先日、ある会合でお会いしたITサービス企業の役員の方から「弊社のサービス水準を向上させるため、ホテル業界あたりで経験を積まれたおもてなしのプロに指導を願いたいのだが、誰か紹介してもらえないか?」と相談を受けました。
私は(先方の意気込みに水を注すのは申し訳ないと思いつつ)「指導を受けないよりは受けた方がマシかもしれませんが、適切な打ち手は他にあると思いますよ」とお返事して、いくつかの代替策を提案しました。このIT企業に限らず、ディスニーランドやリッツ・カールトンといった有名ブランドのノウハウに学んで、自社のサービス向上に活かそうとする企業は少なくありません。でも、何かずれている気がしませんか? 経営者がおもてなしという、ともすれば精神性にのみ拠りがちな方策を語ることで、仕組みの構築等で対処すべき現場の根本的な問題から目が逸らされてしまっている・・そんな印象を私は受けています。
こうした問題意識も反映し、今回のタイトルは「おもてなしで頑張らない」です。「これから日本のサービスを、おもてなしを武器に盛り上げていきたい」と意気込んでいる人から見れば、拍子抜けするタイトルかもしれません。でも、おもてなしブームに乗せられて、自分のビジネスで「おもてなし強化するぞ!」なんて掲げてしまう前に、
・わざわざ難易度の高いおもてなしで勝負する必要があるのか?
・(おもてなしで勝負するにしても)現場がやるべきことを思い切って絞り込めないか?
を一考していただきたいのです。
おもてなしは単なる臨機応変なサービスではない
本コラムを書くようになってから、様々な立場の方とおもてなしに関して意見交換する機会が増えました。ところが、中にはどうしても話が噛み合わない人がいます。なぜ噛み合わないのかを会話をしながら探ってみると、どうやら「おもてなし」の意味する範囲に違いがあるのがわかってきます。この辺りの整理から、話を始めましょう。
本コラムの第一回で、以下のように「おもてなし」の定義を掲げました。
(1)提供企業(の従業員)と顧客とが直接・間接で接し、無形サービスが提供されること
(2)提供するサービスの内容が事前に100%は確定しておらず、その場その時の状況に応じて提供側が設計し、実行に移すこと
(3)顧客を「自分にとって大切な存在」と捉え、自発的に顧客のニーズを探り、顧客の期待(水準もしくは範囲)を越えるサービスを提供しようとする姿勢があること
上記のうち、(1)や(2)については、誰と話していても前提として共有できているようなのですが、(3)あたりに関しては、人によって認識は異なるようです。多くの人が「おもてなし=顧客のニーズに合わせて、臨機応変に提供されるサービス」と、かなり広範な種類のサービスまでおもてなしと呼ばれているように見受けます。一方の私は、おもてなしをもっと特別で限られたものとして捉え、話をしています。
よく知られているように、サービスには定型的な部分と状況に合わせて変動する部分とが混在しています。高級ホテルのサービスで言えば、フロントで行うチェックイン/アウトの対応は定型性が高いですが、利用客からコンシェルジュに寄せられる「すぐに〇〇を手に入れたい」とか、「今からこんな条件で予約できるレストランを探して欲しい」といった相談への対応は、顧客や担当者によって千差万別です。もちろん、おもてなしは(定義に「その場その時の状況に応じて」とある通り)後者のようなサービスの変動部分に属します。ただその中でも、おもてなしはさらに2つの面で特殊な行為です。
おもてなしは「特別な一人」に向けて、「感動」を提供する営み
1つは、一般化された(マス)顧客に向けてではなく、「自分にとって大切な誰か」だけに向いている点です。おもてなしを実践されている人はよく、「多くの『顧客』に平等に提供しようとするのが、普通のサービス。特定の『個客』に向けて提供するのが、おもてなし」と仰います。
ホテルや旅館が宿泊客を受け入れる際、予約時に人数と構成(大人・子供、男女の別など)、来館予定時間さえ聞いておけば、必要なサービスをする上では支障ありません。しかしホテルや旅館の中には、どういった目的で宿泊するのか、苦手な食材やアレルギーはないか、前後にどこかを観光する予定なのか等、個々の宿泊者の背景事情を把握して当日のサービスに反映してくれるところも少なくありません。あるいはリピート顧客に対しては、以前の利用経験を踏まえて特別な対応を取ってくれるところもあります。
皆さんも、利用したホテルやお店の従業員から「自分のために特別なサービスをしてくれている」と感じて、嬉しくなった経験があるのではないでしょうか。私自身も様々な嬉しい経験があります。例えば誕生日にちょうど海外出張でホテルに泊まったのですが、パスポートで本人確認をした際にフロントの従業員が私の生年月日に気づいたらしく、チェックイン後に支配人からお祝いの花束が届いてびっくりしました。あるいは半年ぶりくらいに出かけたレストランで、「食後の珈琲には温めた牛乳をお使いになるんですよね」と、スタッフが自分の習慣をしっかり覚えてくれていたのにも感心したことがあります。このように個々の顧客の状況や好み・悩みを深く知って、「大切なあなただけの為」の対応を試みるのがおもてなしの特徴です。
もう1つのおもてなしの特殊性は、顧客の納得ではなく、感動を目指す点です。通常、顧客自身が言葉や態度で要求したことに関しては、顧客は当然満たしてくれるものと期待します。満たしてくれなければマイナスの満足(=不満足)ですが、満たしてくれても「納得」するだけで、それ以上の満足の創出にはつながりません。一方、顧客の「感動」を呼ぶのに効果的なのは、顧客がまだ口に出していない、あるいは顧客自身が気づいてさえいないニーズを自発的に読み取って、先回りして対応することです。おもてなしには、こうした「顧客のニーズを先回りして対応し、顧客の感動を目指す」姿勢が多かれ少なかれ含まれています。
よく外食の現場では、「お客さまに『メニューを見せて欲しい』『水が欲しい』と言われてから動いていたら、一流の給仕ではない」と言います。つまり「メニューが見たい」「水が欲しい」とリクエストされてから動くのは納得水準のサービスです。一方、「あのお客さまはまだお腹が空いている様子だから、追加で何か召し上がるか訊いてみよう」と先回りしてメニューを渡したり、「あのお客さまは暑がりな方のようだ」とか、「あのお客さまは味付けの濃いものを食べているから、喉が渇くだろう」といった具合に慮って早めに水を注ぎ足しに行くのが、感動につながるおもてなしなのです。
ここまでの話を<図>にまとめてみました。
どの業界のサービスも、このように定型的な部分と都度変動する部分から構成され、後者の変動部分は4つのタイプの営みに分けられます(なお実際には、大抵のサービスは2つ以上のタイプが混在しています)。
この後の議論がしやすいよう、それぞれに以下のような呼称をつけてみました。
(1)おもてなし型:
特別に大切な顧客に対して、認識している顧客の状況や好みから「こうしたら喜んでもらえるのではないか」との思いを込め、先回りして提供する営み。
(2)プロフェッショナル型:
顧客の状況や希望を開示してもらった上で、顧客それぞれに合わせた個別の方法で内容を設計し、問題解決を助ける行為。弁護士・税理士・医師などの士師業のサービスが典型的。
(3)オンデマンド型:
顧客が表明した選択に沿ってサービス内容を決めるやり方。但しプロフェッショナル型のような個別設計ではなく、顧客は与えられた範囲で選択ができるのみ。同様のニーズを表明する顧客がいれば同じ対応がなされる。(わかりやすい例を挙げると、鮨屋でお好みでの注文)
(4)気遣い型:
多数の顧客がより便利・快適にサービスを受けられるよう、サービス内容や環境を状況に合わせて変更させるもの。(例えば天候や混雑状況に合わせながら、店舗施設内の空調の効き具合を変えるなど)
しつこいようですが、おもてなしは変動性のあるサービスの中でも、「広く遍くではなく、特別な誰かに対して」および「こちらからニーズを先回りして、感動を目指す」という2点においてユニークです。「気遣い型」や「オンデマンド型」はどの顧客にも平等に提供されるものですし、「プロフェッショナル型」や「オンデマンド型」は顧客の要望を明示してもらい、それを満たすことで納得を目指します。
おもてなし以前に、やれることは山ほどある
それにしても、おもてなしの定義をどうして長々と述べるのか、皆さんは不思議に思われたかもしれません。おもてなしとそれ以外の境界線に、何故これ程までにこだわっているのか?
その理由は、大抵のサービスでは、顧客満足の大部分がおもてなし以外の行為によって実現されている点を認識いただきたいからです。
例えば理美容は、おもてなし以前にプロフェッショナル型の対応が中核となるサービスです。「くせ毛なので広がらないようにカットして欲しい」とか、「髪を春らしく明るくして仕上げて欲しい」といったように、顧客それぞれが抱いているイメージに髪型を近づけていくことが最重要であり、逆にイメージと異なる髪型になってしまえば「今回の店選びは失敗した」と顧客は後悔します。あるいは理美容室の基本である、店内が清潔に保たれているか、スタッフがきびきびと行動して笑顔で挨拶ができているか等は、いつも変わることない定型部分のサービス要素にあたります。こうした基本が徹底されていなければ、顧客はやはりリピート利用しないでしょう。
つまり自社のサービス水準を向上させようとするなら、おもてなしを強化する以前に改善余地はたくさんあるのです。ところが冒頭に紹介したIT企業の場合、本来はおもてなしとは関係のない問題にまで「おもてなし」のラベルを張ってしまっている可能性が高い。ここでは詳しい説明を省きますが、おもてなしなのか、それ以外のタイプの営みなのかによって、オペレーション設計やマーケティング、従業員育成といった面でビジネスの作り方は当然違ってきます。にもかかわらず、特性の異なる問題に対して「これは全部おもてなしだから」と同じ方法で対処してしまえば、根本的な問題解決が遅れるのは想像に難くないでしょう。それどころか、必要のないところでおもてなしを発揮して、ミスや非効率が生じる恐れもあります。
例えば、プロフェッショナル型がウェイトを占めるビジネスでは、顧客が抱える問題(悩みや実現したい姿)に対して、専門知識・技能を駆使して問題解決を手助けすることが最重要です。弁護士だったら「法律上の問題解決に向けて助言や代行をしてくれること」、医師だったら「病気の治癒を助けてくれること」、戦略コンサルタントだったら「企業戦略の立案や実行方法を提案してくれること」が先決です。たとえオフィスを訪問した時の応対におもてなしを感じられたとしても、期待された問題解決ができていなかったら顧客満足は得られないでしょう。
士師業や冒頭に紹介したITサービス企業はもちろん、金融・コンサルティング・広告代理店・人材開発など、法人向けに付加価値サービスを売っている業界では、プロフェッショナル型の対応の巧拙がカギになります。おもてなし云々とか言っている場合ではなく、顧客に解決策を提示できるだけの専門知識・スキルを持った人材を採用し、育てることが最優先でしょう。あるいは「何が顧客の本当の悩みを浮き彫りにする」、「目指すゴールを明らかにして、顧客の期待値をコントロールする」、「顧客の疑問や要望には迅速に対応する」といった「当たり前に見えるけれど、なかなか100%できないこと」を徹底できた企業が勝ち残るとも言えます。そんな業界で戦っている人達がホテルやエアライン業界の人から学んでも、得るものは少ないと思うのは、私だけでしょうか。
あるいは気遣い型やオンデマンド型といったマス顧客向けのサービスも、一見すると変動性が高いのですが、実は「こういう状況になった時/こういう要望が出された時には、こう対処する」といったパターンに応じたルール化が可能です。例えば気遣い型の例で言うと、ビジネスホテルの中には雨天時になると、ホテルに入ってきた顧客にタオルを差し出してくれるところがあります。元々は気配りに優れた従業員の一人が自身の店舗で始めた営みだと思いますが、「雨が強く降っている時のフロントでの対応」として全店舗共通のルールにしてしまえば、もっと多数の利用客に「ここは心の篭った対応をしてくれる素晴らしいホテルだね!」と感じてもらえることでしょう。
つまり気遣い型やオンデマンド型の営みで顧客満足を高めていくには、パターン別の適切な対応のルール化(マニュアル化)、およびその社内徹底がカギになります。無印良品のV字回復に尽力された松井忠三氏(現会長)が、2001年の社長就任後にまず取り組んだのは、賃金カットでも事業縮小でもなく、「個人の経験や勘に頼っていた業務を“仕組み化”し、ノウハウとして蓄積させること」でした※1。店舗出店の是非や店頭のディスプレイ作りのような、判断する上で高度なセンスや専門性が問われるように見える作業まで、できる限りの業務をマニュアルに落とし、マニュアルに沿った仕事の習慣を根付かせたことが業績改善のカギだったと言います。
単なる足し算ではなく「割愛」でおもてなしを際立たせる
おもてなし以外の部分に注意を傾ける重要性を長々とお話しましたが、それでも「自社はおもてなしで勝負するんだ!」とおっしゃる企業は少なくないでしょう。ただその場合でも「何でもかんでも」ではなく、おもてなしで勝負する部分を賢く絞り込んでいって欲しいものです。というのも、企業側が心を込めて提供したつもりのおもてなしも、顧客側では一部しか価値を感じていない事態がよく起こります。時々、「おもてなしは相手に対する自発的な思いやりから生じる行為であって、相手の満足を最初から期待してはいけない」とお叱りをうけるのですが、私的な人間関係ならそれでも良いでしょう。でもビジネスである以上、おもてなしが顧客満足につながり、顧客のリピート利用や口コミによる集客効果につながって、最終的に利益貢献しているかを自問しなくてはなりません。
早くからそうした合理的な考えで経営に取り組んでいる企業に、一泊5千円前後の低料金でありながら業界トップクラスの顧客満足度を獲得しているスーパーホテルがあります。同ホテルが掲げる経営手法の1つが「割愛」です。多くのホテルは顧客満足度を上げるために「どれだけ多くのサービスを提供するか」の経営努力に邁進しがちですが、同ホテルのサービスは顧客視点での取捨選択が徹底されています。まず同ホテルでは、主要利用客であるビジネスパーソンにとってホテルの快適度を決める最大要素は睡眠だと考え、「スーパーホテルは安眠と快眠ではどこにも負けない」とばかりに、ベッドの大きさや部屋の防音性、枕の素材や高さ(顧客は多数の選択肢から自分の好みの枕を選べる)には徹底してこだわってきました。その一方で「100人のお客さまのうち、一人しか困らないサービスは切り捨てよう」と、顧客満足にあまりつながらないサービスは割愛してきました。例えば同ホテルでは、
・部屋に電話がない(顧客は携帯電話を持っているので不要)
・部屋にミニバーがない(顧客は自販機やコンビニで購入するので不要)
・部屋のキーがない(暗証番号で入室してもらう)
・チェックアウト手続きが要らない(前払い制で、電話もミニバーも精算不要のため)
といった割愛が実行されています。
このように書くと、徹底してコストを削った味気ないホテルのように思えるかもしれませんが、徹底的にマニュアル化を進めたうえで、残された数少ない顧客接点でのおもてなしに力を入れているのが同ホテルの素晴らしいところです。同ホテルの山本会長は自社の従業員に対して、
「おもてなしとはマニュアルを超えたところに生まれるもの」
「お客さまが望んでいることを察知して用意する・・(中略)・・『お客さまのために何ができるか』を考え実行していくことで、はじめて感動を呼び起こすおもてなしが実現できる」
「スーパーホテルは『みんな』よりも『ひとり』を大切にする」
と、まさに本コラムが書いてきたおもてなしの考え方を、熱心に指導されているようです。※2実際に同ホテルを訪れてみると、従業員がいつも笑顔で元気に挨拶してくれるのはもちろん、会話する際には利用客をきちんと名前で呼んでくれます。私自身は利用回数も少ないので、まだ同ホテルで「これぞおもてなし!」という程の体験はしていませんが、従業員の接客ぶりを見ていると「いざという時は親身になって動いてくれるだろう」と確信が持てるホテルの1つです。
従業員の余裕が、次のおもてなしを生む
おもてなしで勝負する部分を絞り込む意味では、顧客にとっての価値が大きくない作業には従業員の労力を使わずに、ITや機械での代替ができないかを考えたいものです。先のスーパーホテルでも、チェックイン時の手続きのほとんどは機械が済ませてくれるので、フロントの従業員が直接対応するのはイレギュラーな依頼があった時のみです。
近年の介護の現場で、高齢者が身を任せたままベッドや浴室、車いすや自動車の間を移乗できるリフトという介護機器の浸透が進んできています。元々は介護職員が持ち上げて移乗を助けてきましたが、転倒事故が絶えなかったり、職員の8割が腰痛を訴えたりと非常に負担の重い作業でした。リフト自体に高度な技術が使われている訳ではないそうですが、これまで導入が進まなかったのは、現場の「利用者や家族が不安に思うのでは?」という危惧や、「人手での介護だけが温かみがある」という固定観念があったためです。※3
このように、我々が何となく抱いている「従業員の技能や頑張りこそが、おもてなしの源泉である」という思い込みを排し、「従業員の手作業が本当に価値を生んでいるのか?」と意識的に自問していかないと、ITや機械の活用はなかなか進みません。
またITや機械に頼る以外にも、顧客自身に動いてもらう発想が有効な場合もあります。「長崎ちゃんぽん」が人気のリンガーハットでは、昨年末から一部店舗で実験的にセルフサービス形式の「myちゃんぽん」をスタートさせています。顧客は来店すると、ショーケースを覗きながら好きな具材を自由に選んでオーダーができ、その後、厨房での調理が完了するとブザーで知らされ、顧客が自分でピックアップに行く仕組みになっています。大した工夫に聞こえないかもしれませんが、顧客自身に動いてもらう「myちゃんぽん」の仕組みによって、リンガーハット側ではフロア専門のスタッフが不要となり、残りのスタッフがそれ以外の接客や調理に専念できるようになったそうです。
こうした「顧客に動いてもらう」発想も、現場で提案すると「お客さまに失礼だ」とか、「お客さまとの会話が減って冷たい雰囲気の店になってしまう」と反論されがちです。肝心なのは、「その作業は顧客にとって価値を生んでいるか」と「顧客が動くことで、顧客自身が何かメリットを享受できるか」でしょう。リンガーハットの取組みについて言えば、ネット上での感想を見る限り、「カスタマイズできてうれしい」はもちろん、「接客もいい」「昔よりあらゆる面で良くなった」と好評のようです(実際の売上面でも、具材を追加する客が多く、客単価も以前より10%ほどアップしたとか)。※4
以上、おもてなしで勝負する部分を絞り込む話をしてみましたが、決して「おもてなしに価値が無い」と言っている訳ではないですし、「おもてなしで手を抜こう」と言うつもりもありません。お伝えしたかったのは、「顧客にとって価値の大きくない作業を省いたり、機械やセルフサービスで代替したりすることで、従業員という希少リソースを、別の新しいおもてなしに活かせますよ」ということです。先述した介護リフトでも、反対を押し切って導入してみたら、被介護者の表情を見ながら対話する余裕が職員の間で生まれているとのこと。※5移乗作業を機械に頼ることで、介護職員にとっては新たなおもてなしを提供するチャンスが生まれているわけです。
これから日本のサービス現場は深刻な従業員不足に直面します。ずいぶん前から建設や介護の現場では問題が顕在化していますし、最近では外食チェーンの一部で従業員が集まらずに一時閉店を余儀なくされた店が続出しています。別に「アベノミクスだから」「増税前の駆け込み需要があったから」ではなく、これから2020年のオリンピック開催までにも、従業員はますます希少なリソースになっていくはずです。おもてなしの技術を磨くのも大切ですが、本当に従業員が注意を傾けるべきおもてなしはどの辺なのか、それ以外は機械やセルフサービスで代替できないかも、日本のサービス業が今後数年間で急ピッチに実行に移すべき課題の1つです。
そして現場でおもてなしの好事例が生まれたら、そのおもてなしを他の従業員にも横展開していく。徐々に定型化を進め、自社サービスの標準に組み込んでいく。さらに付加価値の低い作業は効率化して・・・そうして生まれた従業員の可能性を、次の新しいおもてなしの創出に活かしていく。そんな好循環を回している企業を、いずれ本コラムでもご紹介したいと思っています。
※1 松井忠三著「無印良品は仕組みが9割 仕事はシンプルにやりなさい」(角川書店)
※2 山本梁介著「1泊4980円のスーパーホテルがなぜ『顧客満足度』日本一になれたのか」(アスコム)
※3 2012年9月26日付 日本経済新聞朝刊「選ばれる介護へ(下)」
※4 2014年2月4日放送 ガイアの夜明け「人が足りない・・“外食”驚きの一手」(テレビ東京)
※5 2013年8月27日付 読売新聞「介護の腰痛 リフトで防ぐ」
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