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「規模の経済」で読み解く -食品容器メーカーの資材調達担当課長・伊藤の悩み

投稿日:2012/05/29更新日:2021/07/08

本連載「ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ」では様々な立場の現場のマネジャーのストーリーを基点に、古今東西の優れた戦略論から彼・彼女らの仕事をより良くするヒントが得られるかを具体的に考えていきます。

ストーリー概要

伊藤は食品容器メーカーであるライフスタイル・パッケージング社(以下、LP社)の資材調達担当課長を務めている。LP社は、ガラス瓶やプラスチック容器、外箱などの容器一般を製造、販売する企業で、伊藤はガラス資材やプラスチック容器に必要な原材料の調達を主な責務としている。

原材料の調達現場において、仕入先との交渉条件は年々厳しくなるばかりだった。原料高騰やその他様々な理由をつけられ、購入価格の引き上げを毎年のように迫られていた。かたや、容器の販売先となる顧客からの値下げ要求も激しかった。化粧品や食品メーカーへの販売機会が多かったが、彼らは値上げに対しては決して首を縦に振らなかった。

無論、ただ手をこまねいたわけではない。いろいろなチャレンジは試みた。一例として、技術開発の側面では、容器あたりの原材料量を減らした新製品も作ったが、顧客からの品質要求を満たせず、当初想定ほどには実績につながらなかった。

これではLP社の利益率は悪くなる一方だ・・・。そんな焦りを背景に、経営陣の伊藤へのプレッシャーも日増しに厳しくなっていった。どうやったら調達価格を下げられるか。伊藤の頭にはそれしかなかった。

そんな矢先、調達先の一つと価格交渉の場面があった。あとはもう泣き落とししかない。伊藤の鬼気迫る思いを察したのだろうか。今回、調達先はこんな打開策を提示してきた。「まぁ、困っているのはお互い様ですからね。倍の量を発注してくれたら、多少は勉強してもいいんですけどね。」

なるほど、確かに小手先の勝負では値下げも長続きはしない。いわゆる規模の経済という正攻法で勝負してみようか・・・。そう考えた伊藤は帰社後、上司である部長にこう掛け合った。「やっぱり規模の経済を効かせないと、交渉には勝てないと思います。値下げの条件は発注量を倍にすることと言われましたが、倍までは無理としても、発注量を増やす方法を考えられないでしょうか。たとえば、もうちょっと営業を拡大して販売先を広げることもできますよね。今までは県内だけに営業先を限定していてそれ以上の開拓は行っていませんでしたが、これからは意図的に規模の経済を効かせるためにも顧客層の開拓をしてきましょうよ。また、同業他社で業績的に苦しいところもありますから、買収といったことも将来的には考えられるでしょうし」と述べた。

「ん?規模の経済?伊藤にしては珍しくそれらしい言葉を使うな」「で、それはどんな意味なんだ?」部長は試すような視線で問いかけた。「いや、ですから、大きくなれば交渉力を発揮して安くできるってことですよ。それに大きくなれば工場の稼働率も上がるでしょう。遊んでいる時間が減りますから、コストも安くなりますよね。そうすることにより、利益が上がって、またそれを再投資して規模を拡大していく。そういうサイクルを重ねていくことが、規模の経済っていうことですよね」。しかし部長の反応はつれないものだった。「お前、それは規模の経済をほとんど分かっていないに等しいぞ。もう少し勉強したらどうだ。」

理論の概説:規模の経済

「規模の経済」という言葉は、ビジネスの現場にいる方であればいずれかの場面で必ず耳にしたことがあると思います。「事業規模が大きければ単位当たりのコストが下がる」、ということであり、概念的に理解はしやすい言葉です。それがゆえに、私が教えている経営大学院のクラスにおいても、「規模を獲得するために合併すべきだ」とか「A社の方が規模の経済が効くためにコスト優位性がある」といった言葉がよく聞かれます。

しかし、その言葉が本当に意味するところや、そのメカニズム、はたまた留意点などを正しく理解している人は残念ながらそれほど多くはありません。それがクラスであればまだいいのですが、実際のビジネスの現場において、概念を正しく理解しないまま意思決定をするようなことがあれば、道を誤る可能性もあります。たとえば規模が効く事業特性かどうかといったことは、経営の意思決定と結果を大きく左右する要素だからです。コンサルタントが知るほど仔細な知識が必要とは言いませんが、基本的な概念ぐらいは広く現場で活用するため、正しく理解しておきたいものです。 まず、「規模が効く」、もしくは「規模の経済性がある」ということは、生産量が増えるに従って生産量当たりのコストが下がる、という状態を指します。どれくらい規模が効くか、ということの程度を表す際に、「80%曲線のスケールカーブを描く」というような表現が使われますが、これは「生産量が倍になった時、コストが80%になる(20%コストダウンする)」ということを表したものです。

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では、どういう時に、生産量が増えるとコストが下がるのでしょうか。これを理解するために、まず事業のコスト構造を「固定費」と「変動費」に分けて考える必要があります。固定費とは、たとえば本社費用など、生産量がどれだけ増えようが変わらないコスト項目であり、変動費とは、原材料費など、生産量に比例して変わるコスト項目のことです。

規模の経済が効くというのは、事業コスト全体の中で固定費の割合が大きいタイプの事業になります。事業に占める固定比率が高いビジネスは、生産量が増えれば増えるほど1つあたりの固定費が薄まり、結果的に低コストを実現できます。固定費だけを考えた場合、極端な話、1個売っても100個売っても事業全体では同じ固定費が計上されるわけですから、100個でそのトータルコストを割った方が1個あたりのコストは安くなる、というのは感覚的にも理解できると思います。

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では「固定費の割合が大きいタイプの事業」とは一体どういう事業でしょうか。一般的には、研究開発費、広告費、減価償却費については、事業によっては巨額のコストがかかる場合があり、これらの費用が競争上のキモとなる事業は、規模の経済が効きやすいと考えてよいと思います。たとえば巨額の研究開発費がかかるビジネスとしては、新薬創出型の製薬メーカーや自動車メーカーなどがあげられます。また広告であれば、食品やビールなどが考えられます。減価償却については、製造装置に巨額の投資が必要な半導体業界などが代表例になるでしょう。いずれにしても、これらの業界は規模の経済が効くために、結果的にグローバルレベルでの競争が繰り広げられています。

また、この手のことはもちろんメーカーだけに限った話ではありません。たとえばコンサルティング・ファームなど、知恵やノウハウ、鮮度の高い情報が勝負のキモになるような業界では、その知恵を汎用的なパッケージとすることや、情報を素早く流通させるインフラを充実させる、といった勝負が繰り広げられています。これはつまり、知恵やノウハウ、情報を手間(=コスト)をかけて共有化することにより、規模の経済を効かせて、より質の高いサービスを効率的に提供するための施策なのです。この共通部分を作ることの難易度はものすごく高いのですが、一方でこの共通部分が高まれば高まるほど規模が効くビジネスになる、ということです。

他方、固定費のみならず、原材料などの変動費においても規模が効く、つまり生産量に応じてコストが下がる場合があります。

大量発注により売り手にとっての大口顧客になり、交渉力を発揮しやすくなること、つまり5 Forceで言うところの「売り手への交渉力」を得られることが背景です。それに加えて、売り手にとって物流や製造準備などのコスト効率性が高まり、結果的に低価格で提供しやすくなる、ということもあります。

なお、卸や仲介業のように外部調達(変動費)の比率が高く、研究開発など共通の固定費が薄いビジネスにおいては、一般的に規模の経済は効きにくいと言われています。しかし、家電量販店など顧客側の価格に対する意識が高い場合などは、その中でも少しでも価格優位性を出すために、規模を大きくして、変動費におけるスケールメリット(=大量発注による有利な交渉条件の引き出し)を狙う戦いになっています。

但し、いずれにせよ変動費は固定費ほど規模の経済は働きにくいと言われています。研究開発費や広告費は70%カーブ(生産が倍になれば3割コスト安)くらいを描く場合が多いのですが、原材料費の場合は90~95%カーブ程度がせいぜいの場合が多い*1です。また、銅やアルミ、石油などの更に川上の原料系については、相場で決まることが多く、大量発注による交渉力は全く関係ないケースがあるということも頭に入れておいた方がいいでしょう。

また最後に、固定費や変動費とは関係ない「広義の」規模の経済についても触れておきます。たとえば業界内で売上が上位企業であれば、優秀な社員を採用しやすくなるといったことや、取引規模は少なくてもそのネームバリューによって有利な交渉条件を得やすくなるといったことはすぐに想像できると思います。これも、規模が有利に働く一例です。これらのことは、「経済性」とまでは言えないかもしれませんが、業界内での競争において、売上上位(規模の拡大)を目指すことの背景の一因にもなっています。

「規模の不経済」という落とし穴も

さて、ここまで理解をすると、概して「大きいことはいいことだ」ということになりそうです。しかし、世の中それほど簡単ではありません。身の回りを見渡しても、大企業よりも中小企業の方がコスト優位性のある業界はたくさんあります。

これはどういうことなのでしょうか?

さらに規模の経済の本質に迫っていきたいと思います。まず、大原則として、規模の経済には、その効用の物理的範囲があり、それを超えると「規模の不経済」が生じるということがあげられます。

たとえば、とあるメーカーが1つの工場で生産をしていたとします。このメーカーがコストを安くするためには、生産量を増やすことによって、1個あたりにかかる固定費(=工場の設備費用)を安くする、というのが大原則です。つまり、工場稼働率を高める、ということです。しかし、当然ながら工場にはキャパシティがあります。もし、生産量拡大の結果、キャパシティを超えてしまった場合、新たな生産設備を設置する必要があります。そうすると、生産設備のみならず、生産のためのスタッフや、新たな受注のためのプロモーション費用など新たに大きく固定費が発生することにつながり、結果的に1個あたりのコストは逆に増えてしまうことになります。この手のことは、飛行機やホテルなど稼働率が重要なファクターになるビジネスにおいても共通の事象です。

さらに、付加価値に対して物流費のインパクトが大きい業界なども、その規模の物理的範囲があります。たとえば今回のLP社のような容器メーカーなどはその典型でしょう。容器というのはかさばるために付加価値以上に物流費がかさみます。したがって、一定の距離を離れてしまうと、物流費の方が規模のメリット以上にかかってしまうため、納品先の一定距離内(一定物流コスト内)であることが大前提になります。

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その延長でさらに深めると、規模の経済といっても、その規模が「平準化」されていることが前提であることに気付きます。たとえば、同じ業界で、年間1,200個生産している会社(A社)と、3,600個生産している会社(B社)があるとしましょう。生産量は3倍になるので、B社の方が規模の経済が効き、コストメリットを享受できそうな気がします。しかし、仮にA社は毎月コンスタントに100個の生産であるのに対し、B社は受注がばらつくためにある月はゼロ、ある月は一度に1,000個以上生産しなくてはならない、としたらどうでしょうか。当然、工場は1カ月に1,000個以上の生産に耐えうる設備や人員が必要になり、その分だけ前者の企業と比べても固定費が増えることになります。つまり、単純に生産個数だけでは規模が効くかどうかが判断できない、ということになります。

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また、規模の経済を効かせるためには、先に述べた通り、共通部分を大きくすることが前提です。当たり前ですが、個別カスタマイズの製品を積み重ねていってもコストは安くなりません。個別案件の積み重ねの場合は、むしろ生産プロセスのコストばかりがかかって、やがては規模の不経済を発生させる原因になります。このパターンは、グローバル展開初期で闇雲に現地ニーズに合わせてカスタマイズしてしまう場合や、M&Aをしたものの両社の折り合いがつかずに統合しきれない場合などによく見られるパターンです

加えて、マネジメント上の非効率化といったことも考えられるでしょう。一般的に、企業規模が大きくなれば、それに従って企業内の階層も増え、コミュニケーションルートも複雑化します。たとえばオペレーションに変更を加えようとしても、小規模の企業であれば柔軟に対応できるものが、大規模であるがゆえに、社内説明会、マニュアル化、事後フォローなどのコミュニケーションコストが発生することになります。手続きの増加に伴い、いわゆる組織の官僚化という事態にもなりやすくなるでしょう。

また、こういった組織内の複雑性を効率的にコントロールするマネジャーの能力にも限界が生じてきます。ある特定の工場だけを見ていたマネジャーも、規模拡大に伴い複数の工場を管轄することも出てきます。それに伴い以前と比較して現場に目が行き届かなくなり、トラブルが生じやすくなり、結果的に歩留まりが低下する、といったことも考えられます。こういったマネジメント上の非効率化は、規模拡大の場面でよくみられることです。

以上の事例が、一般的に「規模の不経済」の要因となる代表例になります。

規模の不経済の代表的な要因

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これらのことから伺い知れる通り、規模拡大といってもどこかで物理的な限界が来るわけです。結果的に見れば、「規模の経済は効かない場合の方が多い」と考えていた方が健全なぐらいでしょう。いずれにせよ、自身のビジネスにおいて規模の経済を語るのであれば、「規模の経済がどれくらい効くのか」と同時に、「どこの範囲まで規模が効くのか」ということを正しく理解しておく必要があることを留めておきましょう。

*1 なお、これらの数値は標準的なものであり、業界や競争環境によっては必ずしも当てはまらない場合がある。

解説:伊藤さんはどうすべきか?

さて、それでは伊藤課長は何を理解違いしていたのでしょうか。

まず、「大きいこと=規模の経済が効く」というレベルでの理解に留まっていた、ということがあげられます。上述のとおり、単純に、大きければ規模が効くという訳ではありません。それを正しく理解するためにも、LP社のコスト構造を正しく把握しておく必要があります。つまり、伊藤課長が規模の経済を語るのであれば、以下のステップで考えを進めていくべきでした。

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1つ目の「コストダウンの意味合い」に答えるためには、LP社の戦い方の方向性を理解しておく必要があります。たとえば特注品や他では作れないようなユニークな商品性で勝負していくのか、商品だけでなくトータルのサービスで勝つのか。それともコスト優位性で勝負していくのか。その点を理解しない限りにおいては、コストダウンの意味合いは語ることができません。

2つ目の「コスト構造の理解」に答えるためには、自社の財務諸表をちゃんと理解していなくてはなりません。また、財務諸表1年分だけでは、急な広告の出費など様々な不確定要素があるために正しい判断はできないでしょう。競合も含めて複数年のデータから大体のコスト構造を理解しておき、予め業界としてのコスト構造の仮説を持っておくことが求められます。

3点目の「規模の経済の検証」については、固定費と変動費を分けることが必要になってくるのですが、果たして何が自社における固定費であり、何が変動費なのか、ということは実はすぐに分かるものではありません。企業が変われば同じ費目でも固定費ではなく変動費として認識する場合もあり、その点を正しく見極めることも必要になります。

そして、最後の「規模の経済の範囲の確認」。どの範囲か、ということを理解することも実は難易度が高いです。今回のケースであれば、どの距離まではコストメリットが物流費でバランスするのか、ということも考えなくてはなりませんし、生産を増やしてもキャパシティを超えないのか、その生産は平準化できるのか、という生産面のところも押さえなくてはならないでしょう。はたまた、拡大をしたときの組織体制が追いつくのか、といった視点も必要になってきます。

ミドルリーダーへの示唆

以上、伊藤課長が考えるべきポイントをまとめてきましたが、そこでもお気づきの通り、「規模の経済」ということを正しく語るためには、一担当者レベルの視点で業務を見ていては追いつきません。まさに「マネジメント」の視点が求められるわけであり、こういうところを自分の言葉で語れるか、というところに「担当者」と「ミドル」の分水嶺が出来るのだと思います。

よく経営を学習したての人は、今回の規模の経済も含めて、聞きかじった経営用語を乱用する傾向にありますが、重要なのはその言葉を知っているかではありません。その裏側にあるメカニズムをどれだけ把握しているか、であり、そしてそれを自社に落とし込んだ時にどれくらい具体的なファクトで語れるか、ということに尽きます。

また、こういった規模の経済などの経済原理をベースに自社の業界構造を理解できていないと、安易な「ベスト・プラクティスの罠」にはまりやすくなります。

最近でよく聞くベスト・プラクティスとしては、アップルやサムスンなどが代表例と言えるでしょう。その中には、もちろんすぐにそのまま参考になる手法や考え方はありますが、多くは自社の業界構造や企業のコスト構造に照らし合わせて解釈しない限りにおいては効果を発揮しません。それは、何もそういった有名企業のみならず、社内の他部署の安易なベスト・プラクティスの横展開なども同じことです。取り扱っている商材が異なれば、固定費や変動費の割合も異なりますし、そうなれば規模の効き方も変わります。それに伴い、自ずとあるべきマネジメント手法や営業担当者の動き方も細部のところでは変わってくるのです。

しかし、その大原則が分かっていない人は、安易にベスト・プラクティスに飛びついて鵜呑みにしてしまいます。ご存じの通り、そういった表面的な成功事例が通用するほど世の中は甘くはないのです。1点目とも通じることですが、表面的な言葉や流行に流されることなく、地に足のついた原理原則に基づいた言葉で語れることを意識してほしいと思います。そのためにも、「規模の経済」という言葉は、経営用語の中の基本中の基本でありながら、実務ではあまり意識されていないことでもあります。ミドルリーダーとしては、まずはこの言葉から自社を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

■参考文献:
戦略の経済学
企業戦略論【中】事業戦略編 競争優位の構築と持続

■連載一覧はこちら
#ストーリーで学ぶ経営戦略シリーズ

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