確率論で言えば・・・ -ギャンブラーの誤謬の誤謬 

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問題です

以下のAさんの問題は何か。

Aさんは友人に誘われてとある非公認カジノに行った(ここではそのことの法的、倫理的な是非はいったん措く)。サイコロの目を当てるという単純なゲームだが、本日のゲームの開始時点から、40回ゲームが行われ、出た目は以下のようになっているという。

1:0回
2:9回
3:7回
4:9回
5:7回
6:8回

Aさんはこう考えた。「こういう時、素人は、そろそろ1の目が出ると考えて1に張っちゃうんだよな。でも、サイコロは常にどの目が出る確率も6分の1。そういう考え方はばかげている。ここは時計の秒針の数字でいこう。パッと時計を見て、その瞬間に、秒針が0秒から10秒の間なら1、10秒から20秒の間なら2・・・、ということでいくか。さて、どうだ。おっと、今7.3秒だから、1か。まあ、1が出る確率も6分の1だから、まずは1に張ろう」

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解答です

今回の落とし穴は、「ギャンブラーの誤謬の誤謬」です。以前に「ギャンブラーの誤謬」について説明しましたが、今度は逆に、過度に大数の法則を信用し過ぎるという落とし穴です。特に定まった用語があるわけではないので、ここではこのように呼びます。

まず、ギャンブラーの誤謬についておさらいしましょう。以前のコラム「ギャンブラーの誤謬」で説明したのは、少ない(誤差が出やすい)試行回数から誤った結論を引き出してしまうというものでした。その他にも、例えば、コイン投げで「裏、裏、裏、裏」と来たから、そろそろ表が来そうだと考えることを指してギャンブラーの誤謬ということがあります。いずれも、確率論的に誤った考え方であるという点がポイントです。

では、今回のケースはどうでしょう。確かに、普通のサイコロであれば、それまでに出た目と関係なく、常に、どの目が出る確率も6分の1のはずです。ここで重要なのは、「普通のサイコロ」という点です。

今回のケースでは、連続して40回、1以外の目が出ているわけですが、これははたして普通のサイコロでしょうか?ちなみに、「普通のサイコロ」で連続して40回、1以外の目が出る確率は、(5/6)の40乗です。計算すると、0.00068、すなわち、0.068%となります。40回サイコロを振って、1回も1の目が出ない確率は1500回に1回と言い換えることもできます。

ありえない数字ではないですが、非公認のカジノだということを考え合わせると、「何か変だ」と考える方が妥当性は高そうです。どういう仕掛けかは分かりませんが、1の目が出ないようになっている可能性を疑ってみてもいい頃でしょう。にもかかわらず、確率を盲信して1の目に張るのは賢明とは言えません。

野球でも、平均打率3割の打者が40回続けて凡退したなら、「極度のスランプなのではないか」「怪我でもしているのではないか」と考える方が、「彼なら次の打席も3割の確率でヒットを打つ」と考えるよりも妥当でしょう。

確率の考え方の1つに、ベイズ推定あるいはそれと連関したベイズ確率論と呼ばれる考え方があります。詳細は割愛しますが、ラフに言えば、ある結果に基づいて、その原因となった事象を確率論的に検討したり、ある条件下における確率をランダムな確率とは異なると考えて確率を求めたりする考え方です。ポイントは、全くのランダムさを前提にするのではなく、「条件」をしっかり吟味する点です。

どこを境に「ギャンブラーの誤謬」と「ギャンブラーの誤謬の誤謬」が分かれるのかは微妙ですが、何かを盲信するのではなく、確率とはうまく付き合っていきたいものです。

名言

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