昔は良かった? -過去美化バイアス 

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問題です

以下のAさんの問題は何か。

「今にして思えば、昔のベンチャー時代のうちの会社は良い会社だったな。人数が少ないから家族的雰囲気で一体感があったし、いまのように、事あるごとに『部下の能力開発をしろ』なんて言われることもなかった。何より、夢があった。それに比べると、最近は、確かに世間的な知名度や給与レベルこそ上がってきたものの、会社が大きくなって、何だか組織の歯車になったような印象だ。できるものなら、もう一度あの時代に帰りたいものだ」

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解答です

今回の落とし穴は、「過去美化バイアス」です。定訳はないようなので、本稿ではこう呼ぶことにします。英語では“rosyretrospection”(直訳すると「バラ色の回顧」)と言います。文字通り、過去のことを、当時感じていたよりも美化して思い出すことです。ほとんどの人に心当たりがあるはずです。今回のケースでは、ベンチャー時代から今の会社にいたAさんが、当時を非常に良い時代と振り返っています。もちろん、実際に当時の方が良い面もあったでしょうが、すべてがそうかと言えばそんなことはないはずです。

たとえば、ベンチャー企業は通常はキャッシュが足りませんから、給与レベルは低いですし、場合によっては給与の遅配などもないとは言えません。ボーナスも出るか出ないかはわからない場合が多いでしょう。福利厚生も充実しているケースは稀です。

あるいは、執務環境、特に物理的環境についても、通常、ベンチャーの環境は良いとは言えません。使える予算には制約がありますし、オフィスもたいていは雑居ビルのようなところです。また、とにかく人が足りませんから、長時間の残業や徹夜も珍しいことではありません。劣悪とは言えないまでも、決して良いとはいえない執務環境が普通です。

さらに言えば、社会に与えうる影響も微々たるものです。何をやりがいに感じるかは人それですが、もし世の中に大きなインパクトを与えたいと考えるなら、そうした条件も現在よりは悪いはずです。

にもかかわらず、Aさんは、今よりも昔の方が良かったと感じています。単に個人レベルでそう感じるだけならいいのですが、会社で大きな影響力がある人が、過去を必要以上に美化して「原点回帰で昔の○○のやり方を復活させよう」などと言いだすと、時として好ましくない結果を招きかねません。

たとえば、「昔は職掌など明確に決まっていなくても、各自が『マイボール』の意識を持ってしっかりポテンヒットが生まれないように働いた。それに比べ、最近はなまじ職掌が決まっているために、『自分の仕事はこれ』と狭く考える傾向がある。いっそのこと、職掌なんて明確に定めるのを止めてしまおう」といった意思決定です。

問題意識は分からなくはありませんが、他にもやり方はあるはずです。にもかかわらず、単に「あの頃は良かった」で昔のやり方に戻しても、おそらく得られるメリットよりも、生じるデメリットの方が、このケースでは大きいでしょう。

過去美化バイアスが生じる理由としては、(1)人間の脳は、過去の悪い出来事の方を相対的に早く忘れるため、良い印象の記憶が残りやすい。その結果、良いことと悪いことが同時に現在進行形で起きている現在と比べ、過去が良いことに満ちていたように感じる、(2)人間は、自分の若い頃に憧れる性向がある。若さそのものと、若い頃に遭遇した環境を混同して、「自分の若い頃は良かった」と錯覚してしまう、(3)人間は、自分のしてきた選択や意思決定を否定されたくないため、過去のことを良い方に意味づけしてしまう、などが挙げられています。いずれも、人間がストレスを減じ、自然界で生き残る過程で生じた、動物的な本能と言えそうです。

こうした本能に近いバイアスを回避するのはなかなか難しいものですが、たとえば数字でファクトをしっかり押さえるなどするだけでも、意思決定の質は変わって来ます。どのようなバイアスにも言えることですが、バイアスは、それがあることを認識した上で、上手につきあっていくことが肝要です。

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