数学的には正しい? -数学的帰納法の誤用 

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問題です

以下の議論の問題点は何でしょうか

A氏: 「我が社は1兆円の売上げを誇る大企業だ。利益も1000億円以上ある。しかし、今後とも無駄なコストは1円たりとも使うつもりはない」
B氏: 「でも、それじゃ従業員も息が詰まりますよ」
A氏: 「いや、経営とはそういうものだ」
B氏: 「ではこう考えてください。Aさんの会社の利益は1000億円を超えます。そこで1円くらいのコストが余分にかかっても、相変わらず1000億円以上の莫大な利益が残ります」
A氏: 「まあ、それはそうだ」
B氏: 「莫大な利益から1円を引いても莫大な利益は残るというわけです。そしてその残りから1円を引いても相変わらず莫大な利益だ。つまり、少々の額にこだわるのは無意味と思いませんか?」
A氏: 「しかし、君の理屈で言うと、1円ずつ引き続けていくと、利益はどんどん減っていってしまう。しまいには、莫大な利益とは言い難くなるんじゃないのか?」
B氏: 「…」

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解答です

今回の落とし穴は、「数学的帰納法の誤用」です。本来、数学的帰納法を当てはめてはいけないケースにこれを当てはめてしまい、おかしな結論が出てくるというものです。

まずは、高校数学のおさらいとして、数学的帰納法とは何だったかを思い出してみましょう。数学的帰納法とは、以下のような2つの条件が成り立つなら、すべての場合について、ドミノ倒しのように、その命題が成り立つという論理的な考え方です。

条件1)まず、n=1のときにある命題が成り立つ
条件2)n=kのときにある命題が成り立つなら、n=k+1のときにもその命題が成り立つ
→n=1,2,3,4,5,6,7,8,9,10…すべての場合にその命題が成り立つ

たとえば、「1からkまでの自然数を足した和は、k×(k+1)/2で求められる」という命題を考えてみましょう。

k=1の場合、合計は1になりますから、まず条件1は満たされています。次に、条件2を考えてみましょう。n=kのときに、1からkまでの和がk×(k+1)/2で表せるとすると、k+1までの和は、(k×(k+1)/2)+(k+1)=(k+1)×(k+2)/2となり、n=k+1の時も、この命題は成り立ちます。つまり、条件2も満たされていることが分かります。このように、n=1のときにその命題が正しいなら、ドミノ倒し的に、すべての自然数についてこの命題が成り立つのです。

今回のケースをこの方法論にそって単純に表現し直すと、以下のようになるでしょう。

条件1)A氏の会社の現在の利益は莫大である
条件2)莫大な利益から1円をとっても莫大な利益が残る

これを繰り返しても、A氏の会社の利益は莫大なまま、というのがB氏の主張です。しかし実際には、「チリも積もれば山となる」で、1000億円以上の利益がある会社でも、1000億回以上繰り返せば、利益は消し飛んでしまいます。数学的帰納法では正しかった結論が、現実には成り立たないのです。なぜこのようなことが起こってしまったのでしょう?

答えは単純です。数学的帰納法は本来、数学的に厳密に定義できる命題(例:「…の総和は偶数になる」「…の値は常にマイナス1以上1以下となる」など)に適用してこそ成り立つ思考法です。ところが、今回のケースでは、「莫大」という、数学的には曖昧な表現があるところに、この方法を持ち込んだのがよくなかったのです。

日常生活でも、「ちょっとならいいだろう」「いやちょっとだって、積み上がれば大きくなる」という議論はしばしばなされるはずです。たとえば、「1分くらいの遅刻ならいいじゃない」「1分がいいなら2分でもいいよね」「まあ、その程度なら」「じゃあ、2分がいいなら3分でもいいということになる。結局何分の遅刻でもいいじゃない」という議論です。

これなども、「…ならいい(許容されうる)」という数学的には曖昧な概念があるところに、数学的帰納法的な考え方を安易に転用したために導かれた極論と言えます。人間は、勝手に許容範囲を都合のいいように拡大していく動物と言えるのかもしれません。

ビジネスは、「程度」や「限度」が大きな意味を持ちます。どこまでならOKでどこから先はダメなのかは明確に意識したいものです。そこを曖昧にしたままルールを運用していると、まさに誤った数学的帰納法的発想が持ち込まれ、ドミノ倒しのように、なし崩し的にルールは骨抜きになってしまいます。だからこそ、しっかりした管理者は、一見厳しすぎるようでも、最初の「ドミノ倒しの1枚目」に目を光らせるのです。

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