あれっ、いつの間に? -ローボール 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

問題です

以下のAさんの問題は何か。

ネット英会話教材販売員のBさんとの会話。

B: 「今でしたら、ウェブ上の教材に2週間アクセスし放題です。英語教育のプロが厳選したヒアリング強化の動画がすべて見られます」
A: 「どれだけ見てもタダなの?」
B: 「基本はそうです。ただ、無料ですから、やはり元の教材を見るだけになってしまいます」
A: 「というと?」
B: 「例えば、何かヒアリングの動画があったとして、正式会員だとリピートで字幕を出してくれますが、お試しの方は、そこまでは利用できません」
A: 「じゃあ、あまり意味ないなあ」
B: 「あ、ただ、5000円お支払いいただけますと、リピート字幕のサービスも利用できます」
A: 「(5000円くらいならいいかな)5000円払えば、ほぼフルサービス利用できるの。だったら払ってもいいけど」
B: 「ありがとうございます。ただ、フルサービスというわけではありません。弊社の教材は、初級、中級、上級にわかれており、5000円で利用できるのは、初級までです。ビジネスパーソンの方であれば、だいたい上級までご利用されます」
A: 「上級までだといくらなの?」
B: 「上級までの場合は、トータルで3万円です」
A: 「最初に初級編だけお試しってできるの?」
B: 「申し訳ございません。お試しは基本的にお一人様1回となっております。もし上級までということでしたら、最初にお申込みいただく必要があります」
A: 「(3万円か。ボーナスも出たことだし、ここの教材は評判もいいみたいだしなあ)じゃあ3万で上級までいきます」
B: 「ありがとうございます。ではここにサインを。ところで、3万円でご利用いただけるのは、基本的に2週間ですが、それはよろしいですね?」
A: 「やはりずっと利用できるわけじゃないのか」
B: 「それでも破格の値段ですから。本会員になっていただくと、1年は利用できますし、動画も随時更新されていきますので、かなりの経験値が積めます」
A: 「1年間の本会員っていくら?」
B: 「これまたいろいろなコースがありますが、一番の安いもので20万円、一番高額のもので50万円となります」
A: 「・・・」
B: 「ただ、もしお試しコースをご利用いただかず、最初から本会員に申し込まれた方は、2万円の割引になります。最近は20万コースにお試しなしで18万円で申し込まれる方が多いですね」
A: 「(えーい、ここは清水の舞台から飛び降りた気分でいくか)じゃあ、その18万円のコース申し込ませていただけます」

19348310ff28d8badc458f5d6efc5781 e1422005048972

解答です

今回の落とし穴は、「ローボール」です。セールスや交渉術の書籍、講義などでよく紹介されるテクニックです。英語でもそのま“Low-Ball”と言います。最初に相手が受け入れやすい低いハードルの条件を提示し、相手がそれを受け入れたら、徐々に高いハードルの条件を飲ませていくというものです。

ローボールに関する、ミラーらの面白い心理学の実験があります。この実験では、グループを2つに分けました。
Aのグループには、まず、全く別の実験への協力の依頼をします。56%の人間が参加可能と言いました。その段階で、実験は朝の7時からと告げ、都合の悪い人間は止めてもらってもかまいませんと言います。しかし、その場で参加可能を取り下げる人間はおらず、実験当日もほぼ全員が7時までに現れました。
一方、Bのグループには、最初から、朝の7時から実験をするので参加してほしいと要請します。参加可能と答えたのは20%台にとどまりました。
明らかに、すべての条件を最初から出すよりも、まずは受け入れやすい条件で賛意を取り付け、次いでハードルを上げることで、参加率が高まったのです。

今回のケースでも、もし最初からAさんが、「18万円で1年間のコース」を提示されていたら、容易に契約したかは微妙です。しかし、2週間のお試しコース、しかも最初は初級コースの5000円という低いハードルから入ったことで、最終的には18万円の契約まで行ったのです(状況によっては、そのまま最高額の契約にまで行く可能性もありそうです)。

ローボールとほぼ同様のテクニックとして、フット・イン・ザ・ドア・テクニックというものもあります。これは、最初に受け入れやすい要求をし、順次、自分が望む方向性に近づけるよう、要求を上げていくというものです。例えば、最初に、動物愛護の請願書に署名だけしてもらい、その後、実際に寄付金を募るなどです。

ローボールやフット・イン・ザ・ドアといったテクニックを有効たらしめている人間の心理として、まず、「一貫性の法則」があります。これは、人間は、周りから一貫した態度をとっていると見られたいという要求があるため、それまでの態度を翻すような行動はとりにくいと感じるのです。

また、人間は、「逐次接近」(successiveapproximation)に弱いという特性もあります。つまり、いきなり要求レベルが上がるとノーと言えるのに、巧妙に刻まれた要求のエスカレーションは、新しい状況に順次慣れていくため、ノーと言う機会を奪われてしまうのです。

なお、ローボールやフット・イン・ザ・ドアは、当人同士の間だけではなく、他者、特にパブリックにコミットメントを表した時、あるいは「ご自身の意思での決定ですよね」と念を押されそれに反論しなかった場合に強化されることが知られています。

こうしたテクニックは、あまりあざとくやり過ぎると、自分自身の評判に傷がつきますから、本コラムとしては、決して強くお薦めするわけではありません。ただ、こうしたテクニックを使ってくる相手はいますから、それに対抗するために、その原理をしっかり押さえておきたいものです。

名言

PAGE
TOP