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雇用、配当、先行投資、それとも内部留保? ―危機への対応をファイナンス的に考える

投稿日:2009/03/13更新日:2019/04/09

今回は昨今の経済危機を受けた“番外編”として、不況下における「雇用」、「配当」、「先行投資」の優先順位づけをファイナンスの観点から分析する。

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100年に一度という未曽有の経済危機を受けて需要が急減する中で、「雇用」、「配当」、「先行投資」に対する企業の戦略がバラつきをみせてきている。

「雇用」を守るべく、配当を削ってでも次世代に向けた研究開発や生産技術を担う人材の流出を避けようという企業がある一方で、市場との信頼を守るため配当を増加させようという企業もある。また、減配や報酬・賃金のカットを行うかたわら、景気の反転に備えて研究開発費を増加させる企業もある。企業経営者の使命は、企業価値を創造していくことであるが、ファイナンス理論に立脚した企業経営の観点から、それぞれの施策の意味を考えてみよう。

雇用や配当の意味を企業価値への影響から検討

企業価値は、毎年のフリーキャッシュフローを加重平均資本コストで割り戻すことで計算できる。フリーキャッシュフローは、以下の式で表される。

フリーキャッシュフロー(FCF)=EBIT×(1-税率)+減価償却費-投資-△運転資本

注:EBIT=金利控除前税引き前利益(Earnings before Interest and Taxes)

危機後の景気回復に備えて雇用を守れば当面はコストが高止まりし、この結果としてEBITは減少し、生み出されるフリーキャッシュフローは減少する。配当を維持・増加すれば株主の期待にはこたえられるが、手元資金は減少する。また、先行投資を行えば、投資の増加分だけフリーキャッシュフローと手元資金が減少することになる。

これら施策の本当の意味を考えてみよう。

まず、上記の企業価値算出の際のFCFの式を見るにあたり、第一に考えなければいけないのは、FCFはある程度の長い期間、継続して生み出されるものであるということである。そして、FCFは短期的に増加させることは可能でも、長期にわたって継続的に増加させることは難しい。

つまり、企業価値の創造は、まさに中長期的な経営課題である。中長期的にFCFを増加させ、ひいては企業価値を高めていくためには、やはりその中核であるEBITを継続的に増加させていくしかない。しかしながらEBITの継続的な増加は至難の業である。この為には、企業はセオリー通り、自社の強み(競争優位性)を認識し、その強みが活きる事業展開を地道に行っていくしかない。

さて、雇用を削減すれば、ごく短期的には希望退職等のリストラ費用がかさむが、短・中期的には人件費の削減を通じて損益は改善する。このため、雇用の削減を含むリストラ策は市場からは好意の目を持って迎えられることが多い。確かにFCFも短期的には改善する。それでは、中長期的にはFCFはどのように推移していくであろうか?これは、中長期的に自社の競争優位性を活かした事業展開を行っていくという基本方針に整合した雇用政策が実施されているかどうかがポイントである。中長期的に自社の競争優位性が維持・強化されないとEBIT/FCFも増加しない。

次に投資を考えてみよう。投資を削減すればFCFの式を見てわかる通り、一時的にはFCFは増加する。しかしながら、投資は将来のFCFを生み出す源泉であり、これを無理に削減することは将来に禍根を残すこととなる。しかしながら、投資の費用対効果の視点も同様に重要である。いかに少ない投資で将来的に最大限のFCFを生み出すかがポイントであり、投資はあくまでも費用対効果の観点から検討されるべきである。不況時には物(そして人、金)の値段が下がることも多く、投資を積み増す良い機会ともいえよう。

「先行投資」という言葉があるが、この本当の意味は、当該投資案件の直接的なNPV(正味現在価値)はマイナスであるが、この投資を行うことによってその後の新しい事業展開が開け、この結果NPVがプラスの事業を行うことが可能となるということであり、全体としてのNPV(先行投資案件のNPV+次に展開が開ける案件のNPV)がプラスとなるような赤字案件への先行投資を意味している。したがって、短期的にはFCFが減少しても長期的かつ継続的にFCFが増加するような投資スタンスを取ることが肝要である。

雇用・投資は中長期的視点、配当は手元のリスクを勘案して

最後に配当はどう考えたら良いであろうか?配当はあくまでもFCFの投資家への返還(利益の株主への還元)である。したがって、もともとFCFが無ければ配当はすべきでない。一方で、FCFが潤沢で、適切な投資案件が無いのであれば、配当すべきである。配当も自社株買いもせずにいれば、FCFは現預金として社内に積み上がっていく。この観点からは、企業として適正と考えられる現預金の水準とは何かを考えなければいけない。ファイナンス理論では、余剰キャッシュは基本的には内部留保すべきではなく、投資家に還元すべきだとしている。ただし、これはあくまでも、必要があればいつでも資金調達ができることを前提としている。

今回のような未曽有の金融・経済危機が発生した場合には、企業の資金調達活動も大きく制約を受けることになる。資金需要の高まる3月期末を目前に、通常であれば社債の発行で資金を確保できる大企業も、信用リスクに敏感な投資家が社債市場を敬遠しているため、社債の発行もままならない。このような状況下で、大企業も手元流動性を積み上げるべく、銀行借り入れの拡大に走っている。一方、サブプライムローン問題に端を発した金融危機のさなか、銀行も貸し出し余力が乏しくなっており、このため、本当に資金が必要な中小企業にまで資金が回らず、倒産する企業が増えてきている。

それでは、どの程度の手元流動性を持っていればよいかであるが、例えば、ソニーは「連結月次売上高の50%と半年以内に期限が到来する債務返済額の合計を現預金と融資枠の未使用額の合計でカバーできるように現預金と融資枠を保持する」ことを方針としている。2008年12月末の現預金残高は約5000億円と、現状6000億円から7000億円程度である月次連結売上高の7割から8割の水準になっている。

この方針は、各企業の事業形態、事業規模、資金ポジションや資金ニーズ等々によって異なってくる。有事に備えて元資金を厚めに保有することはリスク対策となるが、その一方で、現預金は事業収益に匹敵するほどの収益は生まないことから、資金効率の低下をもたらす。

結論としては、雇用と投資は、自社の中長期的な競争優位性の維持・強化に寄与するかどうかの視点から検討すべきである。一方、配当(そして自己株買い)は、起こりうる経済危機や自社の事業構造に内蔵したリスクを含めた自社を取り巻く諸般のリスクを見据えながら、最悪の場合でも債務超過状況にならないようにするためには、どの程度の自己資本そして現預金を維持しておくべきかという視点で検討すべきということになろう。

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