デザインは製品の下僕にあらず ―『ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー』 

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ビジネスリーダーにぜひ読んでほしい1冊を紹介するこのコーナー。第3回は『ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー』(リーアンダー・ケイニ―著、関美和訳、林信行序文、日経BP社)をご紹介する。アップル快進撃の中でスティーブ・ジョブズに次ぐ貢献をしたとされる天才デザイナーの半世紀を通じて、「デザイン」というものが持ち得るパワーを考える。

ジョナサン(ジョニー)・アイブはアップルファンにとってはおなじみの名前だ。1992年にジョブズ復帰以前にアップルに参画し、そのデザインの才能とヒューマンスキルを認められ、アップルのデザインチームであるiDgのリーダーとなる。iMacにも用いられた半透明のデザインなどでジョブズからも強い信頼を得、iPod、iPhone、iPadと続くアップルのヒット製品開発の中でも非常に大きな貢献を果たした。一般的に家電やパソコンといった製品では技術者(エンジニア)に注目が集まりがちだが、デザイナーが大きな役割を果たしたところがいかにもアップル的であり、また製造業やサービス業という業界を超えて今日的でもある。

マーケティングの有名なフレームワークに「製品(プロダクト)の3層構造」がある。このフレームワークでは、製品には3つの層――(1)コア(中核となるベネフィット)、(2)形態(スタイル、品質、パッケージング、ブランドなど)、(3)付随機能(アフターサービス、保証、デリバリーなど)――があり、プロダクトライフサイクルの段階や商材の特徴によってどこが差別化ポイントとなるかが異なってくる。このフレームワークをそのまま使えば、デザインは「(2)形態」に属することになる。端的に言えば、デザインはあくまで成長期に必要とされる差別化要素の1つであり、製品の本質そのものではないということだ。

しかし、本書を読むと、もはやそうしたデザインの見方は古いと言えることがわかる。もちろん商材にもよるが、デザインこそが顧客の経験(エクスペリエンス)にダイレクトに結び付くし、企業や製品のアイデンティティを形作る。経営戦略やマーケティングにおいて、デザインの位置づけが向上していることは間違いない。その意味で、ブランドとデザインは似ているところがある。いずれも、単なる記号や「ちょっとした差別化要素」ではなく、まさに競争優位性を築く上で重要な経営イシューとなってきているのだ。このことは、まさにデザインを重要な経営イシューと捉えたアップルが、2015年現在、7000億ドルを超え世界一の時価総額を誇る企業となったことからもうかがえる。

とは言え、本書を読めばわかるとおり、アップルにおいても、ずっとデザインに脚光があたっていたわけではない。アイブが参画した頃のアップルでは、デザイナーはサポート役に過ぎなかった。アイブは以下のように語っている。「彼らが私たちのところに来て、『これが製品だ。きれいにしてくれ』ということもあった。モノはすでに出来上がっていて、それにお化粧を施してくれという意味だ。そういう時は最悪だった」。

こうした状況を大きく変えたのは、やはりジョブズだ。外観と感覚だけではなく、デザインはものの働きそのものというのが彼の考え方であった。ジョブズはこうも言う。「シンプルこそ究極の洗練だ」。このポリシーに従って、iMacではデザインをエンジニアリング以上に重視した。まさに提供価値のど真ん中にデザインが座る可能性が高くなってきたのだ。

さて、ここまで読まれて、結局はジョブズの話か、と思われた方も多いかもしれない。実際、最初の何章かはアイブの青年時代までのことを書いているが、中盤以降は彼の半生記というよりは、ジョブズの存在が増したこともあって、まるでアップルの変革の物語かアップル製品開発思想を読むようだ。さらに言えば、アイブの人となりや社内の確執なども書かれているが、それらは決して本書の中心ではない。

とは言え、企業変革やプロセスマネジメント、ボスマネジメント、コンフリクトマネジメント、競争優位性構築のための集中と選択の話など、デザインという論点以外にも、ビジネスパーソンにとってヒントとなる個所は多い。もちろん、デザイナーやエンジニアにとっては勇気づけられる個所も多い。ページ数はやや多いが、1つのケーススタディとして非常に面白く読める1冊である。

『ジョナサン・アイブ 偉大な製品を生み出すアップルの天才デザイナー』
リーアンダー・ケイニ―著、関美和訳、林信行序文、日経BP社
1,800円(税込1,944円)

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