プロ野球ファンは、この10年間で16%、約1000万人が減少したという。そんな厳しい環境下で、球団売上げを2004年と比べて約3倍に成長させたのが、千葉ロッテマリーンズ。12球団で下から2番目にファン数が少ないと言われる千葉ロッテは、どのようにして経営改革を成し遂げたのか。連載「スポーツで学ぶMBA講座」の番外編として5月27日に開催された、Number Web×グロービス特別公開セミナー「『千葉ロッテマリーンズの挑戦』~顧客満足度を高めるマーケティング戦略~」。プロ野球を取り巻くファン離れの現実、そのなかでもプロスポーツの経営に必要な3つの条件が厳しい千葉ロッテだが、現実を見据えることから、経営の改善策が生まれていった。
千葉ロッテマリーンズ事業本部企画部・原田卓也部長代理は、プロ野球界を取り巻く厳しい状況、それに加えて千葉ロッテはプロスポーツビジネスにおける重要なファクターと言われる「マーケット、メディア、スタジアム」で他球団に比べて不利であることに触れた。
しかし、その厳しい状況下で千葉ロッテの経営は10年前よりプラスに転じているのだ。
「'04年までずっと横ばいで来ていた売上額が、現在では約3倍となりました」
原田氏はその具体例を次々と明かす。
まずは“マーケット”の部分である。千葉ロッテのファンはだいたい100万人程度と、規模としては小さい。プロ野球球団としてはオリックスの次に少ない。しかし、まるでサッカーのような“声”を前面に打ち出した応援スタイルが魅力として知られる千葉ロッテには、あるデータで他チームとは違う傾向が見られるのだ。再び、原田氏の言葉。
ファンのスタジアム観戦率×年間観戦回数
「応援が有名な球団でもあるんですけど、千葉ロッテのファンの方々は“アツい”方が多い。その傾向が現れるのが、スタジアム観戦率と年間観戦回数なのです」
'09年のスポーツマーケティング調査によると、千葉ロッテファンのスタジアム観戦率は64.3%の数値を示している。これは同じ都市球団のヤクルト(50.0%)や横浜(47.6%)だけではなく、地域に根付いているイメージがある広島の56.6%、日本ハムの50.0%と比べても図抜けている。
その観戦率とともに注目したいのが「年間観戦回数」である。同データでは千葉ロッテの観戦回数は5.3回。これはファン人口やスタジアムのアクセス面で圧倒的に優位な巨人の4.1回をも上回っているのだ。
この観戦回数増加には根拠があった。
CRMの導入で顧客の顔が見えてきた
「少ないファンをいかに克服していくかは、CRM(カスタマ・リレーションシップ・マネジメント/ 顧客関係管理)の導入しかないという結論に至りました。以前からファンクラブ組織というものは存在していたのですが、そのリソースをいかに有効的に使って観客動員につなげるかというのは実際にやっていなかったのです。ファンが少ないなら、リピート率を上げるしかないのです。そのため、'06年からCRMの導入に至ったわけです」
現在の千葉ロッテは入場者数の約40%がファンクラブ会員と言われる。球団はそこに目をつけたのだ。顧客満足度を高めるため、顧客の詳細なデータベースを管理する「CRM」を'06年に導入した。
「その人たちがスタジアム内で行う飲食、チームのグッズや物販などでどのような購買行動をしているのかを把握するためにポイント制度を採用し、そこから新商品の企画やイベント立案に生かしています。そのため、まず初めて来てくれた人にはいかにファンクラブに入会してもらうか、年間で1回来てくれる人を2回に、5回来場してくれる人を6回にするというように、リピーター重視、すなわち既存顧客の固定化というところでCRMの導入理由がありました」
確かに、千葉ロッテは“売り出し中の選手グッズ”の発売タイミングが素早い。今シーズンで言えば、勝負強い打撃と堅実な守備で内野のレギュラーに定着した2年目、鈴木大地の名を冠した飲食物が登場。そして右腕・西野勇士が電車通勤でスタジアムまで通っていることにちなんだ「西野パスケース」が6月に発売される予定だ。
これらはCRMで得たデータを基に、リピーターの心をくすぐるような商品を企画し続ける好例と言えるだろう。
ネットメディアで情報発信
そんなマーケットを広げるためのメディア戦略では、地元・千葉のメディアだけではなく、BSデジタル放送のTwellvやFOX SPORTSでの中継、そしてYahoo! やYouTubeとも連携するなど、新しいメディアとの連携を模索している。その既存メディアに対するアプローチに加えて、球団側からもアクションを起こしている。
「地上波や新聞のメディアのサポートが弱いのなら、ネットを主体とした球団主導の“インハウスメディア”というものを作っていこうとなりました。これに定型メディアとの緻密な連携を加えて、潜在的なファンやそもそもファンではない人を掘り起こすのです」
千葉ロッテのホームページを見てみると「marines.tv」というコンテンツがある。そのページではゲームダイジェストや勝利した試合でのヒーローインタビュー、新入団選手の会見などが閲覧できるなど、いつでも情報に触れる機会を創出しているのだ。
指定管理者制度で球場の運営を自主的に
そして3つ目の要素、企業にとっては店舗となるスタジアムでも改革を推し進めた。その象徴は'06年に本拠地である千葉マリンスタジアム(当時の名称)を指定管理者制度で球団自体が運営することになったのだ。
指定管理者制度とは公的施設の管理や運営を、企業などの他団体に代行できる制度である。日本のプロスポーツ界では、Jリーグの鹿島アントラーズがホームのカシマサッカースタジアムで指定管理者制度を活用している。ちなみに球場との関係は、球団ごとによって異なる。例えば巨人の本拠地は東京ドームだが、球場を運営しているのは株式会社東京ドームのため、球場での売り上げは巨人に入ってこないシステムとなっている。それを踏まえて、原田氏は指定管理者制度に移行したメリットをこう考えた。
「売り上げが第3セクターに入っていたところを自分たちの球場として運営することになり、スタジアムに色々な投資をして魅力あるボールパークにしましょう、となったのです」
ネーミングライツで長期的な資金源を確保
実際にQVCマリンフィールドへ足を運んでみると分かるのだが、正面入り口周辺には所狭しと屋台が並ぶ。その屋台村の横には2階建ての建物があり、マリーンズの歴史を振り返ることができるミュージアムと大型のグッズショップとなっている。
そして指定管理者制度はこのような営業収入だけでなく、ネーミングライツ(命名権)獲得への大きなきっかけとなったのだ。2011年シーズンから千葉マリンスタジアムはテレビ通販チャンネルの「QVCジャパン」に命名権を売却して、「QVCマリンフィールド」と名称変更された。今では多くの競技場で取り入れられているネーミングライツ。ただ千葉ロッテにとっては非常に大きな収入となった。
その詳細な内容はどのようなものだったのか?
「様々な企業に手を上げていただきましたが、QVCジャパンの示したものは“10年契約で単年2億7500万円”という日本では非常に珍しい、長期大型契約だったのです。ちなみにこのお金は千葉市と球団に半分ずつ入る契約で、長期にわたって原資が獲得できることになったのです」
2億7500万円の半分、1億3750万円の収入は非常に大きい。
昨シーズンのパ・リーグ首位打者に輝いた角中勝也の推定年俸は4200万円と報道されている。もちろん単純計算はできないが、人件費に当てはめれば角中3人分の金額が約束されているのだ。ちなみにネーミングライツをかわした際の条件には、このような条項も含まれているという。
「このスタジアムに、ロッテという球団が居続けるということです。これは結果的に地域密着の象徴となり、スタジアムが地元や自治体を結びつけるブリッジ役となっているのです」
パ・リーグ全体に広がった好評企画「プロポーズナイター」
指定管理者制度の恩恵によって、スタジアム内で自由に企画立案ができるようになった千葉ロッテ。それを象徴するようなイベントがある。'11年9月3日の楽天戦で行われた「プロポーズナイター」だ。
婚約結婚指輪を製造するメーカー「アイプリモ」とのタイアップで行われたこの企画は、結婚予定のカップルが始球式に臨み、打席に立つロッテの外野手・岡田幸文に対してピッチャー役の男性がストライクを取ったらプロポーズをするというシンプルな仕組みだった。しかしこれが“当たり”のイベントとなった。原田氏は当時を思い出しつつ、プロポーズナイターを振り返る。
「男性がプロポーズする際に、サプライズで指輪を渡したのです。この行動を見た観衆の皆さんも祝福する、まさにめでたしめでたしという雰囲気になったのです。“球界初”という触れ込みもあってメディアに大きく取り上げられ、スポンサーにも好印象でした。ファン、球団、スポンサーどれもが喜んだ企画となったのです」
好評を博したプロポーズナイターは、思わぬ形で発展した。今年も6月2日にQVCマリンでプロポーズ始球式が行われたが、スポンサーのアイプリモはスポンサー額を増加したという。そしてこのイベント自体が千葉ロッテだけではなく、昨年からパ・リーグ全体の取り組みとして、各球団の本拠地6球場で行われるものへと拡大したのだった。
チームの順位に左右されず利益を確保できる経営を
このような企業努力を絶えず繰り返すことによって、売上高を伸ばしていった千葉ロッテ。赤字幅も縮小しているのは、チームの成績に左右されない経営環境を構築しつつあるからだと原田氏は語る。
「もちろん、プロチームとして試合の勝ち負けという点は重要です。その一方で順位に依存しないように利益を確保していく。このような考え方が球団経営では重要です。最終順位がBクラスであってもどれだけ売り上げを確保できるか? ということなのです」
事業構造の変化によって、球団の収入源はチケット一辺倒からスポンサーやスタジアム事業などへの多角化を図れているという。それを支えるリピーター率の高いファンの心を離さないために、ファンサービスやイベントなどのソフト面を絶えず強化し、自社や定型メディアを使って発信していく。
千葉ロッテは恵まれていなかったはずの「マーケット、メディア、スタジアム」の3要素をサイクルさせる仕組みを構築して改善への道を歩んだのだ。
さて、このビジネススタイルはMBA的観点で見た場合、どのように映るのだろうか?
次回は葛山氏と原田氏との対談、そして公開セミナーの出席者から飛んだ鋭い質疑応答を抜粋してさらに掘り下げていく。
→ 特別レポート3は3/23公開予定
■原田 卓也氏のプロフィール
1990年慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、15年間IT関連企業に勤務。主にセールス&マーケティングやプロダクトマネジメントを担当。
2005年3月、千葉ロッテマリーンズ入社。主にメディア/IT事業、CRM(Customer Relation Management)、事業企画等を担当し、現在企画部部長代理としてメディア事業・商品事業・IT/CRM等を所管。
また、2007年より、パリーグ6球団が共同出資したPLM(パシフィックリーグマーケティング社)設立プロジェクトにも参画。IT、コンテンツセールス、CRM等のプロジェクトを担当し、現在PLM球団ディレクターも兼務。2010年から2012年まで江戸川大学客員教授(スポーツマーケティング論)。