米大統領選を理解するための思想を知る ―『反知性主義』 

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アメリカで2016年の大統領予備選挙が始まった。大統領選挙は同じく4年に一度開催されるオリンピック以上に盛り上がると言われている。今回の予備選挙で話題の人物は、共和党のドナルド・トランプ候補だ。彼は「アメリカの不動産王」と呼ばれる大富豪であり、一代で財を成した起業家である。個性的な髪形と派手なメディア露出、テレビのリアリティーショーへの出演などでも有名だ。女性や不法移民、退役軍人を侮辱する発言が批判されているにも関わらず、今のところ善戦している。当初は泡沫候補と思われていたが、テレビのリアリティーショーで人気を博しただけあって、「選挙ショー」の主役になる可能性もある。

さて、こうした大統領選挙の異常な盛り上がりや、トランプ氏のような人物が大統領候補として人気を集めるというのは、日本では考えにくい話である(知事選挙あたりでイメージしてみるといい)。なぜ、日米でここまで違いがあるのだろうか。本書はその謎を解くヒントを提供してくれる。それはアメリカに横たわっている「反知性主義」の存在である。

著者は反知性主義を次のように定義する。「どんな学問のどんな権威も『ぶっとばす』ことができる。そのよりどころを提供しているのは、宗教的に基礎づけられたラディカルな平等意識である」。

では、アメリカの反知性主義はいつ、どのように生まれたのだろうか。著者によると、それは18世紀半ばの信仰復興運動「リバイバリズム」が契機になっているという。その主な担い手は、牧師に必要な大学教育を受けていない巡回伝道師たちであった。当時、正式な牧師になるためには牧師養成を目的として設立された大学(ハーバード、イエール、プリンストンなど)でリベラルアーツを専攻し、最低でも学士号、通常は修士号を取得する必要があった。既存の教会や牧師からみれば、巡回伝道師たちは「まがい物」である。

こうした状況下で巡回伝道師が活躍できた背景には、キリスト教の教義「神の前では万人が平等」という平等観があった。教会の伝統や権威、知性を振りかざして伝道師を批判する者は、逆に学者やパリサイ人(イエスが批判した、当時の宗教的権威者)の類として糾弾されてしまった。だから、見て見ぬ振りをするしかなかった。

伝道師たちは全米各地に巡回し、屋外で大人数を集めて説教をした。大卒の牧師たちと異なり、生活に密着した身近な話題を用いて、誰にでも分かるような平易な言葉で語り、大きな身振り手振りで人々の心を掴んだ。また、オルガンなどの音楽も効果的に使った。移民が多いアメリカでは英語が不自由な人もいたが、言葉が分からない人でも涙を流して感動したという。盛り上がりが頂点に達すると「集団ヒステリー状態」を引き起こすこともあった。まるでロックコンサートである。

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2008年米大統領選、民主党大会の様子

現代に話を戻そう。伝道集会は徐々にショービジネス的な色彩を帯びるようになり、テレビ伝道師によるメガチャーチや、自己啓発セミナーの大規模集会、大統領選挙の熱狂につながっていく。そして、巡回伝道は巡回セールスを生みだした。著者によると「アメリカ人にとって宗教とは、困難に打ち勝ってこの世における成功をもたらす手段であり、有用な自己啓発の道具」という側面があるという。言われてみれば、アメリカ発の自己啓発はキリスト教に基づく倫理の実践とビジネス上の成功を結び付けるものが多い。また、日用品の訪問販売や保険の営業なども、巡回伝道に似ている。

最後にトランプ氏。歯に衣着せぬ発言を売りにしているトランプ氏は、まさに反知性主義的人物のように見える。ちなみに、彼はビジネスの成功(とカネ)には執着しているが、酒も煙草もやらないという。2度の離婚歴はあるものの、フランスやイタリアの指導者のように、愛人の話は聞かない。キリスト教的な倫理観を持つ人物のようにも見える。

ちなみに大統領選挙では「堅物(権威的な人物)」と「親しみやすい人物(正直で、反知性的な人物)」が対立候補となった場合、親しみやすい人物が選ばれることが多い。ジョージ・ブッシュJrやロナルド・レーガンが典型だ(これは大統領に限らず、アメリカ人が好むリーダー全般に共通する資質と言えそうだ)。

さて、2016年の選挙はどうなるか――。忙しいビジネスパーソンも、普段の仕事から少し離れて、目に見える現象を裏打ちするものについてあれこれ考えてみるのはいかがだろうか。

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