「非X」だから「Y」である? -選言肯定 

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問題です

以下のAさんの考え方の問題は何か。

「人間は、結局のところ、新しいことにチャレンジする人間と、新しいことにチャレンジしない人間がいる。部下のB君は、私の見る限り、後者の、新しいことにチャレンジしない人間と言ってよいだろう。必然的に、B君は新しいことにチャレンジする人間ではない」

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解答です

今回の落とし穴は、論理的誤謬の一種である「選言肯定」です。英語では、“Affirmingadisjunct”と言います。これは、2つの条件のどちらかを満たしているケースで、2つの条件のうち、両者を満たす可能性があるにもかかわらず、1つの条件に当てはまるからと言って、もう1つの条件の方に当てはまらないと短絡的に結論を出してしまうことを言います。

今回のケースでは、Aさんの言うことはもっともなように思えます。新しいことにチャレンジしない人間であれば、新しいことにチャレンジする人間ではない、と言っているわけですから。しかし、ここに見落としはないでしょうか。実は、論理的に考えると、「新しいことにチャレンジすると同時に、新しいことにチャレンジしない」という人間の存在が見落とされているのがわかります。

人間はそれほど単純な動物ではありませんから、ある領域に関しては新しいものにチャレンジする一方で、ある領域についてはあまり新しいものにチャレンジせず、定番のもので済ませてしまうという人間は多数存在します。たとえば筆者は、ワインや日本酒はどんどん新しいものを試す傾向がありますが、ビールについてはあまり新商品を試さず、比較的定番の数銘柄をいつも飲んでいます。

今回のケースであれば、たとえば「B君は、仕事では新しいことにチャレンジしない一方で、その他の領域では新しいことにチャレンジする人間である」あるいは「B君は平時には新しいことを試さないけど、有事には新しいことを試す」といった可能性、つまり、「新しいことにチャレンジする人間」でもあり、「新しいことにチャレンジしない人間」でもある可能性があります。そこをA氏は見落としているのです(なお、今回のケースでは、そもそも、何をもって新しいことにチャレンジする/しないと判断するのかという、判断基準の難しさもありますが、今回はその点は除いて議論します)。

もっと簡単な別の例で見てみましょう。

・この状況下でこんなことを成し遂げた彼女は、よほどの天才か努力家だ
・彼女は天才だ
・よって彼女は努力家ではない

この例では、努力家であると同時に天才である可能性が見落とされているのがすぐにわかるでしょう。通常は、天才と呼ばれる人は人一倍の努力家でもありますので(例:イチロー選手、羽生名人)、比較的、わかりやすい誤謬の例と言えます。

次の例はどうでしょうか。

・光は、波もしくは粒子だ
・観察結果によれば光は波だ
・よって光は粒子ではない

これは、ほぼ100年前に物理学の世界をにぎわせた問題でしたが、当時の物理学者の常識を超え(現代人にとっても、多くの人にはなかなか直観的に理解しにくいですが)、その後の研究により、光は粒子でもあり波でもあることが示されています。

次はどうでしょう。

・競合より優位に立つなら、差別化するか、低コストを実現しなければならない
・Z社のコストは業界で最も低い
・よってZ社の戦略は差別化ではない

ここまでやってきたらもうお分かりですね。この議論では、「Z社は、低コストかつ差別化を両立している」という可能性を見落としています。

ちなみに、戦略論の大家であるマイケル・E・ポーター教授は、両者を同時に実現するのは難しいから、一方にフォーカスする方が競争に勝ちやすいと提案しました。しかし、経営学者の中でも、あえてそれに反論し、「大きく勝つこと狙うのであれば、両者を同時に目指すべきだ」と主張する人もいます。実際、その両者を実現したトヨタなどは(近年、さまざまな問題で苦しんでいますが)、だからこそ、一時期、あそこまでのポジションを築けたとも言えます。

上記の例に限らず、人間は、物事を単純な二分法で見たり、あるいはトレードオフを意識しすぎて、両立しにくいと思ってしまう性向があります。だからこそ、「XかYだよね。で、XだからYじゃないよね」という議論は、聞いた瞬間、説得力がありそうな気がしてしまうのかもしれません。ぜひ、自分がそのような思考パターンに陥っていないか再確認してみましょう。

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