天使のくれた時間 −ワークライフバランスを考える 

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NYの高級ペントハウスから郊外の一軒家へ

11011 Creative commons.Some rights reserved.Photo by TheMarque

こんにちは。林恭子です。今日は、ちょっぴり肩の力を抜いて、大人のファンタジー映画を楽しみながら、皆さん自身のライフスタイルについて考えてみましょう。

今日ご紹介する映画、「天使のくれた時間」は、2000年のアメリカの作品です。主人公のジャックには、いつもどこか困っているヒーロー役が天下一品のニコラス・ケイジ。相手役のケイトを大人の女性の可愛らしさが光る、ティア・レオーニが演じています。

美女と一夜の恋を楽しんだジャックは、上機嫌で高価なスーツに身を包み、マンハッタンの高級ペントハウスからフェラーリで職場へと向かいます。彼の仕事は、大手金融会社の社長職。今日も重役達を集め、アグレッシブに会議を続けています。夜になっても一向に終わる気配のない会議。ふと見ると、一人の役員が心ここにあらずの様子。「どうした?」「あ、すみません…。今日はクリスマスイブなので、家族と約束があったものですから…」「えっ?イブ?そうだっけ…。俺が好きでこんなことをしていると思うか?クリスマス休暇なんて、26日には関係なくなるだろう。今進めているこの合併話が、俺からのプレゼントだ。どうだ、ゼロの桁が違うだろう」「す、すみません、集中します」

会議を終えてオフィスに戻ると、会長がやってきます。「ジャック、合併の相手企業のトップが、気弱になり始めたようだ。彼は明日休暇でアスペンへと向かうらしい」「何ですって。僕が言って話をつけてきましょう」「おお、それでこそ、資本主義の申し子だ」。ジャックは秘書に向かって指示を出します。「明日、アスペンへ向かう。その前に緊急会議をするから、早朝に皆を集めろ」「…素敵なクリスマスですこと」と肩をすくめる秘書。ジャックにはこれは日常茶飯事のようです。

その帰り道。立ち寄った店で、ジャックは、もめ事に巻き込まれてしまいます。銃を振り回し宝くじの換金を迫る黒人男性に対し、ビジネスマンらしく交渉し、なんとかその場をおさめるジャック。でも、実はこの男性、密かに人間の行動をチェックしている天使なのです。

店外に出た男性は、ジャックにさりげなく聞きます。「みんな何かを必要としているものだけど、あんたは、何が必要なの?」。彼の正体を知らないジャックは、こう熱弁します。「いいや、無い。僕は全部持っているから。それより、君。いいか、自分を救いたければ、死ぬほど働くことだ。精神安定剤を飲みながら、必死でな」。天使の顔が輝きます。「え?あんた、もしかして、俺を救おうとしているの?いやあ、これは最高だな」。そして、こんな不思議な言葉を残すのです。「いい?これから起こることは、あんたが招いたことだからね……」。

その夜。自宅の大きなベッドに横たわり、一人眠りに落ちるジャック。

——聞きなれない子供の叫び声に驚き目を開けると、そこは全く見覚えのない部屋。しかも隣には知らない女性が眠っているではありませんか。……いえ、よく見ると、なんだか見覚えがあります。それは、13年前に別れた恋人、ケイトだったのです。当時、ロンドンの会社でのインターンの機会を得たジャックは、ロースクールに合格したばかりのケイトをNYに置き、一人旅立つことに。「僕らの愛は変わらないよ」と誓いながらも、遠距離に勝てなかった二人はそれっきりになっていたはずでした。状況が飲み込めず、パニックになるジャック。でも、どうやら、2人は結婚し、2人の子供をもうけ、ニュージャージーの普通の住宅街に住んでいることになっているようです。

慌ててワゴン車に乗り込み、何とかマンハッタンへたどり着くジャック。でも、住んでいたはずの高級アパートメントにも入れてもらえず、会社でも門前払いされてしまいます。
そこへ例の天使が現れます。「一体どうして俺をこんな目にあわせるんだ?!」「『全部持っている』って言うからだよ」「いくら欲しい?元に戻してくれ!」「お金の問題じゃない。時間をあげるから、自分で考えてみなさい」。そう言って、天使はまたどこかへ行ってしまいます。

がっくりと肩を落とし、しぶしぶニュージャージーの家へ帰るジャックを迎えるケイト。「どこへ行っていたの?!死ぬほど心配したのよ」

その日から、ジャックの「もしも、あの時ケイトと別れずに、ロンドン行きを止めていたら……」生活が始まるのでした。

ワークライフバランスとは

11012 Creative commons.Some rights reserved.Photo by MShades

さて、皆さん、ワークライフバランス、と言う言葉はご存知ですよね。

何となく、家庭回帰だとか狭い意味で否定的に捉えられることも多いようですが、根源的には読んで字の如く、「仕事と生活の調和」を意味します。また、厚生労働省のあるレポートには、「働く人が仕事上の責任を果たそうとすると、仕事以外の生活でやりたいことや、やらなければならないことに取り組めなくなるのではなく、両者を実現できる状態のこと」と記載されています。もちろん、同線上で、家庭にきちんと時間を使いたい人にそれが可能になる働き方を提供できることを意味します。また、最近では高齢化社会の進展に伴い、肉親の介護との両立という問題もはらんでいます。

この言葉が使われ始めたのは、1980年代後半のアメリカ、次いでイギリスからと言われます(北欧やオランダなど、実質的に最も進んでいる国々では、他の政策上の活動に付随する形でワークライフバランスが実現化されています)。労働政策研究研修機構のレポートによると、当時、アメリカでは技術革新による産業構造の変化から、知的労働人材の不足が生じ、優秀な女性労働者が育児を理由に労働市場から去ることを阻止する必要に迫られたとのこと。そこで、企業はまず子供を持つ女性が働きやすい環境を整備する支援策を導入し始めました。1990年代に入ってからは、それ以外の全ての社員からも、働くことと生活との調和がとれるようにして欲しいとの要求が大きくなり、社員全体の私生活に配慮した福祉的な制度が導入されるようになりました。

しかし、1990年代初期の不況時に、大規模なリストラが横行した結果、社員1人当たりの負荷が増え、ストレスの増大やモラルの低下などが大きな問題となりました(現在の日本とかなり似た状況ですね)。こうした深刻な状況を背景に、「仕事のあり方そのもの」が問題視されるようになり、ワークライフバランスについても単なる制度の導入にとどまらず、人間らしい働き方、生き方とは何かを見直すアプローチがとられるようになって来たといいます。

ジャックのもうひとつの人生

11013 Creative commons.Some rights reserved.Photo by Pink Sherbet Photography

さて、ジャックの話に戻りましょう。「もしも、ケイトとあの時別れていなければ……」生活の時計の針は、いやおうなしに進んでいきます。ケイトから課された、息子のオムツ替えにパニックに陥るジャック。そんなジャックを大きな目でじっと観察するのは、保育園児の娘、アニーです。静かにジャックに近づくと、アニー−はそっとジャックの鼻や頬を触ったあと、こうつぶやきます。「……あなた、パパじゃないでしょ……」。この子気付いていたのか、とドキッとするジャック。アニーはこう続けます。「--Welcome to the earth(地球へようこそ)」。すっかりエイリアンだと思われたジャックは、アニーの親切な地球生活への指導のおかげで、こちらの世界でのジャックの生活パターンを学んでいきます。

普通の家。量販店で買ったらしい洋服。車もファミリーカー。仕事は、ケイトの実家が営んでいる、地元のタイヤ販売店勤め。家に帰れば、ボランティアで弁護士をするケイトと交代での育児に、犬の散歩。何でも自分の思い通りにできた、以前の生活との差に落ち込み続けるジャック。

ある日、ケイトに苦しい胸のうちを吐露してしまいます。「昔の僕には人生の計画があった。今の生活には無いような気がして辛いんだ」。ケイトはジャックの瞳を見つめ、こう答えるのです。「私に、今の生活に疑問や不安がないとでも思う?私だって欲しい物がすぐ手に入るような生活に憧れるわ。でもね、あなたとこうして結婚していなければ、私にとって、“確かなもの”が無くなるのよ」。

確かなもの——。それは、ジャックの以前の生活に欠けていたものかも知れません。例えば、妻に愛され、子供たちに頼られる毎日。全てやりたいように出来るわけではなく、何かに折り合いをつけながら、それなりにベストを尽くして重ねていく毎日。けれど、身体の隅々にまで血が通っているような、リアルに人間として生活している、そんな毎日。天使は説明しなかったけれど、「必要なものなど無い。全部持っているから」と言っていたジャックが、唯一持っていなかったものを経験させる時間を与えてくれたのでしょう。

何とか、元の世界の会社の会長との出会いをきっかけに、以前の仕事を取り戻そうとするジャックでしたが、自分の本意を曲げて、ジャックの応援をしようとするケイトを見て、今度は心が揺れ始めます。そして、この生活に順応し始めたジャックに訪れたのは、天使のくれた時間の終焉のきざしでした。そのことに気付き、動揺するジャック。

自分はどうしたら良いんだろう。一体、どうしたいと思っているのだろうか。揺れる心を抱えながら、ケイトの美しい寝顔に見入るジャックに、無常にもその「時」は訪れます。

——気付くと、ジャックはペントハウスのベッドに一人横たわっていました。日付は、クリスマスのまま。ケイトの姿を探しますが、どこにもいません。元通りの生活が戻ってきたのです。「精神安定剤を飲みながら、必死で働く」生活が。

生身の人間として

自分が抱える仕事の大切な時期に、猛烈に働くことは、良いことだと思います。ここぞという時には、それこそ、寝食も忘れて仕事に没頭するくらいで、良いかも知れません。問題は、それが恒常化することなのです。

短期の成果を果てしなく追及し続け、緊張を強い、枚挙なき競争を繰り広げていく世界。そこには、最後に何が残るのでしょうか。

私達は、生身の人間です。現実の世界の中で、リアルに生活をしています。でも、そのことを結構簡単に忘れてしまうことも多いような気がします。

例えば、子供たちもバーチャルな遊びに触れる時間が増えると共に、生死や、肉体的な痛み、他人との共感に対する感覚が薄れてくるとも言われます。黒塗りの車に乗り、利権を握り、特別に優遇される生活を送り続けた政治家の中には、リアルな社会を認知する感覚が薄れ、本当に意味ある政策を考えられなくなった人達もいたことでしょう。虚構のマネーゲームに飛び込み、バブルが弾けて底無しの恐怖に見舞われるまで夢中で走り続けたのも、私達人間です。

そして、もっと身近なところに、日々の仕事に埋没し、苛立ちを抑えられなかったり、空虚な気持ちに支配されたり、あるいは自分自身のことしか見えなくなっていく私達自身がいます。自覚できていれば、まだ良いのです。無自覚なままに、人間がリアルに生活する生身の生き物だということを忘れてしまっていること、結構多いのではないでしょうか。

本当に良い仕事を成し遂げるには

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明治、大正、昭和にかけて、洋館建築で活躍した建築家に、W.M.ヴォリーズという人がいます。元々はキリスト教伝道のために来日したのですが、紆余曲折あってアマチュアながら建築家となり、生み出した洋館は、ざっと1000軒。今でも、大切に保存され使われている建物が多くあります。

先日、テレビ番組で建築家の隈研吾氏が、「今では考えられないことです。施主の希望と建築家の主張に溝ができることが多いですから。でも、ヴォリーズは、彼自身の、生活者として、一人の人間としての体験から、その家に住まう人のことを徹底的に考え抜き、その住み心地と住む人の心身の健康を第一に考えて家を作った。だから、建築物は今でも愛され、使い続けられているのでしょう」とコメントされていました。

また、それだけ注文が舞い込み忙しかったはずなのに、ヴォリーズは、建築事務所の従業員には一切残業をさせなかったといいます。もちろん、そこにはヴォリーズの宗教的な背景も影響しているでしょう。しかし、もっと根源的なところに、「作り手が人として健康で幸せな人生を送っていない限り、良い家を作り提供することはできない」という、彼の確固たる信念があったといいます。

私はここに、ワークライフバランスが示す、大切な意味があるような気がしてなりません。ワークライフバランスとは、単なる慈善的な発想や、安易なファミリー主義などを指す言葉ではないのです。私達一人ひとりが人間らしい生活をし、心身ともに「調和」のとれている状態であることが、結局、提供できるサービスや商品の質にも影響を及ぼすということを意味しているのではないでしょうか。

様々な企業では、今、多様性のマネジメントや、その一環としての社員のワークライフバランスについて取り組んでいると聞きます。こんな企業は無いことを祈りますが、「嫌々ながら義務感に押されて」「CSRの観点で世間に叩かれないようにやっているだけで、本当はどうでもいい」「一応制度は作ったが、使う者は少ない方が良い」と思っているところがあるならば、きっと、長期的視点で見た時に、真剣に取り組んでいる企業に差をつけられることでしょう。

そこで働く人間が持てる力をいかんなく発揮し、サステイナブルに素晴らしい商品やサービスを生み出し、顧客を満足させることに真の喜びを感じられるためには、まずもって、彼ら自身が心身共に健康で調和がとれており、彼らが属する企業や組織に揺ぎ無い信頼と愛情を持てることが前提となるからです。

ワークライフバランスに関する取り組みが奏功している企業では、今、長時間勤務を削減するだけでなく、従業員が柔軟に働き方を選べる・変えられることを担保することで、優秀な人材の確保・定着、社員のモラルや生産性の向上を実現しているそうです。

つまり、ワークライフバランスに真面目に取り組むことは、もはやコストや保険ではなく、エンプロイメンタビリティを高め、労働の質を上げる戦略的なHRM上の施策となっているのです。ただし、そこには社員一人ひとりの自律性の高さや自分のパフォーマンスに対する責任感も同時に求められます。成熟した大人としての、労使の良い関係があってこそ、実現可能になる施策でもあるのです。

これでもまだ「建前ではないか」と思う方に、データを紹介しておきます。東レ経営研究所の渥美由喜氏によると、ドイツ政府の調査では、「WLBに取り組む企業の財務分析を行った結果、両立支援に対する投資を利回りに換算すると年率25%のハイリターン投資であった」といいます。また、渥美氏自身の調査でも、ワークライフバランスに取り組んでいる企業が好業績を残していることが、分かっています。

ジャックの選択

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さて、その後、ジャックはどうしたのでしょうか。

早朝MTGのため、本来は会社に行かなければならないのですが、ジャックは必死でケイトの現在の住まいを訪ねあてます。本当の世界で、彼女は、やり手の弁護士として成功を収めていました。ケイトが独身であるとわかったことは良かったものの、彼女はかつてのジャックと同じく仕事上の成功に夢中で、今からパリの有名法律事務所へ移るため荷物をまとめている最中だったのです。

別の道を邁進しようとするケイトの姿を見、一度は諦めて会社に向かうジャック。でも、その心には、もう抗い難いものが生まれ始めていました。空港へ向かう彼がたどり着いたのは、アスペン行きのゲートではなく、パリ行きのゲートでした。13年前のあの日、ロンドンへ向かった時とは逆に、今度はジャックがケイトを止めに走ります。

「僕が経験した世界では、僕らは愛し合って2人の子供たちと暮らしていた。驚きを共有し、犠牲を払い、それでも2人は一緒にいた。君は僕より良い人間だ。そして、一緒にいると僕まで良い人間になれた。……今、ここで別れても、僕らはやっていけるだろう……。でも、あの素晴らしい2人の生活を僕は2人のために選びたいんだ。お願いだ。コーヒー1杯でいい。今、僕と過ごしてくれないか」

雪の舞い降りるクリスマスの夜、空港のラウンジでコーヒーを飲む2人の姿。声は聞こえませんが、どんな話をしているのでしょう。

「死ぬほど働き、人間らしいリアルな生活からは遠く離れていた人生」を送ってきたジャック。その後、天使のくれた時間で、真逆の、家庭に割く時間の比重を大きくするため、「仕事や夢を少しセーブする人生」も体験したジャック。そして、今ジャックの目の前にいるのは、大人のワーキングウーマンとして成長した、ケイトです。

皆さんは、2人にどんな人生を歩んで欲しいと思いますか?

その答えは、一つではないでしょうし、正解などきっとないでしょう。また、きっと2人が歩み始めてからも、様々な迷いや苦悩が生じてくるでしょう。それこそが、人生です。

ジャックとケイトは、2人の大事にしたいものと、充実したキャリアと、人間らしい生活との間で、難しいけれど、その時々において2人にとってのベストなライフスタイルを手探りで探していくのでしょう。

2人の次の13年後が、輝く笑顔で満ちていますように。

名言

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