行の手軽さは、経済力ではなく為替に負うところが大きい。

現在、日本人の海外旅行者数は、不景気・テロ・SARSなど、マイナス要因の重なるなかにありながらも継続的な上昇傾向にある。人口1億数千万人足らずの国で、毎年1700万人が海外に旅行しており、その数は今後も増加すると見られる。

ここで注視しなければならないのは、日本国内のリゾート業は、これら海外旅行と競合してきたという事実だ。「星のや 軽井沢」に3万円の宿泊料をお支払いになる方々の旅行先の比較対象は、国内の別の温泉旅館ではなく、フランスやバリ島のリゾートホテルなのだ。しかし我々(国内のリゾート業に従事する者)に、そういう認識や危機感はほとんどなかったように思う。

人口6000万人のフランスに、海外から年間7000万人の旅行者が訪れる一方、日本には600万人しか来ていない。これは世界ランキングで言うと(フランスが1位であるのに対して)32位にあたる。33位のチュニジアと同等規模で、米国やイタリアなどからは大きく引き離されている。日本は、こと観光産業に関しては大きな貿易赤字を産む、“後進国”となってしまっているのだ。

所有者と運営者の分化によって利潤に対する意識が変わる

1987年、リゾート法(総合保養地域整備法)が制定され、大手資本が規制緩和を受けて大型リゾート開発に着手した。実際に上手くいった例は少ないが、このことは我々のようにリゾート業に従事する者に大きな問題を投げかけた。

それまでのリゾート業者は端的に言えば、「Developer(開発者)」「Lender(貸し手)」「Operator(運営者)」「Owner(所有者)」の4機能すべてに直接的に関わっていた。即ち今までは、「旅館の主人の担保力」が全てであり、「10億円であれば借りられるから、この範囲内でできることとして○○をしよう」というように、事業規模、引いてはその内容をすべて決定づけていたのだ。日本のリゾート施設に、細かく継ぎ足された建物が多いことも、これで説明がつく。

しかしリゾート法の制定により、開発は開発会社が、投資は投資家が行うなど、それぞれに専門家が入ることが可能となった。「○○を行うためには幾らいくらかかる、そのためには××から資金を調達しよう」というように、資金の多寡がボトルネックにはならなくなった。この意味合いは大きい。

我々は1990年代以降、「開発」「投資」ではなく、「運営」で勝負するという方向性を打ち出してやってきた。大手資本と同じ土俵で闘うのではなく、運営の一部でもいいから任せていただけるような会社になろうと事業範囲を「運営」に特化し、お客様満足度の高い施設運営を目指してきた。

この構造において、Operatorの私達にとって、真の顧客はOwnerとなる。Ownerが望むのは当然のことながら利潤であり、「銀行にカネを返せばいい」では、やっていかれない。Ownerが臨む利潤を生み出すため、Operatorとしての私達は、自分達の競争力となりうる運営の仕組みが必要だと考えている。

日本の旅館、ホテル業は実は、アメリカのホテル業などと比べ27%の労働生産性しかないというデータがある。製造業、例えば自動車産業などでは人間の歩幅、歩数まで考えて生産性を測っているにも関わらず、旅館では効率性がまるで重視されていない。

膨大な無駄がそこにはある。なぜか。一つには個々の事業規模が小さすぎるという点が挙げられる。生産性を最適化するに充分な設計となっていないことも要因となる。

リゾート業において「「Owner(所有者)」と「Operator(運営者)」を分離する動きは実は、米国では1980年代から始まっていた。例えば、Westin、Hilton、Sheratonなどは運営に特化している。日本でも外資系ホテルでは例えば、パークハイアット東京は東京ガス都市開発(の関連会社)が運営を手掛けている。さらに2000年頃からは、Inter Continental、Holiday Innのように所有も運営もせず、予約システムに特化する企業も出てきた。集客にスケールメリットが効くからだ。リゾート業界は今、大きな変化を迎えている。

リゾート運営の達人として観光業を地域の基幹産業に高めたい

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では、「リゾート運営の達人」とは。我々は、これを客観的に示す指標として3つの数値目標を掲げた。まず「経営」の良し悪しを測るものとして経常利益率20%、次に「顧客満足度」を測るものとして、3点満点の7段階評価で平均2.50ポイント、そして環境配慮を示すものとしてエコロジカルポイント(NPO法人グリーン購入ネットワークによる評価、25点満点)24.3ポイントという3項目である。いずれも極めて高い水準で設定しているため、3項目を同時達成するリゾート施設は、まだ作ることができていないが、徐々に肉薄してきてはいる。

これらを達成する仕組みとは、どのようなものであるべきか。我々は、「モチベーションを高める仕組み」「組織を顧客志向にする仕組み」「安定集客を可能にする仕組み」「収益を確保する仕組み」「経営に変化を促し続ける仕組み」の5つが、その構成要素であると考えている。これは、総支配人一人の実力に頼る、属人的なものでは決して成し得ないものである。

星野リゾートは現在、ゴールドマン・サックス・グループとアセット・マネジメント会社を合弁で設立し、温泉旅館7施設の再生に取り組んでいる。その一つが石川県・山代温泉の白銀屋。築180年の老舗旅館だ。

今なぜ、温泉旅館の再生なのか--。一つには日本の観光産業のポテンシャルの高さが上げられる。先にも述べたとおり、日本への渡航者数は現在600万人と世界32位の水準に過ぎない。トップ5は順に、フランス、スペイン、アメリカ、イタリア、中国だ。日本も知名度だけではなく、交通の便の良さや、安全の度合い、文化の特異性など、どれをとっても世界に誇れるレベルだ。また、これら各国料理のレストランは大都市であれば、まずあることに気づく。和食だって負けてはいない。

温泉そのものの魅力にも注目したい。国内では安定的な需要が見込め、世界からは希少性を売り物に新規顧客を獲得できる。温泉旅館は日本の国民性に根ざしたベストセラーだ。最近は「温泉は好きだが、(拘束時間が長い、食事のバリエーションが少ないなどの理由から)旅館が苦手」という声も頻繁に聞かれる。海外旅行で様々なサービスを体験して、顧客側が変わったのに旅館側のサ−ビスが変わらないことが問題だ。一方、外国人に向けては温泉の希少性をアピールしたい。床で寝て、箸で食事をし、屋外で裸になり風呂に入る経験は、他国ではまずない貴重な体験であるのだから。

先述の労働生産性の低さも、私が温泉旅館の再生に取り組む理由の一つだ。労働生産性の差異の背景には生産性の高いとされるチェーンホテルの割合が労働投入量でアメリカは64%、日本は17%という規模の違いもある。日本では労働投入量の58%が旅館となっている。このことは逆に、改善要素が多い、伸びしろがあるというチャンスを示唆しているように私は、考えている。

加えて、リゾート業、観光業には産業としての重要性もあると考えている。工場の海外移転が進むなか、リゾート施設は海外に移転するのではなく、国外からのお客様を呼び込むこと本来の任務であり、そのある地域に雇用、税収をもたらす。農業など地場産業への貢献も大きい。観光業を地域の基幹産業と換えるため、日本人が日本人らしさを活かしていくため、私は残りのキャリア、人生を温泉再生に賭けてみたいと考え始めている。

[対談]星野リゾート星野佳路社長 V.S.グロービス・グループ代表 堀義人

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 旅館業への参入は容易か。

星野 規制が参入を阻んでいる側面はある。法というよりも組合や既得権の問題など外的要因が大きいのではないか。例えばブライダル業ならば比較的容易だが、葬儀業や旅館業への参入は難しいように感じている。

 先ほど、サービス業の労働生産性の低さについて言及された。

星野 サービス業において、経営のイノベーションはほとんどなされてこなかった。海外の観光業を相手に「戦うべき」という意識がなかったことが、まず問題だ。女将に旅館を任せ、主人は(地元の)団体や会合に参加していたのだろうが、そんなことをしている場合ではなかったのだ。日本にはソニーやトヨタなど世界に冠たる企業があり、彼らのエンジニアリング(の方法論)を持ち込むことで、生産性は高められるのではないかと考えている。サービスだから、と顧客満足だけを追及すると利益は上がらない。両立が大切だ。

堀 経験的に、研究・開発型のベンチャー企業は開発の比重が高いため、ベンチャーキャピタルが入っても、いかんともしがたい部分も多く、失敗例が散見される。他方、サービス業は「経営」で変わる比重が高く、仕組み化によって成功に導きやすいと思う。オーナーは投資しやすいのではないか。

星野 おっしゃるとおりだ。米国は既に、サービス業の仕組み化が進んでいるので参入は難しいが、日本ではまだまだ改善の余地が多いためチャンスだと思う。

 合理性を追求して成果を上げることで、古い慣習を打ち破る起爆剤となると良い。ところでITベンチャーの多くはビジネスモデル作りが最初の課題になっており、他方、サービス業ではまず、人のマネジメントをどうするかが課題と思う。

星野 旅館業というのは極めて特殊な業界だ。最前線にいるスタッフは皆、「お客様に満足してほしい」「お客様に喜ばれたい」と思っている。わざわざ「不満を持たせたい」人はいない。彼らの動機を生かすためには、マニュアルや予算、縦割り組織で彼らを縛ったりせず、もっと自由に考えさせ、動かさなければならないと、私は考えている。

堀 それを規模化する仕組みはどのようなものであるべきか。

星野 当社では社員を地方に連れていくより、現地採用で、土地の人を生かすという発想でやっている。都市で採用した人は、例えば青森赴任に対して尻込みしてしまう。だから基本的に現地の人を接客に当たらせ、予約・給与計算などバック機能を中央に集中させる。

 星野さんは、仕組みやノウハウをこうして、社外の人にも惜しげもなく話してくれる。そのことに感動せずにはいられない。

星野 仕組みやノウハウは、作ることより、実行することが、難しい。折角、考えた仕組みを「コストに見合わないから」とやめてしまう人が多いが、しつこく続けると結果は出るものだ。

 星野リゾートの差異化の源泉は、他社とかぶらない独自のポジションと、時間をかけて作り上げたサブシステムということと理解した。ところで以前、リーダーの資質の1つとして「(従業員に対する)愛」を挙げていたが。

星野 給与は貢献度に応じているため、切磋琢磨で殺伐としがちだ。ルールというのは万能ではない。だから常に、ファミリー的な組織構築を心がけている。多重債務や病苦を負ったスタッフには、就業規則を超えた取り計らいをすることもある。当該者の忠誠心が増すのみでなく、周囲への影響も大きい。

会場 顧客満足と収益性の向上を、いかにして両立すべきか。

星野 顧客満足向上にはお金をかけて解決しようとしてしまうことが多い。例えば新しい食器を買ったり、高い食材を使ったり。際限なくお金をかけても、それが提供者の自己満足にしかならないこともある。従って当社では、顧客満足率とリピート率の関係のメカニズムを解明するなど、科学的アプローチに取り組んでいる。

例えばCRM(Customer Relationship Management)の導入がその一つだ。それも、漠然とデータを取るのではなく、「リピーターを確保する」ことで「マーケティングコストを削減する」と目的を明確にしたうえで、リピートしている顧客のデータを詳細に分析するといった取り組み方をしている。レストランでもホテルでも一般に人は「85点以上の店」を心の中にリストとして持っており、85点以上の店をオケージョンによって使い分けてリピートしているのだ。では、そのいくつかある85点以上の店の中から、どのようにして選んでもらうのか。星野リゾートのCRMは、マーケットシェアの発想ではなく、顧客シェアの発想でやっている。

具体的にはチェックアウト時に顧客アンケートを行い、「Better Spec Sheet」を作成する。星野リゾートの取り組みが他社と異なるのは、データ分析の対象を2回目以上の顧客としていることである。リピートした時点で初めて、1回目に利用した際のデータを洗いなおす。現在「星のや 軽井沢」では利用顧客のうち15%が2回目の利用をしているリピーター客であることがわかっている。

これまで顧客アンケートというと、「1000人中300人が“部屋にウォシュレットを付けろ”と言っているから付ける」というのが一般的だった。しかし、ロイヤリティの高い(何度もリピートしていただける)顧客が「部屋のCDを増やして欲しい」と言えば、それがたとえ1000人中1人という少数派の要望であっても検討する。それによって「年に2~3回は国内旅行をする」なかの、星野リゾート内のシェアを高めてくれるのであれば、それこそが安定集客を可能にする仕組みとなるからだ。

会場 先ほど、労働生産性を高めるという話をされたが、生産性の悪いとされる旅館のオペレーションこそが“旅館の味”となっているのではないか。

星野 効率化イコール自販機を置く、というような意味ではない。仕組みによって無駄を排除するということだ。例えば、従来の旅館業は「風呂を沸かす人」「食事を出す人」「チェックイン対応をする人」「掃除をする人」というように、機能別の分業体制となっていた。しかし、お客様の動線から考えるとこれは無駄が多い。なぜかというと、旅館においてお客様はほとんどが同じ行動をとるからである。3時ごろにチェックインして、7時ごろに食事、というように。すると、「チェックイン対応をする人」は、食事の時間には暇でブラブラしているということになる。これを改め、個々の従業員がマルチタスクで動けるようにすれば、無駄が省け、しかも様々な局面からお客様の情報が入ってくるので、「このお客様は休む際には音楽を聴くと言っていたのでCDを置いておこう」という具合に、かえってサービスの質は高まる。これまで縦割り組織でやっていたものをマルチタスク化することは、移行時に混乱が起こるかもしれないが長期的に見れば益は大きいと考えている。

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